真相
レスティとラティの正体がわかります。
読み返してみて、こんな落ちにしてたっけ?と思ってしまいました。
自分でも忘れてから読むと予想外。これって自画自賛か??
私は小さな村の入り口の前に立ち尽くしていた。
どこをどう歩いたのか、どれくらいの期間を歩いたのか、全く記憶になかった。ただ、闇の中を歩き続けていたという印象しか……。
私の目の前から、村も村人も、愛するラティさえも消えてしまった。ただ、村長が私に貸してくれた衣装だけを残して。
村の中を、行く当てもなくとぼとぼと歩きつづけていた私を、家に招きいれてくれたのは、老年の猟師だった。
薦められるままに木造の椅子に腰掛けてからも、視線もうつろで何も喋ろうとしない私の様子を見て、彼は、私が体力的に衰弱していると判断したのだろう。彼はすぐに私に暖かい雑炊を作ってくれた。
私は、無言で雑炊を口に運んだ。
雑炊は暖かかった。
なぜだろうか。
私は、その雑炊を口にしたその瞬間、何の脈絡もなく、突然今までのあの村での記憶を無意識のうちに言葉にしていた。
老人は、そんな私に驚きもせず、今迄体験したことを語る私の言葉に、何も言わずただただ耳を傾けていた。
やがて、私の話を聞き終えた彼は、一言、こういった。
「あんた、幸せの村にいってきたんだね」
「幸せの村、ですか? 結婚式のイベントの終盤に出てくる、空想上の村……」
すると、老人は大きくため息を吐き、私の背後にある窓から遠くを見つめた。その先に何があるかは、私にもおおよそ見当がつく。
「幸せの村は、実在したのだよ。四百年前までな。もっとも、当時はそういう呼び名じゃなかったがね」
「四百年前……」
その数字に私は覚えがあった。確か、レヴァン山の史実に残る最後の活動があったのが、ちょうどその頃……。
私がその数字に頷いた次の瞬間、猟師は続けた。
「約四百年前、レヴァンのお山が噴火したのだよ。その時、溶岩は流れ出なかったらしいが、無臭の毒ガスが、たくさん流れ出たらしいのだな。その毒ガスが、その村を襲ったそうだ」
この猟師は毒ガスといったが、これは毒ガスではない。
火山性の毒ガスといったら、通常は亜硫酸ガスや硫化水素の事をさす。無論、それは無色だが有臭だ。もし、ガスが無臭であったとしたら、二酸化炭素だ。
二酸化炭素は、空気より重いので、盆地にたまりやすい。その盆地に間違ってはまってしまうと、あっという間に酸欠状態になって、死亡してしまう。しかも、二酸化炭素は匂いがないため、天然の罠となってしまったその場所は、傍目には分からない。
恐らく、四百年前の火山活動によって発生した二酸化炭素が、私がついこの間までいたという盆地に大量に流れ込んだのだろう。そして、そこにあった村は死滅した……。
私ははっとした。
「じゃあ、私が今までいた村というのは?」
「間違いなく、幸せの村だろうな」
馬鹿な……! あそこにいたのは、みな過去の人間だというのか……?
最後まで、渋面を私に投げかけていたレスティ。
共に戦った猟師たち。
最後の最後で私を認めてくれた村長。
そして、私を愛してくれたラティツィータ。
彼女が私の背に残した傷は、いまだにはっきりと彼女の愛を示していた。
あの人たちは、みな、過去の人間だというのか……!
そんな馬鹿な、と、私は必死にあの村の人たちを思い出そうとした。
しかし、私は誰一人として、彼らの顔を思い出すことができなかった。
イメージは湧く。だが、どんな表情をして、どんな声で私を呼んだか、まるで思い出せなかった。
「彼らは、確かにこの世の人間ではないかもしれない」
老人は口を開いた。
「だが、決して害悪をなそうという存在ではない。
わしはたどり着いたことはないが、存在自体は信じておる。迷った旅人が助けられたという話を耳にするし、鷲に連れ去られた乳飲み子が、幼児となって発見されるまで、育てられていたという話も耳にする」
私は沈黙していた。何を言っていいかわからなかったからだ。
「わしは確信しておる。
四百年前、確かに彼らは毒ガスでこの世を去った。
だが、あの村の人々は、間違いなく幸せだった。心からそう言えるほどに。
確かにあの土地はそれほど肥えた土地ではないし、彼らの生活も裕福だったとはいえない。それは今もそうじゃ。
だが、笑いの絶えない村だったそうだ。あの村の人たちは、生きている事を歓喜し、謳歌し、満喫し、そして感謝していたそうだ。無論、わしの先祖のラティツィータもな。
不慮の事故こそ起きてしまったが、彼らは死してなお、自分たちが幸せであったことを、他の人にも伝えたかったのだろう。そして、もし自分たちが力になれるのなら、惜しみなくその援助をするつもりだろう。自分達の幸せを分け与え、世界を幸せであふれさせる為に……」
ラティの子孫であるという老人の表情から、ラティの面影は見出せなかった。理由ははっきりとは分からなかったが、違うと断言できた。
私は、ラティとの結婚の直後に村が消失したときの話をした。
「それはあんたが、あの村の幸せを嘘といってしまったからだ。
決して、本心でなくともな。
