墓の在り処
アルバストン墓地。
街の郊外に位置する周囲を畑に囲まれた中規模の墓地であり、五百年以上の歴史を持つ古い墓地だ。
墓地の敷地は楕円形に広がっており、中心に向かうほど古く、端の方ほど新しい墓となる。敷地は途切れ途切れにレンガ造りの背の低い花壇兼塀に囲まれていた。
墓はその形状からある程度宗派ごとにまとまっているように見える。大別すると十字架というシンプルな形状のものと長方形の石板の二つに分かれるようだ。
地面には緑の雑草が生え、紫や白の名も無き花が咲いている。
「墓石が無ければただの公園のようですね」
午後三時のおやつの時間、チャーチヤード姉妹と私の二人と一神は曇り空の下、墓地内を散策していた。端から端へと続く最長対角線上の通路を西から東へまっすぐ歩く。
私たちは仕事の下準備として今回の現場の下見に来ていた。クロエいわく「入念な下準備ができれば依頼は半分もこなしたようなもの」らしい。経験に裏打ちされた言葉のようでなるほどとわからなくもない。敵を知り己を知れば、という奴なのだろう。
そしてそのクロエとシロネといえば、
「死神ー、腹減ったー」
「ちょっとおやつ買ってこーい」
「……お前らなあ」
仕事の時や家にいる時とは違い、二人は変装のためかいつもは二つに結っている髪を下ろしていた。
金のロングヘアーと銀のショートヘアー。生憎の曇り空のせいで陽の光にきらめく髪も今はその輝きを失っている。
服装もクロエは白のニットキャップに黒のジャージ、シロネは牛柄のパーカー、どちらも下はお揃いのジーンズであった。
印象に残らない格好を心がけているようだが、幸い来園者は二組ほどしかいなかった。
「ハインツさんからお小遣いをもらったんでしょう? それで帰りにクレープでも買って食べてください」
「今食べたい」
「いつ食べるのか?」
シロネの音頭で二人は声を揃えて言う。
『今でしょ』
イラッときたので思わず二人の頬をつねってやった。
「イタタタタタタタタ! 暴力はんたーい!」
「イテテテテテテテ! あたしらのもちもちほっぺがうらやましいのかコノヤロー!」
腕を振り上げて抗議の声を上げる二人へのお仕置きもこの辺にして本題に入る。
まずは被葬者についてだ。クロエがつねられた箇所を押さえながら解説する。
「埋められているのはサイラス・クラウディー子爵。今から二百年ほど前の小貴族。生没年は新暦298~351年。黒魔術に傾倒し、数人の魔術師とともに死後の世界に関する研究を行っていたらしい」
こういった被葬者情報はハインツが依頼人から聞くもしくは独自の調査で入手して二人に渡すことになっている。さらに詳しく知りたい場合は図書館に行くか、ハインツを通して依頼人に尋ねる算段になっていた。
「黒魔術ですか。もう嫌な臭いしかしませんね」
「プンプンするぜ」
シロネが相槌を打つがその危険性を本当にわかっているのだろうか。
仕方ない、解説してあげよう。
「神の御技である《魔法》を模したのが《魔術》。魔術といっても精霊術や召喚術、錬金術など細かく分けられますが、闇の力を利用したものを総じて《黒魔術》と言うんです。……シロネさん、聞いてますか?」
「……んあ、聞いてる聞いてる」
ほんとかよ。
大口開けてでっかいあくびしてたじゃん。
「ここで言う闇の力とは基本的に悪魔の力や邪神と呼ばれる異形の力を差すのですが、反対に神への祈りを魔術に転用したものを《白魔術》と言います。……シロネさん、聞いてますか?」
「……んあ、聞いてる聞いてる」
嘘つけ。
半目で舟漕いでたじゃん。
「白魔術が教会所属の魔術師を中心に使用されているのに対して、黒魔術は大陸全土で現在その使用が禁止されています。……シロネさん、なぜだかわかりますか?」
「……んあ、聞いてる聞いてる」
「聞いてないじゃないですか……」
完全に目が閉じてるし、鼻チョウチンが膨らんでんじゃん。
立ったまま眠りこけるという器用な芸当に呆れを通り越していろんな意味で感動を覚えていると横でクロエが無手のままバットの素振り行っていた。
「シロネはあとでケツバット五十回として、黒魔術が禁止された理由? 悪魔や邪神の力を借りるからだろ?」
「そうです。悪魔や邪神は狡猾です。人間の弱みにつけこみ、対象者とその周囲を不幸にする。人間の不幸こそが彼らの幸せなのです。まあ、他にも理由があるのですがそれゆえ悪魔や邪神の力を用いる黒魔術は禁じられています」
《異端》とか言われたりしてね。
「じゃあさ、悪魔や邪神との契約がアウトなら死神は?」
シロネの尻部を蹴りながらクロエが問う。
蹴られたシロネは「ぎゃおっ!」などと怪獣のように叫び、自分の尻を撫でていた。
思わぬ質問に私はわずかに逡巡し、
「……普通、死神は人間と契約したりしませんから」
と曖昧な笑みとともに答える。
死神とはあくまで死の神格化であって言うなれば空気みたいなものである。
ただそこにあるだけだ。
「ふーん、まあどうでもいいや。それより問題はこの墓の中からどうやってサイラス・クラウディー子爵の墓を探すかなんだよなあ」
墓地を見渡しながら何気ない口調でクロエは言うがシロネは驚いたように目をぱちくりと丸くしていた。
