大川冴子
初投稿です。公募では出しにくい構成の物語を描いてみました。
文字数があまりないので、するっと読めると思います
「おはようございます!」
八時半。
やまびこでも帰ってきそうな書類に挨拶をした。
監視カメラはあるが誰もいないオフィスは私を強いものだと、思わせる。
この10人くらい入る部屋に私のスペースがあるなんて。
朝は必ずインスタントのコーヒーを入れる。匂いが部屋を包むと同時にこつん、こつんと心地のよい音が聞こえる。きっと桜子さんだ。
「おはようございます。」
ひかえめにふんわりと揺れるスカート。肩につかないショートカット。少し赤毛が光る茶色と八重歯隠した愛嬌のあるきゅっとした笑顔。
ここまでの愛くるしい顔をした人はなかなかいないと喉の奥が鳴る。
あぁ。私のものにしてしまいたい。
マグカップを二つ出す。
こぽこぽと流れる音は心地よい。当たり前のように受けとる彼女の小さな手がとても愛しかった。
ミルクを入れて混ぜる、マーブルにならないように執拗に。
彼女は気づいているのだろうか。ボールペンの行方を。ファイルの紙の少なさを。
私が物を貸すとき貴方の体温を確かめるように触れていることを。
「江口さん、あなたのデスク勝手に漁ってたよ、よくもの無くすから、とりあえずで皆から借りてんじゃない?」
ひそひそと種をまく。噂なんて挨拶に過ぎない。
孤独にするのも、孤独を埋めるのも、全部私が包んでデコレーションして。
数週間もすれば、彼女を取り巻く人はいなくなった。
スマホでニュースを見ながらため息のような、焦りのような音を出す彼女を見て、頬が緩む。
「桜子さん、ランチ行かない?」
お寿司ランチなんて、なんともまぁ、OLっぽい。
今度は休日に、お高めのイタリアンでも誘って見ようか。少しおしゃれな彼女が見れるかもしれない。
サーモン、マグロ、ネギトロ、小さな口に収まる寿司が羨ましくて、自分の寿司をほってたらかしにして眺めた。
熱い視線を送ってるのに気が付かない。
彼女は鈍くて、人の悪意も、好意も気づかない。
それでも、私の悪意にその小さなな頭を悩ませてくれているなら。
嬉しそうにお寿司を頬張る彼女とは裏腹に事態は結構深刻化している。
職場での彼女の周りが暗くなる。彼女を否定する言葉がすくすく育つ。
そろそろ取り囲めるだろう。
「おはようございます!」
8時半。
繁忙期が過ぎて、空っぽのデスクと観葉植物に挨拶をする。
ちょっぴり響いて、私が伸びる。
湯気が噴き出る。今日もマグカップを二個、用意する。
一個目にこぽこぽと注ぐ。
それでも今日は、いくら耳を傾けても二個目に注ぐことができなかった。
10時50分。「江口さんが逝去されました。」
上司が放った言葉はピンポン玉みたいに人々を跳ね返った。
目の前のデスクが埋まらない。
大きな目を伏せながら仕事を一生懸命こなしていた彼女はいない。
私は、給湯室で泣いた。おもちゃを取り上げられた子供みたいに。
わがままな涙だった、わかってた。けど本当に好きだった。
混ざって混ざって。一緒になりたかった。
願わくば、彼女の額に、唇に触れたかった。
彼女はもう、骨になった。
歯を隠してた小さい唇も、柔らかな頬も。
ふんわりとしたスカートが似合わない体になっていた。
愛。




