PM16:36
「あちらの司令官は、クレイガンか」
灯りの灯された食堂の中で、大勢の人質達が不安そうな面持ちで沈黙していた。
その中でテロリスト達の中心にいる男がブラウン管テレビを眺めて暗く嗤った。
「早々に情報流出防止に報道陣対策か。流石に馬鹿ではないようだな」
ブツリと、事件に関しての会見を映していたテレビを切って、男は机に頬杖を突く。
暗いグレーの瞳に褐色の髪。顔の左側に大きな火傷の痕がある。他のテロリスト達との接し方から見て、この男が主犯らしかった。
(いっかにも性格悪そうな、いやーな人相)
少し離れたところで壁に寄り掛かって座っていたルイは、軽く視線を尖らせて男を観察していた。
(独裁軍だっての除いても、絶対に、性格合わねぇわ、あんなのとは)
他にすることもないのでブツブツと悪態を心中で吐きながら、早く救助してくれと祈って目を閉じる。
真っ暗になる視界の中、相変わらず周りの人質達は沈黙を守っていて、ルイの耳にはテロリスト達の会話だけが流れ込んでくる。
「しかし、あのクレイガンが出て来たのか」
「タインズ閣下を処刑台に送った、逆賊の〝英雄〟様か」
憎しみと蔑み、敵意と悪意。国民にとっての〝英雄〟は、しかし敗者である彼等にすれば憎き仇。
そして、微かに声に混ざる畏怖、強敵という恐怖の対象でもある。
ひっそりと目を開けたルイの視線の先には、憎み蔑みながらもいくらか不安そうな男達の表情がある。
(〝英雄〟様のお出ましに、小悪党どもがビビってるってか)
少し溜飲が下がって、気分よく、ひっそりと笑った時だった。
「あれは、ただの死に損ないだ」
司令官が、振り向きもせずにそう言った。
ざわりと空気が揺れる。人質達も、テロリスト達も、微かに動揺を示したのは間違いない。良くも悪くも誰もが特別に思っている〝英雄〟様を、あまりに素っ気なく、切り捨てたから。
(……虚勢にしては、言ってくれるね)
思わず、ルイの口からは失笑なのか嘲笑なのか分からない乾いた息が漏れた。
けれど、それぞれに複雑な表情を浮かべる周りの事など気にも留めず、司令官は何も映っていない真っ暗なテレビを見て嗤う。
「大衆はいつだって馬鹿だ。無知蒙昧な国民共。閣下のような偉大な指導者に従わねば、まともに動けもせん烏合の衆。それが、縋るように祭り上げて崇めた男の本質なんぞたかが知れている」
司令官の吐き出す言葉に、人質達の表情が僅かに険しくなる。
その言葉は彼等を貶し、また、彼等の信じる〝英雄〟像を貶す。
しかし、司令官は冷えた空気にも動じないまま、嗤うように吐き捨てる。
「あの男は、ただの惨めな死に損ないだ」
そして立ち上がると、人質達の冷えた視線など振り返りもせずに食堂の奥にある教官用個室に消えて行った。
(なんだよあいつ、言い逃げかよ、気分わりぃ)
苛々と、ルイは再び目を閉じた。いっそ人質だとか気にしてません、というふてぶてしい態度で眠ってやろうと、意識を微睡みに落とそうとして。
けれど再び、聞こえてきたテロリスト達の声に、意識はハッキリと覚醒する。
「そういえば、司令官はクレイガンに会ったことがあるんだったか」
え、と、ルイは思わず振り向きそうになるのをグッと堪えた。
素知らぬ顔でふてぶてしく眠った振りをしながら、集中して聞き耳を立てる。
「ああ、そういや、議事堂戦でぶつかったらしいな」
「そう、あの忌々しい一戦の時、指令は議事堂にいたんだって聞いたぞ」
その会話に、思わず息が詰まりそうになった。
(おいおい、嘘だろ?議事堂戦の時には、確か議事堂自体が大火事になって……)
拘束されたタインズを除き、中にいた独裁軍の重鎮達は殆ど死亡したとされている。タインズの拘束のみならず、主だった将校達が一夜にしてほぼ全滅したことで、その後の独裁軍は指揮系統が混乱、崩壊。あっという間に議会軍の勝利が確定するまでに戦況が変わったのである。
だからこそ、議事堂戦は内戦を終わらせた奇跡の一戦なのだ。
(あの戦い、独裁軍側に生き残りがいたのか)
思わず唖然としてから、しかし、ありえなくもない、とルイはすぐに思い直す。
全滅と言っても、それは主だった将校達。つまりタインズの側近として実際に独裁政権の中枢にいた者達の事。それ以下の者達については正確な死亡、生存記録はない。
そもそも敵陣の真ん中である議事堂にいる者の名前など、議会軍には事前に把握のしようもなかった。誰が死亡したかは遺体から分析するとして、誰が生き延びて隠れたかは、それこそ把握のしようがない。
加えて、あの司令官は若い。顔の火傷のためにいくらか年齢不詳に見えるが、髪や肌の色艶から見て、20代の後半程度だろう。内戦当時、今より昇格が容易だった事を考慮すれば尚更、当時与えられた階級名は佐官クラスでも名ばかり。
ならば当然、当時若輩であるあの司令官が、全滅と言われている独裁軍中枢人物の中に含まれているとは考えにくい。
(……マジで生き残りなのか、議事堂戦の)
なんとなく、口に手を当てて俯いた。
気分が、悪い。
すでに終わった戦いだ。1人くらい、その戦いの敵側の生き残りがいたって、実際には何が変わるわけでもない。とっくに勝敗の着いた過去の戦いなのだ。
けれど、もやもやと、気分が悪い。
あの戦いは、勝った事に意味があるのではない。あの戦いが、全てを終わらせた、怖いものを根絶やしにしたから、意味があるのだ。
議事堂戦は、悪夢の終わりの象徴なのだ。
ならば、その生き残りの独裁軍の司令官が目の前に現れるということは、悪夢の続きを見るということ。
ルイが、人々が欲しいのは、1人か2人生き残りがいたって今更なにも変わらない、なんて理論的な事実じゃない。
信じたいのは、縋りたいのは、完全な悪夢の終わり。
あの戦いで全部終わったのだという、安心。
だからこそ、現れた悪夢の続き、恐ろしい過去の亡霊に吐き気を覚える。
(畜生)
憂鬱な気分で壁にガンと頭を押し付け、ルイは閉じたままの瞼の裏に議会の青い旗を思い浮かべた。
(……はやく、なんとかしてくれ。今度こそ、終わらせてくれよ、サンダース・クレイガン)
絶対的な祈りの言葉を唱えて、少年は、大きく息を吐く。




