現在に残った過去の遺産
お久しぶりです。
まず、色々と訳があって更新が停滞していた事を謝罪させてください。
その上で、こんな支離滅裂を絵に描いた様な作品ですが楽しんでくださり、尚且つ待っていて下さった方がいたとしたら、本当にありがとうございます。
以前ほどの更新ペースを維持できないので、次回投稿はいつと、明確に提示し確約する事はできず、出来上がったら投稿する形にはなりますが、それでもこの作品が楽しいと思っていただけるように、今後も引き続き魔王一行の活躍を妄想していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
最後に、本当にお待たせしてしまい申し訳ございません。そして、待っていて下さった方がいれば本当にありがとうございます。
注 今話は長い話(文字数換算で2万字ほど)となっています。時間に余裕がある時に見る事を推奨します。
マクジ共和国首都ウッドレス、その中心地には一つの巨大な建物がある。
その建物の正式名称はマクジ共和国全権統治議会所……非情に堅苦しい名のその建物では、国内の法の管理から始まり、軍事予算や公的研究予算の管理など、この国が取り組むべきありとあらゆる問題が昼夜を問わず議論されている。
有り体に言えばこの国の象徴であり、文字通りの中心地である。当然、この場所に勤める者の数は多く、その全ての者が特定の分野に秀でた才能を保持しているという事は、この国に住む物なら誰でも知っている事である。
そして、その内の一人であるアレイストもまた例外では無かった。
彼の出自はマクジ共和国領土、その外延部に位置する小さなエルフ族の集落であった。
その集落でアレイストは生まれ育ち。平々凡々という言葉が似つかわしい様な、特出した出来事も何も無く育つ、有体に言えば、大きな刺激は無いが、おおよそ考えられる様な充実した生活を送っていた。
もちろん、魔法の扱い自体はエルフ族が持つ特異な感覚の御陰か初級魔法であれば何となく利用する事が出来た……それでも、他者を傷つける様な機会がある訳でも無く、自己の生活に機転が利く様な代物でも無かった為、特異な感覚はそのままに、それ以上、魔法に対する理解を深めようという気すら起きてなかった。
……アレイストにとって魔法という存在は、ただそこに在るだけの存在だった。いるのが当たり前で無くなる事は決してなく。無くならないからこそ、自分から歩み寄る様な事はしない。魔を極めようという気概を持たないエルフ族全般が持つような、使う時があれば使うという様な……極めて薄い存在価値しかなかったのだ。
だが、それはある日一変する事になった……
アレイストは今もその日の事を鮮明に思い出す事が出来る……
見慣れた風景が赤一片に侵食され、至る所から悲鳴と怒号、魔法の詠唱が鳴り響く。
何が起きたか理解が出来ないままに右往左往と移動する視線が写すのは、周りを行く当ても無く走り回る同族たちと、親とはぐれたであろう子供エルフの泣きじゃくる姿……
それだけなら巨大な火事が起きたのではと思えたかもしれない……しかし自身の目には、この場に在ってはいけない者達の姿も映していた。
それは薄汚い衣服を身に纏わせた人間達……その手に握られたるのは、赤き火の光を帯びた短剣や長剣の武具の数々……
奴隷商
一つの単語が頭に浮かぶと共にアレイストは魔法に助けを求めていた。
目に映った近場に人間に対し、躊躇い無く攻撃魔法を行使する。それは周りのエルフ達と何も変わらない、当たり前でありきたりの防衛行動だった……
今にして思えば、ありきたりであったが故に対策は簡単に済ませる事が出来たのだ……
放たれた雷は、その人間に到達する直前に掻き消えた……その者が手にしていたのは小さな盾、それも手の甲よりも少し大きいかどうか程度の物だった。
そもそも盾というには小さすぎるそれを構えながら、人間はにやりと嘲る様に笑う。
「初級魔法程度何ざ、この破魔の儀礼が施されたこの盾があれば、何も怖くはねぇんだよ!!」
周りのエルフも個々に魔法を撃ち続けている……それを盾で消し続けてる人間達の一人が、不愉快な哄笑と共に、その者の一番近くにいたエルフへと切りかかる。
その行動が切っ掛けになったかのように、他の人間達も、思い思いに行動を開始する。
ある者は攻撃を続ける男性へと切りかかり、ある者は泣きじゃくる子供へ手を伸ばし、又ある者は追い立てた女性へと馬乗りになる。
今自身の目の前にいる一団だけではなく、同時に他の場所でも同じことが行われているのであろう、この広間へ逃げて来たかのように走って来た同族が、今のこの場で繰り広げられている惨状を目にしすぐさま他の場所へ駆けていく……。
「……あ……う……あ……何で……何でこんな事に……」
アレイストは混乱と恐怖で停止した思考のまま、呆然自失となっていた……
……それも仕方の無い事なのかもしれない、今その瞬間を迎えるまでは日常であった風景が一変したかと思えば、自身の生死が関わる渦中に放り込まれ、それを打開できるだけの力を持ち合わせてはいないのだ……
軍役に服し、相応の経験と知識を積んだ者であれば、今この場であっても正常な思考を保ち、自身の成すべき事ないし自身が生き残る術を模索する事が出来たかもしれない……
だが、アレイストは平凡なエルフ族の青年であった……だからアレイストには……
「あ……あああ!! 来るな!! 来るなぁぁぁぁぁ!!」
