第8話 感情、という名のノイズ 前編
第8話です!他話もぜひ見てください。コメントも募集中です!
「着きました」
そう言って、彼女はぴたりと足を止めた。
「え? 着いたって……何もないけど」
「もう、すでに見えているはずです」
俺も足を止め、辺りを見渡す。少し遠くには、先ほど祖母の言っていた氾濫した川は見えるが、他には特にないただの砂利道だ。
——そのときだった。少し先の、一本の木の横に、一人の少女がいた。地面にうずくまり、膝を抱えて、雨の中で泣いている。……おかしい。こんな場所に、避難もせず、一人で?だがそんなことはどうでもいい。
「……っ」
反射的に、そちらへ駆け出そうとした。だが次の瞬間、腕を掴まれて動きを止められる。
「待ってください。その行動はあまり推奨できません」
「なんだよ。泣いてる女の子一人、助ける暇もないってのか?」
苛立ちを隠さず言うと、彼女は少女の方を指差した。
「やはり、見えていますね」
一拍置いて、続ける。
「ただし、一つ訂正します」
「彼女は——人間ではありません」
「……は?」
「あなたが見ているあれが」
「このメモリアに残された意思。——怨念です」
俺は、改めて少女を見る。どう見ても、ただの助けを求めている女の子だった。
「あの子が……この豪雨の原因だっていうのか?」
「そうです」
彼女は、感情の一切を交えずに言い切った。
「だとしても、とりあえず話だけでも——」
「だから、それは推奨しないと言っています」
声が、わずかに強くなる。
「今、あの怨念に近づけば——」
「……怨念は、どこだ?」
言い終わる前に、視線を戻す。——さっきまで少女がいた場所。そこには、もう誰もいなかった。
「——危ない! 後ろです!」
叫ばれて、振り向いた、その瞬間。
「ヒトリ……? ヤダヨ」
小さな声。冷たい手が、俺の手を握った。次の瞬間
——頭の中に、何かが一気に流れ込んでくる。それが“俺の感情じゃない”と分かっているのに、境目が、急速に溶けていく。彼女が何か言っているが、何もわからない。立っていられなくてその場にうずくまる。
蘇るのは、父を失った、あの雨の日。名前を呼んでも、返事がなくて、世界に俺一人しかいなくなった、あの感覚が、今まさに身体中を駆け回っている。雨音が、急に遠くなった。視界の端が、にじむ。
——ビリッ。突然体に電気が流れた感覚が走る。目の前が少しチカチカする。そこでようやく、意識が現実に引き戻された。
「……意識は、戻っていますか?」
そう言って、彼女は倒れた俺を覗き込んでいる。
「……今、のは?」
「今のは、電流を一瞬、体内に流しました。ひとまず意識は戻ったはずです」
「先ほどのは、怨念の記憶です。あと数秒遅れていれば、回復は不可能でした」
「……記憶、か」
「……ありがとう。助かったよ」
すぐに立ち上がろうとしたが、足がわずかにふらつく。すると彼女は、手を目の前に差し出した。
「さあ、早く立ってください。あまり悠長なことをしている暇はありません」
俺はその手を取る。少しひんやりしていた。それでも、なぜだか安心する、そんな手だった。俺は立ち上がりながら、彼女に聞いた。
「怨念を解放する歌ってので、どうにかならないのか?」
「先ほど、私はあの公園で怨念に歌を聞かせました。しかし、解放には至らず、逃げられてしまいました。また歌ったところで、解放できる確率は極めて低いでしょう」
「さっきの子は?」
「あそこです」
彼女の指差す先を見る。女の子は、また先程と同じ場所で、うずくまっていた。
足のふらつきも収まり、俺は再び少女の方へ向かおうとする。だが今度は、握っていた手を引き止められた。
「……じゃあ、どうするんだ?」
「歌を再構成します。少し、ここで待っていてください」
そう言うと、彼女は少女の方へ走り出す。そして、うずくまった少女の頭を掴んだ。
「おい、何してんだ! そんなことしたら、お前も——」
だが、俺の予想とは裏腹に、彼女が倒れる様子はない。彼女はそのまま、こちらを振り向いた。
「流石に、気づいていると思いましたが」
「私は、いわゆるアンドロイドと呼ばれる存在です」
「……アンドロイド?」
俺が呟くと、彼女は怨念の少女の頭を掴んだまま、淡々と答える。
「はい。あなたの言葉で言うなら、その分類が最も近い」
「私は“記憶”を情報として処理します。感情に飲み込まれません」
どうやら、怨念の少女に彼女は見えていないらしく、ただ手をバタバタと動かそているそれでも、彼女の表情は、微塵も変わらなかった。
「……解析完了です」
そう言うと、彼女は無表情のまま女の子を掴んでいた手をパッと離す。女の子はその場に落とされてまたうずくまった。
「そんな乱暴に扱うなよ」
「なぜ?怨念に痛覚はありません。抵抗されても面倒なのでこれが最適解です」
「俺らの目的はその子を救ってやることだろ」
「この怨念は、既に被害を出しています」
「それでも、あなたは“救う”という選択を取りますか?」
「それが俺のやり方だ」
「街が滅びるまでもうあまり猶予はありません。それでもあなたはそのやり方を貫くと?」
雨足は強まっているが、いまだに会話は平行線のまま進まない。その時、川の方からけたたましい音が響き渡る。
「川の氾濫を確認。この場から離脱してください」
「それじゃあ、あの女の子は」
「今は——ひとまず諦める以外選択肢はありません。もうそこまで迫ってきています」
彼女はそう言って、俺の手を引っ張る。俺もここは逃げるしかないと思って女の子に背を向けた、その時——うずくまった少女が、か細い声で呟いた。
「……オ父サン……ドコ……?」
俺はその言葉を聞いて、とあることに気付く。寂しい。一人。手を握る。——その感覚が、胸の奥で重なった。それに気づいた時、ようやく“助ける方法”の仮説が立った。成功率は低い。それでも、
——今度は、俺が伝える番だ。
現在、カクヨムをメインに焼きそばにきという名前で行なっています。ぜひそちらの方も見てください。一章は毎日投稿予定です。




