帰省
リジィーにとって、人間世界を侵略する準備はまずまず順調だと思えた。
アグリウスの毎日届く定時報告から、魔王城にて活動している、サロス、ロロス、ニルブニルの三名の活動は滞りなく進行しており。
又、フエン、ルウワーフ、スロノドールの三名も発見した魔族をこれから隷属させるという話だ。
各員がその持てる力を存分に発揮しているといえる。
そして自身の成長も極めて良好
シュリのサポートによる面が多々あるが、日に日に成長していっているのを感じる事が出来る。
それに伴いシュリの冒険者としての格もどんどんと上がり、今では銀の6本線にまで上がっている……短期間でこの上昇は、凄まじい速度であると城塞都市グ・ラムス内で噂となっているのを聞いた事がある。
更には人間社会の間で使われている通貨……その量も上々である。余り多いと荷物になると思い、手に入った矢先に宝物庫に放り込んでいる為、今の財力がどの程度なのか、詳しい事は解らない……が、それでも、其処ら辺に土地を構えている貴族よりかは持っているはずだ……
今後はこの通貨を使用する事で、より幅広い行動が可能になり、自身の思考の幅もより広がる事になるだろう……
最高に気分が良かった
だから今の俺は多少の事ならば許してやろうという、とても寛大な気分も持っていた……
当然だろう、余裕というのは心を豊かにする。それは魔族とて例外ではないのだ。……今は人間であるが……
ともかく……最高に気分が良かった俺は自身の前に立ち塞がり、剣を突きつけてくるという馬鹿な行動をしたその人間共を許そうと思っていた……
普段なら一も二も無く、敵対行動を取った時点で殺す事を考えるのだが……このまま何事も無く自身の非を認め、引き返すというのなら追わないつもりだった。
俺は内心穏やかな気分を保ちながらも、シュリと俺を取り囲む十名の野盗を流し見る、その際、彼らの言葉が反響する様に思い起こされる……
「俺達はローバー盗賊団だ!! 命が惜しければ、金目の物を出せ!!」
ローバー盗賊団がどんな組織かは解らない……ただ、その名を自ら口にしたという事は、少なくともこの辺り一帯では有名な盗賊団なのかもしれない。……勿論、ただただ自己主張が激しいだけの可能性もあるが……
……彼らの要求は金品をよこせという事、酷く解りやすい要求だが、人を取り囲み、脅すというこの時間を他の労働に当てればいいのに……と思わなくもないが……
盗賊団の面々は、依然沈黙を続ける俺とシュリへ向け、各々が手にしている短剣を突きつけ続けている……構えは洗練されているとはお世辞にも言えず、さっと流し見た程度だが魔法を使える様な人間はいない……シュリの相手所か、俺の相手にもならない事は解り切っていた。
そこまでの評価を終えると共に、一つのため息を吐き、取るに足らないゴミだと敵の戦力分析を終える。
「多少の事は許すつもりがあると言っても……それでも、限度って物があるんだよな~」
相変わらず動く気配が無い十名の野盗に対し、理解できるとは思っていないが一応宣言する。
今このまま逃げ出すのなら見逃す……その最低ラインだと言外に意思を込め、威圧と共に発するが……
「うだうだ言ってんじゃねーぞ!! さっさと有り金全部置いて行きやがれ!!」
野盗の一人が恐れを知らずに怒鳴り散らして来る。……力の差を理解できていないのだろう……
力の差を理解できない馬鹿に付き合うのもいい加減疲れて来た、だから今直ぐにでも排除しに行ってもいいのだが……
「いらつくな~……群れないと何もできないゴミの癖に。」
まだ相手に此方の敵意を伝えていない為にそうしない
体の奥底から燃え上がる怒りを胸に秘め、腰に備えた片手剣に手を掛ける。
(冒険者になれば魔族相手に存分に力を震えるのに……)
口に出す事が無い呆れを抱え、俺の後ろに控えるシュリの様子を伺うと……彼女は震えていた。