無駄だと解っていても効かぬ魔法を撃ち続ける事しかできなかった……
今あの時を冷静に振り返れば、人間達にとって自身の行動は、とても煙たい物であったのだと解る。
何故なら、いかに破魔の力を持つ盾を持っていたとしても、魔法にぶつけなくては意味がない……そして、彼らが持っていたのはとても小さい盾だった。
だから群れで行動し、魔法の対象を分散させ、横や後ろといった、自身が防ぐことが出来ない死角から攻撃されない様にしていたのだ。
それを理解しての行動では無かったが、直ぐに此方に目を付けた三人が互いにつかず離れずの距離で間合いを詰めてくる。
殺される
自身の結末をその瞬間に悟った……それでも、逃げる事もせずに弾かれ続ける魔法を放ち続けたのだから、滑稽極まり無い話だ……
……それ程長い距離では無かった為、三人は直ぐに此方に辿り着く。
周りを行き交う同族たちは自身の事で手一杯なのだろう、誰も助けに来る事が無い。
「もう少しお利口なら、若い奴は奴隷として生かして置いてやるんだがな……お前は駄目だ。」
防御に専念している人間の呟きと共に、左右からせまって来た二人が、盾を前面に突き出しつつ剣を振り上げる。
もはや自身には成す術がない……動く事すらも諦めた視界の中、その剣が振り下ろされた……
「スピードスペル・マジックアロー=ルーツスペル・バックオント=ラック」
……何が起きたのかが理解できなかった。
今、確かに自身が死ぬのだと思っていたかと思えば……気が付けば三人は目の前には居らず、二人が振り上げていた剣だけが取り残されたかのように宙を舞う。
ただ茫然と、停止した思考のまま……重力に引かれ地に着き立った剣を視界の端に捉えていた。
「スピードスペル・ロックターゲット=ルーツスペル・マルチロック。……数が多くて一発では無理か。スピードスペル・マジックアロー=ルーツスペル・バックオン=ト……」
停止した思考の中、まるでその声に引き寄せられるように視界は動いていく。
其処には、一人の年若い人間がいた。
背は高いとは言えずかといって低いかと言われればそうでは無いと言える様な微妙な高さ。
太っているかと言われればそうでは無く、かといってやせ細っているかと言われればそうでは無く……
極めて平々凡々。一見しただけでは印象に残らないであろう人間が其処にいた。
その人間は少しだぶついたローブを羽織り、両腕で大きな魔法陣を虚空へと向かいかき上げている。
ただ茫然と眺めているだけの自身には解らなかったが、その人間は再度同じ内容の魔法を紡いでいた様で、すぐさま追加の魔法は完成する。
「対象は勿論この場にいる奴隷商ども全員……っと、こんな所か。多少の被害は出てしまったが……まぁ距離が距離だ、これでも早い方だろう、仕方がない。……しかし、他人事とは言え酷い状況だな……いかに人間に属する事が嫌いなのだとしても、この機会と教訓を胸に、是非ともマクジ共和国の保護下に入って貰いたい物だな。」
男は詠唱の終わりと共に天高く射出された魔法を見送り、独り言を呟く……その内容から、男がマクジ共和国の公的機関に属する人間である事が解ると共に、彼という人間が、大きな実力を兼ね備えた者である事を理解した。
なにせ、男は今この場に駆けつけたのだと言わんばかりの言葉を口にしたのだ。男の体はお世辞にも鍛えられているとは言い難く、又走って来たのであれば息が上がっているはずなのに、吐く息に乱れはない。
……それはつまり、男が転移魔法を用いこの場に来たという事……勿論、短距離であれば自身も転移魔法が使えるが……
「全く……何でこうもエルフ族っていうのは人間から距離を取りたがるのかな~、守りに入るこっちの身にもなってくれよ……中継点を挟んでもめっちゃ遠いし、俺以外誰も飛んでこれない距離だし……結果全部俺に押し付けてくるし!! それでいて全員給料も同じだし!? ふざけんなよ!! 特別手当かなんかくれよ!! 俺だって努力してんだぞ!!」
この村は、人間達から距離を置くために森の奥深く……人間が保持し、開拓している場所から遠く離れた位置に存在する。
その事実は、自身でも理解できない程の長距離を飛んだどころか、村の内部へ……それも正確に渦中となっている地点に転移する事が出来る程の実力を保持している事を意味した……
「あーーーーもう!! むかつく!! 奴隷商どももこんな辺境にまで行動範囲広めているし!! いっそ国の法律で奴隷を禁止すりゃいいのに!! ……まぁそうした所で完全な根絶は無理だろうし、無意味だって事は解ってはいるけどさ……それでも抑止力ぐらいにはなるだろ。……いや、上は相当腐っているらしいしな……もしかしたら、奴隷関係で手を回している奴がいるのかも……本当に大丈夫なのか?この国……」
男は既に自身の成すべきことは成したと言わんばかりに、自身の恨みつらみを思う存分発散している。
普段から相当な鬱憤がたまっているのであろう男の愚痴は尽きる事が無く、この場に彼を知る者がいないという事も相成り、その内容はどんどん過熱していく。
自身を始め、周りのエルフ達も、自身達の身の安全が保障されていないのにもかかわらず、ただただ呆然と彼を見つめ続けていた……
それが自身の運命が大きく動いた日であり……後に数十年も続く事になる、エルディシオン・ヒロイック・ノーレッジとの出会いだった……
◇◆◇◆◇◆◇
「過去に思いを馳せていれば、時の流れは速く感じる物ですね……」
自嘲にもつかない言葉と共に、気が付けば目的地へとついていた足を止める。
