PM16:36(2)
自分達は死に損ないだ、と、男は鏡に映る自分の火傷痕を見て嗤った。
鏡の前の小さなランプだけを点けた室内は既に薄暗い。外にはまだ辛うじて夕日があるのかもしれないが、それもカーテンに阻まれている。
隣室である食堂からは物音1つしない。200人以上の人間が集まっているのに、何も、聞こえない。
どいつもこいつも、息を殺して、助けが来るのを待っている。
〝英雄〟が来るのを、待っている。
愚かだと思う。
この国の住民は気付いていないのか。〝英雄〟に縋り付いて思考を止めた自分達の愚かさに。
思考を停止しているくせに、なにが民主主義だ。衆愚政治などと可愛いものですらない。そこにあるのは、衆愚ですらない、民意などではないのだ。
内戦の前と変わらない、誰か1人に全て預けた独裁の続きが、そこにある。
それなのに、と、男は表情を歪める。
それなのに、なぜ、我々は負けねばならなかったのか。
なぜ、同志達は死なねばならなかったのだ。
火傷ででこぼこと引き攣った顔の半分に爪を立てる。
今も、そこは焼けている。熱を持っている。癒されなどしない。
男は、許されない。
あの日、生き残った意味があるのなら、その理由はただ1つだ。
だから、己は、タインズ軍の〝司令官〟でなければならない。
「負けるわけには、いかない」
あの日の真実を、男は知っている。
〝英雄〟と祭り上げられる青年が下した、人間でしかない決断を、知っている。
青年が必死に〝英雄〟を演じているのを知っている。
相手も、自分も結局どこまでいっても作り物だ。
けれど、だからこそ、負けられないのだ。
死に損なった者同士、もう二度と、拾った命の意味から逃れられない。
拾った命の役割を演じ切る為に、どちらも負けることは許されない。
負ける事は許されないから、負けられない死に損ない同士、殺し合うのだ。
真っ暗な部屋の中、釣鐘草の形をしたランプの白い笠部分だけが、ぼんやりと光っている。
その光に照らされて映る鏡の中の自分は、さながら亡霊のようだ。
男は何もかもに醒めたような笑みを浮かべて首を振った。
「お前は俺と同じだな、ニセモノの〝英雄〟」
この亡霊を見た時、相手はどんな顔をするか。
考えて、また少し、男は醒めた笑みを浮かべた。




