閑話 リジィー・スロードの過去1 コプレーションとの出会い
チーム「コプレーション」それはかつてリジィーという青年が所属していたチームである。
その当時のチーム構成は男性二名、女性二名の計4名。職業の構成は至ってオーソドックスな物であり、剣士、レンジャー、魔法使い、神官……という、かつて4英雄が組んでいた編成と同じ物であった。
彼らの働きは目覚ましく、風の噂では4英雄の生まれ変わりなのではないかとさえ言われていた。勿論、その力に目を付ける者も多く、主要4国からは何度も国の中核に取り立てようという動きを受けていた。
しかしコプレーションのリーダー……レイ・ストロノークの方針により、その全てを拒否し。冒険者として活動を4人は続けていた。
彼曰く、中核に入れる人物の代わりは幾らでもいるが。冒険者として、不特定多数の人を助ける事ができる者の代わりは少ない……のだそうだ。まぁ、そんな彼だからこそコプレーションは纏まっていたとも言えるのかもしれない。
しかしやがてそれも終わりを告げる。リジィーという青年が脱退を申し出たのだ……勿論、レイを含め残りの女性二名……ローズ・バラ・ローザとユリス・エレクシアの両名も反対をする。何故なら、彼らの知る限り、リジィーというレンジャーの代わりを務められる程の優秀なレンジャーは存在しえなかったからだ……勿論それとは別に、仲間として過ごしてきた友情もあった……リジィー本人はどう思っているのかは解らなかったが……
ともかく、彼らは全力で引き留めた。
しかし彼の言葉は変わらない。その押しても引いてもびくともしない姿から、やがて彼らはリジィーの脱退を認める事となる。
コプレーションのその後の動きに、特段の変わりは無かった。リジィーが抜けた穴を埋めるため、新しいチームメンバーが一人加わった位である。
その切り替えの速さから、チームの不仲を疑う様な噂が流れたがそんな事は全く無い。むしろその逆、……いつリジィーが戻ってきても良い様に、チームの名声を維持しようと活動していたのである。
故に今日も彼らは野を超え山を越え、ギルドから発注された依頼をこなしていた……
◇◆◇◆◇◆◇
ウル・ケイン……nそれがリジィーが抜けた穴を埋める、新たなメンバーの名だった。
年の頃は14歳の少年。レイ、ローズ、ユリスの3名のメンバーと比べても低い身長と、未だあどけなさが残る顔立ちが特徴のレンジャーだった。
冒険者の格は金の7本線、その14という若い年にも関わらず相当な実力者である……nというのが彼を知る者の総合的な評価だ。
彼がチームに誘われたのはもう半年以上前になる……シオン王国のとある都市、その都市で個人活動をしていた所をレイ……チームリーダーを務めるレイ・ストロノークに誘われたのである。
チームという存在自体に、さして興味を抱いていなかったウルではあるが……この世界では聞いた事が無い者がいない程のチームであれば、それはまた別の話であった。
その当日に了承の返事を返し、それを受けたレイに連れられ……
彼はチーム「コプレーション」の残りのメンバーと顔合わせしたのであった。
その後のウルの活動は特に変わる事は無かった。今までの日常が、コプレーションというチームの一員として活動している、という結果に変わっただけであるからだ。
それでも、彼はその事に何の失望も抱いていなかった。何故なら、一人での活動に限界を感じ始めていた彼にとって、コプレーションのチームワークはとても魅力的に映ったからだ。だから彼は努力し続けた。リジィーという存在の穴を埋められる様に、自身がその場所にいるのだと胸を張りたいが為に。
コプレーションのメンバーも、その頑張りを認めてくれたのであろう。段々とではあるが、全員との関係が打ち解けていくのをウルは感じていた。
そんな助け、助けられつつ依頼をこなしていく中で、ウルは段々にリジィーという人物について興味を持ち始める。
勿論、彼の噂はかねがね聞いていた……何故なら、このコプレーションのメンバーの中で一番美名と悪名が多いのはリジィー・スロード……その人だったからである。