目の前に聳え立つは巨大な両開きの扉……もはや門といった方が正しいのではないかと思ってしまう程巨大な扉を前にし、自身の身だしなみの最終チェックを始める。
勿論、既にこの場に来る前に念入りに身だしなみを整えてきてはいた……しかし、この先に待っている人物と会うにあたって、長い時の中で築かれた上下関係と彼に対する尊敬の念がそうさせた。
「……よし、これで問題ないだろう。」
念には念を重ねた最終確認を終え、扉の前に立つ。
上げた片手をそのままに、一つ大きく呼吸を行い、僕は力強く扉を叩いた。
「……誰だ?」
重く、地を這う様なその声がノックに間を置かず返ってくる。
久方ぶりに聞いたその声を耳にし、これ以上ない程に自身の感覚を引き締めて答える。
「お呼びに応じ参りました。アレイストです。」
「……入れ。」
その指示の言葉を受け、静かに扉を開き中へ入る。
すると視界一杯に広がる書物の森がアレイストを出迎えた。
本、本、本。四方に存在する壁は全てが書棚に作り替えられており、その全てには本が隙間なく詰め込まれている。そしてそれは天井高くまで続いており、この部屋の主が溜めた知識の総量を物語っていた。
この場に来る事は、もはや数え切れぬほどの回数ではあったが……何度見ても圧倒される光景が其処にはあった。
しかしアレイストは直ぐに気を取り直す、いくらこの光景が圧倒される物であっても、この部屋の主にとっては関係のない事なのである。すぐに粗相のない様、対面の机……其処にすら山と積まれた本の向こうにいる人物へ声を掛ける。
「お久しぶりです。我が師、エルディシオン・ヒロイック・ノーレッジ代表補佐殿。」
声を掛けつつも、久しぶりの再会で不安であったため、急遽内心で彼の情報を軽く整理することにした。
エルディシオン・ヒロイック・ノーレッジ……代表補佐という役職に就く、老齢の人間だ。
正確な年齢を聞いた事は無かったが、既に70の齢は超えているはずだ……
彼は魔法の適性が高く、年若い内から前代表に取り立てられ、多くの活躍と歴史を残していた。
その内容は割愛するが、その過程で僕は彼と知り合う事となり、後々魔法技術の分野で彼に教えを乞う様に……師弟関係と発展していく事になった。
エルディシオンの今の主な仕事は、その役職名の通り、現マクジ共和国代表、ピース・パクス・フリーデンの補佐である。
……と言っても主な仕事は専ら事務手続きの処理であり、彼が所有する机に山と積まれた本と書類の束がその事務職の面倒さと過酷さを表している。
昔はっちゃけてた付けが回ってきた……彼がよく言う愚痴の一つがそれである。
そんな彼の評価はとても聞こえの良い物だ。年老いても尚国の為に献身し、今も尚独自の研究を持って、魔法技術の発展を推進する……彼と旧知の仲であるか、その下に就いた事がある者であれば、鼻で笑いそうな内容だ。
……というのも、代表補佐の仕事とは別に現在マクジ共和国内に複数ある過激派組織……いわゆる強硬派の内の一つを纏めているのが彼でもある。当然と言えば当然だが、自身が所属する強硬派を纏めているのが彼であった。
だが強硬派の一部を指揮し先導しているとは言え、別に彼が現代表に敵対している訳では無い……むしろその逆、代表の邪魔になりそうな奴を、あらゆる手で処理し続けていた。
昔一度だけ聞いた事があるが、エルディシオンにとって、ピース以上に今の国を立て直す力を持った者はいない……との事
その思考の終着点なのであろう、表と裏の顔を持ち……ありとあらゆる方法を用い、この国の為に従事し続けていた……
「久しぶり……か。そうだな、お前さんとこうして面を合わせるのは5年ぶりになるか……あの時から変わってはいない様だが、元気にしていたか?」
エルディシオンの反応によって思考を断ち切る。
見ると彼は丁度本の山を回って出てきた所だった。
彼の視線を明確に認識すると共に、背筋に入った力が張り詰める。
びしりと正した自身の姿が彼には余程滑稽に映ったのだろう……少しばかり口角を上げるが、その優し気な笑みを受けても姿勢を崩す気は自身には無い。
むしろより一層籠った力によって、岩の様に体が硬直する。動かす事すら困難になった体を従え、自身の敬愛する師の様子を伺う。
彼の顔は年相応に干乾びている……しかし、70という年を越えても尚黒々とした立派な頭髪と髭が、彼の活力を誇示する様に蓄えられ、双眸に備えられた鋭い眼光は、他者を威圧する様にらんらんと輝いている。
昔の姿からは大きく変わり果ててしまったが、未だに彼という存在が健在であるのだと再度認識し、アレイストは静かに頭を伏せた。
「勿論です。我が師もお変わりなきご様子で。」
アレイストにとって、その言葉はお世事では無く本心だ。アレイスト自身は人間という種族の大半は軽蔑の対象ではあるが、この男だけは特別な存在だった。
「そうだな、私も何も変わらんよ。今日も変わらずピースの手伝いと暇つぶしの読書しかしておらんしな。」
ため息交じりにそう呟く師匠の言葉にアレイストは何も返せない。
それも仕方の無い事だろう、何故ならこのエルディシオンという男は、アレイストの魔法技術の師であると共に……いや、それ以上にマクジ共和国の代表候補に名を連ねる程の人物であるのである。
本人の意向と、強硬派という力を行使する身の上の為、対立候補が居なくなったピース現代表の自動当選となったが……それでも対応を間違う訳にはいかない。
