表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神には届かない  作者: 空野
神には届かない
17/93

PM14:58


「記者会見の準備は、あとどのくらいで整う?」


「16時過ぎには」


 対策本部。

 丸太小屋の中でパイプ椅子に座って資料を睨むサンダースの問い掛けに、リンドマンは素早く返答した。


「上々。メディア関係者はくれぐれも全て会見場に集めろ。一社たりとも、この雑木林には立ち入らせるなよ」


「もちろんです」


 厳しい表情のサンダースに、リンドマンも同じように硬い表情で応じる。メディアの報道が、時として致命的な失策を招くことはよく知っている。


「一万歩譲って新聞や雑誌ならともかく、テレビやラジオで現場中継などされては取り返しがつかないですからね」


「ああ、下手をすればこちらの動きや部隊規模を、敵にかなり正確に予想されかねない」


 そんな状況は考えたくもないが、と、サンダースはパイプ椅子の背に寄りかかり直し、眉間の皺を片手で揉んだ。


「……私と議長が記者会見で牽制するまでは、物理的に侵入を拒むほかないな」


 既に推定死者23名に上る今回の事件は、瞬く間に国家全土に広がっている。そして、その衝撃的なニュースは、国民全てにとってのトラウマ……かつての独裁者の恐怖政治と、国土全てが血と硝煙に塗れた内線の日々を思い起こさせるに十分なシロモノだった。


 誰もが不安に駆られている。誰もが、事の経過を、現在の状況を知りたがっている。

 国内のすべてのメディアが通常放送を一時中断しているほどに。


 メディアからの情報流出を警戒するという点では、最悪の状況と言えた。ゆえに、この状況をなんとか覆さなければならない。

 状況を変える為の切り札は、他ならない、サンダース自身と、現国民議会議長オスカー・クロウ。


 〝救国の英雄〟と〝護国の指導者〟。


 独裁者を撃ち落とした奇跡の象徴たる青年と、独裁を打ち破る為の先導者となった老人を、この国の国民は、異常なまでに盲信している。


(議長と私で2人そろって報道自粛を呼びかければ、ひとまず世論は報道忌避に傾くはずだ)


 他国の人間からすれば有り得ないとすら思える程度に、この国では〝英雄〟と〝指導者〟の言葉は絶対だった。

 自分や議長が西から昇ると言えば、太陽すら西から昇ることになるのが、今の、この国なのだと、サンダースは乾いた笑みを漏らす。



(……民主的な独裁じゃないか、まるで)



 国民の全てが喜んで従っているか否かの違いだけで、実際には、タインズのような絶対的な独裁者がいるような状況だと、客観的な理解など、とうの昔にしている。

 しかし、同時に、そうでなければこの国は成り立たないのだとも、知っていた。


(この国は、病んでいる)


 隣人の密告に怯え、一方的な粛清により家族や知人を殺され、息をする事ですら処罰の対象になるのではないかと恐怖し続けた独裁の時代。毎日のように目の前で誰かが死に、街の壁から銃痕や血痕が消える事のなかった内戦の日々。

 他国ならば軍人にでもならない限り、生涯経験しようもない悪夢を〝日常〟として生きてきた国民達。


 たとえ全てが終わっても、全ての記憶は消えはしない。


 病まぬはずが、ないのだ。

 病んで壊れかけているから、〝救い〟が必要なのだ。

 瓦解せぬように。

 病んだこの国が、それでも、軋みながらも形を保つ為に必要だったのが、〝英雄〟や〝指導者〟だ。

 彼等がいれば、なにもかも問題ない。全ては過去になり、もしも万が一、また怖い事があったって、彼等が全て解決してくれるのだ。

 そう思わねば、この国は、誰もが二度と立ち上がれない。


 絶対王政が支配した近世の直後に、市民による革命ではなく、近代特有の独裁者が台頭したこの国は、ある意味で本質的には、今もまだ絶対王政の時代に取り残された後進国なのである。


 この国の国民は、従うことに慣れている。王に、独裁者に、〝誰か〟に支配されることの苦しみと恐怖を知りながら、同時に、支配されるという、ある種の絶対的依存以外の国家維持方法を知らずに、ここまで来てしまった。


 支配され、蹂躙され、病んで傷付いたこの国は、同時に、そこから立ち直る術を、新たな〝誰か〟に庇護される……支配されること以外、まだ、知らないのだ。


 この壊れかけて病んだ後進国には、〝英雄〟が、必要なのだ。


 サンダースは無意識に左手で右手を押えた。


(今回の事件も、失敗するわけにはいかない……)


 〝英雄〟や〝指導者〟がいれば大丈夫と、思い込んでようやく回っている世界は、もし、その偶像のどちらか1人にでもヒビが入った瞬間、瓦解するだろう。まして、今回のように、あまりに痛みを伴う記憶を掘り起こすような事件では。盲信する偶像の失敗は、きっと、人々に大きな混乱と絶望をもたらす。


 国際的な情勢を見ても、今、大きな国内情勢の混乱があれば、決して良い方向には転がるまい。世界では2つのイデオロギーがぶつかり合い、陣取り合戦をしているのだ。その合戦に飲まれぬように、飲み込まれて消化されぬように、今は内憂を深めるわけにはいかない。


 なんとしても、この事件は最良の結末を迎えねばならぬのだ。


 他ならない、〝英雄〟の手で。


 まだ己で立ち上がれぬ病んだ国を、それでも騙しだまし、少しずつでも前に進ませるためには。

 〝英雄〟が、絶対的な守り手が、存在しなければならない。


 それを誰より身を持って理解しているから、サンダースは無意識に右手に左手の爪を立てる。


(……落ち着け)