だがコプレーションのメンバーの会話……その言葉の端端から、今世界に広まっている噂……そのほとんどが間違っているのが解ったのである。
(一体どういった人なのだろうか……)
人間とは貪欲な物だ、一度思ってしまえば貪欲な思考はどんどんと大きく……巨大になっていく……それでも知りたいという思いをどうにか抑えていた……チームメンバーの内情を聞くのは、チームとして活動して行く上でのタブーであったからだ。
何故タブーなのかというのには色々と理由があるが……大きな理由を上げるとするのなら、人間関係を大きく動かすのを避けるためというのが大きい。
悲惨な境遇に対する同情、恵まれた境遇に対する嫉妬など……上げると切りがないがそういった感情は大事な局面でミスを招かね無い。
よって、それを未然に防ぐ為にも互いが互いに一定ラインを引き、それ以上に踏み込む事はお互いにしない……という暗黙の了解があった。
中にはそのタブー破り、自身の事情を開示する者もいるにはいるが……それは長い年月を経て、しっかりとした地盤の上に築き上げられた信頼が成せる事、少なくとも今の自身には当てはまらない物だった……
だからこそ、ウル・ケインはリジィー・スロードという人物について、知りたいと思いながらも、知るための一歩を踏み出す事が出来ていなかった。
それは今までもそうであったし、これからもそうであるはずだった……その時までは……
「リジィーさんってどういう人だったんですか?」
何故その言葉を発してしまったのか解らなかった。自身の気の緩みからか、自身の想像以上に知りたいという欲求が大きくなっていたのか……はたまたその両方か……
ともかく、今まで必死に抑えていたその言葉は、はっきりと自身の口から出てしまっていた。
(やってしまった……)
人は……詮索されるのが嫌いな生き物なのだ。それが自身にとって大切な記憶であればあるほど……
だから聞きたくても聞けなかった。少なくとも、彼らにとって……いや、コプレーションというチームにとってリジィーという人物が大きな存在であると感じていたから……
既に日は落ち始めた平原の中
野営の準備をしていた各々は、一斉にその手を止め此方を見ている。
それに脅される様に、違うんです……と……今のは聞かなかった事にしてください……と言いたかった。だが喉はひり付いた様に動かず、言い訳の言葉すら出す事は出来ない。
「リジィー……か……」
そんな中レイが口を開いた。その少しばかり戸惑った声音のまま、彼は女性二名、ローズとユリスに顔を向ける。
それに対する二人の反応は微妙な物だった。両者共に整っているその顔に、少しばかり困惑の色が浮かんでいる。
二人のその反応に、レイはやっぱそうなるよな……と返し、僕に顔を向けてくる。
「うん、リジィーを一言で説明するなら天才だが……聞きたいのはそういう事じゃないんだろう?」
そのレイの言葉にウルは驚く、まさか答えてもらえるとは思っていなかったからだ。
「い……いいんですか? リジィーさんの事を聞いて……」
人間の体とは現金な物だ。危機が去ったと思ったらその瞬間に行動を開始する。少しばかり引き攣った声で、レイに確認をする。
「いいも何も……あいつが戻って来た時に、あいつがどんな奴なのか知らないと対応に困るだろう? まぁ、俺自身もリジィーの事を詳しいとは言えないがな。」
「というよりも、リジィーの事詳しいのってこの中では誰もいないよね?」
快活に笑いながら答えるレイに続くのはローズの言葉……その言葉から、彼ら自身もリジィーという人物について深く知っているという訳では無いという事が解る。
だがそれでも構わなかった。少しでもリジィーという……噂の中にいる人物ではない、本物について知る事が出来るのだから。そう考えているとユリスが口を挟む。
「ローズって独占欲強いわよね。リジィーの事詳しいのってこの中では、私以外に、誰もいないだなんて……妬けちゃうわ~」
「そんな事言ってないでしょう!! ユリス!!」
「ははっ!! それは違いねぇ、なんたってローズは……」
「レイ、それ以上言ったら私の全魔力を持って灰にするから。」
「お~怖っ!! リジィーもとんだ災難だな、こんな女に惚れ……」