例え世間話程度の話題だとしても、しっかりとした受け答えをしなければならないという、強迫観念に突き動かされ、まともな会話らしい会話ができる気がしなかった。
「……してアレイスト。本日私がお前さんを呼び出した理由は理解しているか?」
そんなアレイストの心証を伺ったのだろうか。世間話もほどほどにエルディシオンは本題を切り出す。
その言葉を受け、アレイストは一つ頷きを返すと共に重くなった唇を開いた。
「昨日の部隊壊滅の件と、コメス・ドールの言伝の件……ですか。」
努めて平静を装っての言葉だったが、若干上ずってしまった返事に対し、それを咎める事無くエルディシオンは頷きを返す。
「半分正解だ。加えるとするのなら、私の考えとそれに付随する警告もしておきたかったのだ。」
「警告ですか?」
思わぬ言葉に口をついて質問をしてしまっていた。
当然だ、最悪師匠に見限られていても可笑しくないとすら思っていたからだ。
しかし当の本人は自身の予想とは真逆と言ってもいい様な言葉を告げて来た……素っ頓狂な言葉で聞き返してしまっても仕方ないだろう。
「そう、警告だ……アレイスト。今回の件からは手を引け、そしてある程度の期間、誰も解らぬ所に身を隠せ。でなければ死ぬぞ。」
今まで聞いた事が無い程に真剣な声音を受け、アレイストは少し口ごもる。色々と言いたい事があったが、思考が感情について行かないのだけしか理解できなかった。
「まず部隊の件だが……あれは仕方の無い犠牲だと割り切るしかない。犠牲になった者達には悪いが、ピースが不信感を持たない内、私の方で行方不明として徐々に処理をしていく事にした。既に段取りは役員共に通達しているからお前は何もしなくていい。……こんな事になるのなら、ピースに反旗を翻しそうな奴をもっと狩らせて置くべきだったか……」
そんなアレイストの事など構う事無く、淡々と問題の解決案を伝え、そのまま後悔を口に出す。
いつになく焦ったその姿に、自身が知っている泰然自若とした師の姿が重ならず、アレイストの脳内を困惑が支配し続ける。
「それでだ……コメスとの一騎打ちの件は間違いなく罠だ。受けようと思うな……それ位はお前さんにも解るか、すまないな。ともかく私の話が終わったらすぐに身支度をしろ、そしてすぐにウッドレスから……いやこの国から出るんだ。」
「ちょっと待ってください!!一体何をそんなに焦っているのですか!?確かに僕が今危険に立たされているのは解っています。しかし、大魔術師たる貴方がそれほど取り乱す相手なのですか!?」
矢継ぎ早に繰り出される指示に思考がついて行かず、感情のままに疑問を口にしていた。口に出してから自身の失態に気が付いたが、それでもその疑問を取り消すことはせず、アレイストは静かにエルディシオンの鋭い瞳を見据える。
弟子の疑問を受け、何を言うべきか思案に暮れた様子でエルディシオンは瞳を泳がせる。しかしそれも長くはなく、ゆっくりと吐息を吐きながらアレイストへ言葉を掛けた。
「お前さんにとって、自身の命は何のために存在する。」
突然の質問、それでなくてもアレイストが知る限り、この老人が質問に質問を返す事自体が予測できなかった為に若干面食らう。
しかし混乱を他所に条件反射の様に口が答えを告げた。
「マクジ共和国のためです。」
本心にして信念。それは彼について行くことを決めた時から変わる事の無い答えだ。
だがそれはエルディシオンも知っているはずだ。それ故に質問の意図がくみ取れず、続けるべき言葉が見つからなかった結果、奇妙な沈黙が空間を支配する事になった。
彼は彼でその答えを受け、静かに瞳を伏せどうするべきかを迷っていた様だ、それでも、沈黙がずっと続く様な事は無く、やがて大きなため息をつくと共に自身の机へ向かい、懐から一つの鍵を取り出し引き出しの一つを解錠した。
そしてその中に両手を入れると、まるで生まれたばかりの赤子を抱く様に優し気に、それでも決して落とす事が無いように、一つの古ぼけた書物を取り出した。
「我が師よ。その本は一体何なのでしょうか?」
「アレイスト、お前さんは魔王という存在をどれだけ知っている?」
一部始終を終始見ていたアレイストではあるが、突然の師匠の行動に戸惑った様に口を開く。しかしエルディシオンの答えはまたも質問であった。
アレイストの戸惑いは尚も強くなっていく。しかし何とか自身の言葉を押し込み、師の質問に答えを返す。
「遠い昔にいたとされる魔族の王です。残念ながら、吟遊詩人達が酒の席に、意気揚々と歌う程度の内容しか知り得ません。」
「お前さんは本当にいたと思うか?」
被せて掛けられた質問を受け、アレイストは目を白黒させる。当たり前だ、アレイストにとって……いやエルディシオンにとってその質問は愚問と言ってもいい内容だったからだ。
「……師匠。貴方がそれを聞くのですか?かつて魔王を打ち滅ぼした4英雄……その末裔たる貴方が。」
呆れにもつかない答えと共に、アレイストは自身の知り得る情報を思い出す。
ルカ・ノーレッジ……かつて他国の英雄達と共に魔王を打ち滅ぼした、マクジ共和国の英雄の名がそれだったはずだ。
エルディシオンが名乗っているヒロイックという名は、魔王を討伐した功績を湛えられ、ノーレッジ一族に与えられた貴族名である。
つまり、師匠の存在こそが魔王がいた事の証拠となり得るのである。確かに正確な書物などは既に残っておらず、大まかな討伐の流れのみが伝説として残っている限りだが、それが今、何の関係があるのだろうか?