 微かに痙攣する右手を、リンドマンに悟られぬように庇った時。

 ノックの音が響いて、ピクリとリンドマンが眉を上げた。


「なにかね?」


 反射的にドアの方を向いてサンダースが声を上げると同時に、返事など待っていなかったらしい来訪者はドアを開いて入って来た。

 コッ、コッ、と、ゴツイ軍用ブーツの足音を立て、3歩室内に入るや、後ろ手にドアを閉めたのはラーグハルトだった。大柄な彼が入ってくると、机と椅子、ベッドのみの狭い丸太小屋は、更に小さく感じられるようになる。


「事件に新展開ですぜ、少将殿」


 手にした資料をふわふわと振って、ラーグハルトは口を開いた。


「……ノックをしたなら、返事を待つべきではないのですか」


 ボソリとリンドマンが呟いた言葉は聞かぬ振りを決め込んだか、その隻眼は何か考え込んだような鋭さで、サンダースの方を向いたまま。


「よくない展開か?」


 瞬時に眉間に皺を寄せて椅子から微かに腰を浮かせる動作を見せたサンダースに、いや、と座っているようジェスチャーする。


「どっちとも。まだ、良いとも、悪いとも、判断つかねぇんだよな」


 苦笑いして、その視線は資料に落ちた。


「報せは2つ。で、まずは、比較的簡単な方の問題から報告しましょうかね」


 ノックについて何か言いたげだったリンドマンも、その微かな緊張を滲ませた空気に言葉を呑んだらしかった。

 報告を待つ2人の前で、ラーグハルトは話し出す。


「まず、1つ。テロリスト達から電信があった。人質名簿の、訂正だ」


「人質名簿の訂正?」


 サンダースは聞き返しながら眉を上げた。


「……死人が増えたのか?」


 人質が減った……殺害されたと言うことかと、瞬時に浮かんだ嫌な推測は、しかしラーグハルトが笑って首を左右に振ったことで幸いに外れる。


「いや、逆だ。死人が1人生き返ったよ」


「はい?」


 今度はリンドマンが怪訝そうに目を瞬いた。


「人質名簿に、1人、追加された人物がいる」


 カサリと、ラーグハルトが翳したのは新たな人質名簿らしかった。


「ルイ・バーグ。士官候補生、さっきまでは人質名簿に名前がなく、また、無事が確認されている関係者の中にもいなかった名前だ」


「殺害されたとみられていた23人のうちの、1人か」


 ピンときて、サンダースは呟いた。


「なるほど。だから、死人が1人生き返った、と」


「そういうこと。頭がキレると話早くて助かるぜ」


 ケラケラと、いつもの軽い調子に戻って笑い、ラーグハルトは肩を竦める。


「おそらくだが、今まで人質にされることなく……つまり、テロリストに見つかる事なく、士官学校内のどこかしらに隠れてたんだろうな」


「それがとうとう、見つかって掴まった、というわけですか」


 リンドマンも納得したように頷いて。


「しかし、そうなると」


 サンダースは、腕を組んだ。


「そうなると、残る推定死亡22名の中にも、バーグのように校内で隠れて生き延びている者がいておかしくないな……」


「ビンゴだ、サンダース」


 瞬時にラーグハルトは声を上げて、更に1枚手元の資料を翳した。


「報告2つめ」


 翳された資料の冒頭には、人名が記載されているのが見える。


「士官学校内に隠れているらしい、士官候補生から電話による連絡があった。グースハウザー・ラインス、狙撃の天才、と、ちょいとばかし有名な候補生だ」


 途端にサンダースは低く唸った。


「……なるほど。それは……良いとも、悪いとも言えんな」


 厄介なことになったと思う。


「……〝本物〟なら、喜ばしいことですが」


 リンドマンも瞬時に状況を分析して眉尻を下げた。


 校内で隠れ潜んで生き延びている人物からのコンタクト。本来なら推定死者の減少かつ、貴重な内部情報の提供者として喜ばしいニュースだが。


 本物であるなら、だ。


 この状況ですぐに懸念されるのは、相手が本物ではない……実在の士官候補生になりすましたテロリストが、こちらの出方を伺う、あるいはこちらを混乱させる為にわざわざ連絡を取ってきたという可能性。


「……下手な対応できないぜ」


 ラーグハルトはそう言って、資料に視線を落とす。


「偽物に騙されてまんまと踊らされる訳にはいかねぇが……。本物なら、放置ってのも賢くないだろ?」


 本物であるならば、この大事件において、中の様子が伺えない要塞のような事件現場の内部情報を提供してくれる心強い相手になるはずだ。

 あるいは見つかれば即殺害されるかもしれない状況の中、孤独に1人きりで隠れている相手は、実は結構な爆弾にもなり得る。精神的に追い詰められた人間が予想を超える行動に出る事は、内戦を超えて来た軍人達にとって嫌と言うほど分かっていることであった。


 校内に1人で隠れている少年が、外部に連絡したにも関わらず放置された結果、絶望してどんな行動をとるか。下手をすれば、その行動によって事態がこちらにとって最悪の方向に転がる可能性があることは考えるまでもない。


「慎重に行動する必要がありますね」


 リンドマンが呟いた。


「そうだな」


 サンダースも頷いて、さてと、こめかみを片手で擦る。最高司令官は自分だ。必然として、最終的に判断を下すのはサンダースの役目。


「……よし、わかった」


 少しの間、床を睨んで考えて、それからサンダースは視線をラーグハルトに戻す。 


「電話の向こうの相手が、本物か、偽物か」


 コツリと立ち上がって、資料をよこせと手を伸ばした。


「直接、話して判断する。電話を、ここへ繋げ」


NEXT >> 3/11 PM19:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