「は? え、わかってないの? その墓の場所」
「うん、案内図とか無いし」
「整理されてるわけじゃなさそうですね」
墓地の初めごろは中央に埋められていたのが時代とともに楕円形に広がっていたことしかわかっていない。しかし、あの時代の墓はだいたいこの辺りと大雑把になら判断することができるかもしれない。
「というわけで墓発見勝負な。一番最初に見つけた奴が勝ち。負けた二人が勝った奴にデザートをおごる」
「オッケー。スペシャルな奴を頼んでやろうっと」
クロエが背筋を伸ばしながら意気揚々と告げる。一方、シロネは気の早いことにすでに買った後のことを見据えているようだった。取らぬ狸のなんとやらである。
「え、私も参加するのですか? できれば審判がいいのですが」
「あ? 何言ってんだ? 空気読めよ、だからボッチってことにどうして気づかないかなあ」
「みんなでわいわいゲームしようって時にないわー、超ないわー。参加することに意味があるのにね」
自分より年下の人間に泣かされそうになる死神、つまり私であった。
「わっわかりました。私も選手として参加します。だからその蔑むような目をやめてください!」
二人は私の了承に満足したのか、腕を組んでむふーと満足げな笑みを浮かべる。
「いいよいいよ、その積極性」
「そんなにやりたいならそう言えよー」
「……もう帰っていいですか自分」
『やーん、いけずー』
子供の言う事だから、と自分に言い聞かせることで平常心を保つ。
二人は背を向けた私のローブを両手でつかんで放そうとせずに、甘えたような声で可愛らしく振舞っていて見る人が見ればコロッと騙されるかもしれない仕草を見せていた。普段のお前らを知っている私が騙されるわけないだろうと声を大にして言いたい。
「それじゃあ制限時間は誰かが見つけるまで! よーい……ドン!」
クロエの合図で一斉に駆けていく私たち。
何事もゲームにしたがる辺り子供だなと思うが、それはそれで微笑ましく思ってしまう辺り私もまだまだ甘いのだろう。でも、こういった競争心を持つのは決して悪いことではないはずだ。競い争うことを止めた時、人間の進歩はそこで終わるのだから。
されど、勝つことに慣れても負けることに慣れてもいけない。その先に待っているのは傲慢と怠惰だ。勝ちたいという欲求と負けたくないという危機感が人間を高みに押し上げる。それが多くの人間の死を見てきた一人の死神による人間観だった。
✞
「ハイ! あたしの勝ちー」
一時間後。
とある墓石の前でシロネが発見したことを叫び、大きく手を振っていた。
そこは墓地の東側に位置する場所で、私は北側、クロエは南側を探していた。
まさかそんな陽がいずる方角に埋めてあるとは思わなかった。悪魔信仰には疎いが少なくとも太陽が沈む西側、太陽から遠い北側だと考えていたが予想は外れたようだ。
シロネのところにクロエとほぼ同時に到着するとシロネが腕を組んで胸を張り見るからに勝ち誇っていた。
「ちっ、シロネの勝ちか」
「おめでとうございます、シロネさん。ところで私、今月はちょっと金欠で……」
「うへへ、一番の高いクレープを頼んでやるぜ」
やはり容赦はしてくれないらしい。
死者だけでなく敗者にまで鞭を打つのがチャーチヤード姉妹である。
「で、ここがサイラス・クラウディー子爵の墓か」
クロエの言葉につられて目をやれば、周囲の墓とはどこか異様な雰囲気が感じられる古びた墓があった。六角形を半分に切って縦に伸ばしたような石板という点では他の墓と大差はないが、上部に単調な線で彫られた大きな一つ目が不気味な印象を与えていた。それは無機質に見られているという違和感に起因するものだと思われる。
目の上には被葬者の氏名『サイラス・クラウディー』、目の下には碑文があり、古い文体で短い文章が刻まれていた。
クロエが顔を近づけながら銘文を読み上げる。
「『此は御使い達の獄舎であり、彼らは永遠にここに留め置かれるのである』」
日頃の調査の賜物なのか、すらすらと読み上げたことに感心する。
銘文を聞いたシロネがうんうんとわかったように頷き、クロエに問うた。
「クロエ、どういう意味?」
「さあ。死神、どういう意味?」
「さあ。シロネさん、どういう意味だと思います?」
「俺の墓は牢獄だから開けたらヤバイぜ」
またずいぶんと俗っぽく訳してくれたがだいたいそのような意味であろう。
「祟りや呪い的な意味でしょうか?」
「深い意味が無いと思いたいけどねー」
「まあ、墓の場所もわかったし、後は本番あるのみだな。逃走経路という逃走経路もただ人がいる方向とは逆に逃げればいいわけだし」
東の出入り口を見据えると管理人が常駐しているわけでも門があるわけでもなく、完全に出入り自由な構造となっていた。
「それじゃあ、当初の予定通り深夜1時に作戦を決行する」
墓地を後にした私たちはそのまま帰ろうと帰路に着いたがシロネが土壇場で罰ゲームのことを思い出し、私とクロエはスペシャルゴールデンクレープセットという店で一番高いメニューをおごらせられることになってしまったのだった。