疑問は尽きないが、アレイストは自身の師の言葉を待つ。今の彼には自分から何を質問しようと、また質問が返ってくると思えたからだ。
「私はお前さんの見解を聞いているんだ。」
「いるはずです。そもそもいなければ、超兵器の存在理由に説明がつきません。」
自身の質問しか返ってこないという予想は、半ば以上当たっていようだ。何故かは解らないが、既に伝説の中にしかいない魔王という存在に固執しているようだった。
それ自体は個人の価値観や考え方だから問題ないのだろう、しかしいまいち話の本質が見えず、尚且つ意図の読めない質問を繰り返され徐々にではあるが、自身の中に苛立ちが募っている事がアレイストには感じられた。
「……そうか、ならば話が速い。アレイスト、これより話す事はくれぐれも他言無用でいてほしい。いいな?」
そんな内心を読み取った訳では無いだろうが、エルディシオンはやっとの事で本題に入る様だ。
一も二も無く頷きで答えを返すと、エルディシオンは静かに胸に抱えた本を開きながら告げる。
「今から600年程前、魔王と名乗る存在が人間という種、全てに対し宣戦布告した。それからの100年、互いに決定打を与える事も出来ずに、人間と魔族……その両方が多くの犠牲を出す戦争が続く事になる。」
「ちょっと待ってください。急に何なのですか!?それがコメスと何の関係が……」
突如として始まった昔話に慌てて口を挟む、今までの長い付き合いの中で、これほど話が嚙み合わなかった事が無かったため、自身でも驚くほどに狼狽した声で話の腰を折っていた。
それに対し師は、弟子の無礼に対し怒るでも無く静かに諭す様に声を紡ぐ。
「アレイスト、少しの間でいい。何も言わずに私の話を聞いてくれないか。」
そう言われてしまえば自身にはどうする事も出来ない、わだかまりは残るが黙って話を聞く事しか自身には出来る事が無かった。
「すまないなアレイスト。私も相応に焦っているんだ……」
思わず感情が顔に出てしまっていたらしい、今まで見たことが無い程に弱った笑顔で一つ嘆息を入れると、エルディシオンは気を取り直して話を続ける。
「話を戻そう……泥沼の様相を呈していた、人間と魔王率いる魔族達との戦いであったが……500年ほど前、私の先祖と他国の三人の英雄……合わせて4人の英雄の手によって魔王は討たれ、魔族と人間の戦争は終わりを迎えた……」
それは伝説に残された大まかな話の流れである。ここから細部を知ろうとすれば、公に残っている書物は既に無く、ある事ない事装飾された、吟遊詩人の歌を聞く事でしか知る事が出来ない。
しかしアレイスト自身はそれを問題視した事は無い。当然だ、所詮とうの昔に過ぎ去った過去の話であり、問題があるとすればその後、魔王城から手に入れたとされる超兵器の存在により、互いに手が出せない状況が出来上がってしまった事位だ。
それ自体も結果だけ見れば、侵略する事もされることも無い平穏を手に入れたとすれば、多くの国民が喜ぶ話なのであろう。
そんな思考に耽っている間も、師の話は続いていく。
「君も知っているであろうが、この世界に……いや現代において、魔王という存在を知る事が出来る方法は既に無いに等しい。かくいう私も、この本が無ければその大多数の者に区分される存在となっていただろう……」
依然開いたままの本へ視線を落としながら、エルディシオンはアレイストへ告げる。
それ程特別な物なのだろうか?という疑問が胸の中に湧くが、その疑問は直ぐに氷解する事になる。
「これはな、私の先祖……本人が、与えられた貴族名を嫌ったとされているから省かせてもらうが……ルカ・ノーレッジが残した日記だ。」
「っ!?」
声にならない驚きが喉に張り付く、しかしその驚愕を無視し、彼はとある一つのページを開き、アレイストの目に突き付ける。
「実際に見てもらえば解るだろうが。私は此処の一部分……「今世の私は貴様らに敗北した!!だが、我の事をゆめゆめ忘れるな!!いずれ我はこの場に帰ってくる!!絶対にだ!!それまでしばしのお別れだ!!また会おう!!」魔王の叫びと共にその黒き巨躯はうつ伏せに倒れ伏した……この日記の後半でも触れられるが、これは魔王が復活する事を宣言したのではないかと考えられんか?」
エルディシオンに指差され、釘付けにされた視線の先、旧筆記体で書かれたその一文は嫌でもアレイストの目に留まる……聞かれなくても簡単に想像できる。文字通り、これは復活の宣言ではないか!?
戸惑いと驚愕と疑念……ありとあらゆる感情に支配された思考の中、それでも何とか、視線で師に肯定を返す。
その答えを受け彼は、安堵したかのように本をそっと閉じると。大事そうにその本を再度胸に抱きかかえ、保管場所へと戻した。
タンッ……
静かな部屋の中では、引き出しが閉まるその音が大きく響き渡る……
何となくではあるが、今の一文だけで師が危惧している事が理解できた……そして、何故こんなにも魔王に関係する事を聞かれたのかも……
つまるところ彼は、この一件に魔王が絡んでいると見たのだ……どこでその判断を下したかは解らないが……それでもいろいろと疑問が残ってしまうのも事実だった。
「アレイスト、君の抱えるであろう疑問は解る。それでも、もう少しだけ私の言葉を聞き続けてくれ。」
気が付けば戻ってきた師が目の前に立っている。
その瞳は鋭い物であり、自身の考えに疑問を持っていないのだとアレイストには感じさせる。
だからこそアレイストの答えは決まっている……無言で頷きを一つ返すと、エルディシオンもまた頷きを返した。
「実を言うと、今もまだ魔王が絡んでいるかどうかは半信半疑だ……だがその可能性が高いとみている。……というのも、コメス・ドールを始めスロノ・ドール、ルウ・ワーフ……以上の三名の出自の確認が取れなかったのだ。それこそ、どこで生まれ、どこで育ち、どこを拠点にして生活をしていたか……あれだけ目立つ美女二名と奇妙な仮面をした男が、どこから来たのかが解らなかった……それはつまり、つい最近まで人目に触れる場所にいなかったのだと考えられる。そこがどこかは当人たちしか知らない事だからどうしようもないがな。」