当たり前の話だが……シュリは恐怖から震えているのではなく、こんな馬鹿どもに時間を取られたという怒りから震えているのだ……俺が事前に手で制し、彼女に手を出すなという意思を伝えていなければ、こいつらは既にこの世にいないはずだ。
(その指示もいつまで有効か……まぁ、俺自身もそろそろ我慢の限界だ、最終通告を出す事にしよう。)
内心で渦巻く怒りと呆れは、気分が良かったという程度では、もはや看過できない程に大きくなっている。俺はその怒りに突き動かされる様に、最後の……本当に最後の通告をする事にした。
「今すぐ、その武器を下げて逃げ出すんなら……見逃してやる。」
「見逃すだ~!?」
何が気に食わないのだろうか? 此方の怒りを押し殺した声に被さるのは野盗共の怒りの声。
彼らはその顔を顔を赤く紅潮させながら、此方にその手にした貧相な短剣を向けてくる。
よく見てみると短剣は至る所が錆び付き、ろくに手入れされてないという事が伺えた。
(レイが知ったら、無言で首を横に振りそうだな……)
元チームの一人の顔を思い浮かべ、少しばかりなつかしさに浸っていると……
「お前!!今の状況が解っているのか!?」
「うん? 解っているぞ。」
なんとも理解できない質問が飛んできた。その言葉通り、今の状況は十二分に理解しているつもりだ。
俺とシュリを中心に、10人の野盗が周りを取り囲んでいる……ただそれだけだ。
まぁ此方の行動を警戒してか、野盗共も5m程の距離を置きそれ以上近づいてくるような事はしていないのだが……それ以外に特筆すべき点も無い。
それ以外に何か隠された事があるのか……と思案に入りかけ、野盗の次の言葉で理解する。
「10対2だぞ!! 死にたくないならさっさと金目の物を出せ!!」
「ああ、そういう事か……」
つまり、多勢に無勢と言いたいのだ……こいつらは……
その事実を……本当に相手との力の差を理解できておらず、その上で傲慢な態度を崩さぬ野盗共の姿を認め……なんとなく嫌な予感がしたので後ろのシュリを盗み見る……
我慢の限界の様だった
まぁ最終通告も無視された事だし、此方が掛けられる慈悲は全て掛けたであろうと考える。
此方も何度も助かる道を用意したのだ、それを蹴ったのは彼方であり、俺には何の非も無いだろう……
「聞こえていないのか!!さっさと「うるさい黙れ」
俺は意見を纏めると同時、威勢よく騒ぎ続ける野党の一人へと一息に間を詰め、剣を走らせる。
言葉の途中で断ち切られた野党の言葉は、そのやかましい口と共に止まり、数瞬の後、首の切断面から血が噴き出した。
抵抗も何もない……此方の動きを認識すら出来ていないのだろう、離れ行く切り飛ばした野党の眼はただ一点を見つめ、大きく開けた口を閉じる事無く地に落ちていく……
「……で? 次どいつが死ぬの?」
既に戦いは開始された、初手を取ったのは俺ではあったが、一人排除してから数秒の猶予はあった。
それ故、周りの野盗共が一斉に襲い掛かってくる事を想定していたのだが……
全員が全員黙ったまま動こうとしない……一瞬何かの作戦なのかと思い、挑発の意味も込め、此方から声を掛けてみたのだが……
「………………」
それにすら反応を示さない……その呆けた様な野盗共の視線が俺を貫く中、少し嫌な予感がした。
「もしかして……反撃されると思ってなかったの?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その答えは逃走だった。全員が散り散りに逃げ出していく。
まるで魔族と出会ったかのように……何の考えも無しに……ただ本能のままに。
つくづく解らない、何故死ぬ覚悟もできていないのに平気で刃物を相手に向けられるのか? 何故、相手より多数であるというだけで、自身が優位に立っていると判断するのか? 何故、相手が攻撃を仕掛けてくる事を考慮して事前に作戦を立てないのか?
