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神には届かない  作者: 空野
神には届かない
38/93

PM22:36(2)


 流れ出したのは、ポツリと、1つだけ佇む街灯のような音楽。

 やさしくて穏やかで、一筋、希望があるのに、バケツいっぱいの涙でも足りないくらいに、悲哀が詰まっている。

 静かな部屋の中。

 遮るものもなく耳に届く歌は、英語で語られていた。


 この国の言語は語族的にはドイツ語に近く、国民の大半は方言のような感覚で、なんとなくドイツ語が分かる。

 サンダースもドイツ語は得意だったけれど、それ以上に得意なのは、実は、英語だった。

 サンダースの叔父には、美人なアメリカ人の妻がいるのだ。カリフォルニア出身の勝気で明るいその叔母は、十数年も前、生意気で頭の回転が速い幼い甥っ子に、一生懸命、英語を教え込んだものだった。


『Study! 聞いて、いつか絶対、役立つから!』


 高らかにそう言った彼女の教育は、確かに、十数年を経て甥を助けている。

 〝救国の英雄〟で、しかも若くて見た目も悪くないとくれば、国内ならず国外の報道機関にとっても恰好の素材だったから。内戦終結以来、国際的な会議場や社交の場に呼び出されるたび、各国の人間から掛けられる声に、そつなく国際語である英語で返答ができるのは、カリフォルニアから来た花嫁の英才教育の賜物だ。


 ラジオから流れる言語の響き。

 遠い日に、ブロンドの叔母から受けた講義。

 英語の音は、サンダースに郷愁を誘う。

 うなだれるように机に伏せたたまま目を閉じて、流れてくるメロディを、ぼんやりと翻訳することだけに集中する。


 《そして時は、あらゆるものを変えてしまえるから》


 自分ではない誰かに囁く、静かに流れてくる音にだけ、全てを向けていた。

 空っぽにした頭は、ただ、その異国の言葉を、慣れ親しんだ自分の言葉に変換していく。


 《君は、まだ、そこにいてくれるでしょうか》


 何かから逃げられるわけでもない。

 絶対に、サンダースは、指先1ミリだって、動かせない。

 それでもほんの僅かの間だけ、懐かしい言葉に浸り、ぼんやりと、目を閉じていたかった。


 その時。


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