既に話の間に口を挟む気力すら残っていない……今はただ、彼の考えを聞き、自身の中で情報を整理するだけで手一杯だった。
「さて、前提の段階で彼らの正体が解らないままで悪いが。ここからは魔王が絡んでいると見て話しを進める。まず始めに、スロノ・ドールとルウ・ワーフ……その二名がこの首都に現れ、商業を営み始めた……それは近日コメスが現れるまで続く……間違いないな?」
「はい。少なくとも、コメスの出現は近日まで確認されていませんでした。ただ館にずっといた可能性も……」
「それ位は解っている。しかし情報が少なすぎる現状、当たりを付けなければ話にならないのだ。ともかく、何故二人が先に首都へやって来た?」
「……解りません。見当すらも……いや……まさか!?」
咄嗟に振られた質問に、半ば以上停止した思考は正常に仕事をこなすことも無く音を上げた……しかし、一種の天啓の様な閃きが自身の思考を白く染め上げた。
その姿を認めたのだろう、険しかった表情を少し柔らかくした後に、エルディシオンは答えを告げる。
「やはりお前さんは優秀だな……。そうだ、そこで先ほどの魔王復活の話が出てくる……もし魔王が復活したのだとすれば、信頼できる部下を集めたのち、人間世界の情報を収集し始めるはずだ……あれから500年経っているのだから当然だろう。それと共に自身が手にしていた超兵器がどこに行ったのかも探し回っているはずだ。そして、それらの情報が入手しやすいと考えられる場所は……」
「各国の首都……ですか?」
自身の言葉を受け、エルディシオンは首を縦に振り言葉を続ける。
「その通り。多分だが時期をずらすか同時期、そのどちらかで情報収集を行うはずだ。……そして最悪な事に、私はこの考えが間違いだとは思い切れんのだ……」
「……それは何故でしょうか?」
「……コメスの存在だ。……門番の管理する名簿と彼等の記憶の中では、ルウ・ワーフとスロノ・ドールが首都に入った時とその後、コメスが門を通った事が確認出来ていないとの事だ……。人目に付くであろう時は常時仮面を付けたままにしているのだから、わざわざ仮面を外して門を通る訳はないだろう?……なら奴はどこから来た?あれだけ目立つ特徴があるのにも関わらず、何故誰もコメスの存在を覚えていない?」
言葉自体は質問の形を取ってはいるが、彼を師と尊び、弟子として彼の下で知識を積んだ時間と経験から、その質問に対する答え事態は求めていない事が自身には解った。
そしてそれと共に、自身の中で大きな疑問が鎌首を擡げたのが解った……それは何故、コメスだけルウとスロノとは別の時期に現れたのか……。
確かに、魔王と呼ばれる存在がいたと仮定し、ルウとスロノでは情報が集められないと判断したのなら……コメスが現れた事も理解できる……
しかしそれなら何故、ルウとスロノは未だにこの首都に留まっている?魔王の軍勢がどれ程の物かは解らないが、それでも余程の余力が無い限りは他の仕事を与えるはずだ……
だが今もまだ店の主として店頭に立っている事からそれは無い……それはつまり、魔王軍がそれだけの余力を既に蓄えているか、或いは……
「アレイスト……私はな……コメスが、ルウとスロノとは別の指示を魔王から受け、この首都に忍び込んだのではないかと思っているんだ……」
「それはっ!!」
有り得ない!!
……自身の思考を断ち切り浴びせかけられたエルディシオンの言葉に、思わず口が開き悲鳴に近い否定を上げようとした。
しかしすぐさま閉じられた自身の唇に阻害され、その言葉は師に届く事は無かった……
……本当なら否定の言葉を上げたかった……それでも、つい先ほど辿り着いた自身の憶測もまた、師と同じ答えを告げていたのだ……否定できるはずが無かった……
そんな複雑な心境を盗み見た訳では無いだろうが、エルディシオンは優し気に……それでもその声音には固い意志を滲ませつつ現実を突きつける。
「否定したい気持ちは解る……だがそれを裏付ける様なタイミングでしかないのも事実なんだ!!」
タイミング……そう、コメスの登場は余りにも唐突であり、しかしそれは余りにもタイミングが良すぎた……
「お前さんも既に気付いておるだろう?コメスが確認され始めた時から、あの店……マジックキングに、はたと表れ始めた三つのマジックアイテム……。既に報告は受けているが……あれは先のリリア王女誘拐計画失敗の際。スアー公国で紛失した物であり、尚且つ、その設計者はお前さんだ……」
「ですが……それは……」
「くどいぞっアレイスト!!情報収集に最適だと思われるのは各国の首都だ!!お前さんがつい今しがた口にした言葉さえも忘れたか!?」
言い訳という訳では無かったが……それでも師ははっきりと事実を口にする。
しかしその叱咤を受けて尚、思考はどうにか否定の材料を探し続ける。
何故なら、もし本当に事実が師の想定通りであるとするのならば……その先に続くのは……
「アイテムを与えた者達が何をしたのかは解らない……しかしその過程で、情報収集を行っていた魔王の手の者に何らかの危害を与えたか、偶然興味を持たれた……結果リリア王女の誘拐は失敗し、魔王の手にお前さんが作った三つのアイテムが渡ったのだ……私はそう考えた……。お前さんはどう思う?」
「……僕には、肯定も否定も出来ません……ですが大きな矛盾も見当たらないのが現実です……」
僕は……咄嗟に嘘をついていた……
本当は既に答えが出ている……そしてその答えは、師の言葉を全面的に肯定する内容だった……