次々と湧き上がる疑問の数々に、まともに答えを返せる者は誰もいない……当然だ、その答えを返せるであろう者は、既にこの場から逃げ出してしまった。
「シュリ、もうやっていいぞ。」
……面倒という言葉以外に、今の俺の感情を正確に表す言葉は無いだろう。
先程までの高揚はいつの間にか冷めており、自身でも解る程に気怠い声音のまま、俺はシュリにmもう我慢しなくていいと告げた。
「はいっ!!」
シュリは元気よく返事をする、その可愛らしい顔に浮かぶのは年相応の天真爛漫な笑顔である……しかしその弱の無い笑顔には、すぐに狂気の色が影を差す。
シュリはその小さな両腕を天に掲げる……それと同時、魔力が彼女の体から溢れ出す。
「ゴミ共が!! リジィー様に向かってつけあがった口を利きやがって!! 一人残らず殺してやる!!」
すらすらと並び立てられる罵詈雑言に耳を傾けながら、リジィーは少し引っかかる事があり、考えを巡らしていた。
……ローバー盗賊団……聞いた事が無い名ではあったが……先の考え通り、もしそれがこの辺り一帯で有名な集団なのだとしたら……引っ掛かりを感じたその考えを、俺は完全に否定する事が出来なかった。
そんな俺の思案を知る由も無いシュリは、俺の指示通りに有言を実行する。
「スピードスペル!! インフィニティサンダー!!」
シュリが繰り出したのは雷系統の中級魔法。
その魔法が行使されると共に、無数の雷が彼女の周りから放たれる……むやみやたらにでは無い、まるで雷自身が標的を選んでいるかのようにその体をくねらせ、逃げた九人の野盗を追っていく。
正しく雷光、雷は直ぐに視界の端から消えて無くなる。そして雷が消えた事を認識したその瞬間……遠くから重なった短い悲鳴が聞こえる……ひどくあっけない終わりであるが、彼らは既に事切れているだろう。
シュリはその顔に一仕事終えた後の様な……清々しい笑顔を浮かべ、俺へと向き直り頭を垂れる。
その姿を視界の端に収めながら、俺は思考を続ける……もし、先の考えが正しいなら……自身が取るべき行動は何か、またその場合の問題点は何かを……
「リジィー様? いかがなさいましたか?」
シュリの声に俺は思考を切り上げた……色々と考える事は多かったが、今の目的を果たすに支障はないだろうと結論付け、彼女へ何でもないと返しつつ先を急ぐことにする。
目的地はソルエ村。
今日はスー・マロードとの約束を果たす為、村に一時的に帰省するつもりだった。
◇◆◇◆◇◆◇
スアー公国領ソルエ村……そこは総人口にして100人ほどの小さな村だった。
村の周囲には畑が広がり。村人はその畑で作物を育て、その一部を税として、この辺りを統治している貴族へ納めている。
特徴と言えるのは特にこれと言って無い、ありふれた村であった。
そしてこういった村は総じて、よそ者には厳しい物でもあった。
……当然だろう、何せ村自体が一つの個であるからだ。そこに他の個を入れたがらないのも無理は無い話だ。
そういった経緯があるからこそ、ソルエ村の村民は、突然帰ってきたリジィーを温かく迎え入れこそすれどその後ろ……リジィーの後を追う様に着いてきた、得体の知れないエルフの少女に対し、どういった対応を取ればいいか困ってしまった。
その結果、急遽、村長主催にて緊急集会が行われる事になる……議題はもちろんエルフの少女への対応と、リジィーとの間柄についてである。
しかし会議はなかなか進展しない……というのも、リジィーが村を出てから彼の活動を、噂程度にしか聞いた事がないのである……
勿論リジィーが冒険者として活動しているのは知っていた……其処から判断するのなら、彼女はリジィーの仲間なのであろうという事は察しが付く……
しかしリジィーとの仲がどこまでの物なのかが解らない……ただ一緒に活動しているだけの、営利目的の関係なのか……それとももっと親密な間柄なのか……
もし営利目的なのなら、そこまで盛大に歓迎する必要も無いだろう……ただ、もし親密な関係なら、将来リジィーがこの村に戻って来た時、リジィーの妻となるかもしれないのだ。
出来る限り良い印象を持ってもらった方が、村の存続にも繋がるはずである……というのが、村長を含む大人全員の考えだった……
故に、情報の少なさから当たり前の様に頓挫した会議を中断し、村長は彼へ……リジィー・スロードにそれとなく聞いてみる事にした……それに対するリジィーの答えは……
「うん? シュリとの関係? あいつは俺のパートナーだよ。」
その瞬間、村人総出でシュリを歓迎する事が決まった。
◇◆◇◆◇◆◇
久方ぶりに帰ってきた我が家……自身の両親に抱きしめられ、ただひたすらに歓迎される事約二時間後。
懐かしい食事用の机、その前に置かれた椅子に腰かけ、俺は驚いていた。
何故なら、目の前にはこの村にしてみれば豪華と呼ばれる料理の数々が並んでいたからだ。
隣にはシュリが腰かけ、目の前に並べられたその料理の数々を興味深げに見ている。きっと農家の食事が珍しいのであろう……好奇心で瞳がきらきらと輝いている。
この食事を運んできたのは多くの村人だった……遠縁近縁を問わず、昔何度か会話を交わした事がある老夫婦まで……こぞって入れ替わり立ち代わり、手にした料理を小さな机の上に置いて行く……きっと各家庭で同時に調理をしたのであろう……そのどれもが冷める事無く、未だに暖かな熱を保っていた。
……なぜこんな事になったのか解らないが……相当歓迎されているらしい。
俺の両親は、今日の主役は二人だからと言い残すと共に、突然の出来事に唖然とする俺を残し、家を出てどこかに行ってしまった……主役ってなんだ?
