PM22:36(2)
流れ出したのは、ポツリと、1つだけ佇む街灯のような音楽。
やさしくて穏やかで、一筋、希望があるのに、バケツいっぱいの涙でも足りないくらいに、悲哀が詰まっている。
静かな部屋の中。
遮るものもなく耳に届く歌は、英語で語られていた。
この国の言語は語族的にはドイツ語に近く、国民の大半は方言のような感覚で、なんとなくドイツ語が分かる。
サンダースもドイツ語は得意だったけれど、それ以上に得意なのは、実は、英語だった。
サンダースの叔父には、美人なアメリカ人の妻がいるのだ。カリフォルニア出身の勝気で明るいその叔母は、十数年も前、生意気で頭の回転が速い幼い甥っ子に、一生懸命、英語を教え込んだものだった。
『Study! 聞いて、いつか絶対、役立つから!』
高らかにそう言った彼女の教育は、確かに、十数年を経て甥を助けている。
〝救国の英雄〟で、しかも若くて見た目も悪くないとくれば、国内ならず国外の報道機関にとっても恰好の素材だったから。内戦終結以来、国際的な会議場や社交の場に呼び出されるたび、各国の人間から掛けられる声に、そつなく国際語である英語で返答ができるのは、カリフォルニアから来た花嫁の英才教育の賜物だ。
ラジオから流れる言語の響き。
遠い日に、ブロンドの叔母から受けた講義。
英語の音は、サンダースに郷愁を誘う。
うなだれるように机に伏せたたまま目を閉じて、流れてくるメロディを、ぼんやりと翻訳することだけに集中する。
《そして時は、あらゆるものを変えてしまえるから》
自分ではない誰かに囁く、静かに流れてくる音にだけ、全てを向けていた。
空っぽにした頭は、ただ、その異国の言葉を、慣れ親しんだ自分の言葉に変換していく。
《君は、まだ、そこにいてくれるでしょうか》
何かから逃げられるわけでもない。
絶対に、サンダースは、指先1ミリだって、動かせない。
それでもほんの僅かの間だけ、懐かしい言葉に浸り、ぼんやりと、目を閉じていたかった。
その時。




