PM14:07(4)
かちゃり、と、物音がした。
ビクッと、飛び上がる。間違いない、ドアの開く音だ。おそらく、この部屋の外、資料室に、誰かが入って来た。
ドキン、ドキン、と、自分の鼓動の音が大きくなるのが分かる。
隣室の物音に全神経が一気に集中した。
「この部屋、奥にもう一室あるはずだよな?」
ふいに聞こえた声に、また飛び上がりかける。座ったままのベッドのスプリングが軋んだことで、更に震えた。ドア越しに聞こえるほどの音とも思えないが、今は、万に1つの可能性ですらも恐ろしい。
「事務室にあった見取り図では……、ええと、教官仮眠室って書かれてるな」
最初とは違う声が聞こえる。足音と共に、その声は近付いて来ていた。
(そうか、見取り図を入手する可能性があったのか……!)
普段、生徒として暮らしている分には無縁な物なだけに、失念していた。しかし、確かに内部の平面図くらい、事務室には置いてあるはずだ。
部屋数が膨大だと言っても、地図があるなら話はまた変わる。今いる仮眠室のような隠れ部屋であっても効率良く回れるわけだから。常に全ての部屋を厳重にチェックするまではいかなくとも、一度くらいは全室見て回るかもしれない。特に、ルイが見つかった今、他にも隠れている者がいるかもしれないと、一通りの総当たりチェックは高確率で警戒すべき事態であった。
無意識に、グースの目は、ドラグノフの方を見ていた。
(あれで、どこまで戦える?)
ドアには鍵が掛かっている。事務室にも鍵はあるだろうが、100以上の部屋の鍵、全て似たようなデザイン。軍事要塞時代の名残で、防衛問題上、マスターキーはない。
100以上の鍵を全て持ち歩いているとも思えないし、いちいち取りに戻るとも思えない。万一、持ち歩いていても、どれがどの部屋の鍵か、100本を1つずつ差してみて探す、なんて事に時間を割くのは非効率的。
開けるならば、いっそ蹴破るか、鍵を外側から銃なりなんなりで破壊する可能性が高い。そうだとすれば、それらの破壊行動には、多少の時間が掛かると計算していいだろう。
(三脚から銃を外して、机を盾にして構える。それで、ドアが開いた瞬間に先制で攻撃)
勝機があるとすれば、その方法だろう。しかし、今立ち上がってドラグノフを三脚から外し、机を動かしに掛かれば、その音は間違いなく外の相手に聞こえる。
(鍵が掛かっていれば、諦める可能性もゼロじゃない)
破壊活動を戸惑うとは思えないが、手間だと考える可能性は十分にある。こちらの存在を知らせてでも戦闘に備えるか、回避の可能性に賭けるか。
永遠のように長い一瞬の逡巡の後、グースは、後者を選んだ。
(多勢に無勢、装備にも歴差あり、挑んでも、勝率は低い)
ならば、一か八かに賭けようと腹を括る。
心臓が疾走を開始したせいで、過剰に体中に血液が送られて、息が上がった。そのために漏れそうになる吐息の音を殺そうと、口元に手を当てる。
外から聞こえる会話はどんどん近くなり、やがて、何の前触れもなく足音が止む。
ドアノブが、ガチャンと捻られた。
(たのむ、たのむからっ……)
いよいよ、吐息と同時に悲鳴の漏れそうな心境に、グースは息そのものを止めた。
ガチャガチャと、数回。ノブが捻られ、鍵に阻まれる金属音が響いて。
「おい、鍵が掛かってるぞ」
ドアの向こう、少し高い男の声がそう言った。
「そうだな。教官用の仮眠室ってくらいだし、教官が使わない時は、閉め切りだったんじゃねぇの?」
もう1人の男が答える。
「こんな隠し部屋みたいな所、開けっ放しにしたら、ガキ共の恰好のサボり場所だろ」
「ああ、確かに」
ケラケラと笑う声に、息すら止めたままのグースは、苦しさも意識の外に跳んだまま聞き入った。
「どうする?」
「教官の数は、確か、食堂に閉じ込めた奴と、殺した奴で、事前調査数と一致だったか?」
「ああ」
「それなら、中に教官が入ってるって事はないわけか」
声は、考え込むように、沈黙した。
思考が停止したまま、ただ、体を強張らせて、待つ事、11秒。
「……それなら、放っておこう」
ふっと、再び、声が再開した。
「下手にドア壊して入れるようにしちまうと、ほら、さっきのガキみたいな、まだ逃げ回ってる奴がいた時、隠れ場所にしちまうかもしれないし」
「それもそうだな」
かちゃ、と、最後に一度、軽くノブが捻られた後。
あっさりと、外の男達は、諦めたらしかった。
足音が、今度は、遠ざかって行く。
再び、資料室のドアが開閉される音を聞いてから、グースはドサリとベッドに倒れ込む。
「く、そ……」
息を止めていた反動が、一気に押し寄せた。ゼェゼェと荒く呼吸を繰り返しながら、シーツを握り締める。押し寄せる安堵と同等に、恐怖の余韻は強い。
「……だめだ……。こんなの、ながくは、もたない」
細い声で呻いた。この先、こんな状況を何度も1人で耐え続ける自信は微塵もなくなっていた。
ぎゅっと目を閉じてから、もう一度、ゆっくりと開いて。
「……外部に、連絡しよう」
視界に入った電話に、心底から、そう思った。誰か、味方がいなくては、耐えられそうもない。