……ともかく、せっかく作って貰ったものを無駄にする訳には行かないだろう……
色々と納得いかない部分が大きいが……シュリと共に目の前の食事に手を付け始めた。
「……リジィー様。サロスの作る料理の方が美味しいですね。」
カツカツと食器を叩く音が響く中、味を確かめる様に租借を続けていたシュリが、その眉根を悲しそうに曲げながら呟く。
……それは比べる相手が悪いだろう。この村では祝い事の時にしか食べる機会が無い干し肉のシチューを口に含みながら、俺はシュリを窘める。
「これでも、この村では御馳走なんだ……この干し肉だって、滅多な事では食べられない代物なんだぞ……それだけ、歓迎されているという事だ。」
「そう……ですか……これで……御馳走……生きるのって大変なんですね……」
「そうだ、生きるのは大変なんだ。せっかく育てた作物も、何もしていない貴族共に持っていかれるし……」
何故か壮大な話になっている気はするが……所詮無駄話だ。特に何も考えずにシュリとの会話を楽しむ。
そうこうしていると粗方食事を食べ終える、久しぶりの質素な味を楽しみ、その余韻に浸っていると……一つのノックの音が聞こえたので、シュリをそのままに玄関へ向かった。
そこに立っていたのは一人の女性、赤い髪を豊かに伸ばし、整った顔に添えられたそばかすが特徴の14歳……スー・マロードその人だった。
彼女は俺と瞳を合わせたまま動くことは無かった……
何かを考えているのか……悩んでいるのかは解らない。ただ少しばかり辛そうに右手を握りしめ、その平たい胸に置いていた。
「話があるの、ついて来て……」
沈黙が続く事数秒、やがてスーはその口を開き、此方の了承も得ずに背を向け歩き始めてしまった。
何が何だかわからなかった俺は、解らないなら話を聞くべきだと判断する。
未だ食事を続けるシュリに向かい、ここで待つように告げた後に彼女を追った。
彼女を追いかけ後をついて歩く事数分……小麦畑の前で彼女はこちらを振り向いた……
その小麦畑はもう間もなく収穫時期である。月明りに照らされ、風に揺れ動く穂を背にした彼女の姿は……俺の目には一種幻想的にさえ思えた。
……美しい……その感嘆の言葉が頭に浮く程、俺はスーに見惚れていた。
それゆえの沈黙だったのだが……俺の感情など知る由も無いスーは、俺が口火を切らない事もあってか、未だに苦しそうに胸に手を当てながら話し始める。
「ねぇリジィー……あのエルフの子がパートナーって本当?」
それは先ほど村長に言った言葉だった。シュリを蔑ろにはできない様に、自身の相棒であると明言するつもりの言葉だった。
「ああ……そうだが……何か問題があったか?」
俺の返答を聞いたスーは、より痛そうに顔を顰める。それでも止める事無く、彼女は言葉を続ける。
「ねぇ、彼女とはいつからの知り合いなの?」
「ごっ……結構昔だったはずだが……シュリと知り合いなのか?」
500年以上前と答えそうになり、慌てて昔だと言い換える。それと共に、有り得ないとは思うがシュリの事を知っているのか確認してみる。
それに対する答えは首を横に振る否定……nまぁ当たり前だろう。シュリはこの500年ほど、魔王城の中で生活していたのだ……どういった経緯であれ、人間世界に彼女を知る者がいるとは思えない。
「ねぇ……何でグ・ラムスで再会した時、その事を言ってくれなかったの? 貴方が一人でいたから……てっきり……私は……」
彼女の追及は続く、なぜそんなに苦しそうにしているのか……何故そんなにも感情的になっているのか……必死に頭を働かせるが解らない……ただ……俺は……
そんな彼女を眺めているのが辛かった。それが何故かも解らない……自分の内心であるはずなのに……