彼らは、自分たちの幸せに自信を持っていた。だからこそ、嘘と言われる事に耐えられなかったのじゃないかな。わしは、なんとなく彼らの気持ちが分かる……。
あの村の幸せは、過去の物かもしれない。しかし決して嘘ではないのだ、と……彼らはいいたかったのだろうよ。
死してなお怨念をこの世に残すものは数多い。だが、死してなお自分たちが幸せであった証をこの世に残したいあの世の存在もいる。
毒ガスで滅んだ悲劇の村ではなく、その村の一員であったことを誇りに思えるような村であったという風に。
そんな彼らのことを忘れないでやってほしい。村の誇りをわかってやることこそが、越境人であった彼らの最大の手向けになる。
そして、ラティツィータも他の村人同様、あんたの抱えている不幸を、幸せに変えたかった。
……多分、これが彼女の気持ちの代弁になっているんじゃないかな」
私は思わず目を閉じ、頭を垂れた。
だが、といって、老年の猟師は、一度口を噤んだ。
「……一つだけ、あんたの話の中で、わしが信じられんことがあるんじゃ」
もちろん、あんたの言葉を信じちゃいないわけじゃないが、と前置きした上で、男は話を続けた。
ラティが火山ガスにより亡くなったのは、五十歳代半ばだという。その彼女と、私が恋に落ちたこと、そして、何より、私と恋をしたラティが二十歳代だったことが、彼には信じられない様子だった。
彼が他に出会った、幸せの村を訪れた人の話では、ラティツィータは、壮年の女性なのだそうだ。彼女は、村を訪れた人間の食事等の世話をしてくれたという。
彼の話でラティの容姿は思い出せなかったが、彼女の晩年の様子を聞けば聞くほど、この老人のいうラティツィータ像が、レスティに投影されて仕方がなかった。
なぜ?
レスティは、私とラティとの結婚を反対していた。理由は聞いても答えてくれなかったから不明だが、とにかく反対し、怒っていた。
村の出来事を微かにしか思い出せない私ですら、はっきりとレスティが怒っていたことを思い出せるほどに。
なぜ?
レスティは、私がラティと交わした約束を事こまやかに知っていた。それどころか、私とラティの会話を全て知ってさえいるようだった。
勿論、私とレスティが話しているときには、そんなことは微塵も感じさせなかったが、考えてみるとそう思える節がいくつか思い浮かんだ。
なぜ?
ラティと愛を確かめたその晩、私がラティとの結婚の事を話す前からレスティは全てを悟っていたかのように機嫌が悪かった。
なぜ?
尽きぬ泉のようにこんこんと湧き出てくる、幾つものレスティへの「なぜ」。
「レスティ……。あなたは一体、誰だったのか……?」
私は思わず、面影すら思い浮かばぬ壮年の女性の名を呼んだ。
と、突然老人は驚いたような表情で私を見つめた。
「……わしか? わしは只の猟師じゃが……、ちょっと引退を考えておるよ。体が痛くてのう」
老人は笑って頭を掻いた。
その時、私は全てを悟った。
他の人間にはとるに足らぬ事象。しかし、私にとっての恐るべき真実。
それは、通常で考えれば全く非現実的だった。だが、結論を前提に今までの事を思い返してみると、全て説明がつく。
ありえないことではない。とりわけ、相手が幽霊であるというなら……。
レスティとラティは同一人物。
これが私の出した結論だった。
突飛な結論だと言われれば、まさにそのとおりだ。
私がそう思うに至った理由は只一つ。
私の『なぜ』に対して、もっとも明快かつ納得のいく解を与えてくれること。それだけなのだから。
そして、それは正しかった。
人は大抵、苗字と名という二つの呼称を使い分けることで、人間は、己の中にいる二つの自分を使い分ける。片方は、社会的な側面を持つ自分。理性の自分、と言い換えてもいい。それが苗字の自分。そしてもう片方は、内面を深く掘り下げた時に現れる本当の自分。本能の自分だと言い換えられる。それが名の自分。
ラティツィータ=レスティ。享年約五十歳。
彼女は、幸せの村の住人として、理性的に私を愛し、慈しんでくれた。それと同時に、彼女は女としても私を愛してくれた。
自分で言うのもおこがましいが、彼女は、人間として私に惹かれると共に、女として私に惹かれていた。
理由は、今となってはわからない。
だが、本能的に私を愛してしまった彼女は、私からの愛をうれしく思うと同時に、非常に戸惑ったはずだ。理性と本能が烈しく争ったはずだ。
彼女は死者。私は生者。
年齢の壁、時間の壁以上に、生死の壁が彼女と私の間に立ちふさがったはずだ。その壁を乗り越える事は不可能であることを、理性の彼女は気づいていた。そして、私を止め、本能の彼女を止めた。だが、止まらなかった……。
死者が生きている者を連れて行ってはいけない。もはや、レスティがラティを止める為には、村を消し去るしかなかったのだ。私に『嘘《あの言葉》』を言わせることで。
だが、レスティは私から全てを消し去ったわけではなかった。一人の女性が私を愛してくれた事実。そして、一人の女性の愛を勝ち得た自信までは奪い去らなかった。
いや、レスティとラティは、二人がかりで、私の真の幸せを示してくれていたのかもしれない。
私は、思わず村のあった方角に頭を下げていた。