「レイ。あんたとの旅、少しばかりだったけど楽しかったわよ。さようなら」
「はいローズ、ストップ。それにレイもあんまりからかわないの。」
「元はと言えばユリス!! あんたが!!」
少しばかり羨ましい光景がそこには広がっていた。僕は未だにこの輪の中には入る事が出来ていないのだと実感する。
それでも、この輪の中に入ると決めたのは他ならぬ自分なのだ。なら、いつかは入れる様にみんなの信頼を築き上げていこうと前向きに考える。
そんな僕の寂しい感情を悟ったわけでは無いだろうが、レイは食事をしながら話すことにしようといい、そのまま夜食の準備を始める。
それに倣いつつ僕は、リジィーという人物について思いを巡らせた……一体どういった人なのだろうか。……期待は高まるばかりだった。
◇◆◇◆◇◆◇
レイ・ストロノーク、それが彼の名前である。
スアー公国領内、数多くある村の中一つで彼は育った。
彼が恵まれていたのはその村に、昔公王の身辺護衛を仕えた経験を持つ、正規騎士団に所属していた老人が居たという事……
その老人に教えを受けながら、彼は14歳になるまでその村で両親の手伝いをしながら過ごす。
その後冒険者を志し、両親の同意を経て村を旅立つ。
そして村から一番近い都市に出向き、ギルドと契約を交わしたのだ。
彼の活動が周りの冒険者と大きく違ったのは、拠点を一か所に決め無かった事である。
基本的に冒険者というのは拠点を決め、その周りの地域の依頼をこなすのが主流であった……しかし彼は一点を拠点として決める事はせず、旅人と変わりない活動をしていた……
そんな風に彼方此方を点々とする事2年……幾多の苦難と苦労を乗り越えた先に、ついに彼はチームを組む事に決める……理由は単純、一人旅は寂しかったからだ。
どうせ旅をするなら仲間がいた方が楽しいに決まっている。酷く短絡的な思考であるが。これは彼のその当時、ありのままの思考だ。
ともかく、思い立ったが吉日だという言葉に促され。その当時留まっていた城塞都市グ・ラムスでチームメンバーを集める事にした。
ただ、チームを組むと言ってもそんなにうまく行くはずが無かった。
先も言ったが、冒険者の基本は拠点を決めての定点活動である。もちろん全員が全員その基本に乗っ取る訳では無いが、そういった者達は、ギルドと契約した都市で既にチームを組んでしまっている……今更、遠くから流れ着いた根無し草と行動を供にしたいとは思わない。
結果メンバー探しは難航、数日成果が上がらなかった彼は、もう誰でもいいと考えを改め探し回る。
ローズ・バラ・ローザ、ユリス・エレクシア、その二人の女性と出会ったのはそんな折である。
彼女らも世界に出て活動したいという考えだったらしく、話は簡単に纏まった。
チームを組めるのは2人からである。本来ならこれでレイの目的は達成していた。
ただ、女性二名に男性一名という、居心地がとても悪い空間で旅をしたくなかったレイは、その日……偶然にもやる事が無くギルド内で暇を潰していた彼と出会う事となる。
リジィー・スロード
レイは彼を見た時に直感した。この人ならチームを組んでくれると……
その直感に誘われるままにレイは彼に声を掛けた。良かったら俺とチームを組んでくれないか……と、勿論世界に出る事を伝えている。
結果、即答……といっても過言ではない時間の末、ただ何てこと無い様に一言……いいぞと承諾の意を告げてくる。
その後彼を……リジィーを連れローズ、ユリスと共にチーム「コプレーション」の発足をギルドに届け出たのである。
◇◆◇◆◇◆◇
「さて……みんな、改めてよろしく頼む。俺はレイ、レイ・ストロノークだ、剣には多少の自信がある16歳だ。レイと呼んでくれ。」
「私はローズ、ローズ……・ローザよ、魔法が使えるわ。呼び方はローズで構わない。よろしく」
「私の名前はユリスよ、ユリス・エレクシア。神官技能が使えるわ、年は……そうね……秘密にしとくわ。ユリスって呼んでね。」
「……リジィー・スロード。リジィーで構わない。」
新しく発足したチーム「コプレーション」自身の紹介を終えた後、続く各自の自己紹介を聞きながら。レイ・ストロノークは歓喜していた。
(やっと寂しい旅から解放される!!)