「ねぇ……リジィーはいいの? あの子エルフなんだよ!! 私達よりずっとずぅぅぅっと長生きなんだよ!!」
彼女が何を考え、どんな思考の果てにその事実を言っているのかが見当もつかなかった。
今までは簡単に答えに辿り着いた。魔王の知識があったのだから当然だ……だが、その魔王の知識を持ってしても解らない。彼女は何を告げようとしているのか……
まさかシュリが裏切りを目論んでいると言いたいわけではあるまい。先ほども、スーはシュリの事を知らないと言っていた。
なら何に対していいのかと聞いているのだろうか? シュリが長生きなのはエルフなのだから当然だろう……そこに何の間違いも無く、疑問が挟まる余地も無い……それでも、それが何かの間違いなのだと……そう言わんばかりに、彼女は語気を荒くしている。
「……ごめんリジィー、今までの言葉は私らしく無い……」
やがて彼女は糸の切れた人形の様に、突然沈静化した……依然俺の中では答えが出ていない。それでも、その彼女の動きには引き付けられていた。
「ねぇ、リジィー……リジィーはあの時の約束を忘れてるんだよね?」
そのスーの静かな呟きは、夜風の音しか聞こえないこの小麦畑では大きく響き渡った。
それに俺は答えられなかった…t円答えが解らなかった事もあるが、彼女の雰囲気に圧倒されていたという事が大きい。
「リジィーがあの時言った……ソルエ村に戻ってくるというのは間違っていないよ。でも、私が覚えていてほしかったのはその後の方……」
スーの独白は続く、自身の記憶の中では既に覚えていないその約束を……彼女は口にする。
「守ってやるって言ったんだよ、リジィーは……私を……ずっと……ずっとその言葉を信じてた。」
その答えを聞き、俺はその記憶を思い出していた。
村を旅立とうとした矢先、幼いスーはマントの裾を必死に掴んできたのだ、この村から出ていかないでという、一方的なお願いと共に……
振り払うのは簡単だった……だが何となくそうする事を躊躇ってしまった俺は、彼女に一つの嘘をついたのだ。
いつかソルエ村に戻ってくるから……と。
それでも彼女はその小さな手を放さなかった。その時の俺は、既に嘘をついたのだからもうどれだけ嘘をついても変わらないだろうと考えていた……
だから、彼女に言ったのだ。
「スー……俺はこの村を守るために強くなりたいんだ、だから俺は旅に出なくてはいけない。」
「……リジィー兄ちゃんが守ってくれるの? 今、リジィー兄ちゃんが出て行くのをスーが我慢したら。スーをずっと守ってくれるの?」
「ああもちろんだ。安心しろ、スーは俺が守ってやる。」
口から出る出まかせだった。もし、俺が旅の途中で死んだとしたら叶うはずの無い約束……それをずっと信じて疑わなかったのだとスーは言う……
混乱はどんどん強くなっていく、そこに何のメリットもデメリットも無いがゆえに。彼女が俺に守られる事に何の意味を見出しているのかが解らなかった。
頭は答えを模索し絶えず動き続ける。しかし答えの片鱗すら一向に顔を出さない……
俺は何も答えれないままずっと立ち続けた…n…nそれに業を煮やしたのかもしれない。スーは……俺がどれだけ考えても辿り着けなかった答えを言った。
「リジィー……私は……私は貴方の事が好き!! ずっと……ずっと昔から好きだったの!!」
叫びに近い告白が小麦畑に駆け抜ける。
その告白を聞き、俺の思考は停止していた。
答えを考えなくてはいけないと頭の中に浮かんだ瞬間、それは消え。
どうするべきなのかと今後の事を考えようとした瞬間、それは溶けて無くなっている。
ただただ空白になった頭の中で、時間の流れだけがはっきりと感じて取れた。
