第二の戦いとその勝利、そして……
主人公たちは、婚姻をついに尊重より認められます。しかし、主人公の一言は、そんな『彼らの存在』を疑ってしまいました。そこで、すべては無に帰してしまいます。
夢の中で、突然起こったイベントが理解できずに立ち尽くす、そんな記憶はありますか?それを再現できたでしょうか。
正念場だった。
私はこれから人生最大の障害に立ち向かわなければならなかった。私にとって、最大の敵だが、ラティツィータにとっても最大の敵のはずだ。
ラティツィータは、私や他の村人の命を助けた英雄だ。
だが同時に、村の存亡の危機という緊急事態でありながら、彼女は村人の中で唯一、村長命令を無視して単独行動をとった、命令無視の犯罪人でもあった。
ましてや、命の危険を顧みず、戦闘に参加した事は、村長の命令が絶対の村の掟からすると、許されざる問題だ。文字通り、村八分にされたとしてもおかしくはない。
しかも、彼女は、そのことについて、村長に一言も謝罪をしていなかったという。
彼女自身、私を助ける為とはいえ、自分勝手な行動をしてしまったこと自体は悪いと思ってはいたようだが、もしそこで謝罪をしてしまったら、私を助けた行為までも悪い事だと認めてしまうようで、直に村長に謝罪しにくかったようだ。
だが、これからこの村で私とラティが生活していくためには、なんとしても許してもらわねばならない事がある。
まずは、ラティが、村長命令を無視して単独行動をとったことについて。次に、ラティが、女性は戦闘に参加してはいけない、というこの村の掟を破ったことについて。そして、私とラティツィータの結婚について。
敵は強力。
だが私は、これから相対する敵には、毅然とした態度で望まねばならないと感じていた。
そこで、私は彼女にも毅然とした態度で臨んで欲しいという意図を込めて、少し強い口調で、村長の元への同伴を命じた。
「なによ。命の恩人に向かって命令するつもり? しかも、そんな命令なんて、意味のないことしないで。私から率先してついていくんだから……」
今回の問題の当事者であるはずなのに、事の重大さを理解していない彼女に対する腹立たしさと、それに勝るとも劣らない愛おしさとで、高ぶる感情をどう処理してよいかわからなくなった私は、息ができなくなるくらい彼女を強く抱きしめた。
彼女は苦しそうに呟く。
「うぐぐぐぐ……、これは厳しい刑罰だわ……。抱擁の刑ね……」
全ての事柄について、村長の許可は一瞬だった。
ラティツィータの罪は一瞬にして消えた。そして、私とラティの元に残ったのは、村人を救った英雄の称号と、村長の祝福の言葉だった。
私はついにこの村の一員として認められたのだ。
式は、屋外で行われることになった。教会に全員が入れなかったからだ。四十人足らずが入れない教会などないと思う人もいるだろうが、この村では家畜やペットまでが式に参加することが風習となっていた。村人の総数に家畜の総数を含めると、どう考えてもすべての動物たちを教会に入れることはできない。というよりはむしろ、教会の容積が足りない、というべきだろうか。まあ、家畜に婚礼の儀式の意味がわかるとは思えないが。
式は、ラティの希望もあって、青空の下で行われることになった。
我々に幸せを誓わせる神父の言葉は、内容は分かったので、さして気には留めなかったが、この地方独特の訛りの入った酷い古語だった。
彼女のウエディングドレスは、最後まで結婚を反対していたレスティの手で作られた。村長が、レスティにラティのドレスを製作するように依頼したらしかった。私は、母も同然のレスティに、なんとかラティとの結婚を認めてくれるように必死に頼み込んだ。
彼女は頑として反対した。彼女の強情なところは、ラティのそれと比較してもまるで遜色がなかった。
彼女がついに折れたのは、結婚式前日だった。それまでは頑として反対していた彼女だったが、最後は、半ばあきらめた様子だった。
レスティは、私とラティとの婚姻を認めてくれたその晩、一睡もせずにウエディングドレスを仕上げてくれた。後で聞いた話だが、そのウエディングドレスは、彼女が若かりし頃、やはり彼女自身の結婚式に身に付けたドレスを修繕してくれたものらしかった。しかし、出来上がったドレスを私に手渡す時も、彼女の表情は輝きを取り戻すことはなかった。
彼女は悟っていたのかもしれない。これから起こることを全て……。