しかし口をついて出た嘘が、自身の口からその答えを肯定する事を拒絶した……師の意向に抗おうという思考を持っていなかった自分にとって、それは精一杯の拒絶だった……
当然だ……もし、師の考えが……自身の考えがその通りであるのだとすれば……コメスに与えられた魔王の指令は……
「……ではアレイスト。コメスに与えられた魔王の指令は何だと思う?」
「……解りません……僕には……魔王の考えなど……」
まるで自身の内心を覗き見ているかの様なタイミングで師は問いかける。
そして、二度目の問いかけに対しても、自身は嘘をついていた……
……まるで子供だ……自分が明言しなければ世界が変わる訳でも無いのに……頑なに自身の口からその可能性を語る事を恐れている……
いっそ、何も考える事が出来ない程の馬鹿であればどれだけ楽だっただろうか……
現実逃避に駆られた思考がそんなどうしようもない事を考え始めた時、自身の弟子の不出来に呆れたかのような師の言葉が……自身が口に出す事を恐れていた答えが叩き付けられる。
「アレイスト……お前さんの気持ちは解る……だが現実を見据えねばどうしようもないのもまた事実だ……。私が考えるに、コメスに与えられた指令はアイテムの設計者の特定……そして抹殺だ……。もしかしたら、他国にも今頃同じ指令を受けた者が潜入しているかもしれんな……ともかく、魔王の思惑は解らんが……もしかしたらお前さんの技術を手に入れようとしているのかもしれない……いや、昨日の大打撃を受けて尚楽観できる程の余裕は無い。最悪を想定して動かざるをえないのが現状だ。」
これで自身の話は終わりだと言わんばかりに、エルディシオンは大きなため息を一つ吐く。
魔王の復活……突如と降って沸いた、その絵空事の様な可能性をアレイストとエルディシオンの二人は否定する事が出来なかった……
いっそ英雄……ルカ・ノーレッジの妄言であればどれ程気が楽なのだろうか……
自身が敬愛する師には悪いが、どうしてもそんな事を考えてしまう自分がおり、それに追従する様に思考が活性化し始める。
(そうだ、何もそこまで事態を悲観する必要は無いのではないだろうか? 確かにコメス達の持つ戦力は未知数ではあるが、今の師の考えも未だ憶測の域を出ない……ならば、今の問題と魔王の復活を関連付けるのは妄想でしかない、それも特大の妄想だ……実際の問題として魔王がいたのであれば、何故わざわざコメスを寄越す? 奴の力量を正確に把握できてはいないが、少なくとも僕の呪いが聞く相手だ……それはつまり、コメス自身の力量は大したことが無いという事の証明になるのではないだろうか?それに……)
次から次へとあふれ出てくる思考の中、はっと我に返り、今現状では何の意味も無い事を考えている自身に気が付くと共に馬鹿らしく感じてしまった。
魔王が復活していようがいまいが……事実がどうであれ、今、自身が取るべき行動は憶測を鵜呑みにし、彼方此方に右往左往する思考に翻弄される事じゃない……その真偽を確かめる事が重要なのではないだろうか?
(……ふふっ現実逃避か……。本当に愚かだ……既に現状では有力だと思われる説が上がっているんだ。ならそれを解決する為に動かなくてどうする!!)
それは無理やりの鼓舞ではあった。魔王の復活について、師はほぼ確信に近い物を感じており、自身でさえも5割を超えるであろう程度には信じている現状……
師の想定通りであるのであれば現状、自身が一番危険である事を理解している……しかしそれでも、無理やりの鼓舞であるはずのそれは、否定する事ばかりを考えていた自身の思考を前向きにし、自身が次に取るべき行動を考えるだけの気力を与えてくれた。
「我が師よ、貴方の話は解りました。そして自身にどれ程の危険が迫っているのかも……しかしこれはチャンスなのではないでしょうか?」
「駄目だ!!お前さんは直ぐにこの国から出るんだ。そしてほとぼりが冷めるまでは隠れるんだ!!」
既に我が師も僕の考えに感付いているのだろう……だからこそ厳重に釘を刺してくる。
「確かに今のお前さんの立場なら、魔王復活の真偽の確認……並びに真であるのなら、現在魔王がどこにいるかも知る事が出来るかもしれない……だがしかし、失敗した場合は間違いなく死ぬ……そしてお前さんが死んだ後、その矛先がこの国に向く可能性すらある。ならば現状を出来る限り維持し、相手が諦める可能性に賭けた方が良いだろう。それにマクジ共和国の正規兵を動かすには相応の準備が必要だ。だからこそ、最低限の準備が整うまではお前さんには生きていて貰わねば困るのだ!!」
老いても尚衰えぬその鋭い眼光を受け、しかしそれに怯む事無く、立ち向かう為に彼に視線を合わせながら反論を返す。
「本当に魔王が復活しているのなら最低限の準備を整えても意味がない!!それに、考えようによっては魔王の存在は此方の優位に働くではないですか!!それこそ、魔王に渡る情報を上手く操作できれば他国に魔王の手を向かわせることが出来、たとえそれが出来ないのだとしても、魔王の復活を知る事が出来れば、早い段階で軍備を整え、他国よりも優位に立った状態で魔王討伐に当たる事が出来ます!!そうすれば、他国は多少の無理があったとしても此方の条件を聞き、助けを乞う事になるでしょう。ならば魔王がいるかどうかの真偽だけでも確証を得なくてはいけない!!」
アレイストは、既に自身の命は無い物として考えを纏めていた……当然だ、いかに昨日多くの犠牲を出す事になった部隊が、人間のみで構成された非正規の物であったとしても、その練度は人間嫌いの自身ですら認めなくてはいけない程の物であったのだ。
しかしその者達の中で、無事にあの館を脱出できた者は誰一人いない……であれば、例え魔王の復活が思い過ごしであったとしても、あの館に存在するのは、自身の力量程度では覆せない闇である事は変わりない。……相応の裁きを受ける事になるだろう。