彼女は辛そうにその顔を歪め、俺の横を通り過ぎて村へ帰っていく……
俺は何も答えられず。ただ彼女が居た空間を凝視し続けるだけだった……
◇◆◇◆◇◆◇
その後の事は虚ろにしか覚えていない……小屋に戻り、残った食事を片づけ、シュリと会話をする事も無く、ただ虚ろに椅子に座っていると……
どこからか帰ってきた両親に、「父さんたちは今晩他の家にお邪魔になるから。二人っきりでこの家を使いなさい。」……と半ば強制的に決められた。それ自体には特に異論が考え付かず、それを了承した俺はシュリに好きな所で寝ていいと指示を出し……
8年ぶりにもなる、自室のベッドでうつ伏せに横になっていた。
俺が村を出てからも定期的に清掃され、天日に干されていたのであろうそれは、真っ白になった思考に少しばかりの安堵をもたらしてくれている。
「俺は……どうしたいのだろうか?」
既にランプの灯も消され、月明りのみが闇を明かす頼りとなった部屋の中で、俺の独り言は呟かれる。
「俺は……どうすればいいのだろうか?」
独り言には何も意味は無い……依然として全ての思考が途絶え、考える矢先から消え去っていく頭の中で、どうにか考えを留めようとした結果がこれなだけである。
そして、苦肉の策であるそれ自体も、何の意味を成していないのが現状である。
「スーは……なんで俺の事が好きなのだろうか?」
解らない、そこには何かしらのメリットがあるはずなのだ……
これが、リナシー、スロノドール、ルウワーフなどの10魔族の女性が相手なら解る。
より強い子を残そうとしているのだ……だから魔王としての俺の血が欲しいのだ……
ただスーはどうなのだろうか?
スーの言葉が正しいのなら、俺がこの村で暮らしていた時から好いていた事になる。しかしその頃の俺は弱かったはずだ……だから解らない。そこに何のメリットも見えないが為に……
思考はずっと空回りを続ける。何かが理解できる感覚は無かったが、自身の今の努力が実を結ばない事だけは、はっきりと感じられた。
「リジィー様、お話があります。少しお時間よろしいでしょうか?」
伺う様な声が扉の向こうから聞こえたのはそんな時である。
その瞬間に頭の中に一つの炎が揺らめいた。
「シュリか……入れ。」
今までの空白が嘘の様であった……瞬く間に思考が切り替わりながら、昼間の考えが正しかったという事実に興奮する。
素早く起こされた体をそのままに、足をベッドの側面に出し、腰かける。
そして、入ってきたシュリの礼を受けながらシュリの言葉を促す。
「リジィー様、この村に接近する何者かが多数います。」
気が付けば時刻夜遅い……村に住む者ならその全員が寝静まっている時間帯だ。
ああ……素晴らしい。まさかこれほどまでに予想通りに動いてくれるとは……
その内心に押し隠した興奮をそのままに、リジィーは次の確認をする。
「で、数はどれくらいだ?」
「……30です。これは正確な数字です。」
「そうかそうか……多分だがそれは、4の部隊に別れているのだろう? 編成は……そう7が二つに8が二つだろうか?」
「その通りです。」
(ああ……やはり物事が段取り良く進んだ時や、自身の考えに間違いが無かった事を確信した時は、格段に気持ちがいいな……)
内心でその歓喜に震えながら、スーの事など頭から吹き飛んでいた……そんな事よりも、今、私の前には戦いが迫っているのだから……
「ローバー盗賊団……だったか? 身の程をわきまえていればもっと長生きできただろうに……ふふっふふふははははは」
どこにでもある小さな村の一つの住居……その一室では、かつて人間に滅ぼされた魔王の歓喜の声が響き渡っていた。