初めは自由気ままな一人旅謳歌していた。勿論冒険者としての活動もしてはいたが……それはもっぱら日銭を稼ぐ為に行っていた節がある。
だがそれは長くは続かなかった。段々寂しさの方が勝ったからだ、ならばと考えチームメンバーを探し回ったが……長らく実を結ばなかったそれは、今目の前で光り輝いている。
まぁ……少し曰くがありそうな面々が揃ったが……それは許容範囲だとしよう。
胸に押し込んだその感情のまま、メンバーの名前と顔を一致させる為、再度確認する。
ローズ・ローザ、魔法使いであるとの事、年の頃は10程だろうか?もしかしたももう少し低いかもしれない。髪の色は茶色、その髪を肩のあたりで切りそろえ、少しふんわりと空気を含んだ様に流している。少し鋭い目つきが猫を思わせる、整った顔立ちの女性だ。
少し気になったのは、その名を言う時言いよどんだという事……自分の名を言い淀むなんてふつうはあり得ない事だ……ならばそこには何かしらの問題があったという事だろう。
(まさか……没落貴族か?)
それならば、自身を特定されない様に濁したのは解る……それに結果さえ出せれば、この冒険者という仕事はお金を稼げる仕事なのだ。まさに没落貴族には夢の様な仕事だろう。
其処に死が伴わなければ……
これは個人の偏見ではあるが、貴族はプライドが高いくせに脆い……もし目の前に死の恐怖が付き纏い始めたら、何かしらのミスを招くかもしれなかった。
さっそく人選をミスした気がしなくもならない……だが既にチームを組んだのだ、今更こちらの都合で引いてもらう訳にも行くまい。……この判断が最悪の結果に繋がらない事を祈りながら、二人目の女性へ目を向ける。
ユリス・エレクシア、神官技能が使えるらしい。年は……解らない、俺よりも年上にも見えるしそうでないかもしれない。髪の色は薄い金色、その髪を長く伸ばしている。顔つきは此方も整っており、体の肉付きも美しいの一言に尽きる。ローズがその態度や体形から子供の様な印象を抱くのに対し、此方はお姉さんという印象だ、
神官技能のほとんどはサポート能力である。また、多少の傷の治癒も出来る事から、チームメンバーに一人は欲しい人材だった。
その二人の使える技能の結果から、魔法使いと神官がそろった事が確認できた……ろくに確認しなかったが、まずまずバランス良くチームを組めたことに安堵する。
そして最後に残った彼を確認する。
リジィー・スロード……得意技能は……聞き忘れていた。年の頃は10程であろうか。まだ幼さを残しているその顔は何を考えているか解らず。今の自己紹介からも、無口な性格なのであろうと判断する。
「そういえば確認していなかったんだが……リジィー。君の得意な技能はなんだい? 見た所剣士のようだけれど……」
これは絶対に聞いておかなくてはならない事だ。……というよりかは、チームを組む前に確認しないといけない事だった。
当たり前だ、得意な技能の内容でチームが取れる行動や、ある程度の戦略が決まるのである……そうでなくても有事の際、いかに早く体勢を立て直し、チームの戦略を実行できるかが生死を分ける事になるのは、チームを組む冒険者達の常識である。
だから絶対に確認しなけらばならない。このチームのリーダーとして、魔物と対峙した際により正確な判断が下せるように……
そんな考えを抱えながら、レイはリジィーの言葉を待った、少しの間があった後、リジィーは口を開く。
「何でも出来る。必要な技能があるのなら、そこに入るぞ。」
その言葉は此方を酷く馬鹿にしたものだった。
何故なら、この世界で全ての技能に精通しているという人間はいない……多くても二つ、それも長い努力を積み重ねた者がやっとの事で辿り着ける境地であり、目の前のまだまだ少年という言葉が似あう子供が。その達人の境地に達しているとも思えなかった。
それをさも当たり前の様に出来るというのなら、それは冗談以外の何でもないだろう。……別に冗談自体は場を和ませる力も持つから、場合によっては良い場合も有るのだが……
今後の戦略を立てるのに必要な、今、この場でその冗談は笑えない。馬鹿にしていると思われても仕方がないだろう。
同じ感情を持ったのだろう、ローズと温厚そうなユリスでさえもその眉根を少し寄せている。
あまりチーム内の空気が悪くなるのも駄目だと考え、リジィーを窘める事にする。
「リジィー……俺達はまだ出会って間もない……そういう冗談はもっと互いに打ち解けてからにしないか?」
「冗談ではないんだがな……まぁいい。レイ、お前は剣士なんだな? なら俺はレンジャーをする事にする。」
