once upon a time.(4)
全ての音が、遠ざかった。
湿った空間に、その言葉は、投げ出された。
優しく微笑んでいる彼の手は、震えていた。けれど、茫然とするサンダースの肩に置かれた手は、憎らしいくらい、揺るぎなく、強く、反撃も抵抗も受け止めようとしていた。
『サンダース、サンダース、ほら、司令は君だ、僕等の中佐殿』
ご命令を、と。
水音が遠くに響く中に、仲間達の声が上がる。
よろよろと見回した彼等は、みんな、みんな、穏やかに、頷いていた。
無意識に、その中心から後ずさろうとした足を、肩を掴んだままの手が引き留める。
『サンダース、君は、こんな所で死んじゃいけない。君は、〝英雄〟になるべき人なんだよ』
無理やりに戻した視線の先に、逸らされない、強い意志と、誇り。
『この国には、〝英雄〟が必要なんだ』
高らかで、悲壮で、けれど一点の哀れみすら必要としない、荘厳な祈り。
『君を英雄にするため、僕等は、死のう』
仲間達の高らかに祈る声を聞いた。
揺るぎない、ただ揺るぎない祈りを。
『どうか僕の国を、君と過ごした、この祖国を、救って』
出会った時から変わらない笑みは、そうだ、あの時からいつだって、芯の通ったものだった。
『お願いだよ、サンダース』
ああ、そうだ、と、その瞬間、思った。
ああ、そうなのだ、いつだって、サンダースは。
いつだって、サンダース・クレイガンは、この親友の頼みを、断れた事なんて、ないのだ。
そうして、気付くと、視界が掠れていた。
立っている実感がないほど、全て全て遠くて、ふわふわとしていた。
『サンダース』
震えているくせに穏やかな声で、彼はそっと、右手を握った。
『君のこの手なら、きっと、掴める。信じてるよ』
握られた右手が、遠のく現実に引き戻す。
現実の先、決断は既に成されていた。
『……たのむ』
情けないくらい、右手は震えていた。
吐き気に、眩暈に、悲しみと恐怖と、なにもかも、つらすぎる。
でも、それでも。
『頼む……、俺の為に、俺と、お前達の、祖国の、為に』
言わねばならない、言うのだと、サンダースの奥底が、慟哭しながら吼えたのだ。
『死んでくれ』
ピチャン、と。水滴の落ちた刹那に。
そうして、戦友達は、とても安堵したように微笑む。
『『『『喜んで、我等の英雄殿』』』』
十色の声が囁いて、手を握る力が、更に強くなって。
『ありがとう、僕のヒーロー』
低い低いと思っていた親友の背は、そういえば、いつの間にか自分より大きくなっていたと、その時、気付いた。




