once upon a time.(2)
彼は、ショウ・グルーヴ、といった。
どちらかと言うと、周りから突き回されて、茶化されるような、でも本当に彼が困っている時には、誰もが仕方ないなぁと手を差し伸べてしまうような人物で。
そんな、どこか憎めない、愛すべき人物だった。
少し高い声で、彼はよく笑い、そして、よく叫んだ。
『サンダース!サンダース!課題が終わらないよ!どうしよう!』
ドタバタと騒がしい、けれど小柄な彼特有の軽い駆け足の音が聞こえて来ると、ああ、またか、と、思ったものだ。
『うわぁぁああああん!どうしよう!教官に片付けろって言われた資材壊しちゃったんだ、どうしよう!サンダース!』
士官学校の寮部屋に、教室に、廊下に、日常のように響いた声は、やがて時が移ろってもかわらなかった。
『上官ばっかりの会議のセッティング任されちゃったよ!どうしよう、どうしよう!助けて、サンダース!』
聞こえる声に振り向けば、いつだって、彼は眉を八の字に下げて、両手を合わせていた。
『お願いだよ!僕のヒーロー!』
生まれた時から、サンダース・クレイガンは、何でも持っていた。
実家は16世紀まで辿れるほどの老舗の武器商。更に近代に入っては日用品の貿易にも手を出して成功し、誰が見ても裕福な一族で。
国内の有力企業を抱え込もうとした独裁者に、半ば人質として士官学校への入学を強制されてからも、周りから見れば何の苦労もない人生だった。
卒業するまで常に成績は歴代首位。少しばかり苦手な教科はあれど、それすら例年の主席と同じか、それ以上の水準。
最初は、甘やかされた御曹司に士官学校なんて無謀だと言っていた誰1人として、結局、最後には、裕福で甘ちゃんな御曹司などと陰口すら叩けなくなったような。
生まれから経歴まで、一歩も踏み外すことなくエリートだった。
誰もが羨望し、有能と讃えた、そんなサンダースの横には、なぜか、いつも、彼がいた。
決して劣等生ではないけれど、凡人らしい凡人で。天才の隣に立てば、瞬く間に霞んで埋もれてしまうような彼は。
けれどなぜかいつも、サンダースの横にいたのだ。
いつだったか、酒の席で、ラーグハルトが笑って言った事がある。
『お前はショウがいなけりゃ、とっくに雲の上まで駆け上がっているんだろうな』
明らかに凡人からは逸脱している程度に、十分に優秀だったラーグハルトですら、サンダースが成功して進んでいく人生のスピードには驚いていたから。
冗談半分、本音半分に笑ったラーグハルトに、その時、ショウも笑って頷いたのを覚えている。
『そうだよ。だって、僕は、サンダースの重石だもん』
あっけらかん、と。自分を足手まといの重石だと認めて笑ったショウを、不思議と、サンダースも不快に思わなかった。
きっと、サンダース自身、自分の進む速度に戸惑っていたのだ。
このまま上に上に上り続けたら、酸素がなくなって、息が出来ないところまでいってしまうのではないか、と。
だから、重石が付いてくれているという事に、なんとなく納得して、安心したのかもしれない。
けれど。
さいごの、さいごで。
彼は、サンダースの重石であることを、拒否した。