まだ言うか……というのが正直な感想だ。レンジャー技能のその多くは索敵である。そしてその能力は、何らかの危機が迫る前に事前に察知、仲間と連携をとるのには欠かせない技能である。
勿論、豊富な道具知識や弓、短剣の扱いに長けるなどの者も多いが……それよりも重要視されるのが索敵能力であった、それは一朝一夕で身に着く様な簡単な能力ではない……
内心怒りがふつふつとこみ上げてくるのをよそに、それでも爆発しなかった自身をほめたい気分だ。
「……解ったリジィー……なら君はレンジャーを頼む。それじゃあ皆には急で申し訳ないが……明日、この城塞都市グ・ラムスを出発する事にする。各員旅の準備と必要な物は買って置いてくれ。」
レイのその言葉と共に全員が散り散りに分かれていく。その姿を見送りながら、レイは先行きの見えない不安を感じていた。
翌日、まだ日が昇り始める前にチーム「コプレーション」の全メンバーが揃う。
各々の装備は昨日の物とほとんど変わりないが、各々が手にしているその荷物が少しばかり大きくなっている事から、準備は済んでいると思えた。
そう……準備が済んでいるから問題は何もないはずなのだ……
リジィーがその肩に掛けている弓が真新しい事を除いて……
……物というのは使えば劣化するし、時の流れでも劣化していく……しかしその弓は真新しかった、まるで昨日手に入れたかのように……
(本当に大丈夫なのだろうか……)
私見ではあるが、扱いなれない道具というのは頼りにならない。これがリジィーという少年じゃなくもっと自身より上の……熟練の冒険者だったとしても同じ感想を抱いたであろう。
先人曰く、長く使い続ければ、その道具は自身の手足の様に動かせる……というが、その通りだとレイは思っている。
それだけ、同じ道具を使い続けているというのは大切な事なのである。特に弓は扱い続けた経験が顕著に表れるであろう。
弓で矢を撃つ……という特性から、その攻撃手段が用いられるのは遠距離である。しかし矢の動きは風の動きをもろに受ける為、毎回着弾点は変わる。また、遠距離を狙えば狙う程、手元の小さなズレが到着点では大きなズレになる……というのも大きい問題だ。
それらの理由を鑑みても、弓というのはとても技術と経験を必要とする武器であると言えた。
しかしリジィーの持つ弓にはそれが感じられない。本当にレンジャーなのかとさえ思えてしまう。
(リジィーはあてにならないな……)
レイはそう判断を下すと共に、その内心をひた隠し、自身の組み立てた対魔族用の戦術を伝え了承を得た後、チーム「コプレーション」は城塞都市グ・ラムスを出立した。
彼の中には少しばかりの不安があったが、その不安は時間の流れが解決してくれるであろうとも思っていた為、特に気にする事は無かった。
レイのその不安は想像以上に早く解決される事となった。
旅路は酷く順調だったのだ……勿論、道中で魔族と出会わないという訳では無く……
「よし……みんな火葬の準備を始めてくれ!!」
本日三度目になる魔族との戦闘を終え、レイは目の前に転がるゴブリンの死体を持ち上げながら火葬の準備を始める……しかし冷静なその指示とは別に、リジィーの力量に対して驚きを隠す事が出来なかった。
……彼に受け持って貰ったのは周囲の索敵。
始めはあてにしていなかった……だから、まだゴブリンやスライムなどの低級魔族が活動している。この平原でその力量を見極めるつもりだったのだ。
だがその結果は異様とも言える答えを叩きだす……リジィーは正確にいい当てたのだ。距離と魔族の種類だけではなくその数まで……
もちろんそれは不可能な事では無いはずだ……しかし、どれだけの経験を積めばその境地に辿り着けるのかは全く持って想像できない。
それをリジィーはやってのけたのである……
一回目は偶然だと思った
二回目はもしかしたらと思い始めた
三回目はもはや言うまい
殺した魔族の死体を処理しながら、その事実に驚愕で体が震えていた。
一瞬俺の見識が狭いだけで、リジィーがやってのけた事は当たり前なのでは無いか? という逃避が浮かんだが……他のメンバー、ローズとユリスの驚愕と困惑の色が隠しきれていないその顔から、無残にその当否は叩き潰される。
リジィーは俺たちの困惑を受けても全くもって変わらない……ゴブリンの死体を一か所に集めながら、火葬の準備を進めている。
彼の弓の力量はまだ見る事が出来ていない。しかし今の索敵能力の事から、遠距離を寸分狂い無く打ち抜いたとしても、何の疑いは抱かないだろう。
(化け物……いや、万物の天才……の方が正しいか?)
