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神には届かない  作者: 空野
神には届かない
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AM11:03(2)


 カメラのフラッシュに、一瞬だけ視界が白く焦げてから。 


「それで、クレイガン少将」


 溌剌とした若い女記者の声と一緒に、取材用に用意されたホテルの一室が網膜に蘇る。青々とした大きな観葉植物に、フワフワのソファーと、洗練されたデザインのガラステーブル。いかにも高級そうな、けれど居心地の良い部屋だ。


「それで、クレイガン少将、内戦終結当時、貴方は23歳で、議会軍の特殊部隊に所属、地位は中佐でよろしいですか?」


 品よくルージュの引かれた赤い唇が、訛りの無い綺麗な音で言葉を紡ぐ。健康的で都会的なショートカットの髪に、モダンでセンスの良いスーツは、おそらくシャネル。きっとエリートなのだろうな、と何となく思いながら、サンダース・クレイガンは頷いた。


「いかにも。当時私はそういった立場だった。もし補足するなら、中佐といっても、その地位に現在ほどの価値はなかったことくらいかな。当時は次々に上級将校も暗殺されたり、戦死したりで……。指揮権限を持つ人間が不在の現場ができないように、ポストが空いたら、とにかくすぐ下の人間を機械的に押し上げる状態だった」


 落ち着いた声。黒い軍服の胸には輝く幾つもの勲章。煌々と輝くような瞳は、眩しいほどに鮮やかなナイトブルー。開いた窓から吹き込む風に揺れる髪は、この国では珍しい黒檀のような漆黒。そうして、不敵に微笑む顔立ちは、ハリウッド俳優も文字通り顔負けの色男。


 サンダース・クレイガン。


 その人こそが、かつて泥沼の内戦に終止符を打った、〝救国の英雄〟である。


「それにしたって、まったく驚きですわ。ええ、なんてことでしょう」


 絵に描いたように容姿までも完璧な若い〝英雄〟に、女記者は溌剌とした中にもどこか甘い感嘆の息を漏らす。


「たとえ佐官の地位を得たのが、戦時の人員不足による必然であろうとも、貴方は破格の若さで、その地位に見合う以上の奇跡を、独裁者の拘束を成し遂げたのですもの!」


 独裁軍の総大将であったタインズ中将。そのタインズが拠点としていたのが、独裁以前、国民議会が開かれていた議事堂。当然ながらその周囲は独裁軍の陣地であり、議事堂そのものにも厳重な警備網が張り巡らされていた。


 難攻不落に見えたその議事堂。


 ところが、それを攻略し、独裁軍要人の多くを戦死させ、そして、独裁者タインズ当人を拘束することに成功した部隊の司令官が、他ならない〝英雄〟サンダースだったのである。


「天才としか思えませんわ」


 無邪気に、そして心から、記者は敬愛に目を輝かせた。


 今はこうして、ルージュを引き、流行りの髪形をキめ、一流のブランドを纏う彼女も。僅か4年前、内戦の日々には、爆撃に怯えて走り回り、極限状態で理性の切れた男達による発作的な暴力を恐れてボロを纏い、砂で顔を汚し、怯えながら生きていたのだ。

 だからこそ、彼女は……彼女や、彼女と同じように内戦の絶望を見て来た国民は、〝英雄〟を、何より慕い、敬愛する。


 記者の絶対的な羨望の視線と称賛の言葉は、等しく、この国の国民全ての思いと重なる。


 それを自覚しているサンダースは、ほんの一瞬、目を伏せ、しかしすぐに顔を上げて笑って見せた。


「そんなに褒められると図に乗りそうだな。私は自分にとっての最善を尽くした、出来る事をした、それだけなんだ」


 謙虚でいて、けれど、少しだけ誇らしげに。おそらく、一番〝英雄らしい〟態度で、笑う。


 随分と、こんな演技にも、慣れてしまった。


「ご謙遜を」


 案の定、記者は静かに、優しく、期待通りの景色に満足したように微笑んだ。


「もしも貴方が御自身の偉業を、ただ出来る事をしたまでと仰るなら、それこそが、貴方が違うことない、本物の〝英雄〟である証ですわ」


 だって、と、記者は温かく言葉を重ねる。


「だってそれは、貴方は、私たちを救う事が〝出来た〟ということですもの。貴方にとって〝出来る事〟こそ、貴方でなければ……〝英雄〟でなければ出来ない事に、他ならないのですわ」


 刹那、サンダースは沈黙した。


(私にとって、出来る事こそ……?)


 自嘲の笑みが零れかけるのを、ぐっとこらえる。


 あれは、サンダースでなければ……〝英雄〟でなければ……出来ない事だったか、と自問すれば、答えは即答で〝否〟だ。

 あの決断が〝英雄〟の決断であるわけがない。

 ()()()()()()()()()サンダースは〝英雄〟でなければならないのだ。


「そう言って貰えると、自信が出るな……」


 記者と、そして記者の後方で黙ったまま微笑んでいるカメラマンの男に、やはり〝英雄〟らしく笑っておいた。


「ふふ、それは良かったわ」


 記者もそれに微笑み返して、そして、すぐに少しだけ表情を引き締めた。


「……では、そろそろ、本題に入らせて頂きます」


「ああ、どうぞ」


 こちらも少し表情を変えると、記者は手元のメモ帳にチラリと視線を落としてから、口を開く。


「本日お伺いしたいのは、他でもありません。まさに、貴方が〝英雄〟たる由縁、件のタインズ拘束、〝議事堂攻略戦〟についてですわ」


 瞬間、サンダースの中で、何かが音を立てて凍り付いた気がした。


「議事堂攻略戦……」


「クレイガン少将?」


 思わず呟いたサンダースを、記者は不思議そうに見詰める。それにハッとして、瞬時に微笑んだ。


「いや、少し困ってしまった。一応、あの作戦に関して詳しいことは、まだ国家機密なんだ。すまないが、私でも、許可がないと詳しくは語れない」


 偉い人間は頭が固いから、と少し愚痴るニュアンスで言って肩を竦めれば、記者は疑いもなくコロコロと笑う。


「ええ、もちろん。存じておりますわ。まだ独裁軍の残党が国内におりますもの。国家安全上、必要なのでしょう。当時の軍事作戦の一部は、我々マスコミも、あと50年は入手するのを諦めております」


 だから、話せる範囲で良いから、と記者はメモ帳を握り直す。


「具体的な出来事ではなく、貴方の心情などを聞きたいのです。貴方が何を考え、何を想って、この国を変えたのかを」


「なるほど」


 納得したように笑う薄っぺらな皮の一枚奥、ますます、どこかが冷えている。

 冷えすぎて喉が委縮して、息苦しいのを誤魔化すように。サンダースは足を組み直して、ゆったりと座っている風に振る舞った。


「では話せることだけ、話そうか」


 声はいつもの調子だった。落ち着いて、少し高圧的なくらいの軍人らしい声だ。我ながら天晴なほど演技に慣れてしまったと思って、自然に零れ落ちる乾いた笑顔を、機嫌が良いものだと、装いながら。


「……当時、議事堂の周辺は当然に独裁軍の陣地だった」


 〝英雄〟は、口を開いた。


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