結婚式の際、私が身に纏っていた民族衣装は、村長がかつて、自身の結婚式の際に身に纏っていたという正装だった。美しい鳥の羽飾りが施された額飾り。右肩からたすきをかけるように身に付けた、不思議な文様の肩飾り。宝石がちりばめられた装飾剣。
ラティのそれは、私と似たようないで立ちだが、額飾りが女性用に、髪を纏めるような作りになっていた。そして、肩飾りと同じような文様のスカートを身につけていた。
血縁者のいないラティの保護者役は、村長が買って出ることになった。
この村では、新郎は新婦側の保護者が用意した正装を、そして、新婦側は新郎側の保護者が用意した正装を身に纏って結婚式に出席するという風習だった。
双方の保護者は、結婚式というイベントの後に、その衣装と共に、今後長い間必要となっていくだろう生活必需品の一部を餞別として二人に渡す。新郎と新婦は、保護者達に渡された道具を携えて、村人全員が見送る中、彼らは村の門を出、旅立つ。伝説の『幸せの村』を目指して。
無論、実際に村を出て行くわけではない。新郎と新婦は、村の周囲をぐるりと一周してくるだけだ。だが、彼らがたどり着いた村の入り口は『幸せの村への入り口』だということだ。彼らは伝説の『幸せの村』にたどり着き、永遠の幸せを手に入れ、そこで新しい生活を始める。
二つの家族が、二人の婚姻を認め、祝福し、互いの子供たちの面倒を見ることで、当人たちだけではなく、家族としてのつながりも深めていくという共同作業。それがこの村の結婚の儀式だった。
今考えると、ラティの「幸せの村って知っている?」という、あの言葉。それは、私に対するプロポーズだったのかもしれない。……馬鹿な。プロポーズは男からするものだというのに。
村人と家畜と、ペットとが作った花道の中を、私たちはゆっくりと、かつて私が倒れていた門に向かって歩いていた。
いよいよ幸せの村への旅立ちの時が来た。
「いよいよだな。ラティ」
村人の歓声が、優しいそよ風にのって、私たちの耳に届いた。
風が森林をやさしく撫ぜ、それに答えるように木々が歌った。
小鳥たちが私たちの上を飛んでいった。
森林をかき分けて進んでいく道の脇に咲き乱れる花たちが、私たちを見て微笑んでいた。
遥か遠くに聳え立つ連峰にはまだ残雪がある。
その山脈の遥か向こうに立ちあがる入道雲は、これから幸せに向かって天高く舞い上がろうとする私たちの気持ちを代わりに表現してくれているようだった。
「ええ。これから私たちの新しい生活が始まる……」
彼女の言葉は、心地よく私の耳に届いた。
これから、彼女の言葉は私にのみ向けられる。彼女の声が、私の名を呼ぶ。彼女の抱擁が、私の心を癒す。彼女の唇が私に愛を与えてくれる。
彼女の……。彼女の……。彼女の……。
だが、私がラティツィータの言葉を耳にしたのは、それが最後だった。
「私には、今迄のことが、まるで嘘のように思えるよ」
私は、彼女にそれを否定してもらいたかった。だが、彼女はそれを否定しなかった。
若干の沈黙に、私は一抹の不安を覚え、私の左側に立っているはずの彼女を振り返った。
彼女の顔からは表情が消えていた。そして、私の顔をずっと見つめていた。
ふと嫌な予感がして、先ほどまで花道を作っていた村人の方を振り返ってみた。
彼らも同じだった。まったくの無表情で、私をじっと見つめている。
村長も、共に戦った猟師の仲間も、そして、私の結婚に最後まで反対しつつも、最後には喜んでくれたレスティも。
それだけではなかった。
花道を作る家畜も、ペットも、すべて私の方を見ていた。まったくの無表情で。
私は訳が分からず、私の顔を見つめるラティと、村人たちとの間を見比べていた。
まるで古いテレビを見ているかのように、私の視界全体にノイズが走り始めた。
そのノイズのせいで、徐々に周囲の背景が見づらくなってきた。
眩暈? まさか……。
頭が呆けた次の瞬間、すべての景色が、まるでそこにいるのを拒むかのように、一気に上空に逃げ出していった。
数瞬後、私は一人、深い森の中で立ち尽くしていた。目でなんとなくラティを探すが、彼女の姿は見えない。
しかし、呆けていた私には、それが異常事態だとは感じられなかった。
私は、現在自分が置かれた状況がわからず、周囲を見回した。
見慣れた森、見慣れた草木。見慣れた空。ただ、村だけがなかった。建物も村人も、ラティさえも。
消えたラティ。消えた村人達。消えた村。
私はただ、呆然と立ち尽くしていた。
と、私の頬に当たるものがあった。
それは風に揺れる衣装の肩飾りだった。