此方の畏怖と憐憫に近い感情を知るよしも無いリジィーは、そこでふとその手を止め遠くを見据えている。
その姿からコプレーションの全員が理解する
「リジィー。また魔族か?」
俺のその問いかけに何かを考え、答えを纏めているのか彼は答えない。
しかしそれも長くは無い。やがてリジィーの口が開く。
「ああ、また魔族だ……ただ……今度はオークが一体だ……」
その声にローズとユリスの二人が息を飲んだ音が聞こえる。それもそうだろう、オークがこんな何も無い平原へ出てくる事なんて、滅多に無い事なのだから。
冗談であってほしかったが、リジィーがいると言うのならそういう事なのだろう。今更彼の技量を疑うつもりは無い……ならリーダーである俺は、オークに対する対処を考えなくてはいけない。
オークを討伐するには、ある程度の冒険者としての力量と共にチームワークが必要だ……しかし力量はともかくとしてチームワークが圧倒的に欠如していた……まぁこれは、今日活動を開始し始めたチームに求めるのは酷な話だろう。
なら取るべき行動は決まっている。
「リジィー、オークとの距離はまだあるんだよな? このままやり過ごせそうか?」
「問題は無いだろうな。ただ……」
確認に返ってくるのは煮え切らない答え……それは先ほど、リジィーが間を置いた時に考えていた事だろう……
そこには何かしらの問題があるのかもしれないと思い、それを言うように促す。
「リジィー……何か問題があるのなら言ってくれ。俺はリーダーとして、君達の命を預かっている身だ、だから間違った判断を下す訳にはいかないんだ。」
「……問題という訳では無いんだ。ただ……俺達以外の人間がそのオークに向かっている様なんだ。」
「他の冒険者か?」
「それは解らない……ただ、このまま行くともう少しでオークと鉢合わせするな。」
その人達を切り捨てるかどうか。迷っていたのはその事なのだろう。
冒険者であれこの辺りに住む村人であれ、このまま切り捨てるのなら簡単だ。リジィーが言った通りこのままやり過ごせばいい……
ただ……それで本当にいいのだろうか? 冒険者なら何らかの対処はできるだろうが、もし、近くの農村の村人なら?
(……間違いなく食われるだろうな。)
その間違えようも無い答えが出てくる。気が付けばリジィーは元より、ローズとユリスまでが此方を見ている。その視線に含まれている思いは簡単に解る。貴方の指示に従う……だ。
「とりあえず……オークの近くに行こう。それで何も問題が無い様なら、そのままやり過ごすか退避する。」
皆の了承を受け、コプレーションは移動を開始した。レイはその時、きっと自分の判断は間違っているのだと思いながらも……それでも他者を見殺しにする事はできなかった……
◇◆◇◆◇◆◇
「ひぃぃぃ!! 助けてくれぇぇぇ!!」
誰もいない平原にその声が木霊する。その声を聴き、レイは思わずオークの前に躍り出ていた。
俺は馬鹿だ!! 仲間に意思を確認する事も無く、飛び出していた!!
「さっさと逃げろ!! 邪魔だ!!」
俺の焦りに近い感情を敏感に察したのか。この近くの村人であろう3名は自身達が来たであろう道へ逃げ出す。
……と、その瞬間、オークの歪に膨れ上がったその腕が振り下ろされる……それを咄嗟に受け流しつつ、仲間へ作戦を伝える。
「前防後攻!! サポート頼む!!」
「了解!!」
ユリスの了承の声と共に、自身の体に力がみなぎっていくのが解る。神官技能による筋力の一時的な向上だ。ユリスのサポートを受けながら、続くオークの連撃を耐え続ける。
「天よりもたらされし雷よ!! 今その姿を地駆ける竜へと変じ敵を貫け!! サンダーシュート!!」
ユリスのサポートに続くのはローズの魔法……雷系統の初級魔法による攻撃を受け、一時的にオークの攻撃が止まるが、長くは続かない。
体勢を立て直すと共に、再度その腕を俺に叩き付ける為に振り上げる。
しかしその出鼻を挫く様に振り上げた腕に突き刺さるのは一本の矢……その矢を視界の端に収めながら、レイはやはりという気持ちが抑えられなかった。
やはり、リジィーは素晴らしい実力を持ったレンジャーなのだと……
しかしその感動は今は余計だった。すぐに目の前のオークの攻撃に対処する為に動く。
攻防はずっと続く……どれだけの時間かかったかは解らない……それでも、ただじりじりと……本当にじりじりと、少しずつオークを追い詰めているという実感だけはあった。
このままでは負けるという判断がオークにはあったのだろう。強力ではあるが単調であった攻撃が、ある時を境に急に激化した……しかし俺はぎりぎりの所で耐え続けていた……
「そろそろ限界か……」
ふと、リジィーの方から何かしらの言葉が聞こえた様な気がした……しかし攻撃を防ぐことだけを考えていた聴覚はまともに機能しておらず、彼が何を言ったかは理解できなかった。
リジィーの掠れて聞き取れない言葉は続く
「スピードスペル・ロックターゲット=ルーツスペル・マルチロック」
呪文のようにも聞こえるそれは、それでもレイには届くことが無かった……当たり前だ……今も尚一歩……、たった一歩間違ただけで自身に死が訪れる状況が続いているのだ、例え仲間の言葉であっても、自身の集中力を途切れさせるわけにはいかなかった。
例はオークの連撃を必死に堪えながら、それでも仲間がオークに止めを刺すのを待ち続ける……しかしその必死の防御も打ち壊される時が来る……
もう何度目になるだろうか? オークが振り上げたその腕が……やけに遅く……やけに緩慢に見えた。
終わりだ……
その思考が頭の中を支配した。直感で解ったのだ、この攻撃は捌けない。と……俺はこの腕に潰され、腐った果実の様にぐじゃぐじゃに潰され、レイという人間を跡形も残される事無く死ぬのだと……頭が理解してしまった。
依然としてオークの腕は此方に振り下ろす為に動き続けている。その動きは緩慢であるはずなのに、それに比重して重くなった自身の体は動く事が無く、逃れられぬ死が俺に迫っていた。
だがその死を砕いた物があった……
それは二本の矢……一度につがえられ、放たれたのであろうそれは、まるでそれらの一本ずつが意思を持っているかのようにオークの目……その両目を貫いた。
結果、オークは突如塞がれた視界と激痛により揺り下ろしていた腕を止め。自身の顔を覆ったのである。
レイは死が自身から離れていったのを感じ、安堵すると共にまだ戦闘が終わっていないのだと感じ取る。
だから彼は動いた。両手で顔を覆う事によってがら空きになったその胸に……心臓へ向かって狙いを定め、自身の剣を突き入れる。
ザシュ……という剣が肉を切り裂く鈍い音と共に、レイは自身の力量不足を感じ取った。
「足りないな。」
リジィーの言葉が俺の力量不足を明確に表していた……
そう……足りないのだ……あと少し、ほんの少し力が……
本来ならこの場でユリスのサポートがあれば届いていた。リジィーの今の一言もそれを指摘した物だったのだろう……
しかし俺のこの動きは事前に決めていた行動とは外れていたものだ……だからユリスは動く事が出来ない
結果サポートは行われず。俺は剣を突き入れたまま動く事が出来なかった
そして、死がまた俺に襲い掛かる
オークは自身の両目……そこから発される痛みから逃れる様に、腕を横なぎに振ろうとしたのだ。
それに当たれば間違いなく俺は死ぬだろう。できれば……例えそれが無駄に終わるのだとしても……剣を手放し必死に距離を取りたかった。
しかし疲労した体は思うように動かない。俺は……そのオークの腕に弾き飛ばされ……
「ディレイスペル・マジックショット!!」
……そうになったところで、ローズの遅延魔法に助けられる。
ローズのその遅延魔法の効果は、魔力を用いた衝撃を対象に与える物……初級魔法の初歩とも言えるその魔法が俺の命を救った。
俺は魔法によって弾き飛ばされた体を何とか動かし、視界を確保する。
そこには腕を横なぎに振り切ったオークの姿があった。
また……俺は助かったんだ……
だが戦闘はまだ終わっていない……オークは手当たり次第に暴れ回っている。それに巻き込まれれば、俺は元より仲間でも無事では済まないだろう……
撤退を……そう言おうとして、リジィーの信じられない動きにその言葉を出す事が出来なかった……
オークへと向かい歩いていたのだ……その凶暴な様を何とも思っていないかのように、ゆっくりと……
俺は何も言えなかった……それはローズとユリスの両名も同じであり、彼女達も信じられない物を見たかのように、呆然とその場で立ち尽くしていた……
ただただ目の前の現実が理解できない、余りの恐怖に気が振れてしまったのではないかと不安に思ってしまう程、気楽にリジィーは歩いていた。
やがてリジィーはオークの攻撃範囲に入る……依然むやみやたらに暴れ回るオークのその攻撃を難なく躱しながら。リジィーはオークの胸に突き刺さっている剣……その柄を握り、押し込んだ。
まるで世界が停止したかのようだった……オークの動きは突然停止し、リジィーも剣を押し込んだ姿勢のまま動かない
そして停止した世界の中で、リジィーがオークの体から剣を引き抜き。オークに背を向け歩きだした。それに釣られたかのように、オークの時も動き始める。
その胸に空いた穴から血液を勢いよく噴出させ、ゆっくりと仰向けに倒れたのだ。
レイ、ローズ、ユリス。その三名は今の光景を理解できなかった。もし、今の光景になんの狂いもなかったらそれは……
この少年はオークを一人でも倒せるという事に他ならないのだから……
ふと、レイは自身の前にリジィーが立っているのに気がついた。
そのリジィーの手は此方に向け差し出されている。
「レイ、大丈夫か? ポーションが欲しいなら出すが?」
今の一連の行動を何てこと無い様に思っている様に、気の抜けたリジィーの姿がそこにはあった。
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
俺はリジィーのその手を取り、何とか体を起こしながら。この少年の力量を疑っていた事を内心で謝罪していた。
◇◆◇◆◇◆◇
レイの昔話を聞きウル・ケインが思ったのは、これは嘘なのではないかという事。
もしその話が本当なら……リジィーという人物は、レンジャーとしての技能だけではなく剣士としての技能も習熟している事になる。
そしてその話がコプレーションの最初の活動であるという事は、自身の現在の歳……それよりも4歳も若い者が行った事になる……
あり得ない、というのがウルの本音だった……しかしそのあり得ない事をこの場にいる3人は目にしているのだ。
夜食のスープを口にしながら、彼の昔話を反芻する。その中で引っかかっていた事があるのだ。
「レイ、貴方の話では……リジィーさんの得意技能を聞いた時、何でもできるって言っていたんですよね?」
「ああ、そうだぞ。」
「まさか……そんな事は無いですよね……」
もしそうなら天才なんて言葉で片づけられる物じゃなかった。
魔法技能にも神官技能にも精通しているなんて……そんなとんでも人間なんて聞いた事が無い。
「う~ん……俺はリジィーが魔法とかを使う瞬間は見た事が無いけれど……別にあいつなら使っても可笑しくないだろうな。」
それがレイのリジィーに対する評価だった。あり得ない事をあり得ると思わせる……それ程、リジィーという人物がこのチームで行ってきた偉業は数多いのだろう。
リジィーという人物をより詳しく知りたいと思いながら。ウル・ケインは、器に残った残りのスープを胃に流し込み、味気の無いスープの後味を感じながら、僕はレイの話が終わった事で活気づいたチームの面々を見回した。
「てかそれよりもユリス!! お前の所為で俺は死にかけたんだぞ!! 解っているのか!?」
「それは何度も誤ったじゃない。それにあの時は、まだ私もチームとしての連携が取れて無かったのよ……仕方ないでしょ。」
「はい二人共、駄弁るのは食器を洗ってから。水の準備をするからちょっと待ってって。」
もしこの場にリジィーさんが居たのなら、どのように会話に入るのかはまだまだ想像がつかない。
当然か……この場にいるのはウル・ケインという自身であり、リジィーとは全く違う人間なのだ……
だからウルは自分らしく生きようと考え直す。リジィーという天才の影を追うのではなく、ウル・ケインという、コプレーションの新たなメンバーとして仲間と打ち解けられる様に……
「ローズ、僕も食器を洗うの手伝いますよ。どれから手を付けるんですか?」
チーム「コプレーション」。この世界では知らない者の方が少ないそのチームは、今日も依頼をこなしながら、旅を続けている。
リジィー・スロード ―― 彼らが帰りを待ち続けているその人物と、コプレーションの全員が再開する事になるのは……もう少し先の話である。