また、魔王が復活していたのであれば、自身の身の回りを嗅ぎまわる様な輩を生かして置く程、気の抜けた考えをしないだろう……例えその場をしのぎ切る事が出来たとしても、魔王の追手はどこまでも追ってくるはずだ……復活の真偽がどちらだったとしても、アレイストが師の指示に従わなかった時点で死が確定しているのだ……
しかしそれを知っても尚アレイストは進言する……それは彼が考えられる、マクジ共和国という国が利益を得られる、最善の策であると思えたからだ。
「……アレイスト。お前さんのその忠義はとても素晴らしい……だが、お前の魔法技術はこの国の発展の大きな助けになるのもまた事実だ……だから今回だけはその忠義を捨て、馬鹿な老人の戯言に耳を傾けてくれないか?」
だがそれはエルディシオンにとっても同じ物だったのだろう……自身では気付く事が無かったが、自身が思う以上に彼は自身が持つ魔法技術を買っていたようだ。だからこそ、自分を卑下してでも僕の向こう見ずな行動を止めようとしてくれた……それでも……
「……すみません、我が師よ……。私には、今ここでこの国を出たとしても、状況が良くなるとは全くもって思えないのです……それに既に私はコメスに認識され、尚且つ敵意まで持たれている様です……今思えば、コメスと初めて相対した時の言葉は、魔王の復活を肯定する材料の一つでもある様に思えます。ならば少しでも早く状況を把握するべきだと思います。」
初めまして、アレイスト……私の待ち人が君であれば、嬉しい限りなのだが……
コメスのその言葉が脳裏に蘇ると共に、その言葉に隠されたコメスの思いが魔王復活の疑惑をより強固なものにする。
今思い返してみれば、あの時の呪い解除さえも、魔王がコメスに与えた力による物ではないのかとさえ思えてしまう……
(……だからこそ、たとえ自身の命を投げ打ってでも情報を得なくてはいけない……それが師の意向に背く事になるのだとしても……)
先ほどまでの恐れが嘘の様に消え去り、内心に満たされるその決意を胸にアレイストはエルディシオンを見つめる。
既に彼が何を言おうと、自身が思う最善を尽くすだけだった……
「……アレイスト。何故そうも死に急ぐ……死ぬのが怖くはないのか?」
彼も自身の変わる決意を感じたのだろう……その鋭い瞳を曇らせ、憂いを帯びさせながらも問いかける。
「死にたくありませんよ……そして未知の存在に挑むのもとても怖いです……」
もしかしたら……恐怖を認識させる事でその決意を揺らがせたかったのかもしれない……だがそれは無意味な事だ。
「ですが、国の為になるのであればこの命……いつでも投げ出す覚悟は出来ていました。それは我が師も知っているはずです……」
「……決意というのは揺らがないからこそ意味を成す……か……そうだな、それをお前さんに教えたのは私だったな……あの小さかったひよっこが、いつの間にか大口をたたくまでに成長していたか……」
遠くを見つめる様に焦点がぶれた瞳が自身を貫く……しかしそれも一瞬だった……我に返ったかのように再びあった焦点をそのままに。彼は再度自身の机へと向かい、もう一度引き出しを開く。
そして彼が取り出したのは先ほどとは別の書物。此方もまた色あせ、くたびれている……相当古い物である事が伺えた。
彼は本を取り出すと、急ぎ足でアレイストの前に戻り、その本を手渡す。
「我が師よ、これは一体何なんですか?」
アレイストが口にするのは当然の疑問。
先程の英雄の日記とは違い、自身の手に渡された物である事から、そこまで重要な物ではない事は何となく解るが……それ以上の事が解ら無い為に聞かざるを得ない。
「この世界で初めて魔法を使ったとされる原初の魔法使い……その者が残したとされる魔術書だ。実を言うとな、今世界に流通している教材用の魔術書……それはその本に書かれている事がほぼ転用されているのだ……。言ってみれば、教科書の原本の様なものだな。中身を見てみれば解るが……私達が使える魔法の全てが其処に乗っている。」
すらすらと教鞭を振るう師の言葉を受け、ばらばらと本を捲りながら自身が知っている事を思い出す。
……既に世界の共通認識となっている初級、中級魔法……それらは、人がオルド歴という年号を使い始めるよりも前にいたとされる一人の天才が見つけ出したものだ。
彼の功績はとても大きく、彼が残した多くの遺物は世界の発展につながり、人類の進歩は短期間に大きく前進した……のだそうだ。
……本来であれば歴史に名を残しても可笑しくない人物だ……むしろ残さない方が可笑しいとも言える。事実、ある事件さえなければ、きっと彼はより大きな発展を人類にもたらし、後世に語り継がれる様な存在になっていたはずだ……
……魔法を使用した人体実験……
真偽の程は定かではないが……実際に人体実験が行われた訳では無いと、古文書に残っていたらしい……その古文書に書かれている事を鵜呑みにするのなら……当時、その天才は国王に打診したらしい。
魔法の知識をより深めたいので、誰でも良いので実験台を用意してほしい……と
いくら彼が天才であり、多大な貢献をしてくれたと言っても……流石にそれを看過できる程の度胸は当時の国王には無かった。
はっきりと無理だと告げ、彼の反応を待ったらしい……すると、
「何故でしょうか? 僕の考えでは、いずれ魔法は魔族や人を殺すための道具になる。ならその時が来る前に、出来るだけ早く魔法の研究を進めておきたいのは貴方の方でしょう? ……まぁ、僕自身は魔法を研究する過程が好きなのであって、その成果自体がどんな結果を残そうと興味はありませんが……機会があるのなら試してみるのもいいでしょうし、結果いかんによっては違う魔法が見つかるかもしれない……互いに目的が合致している丁度いい機会だと思ったので進言したのですが……僕、そんなに可笑しなことを言っていますかね?」
悪びれもせずそう言い放ったのだそうだ。無邪気であるが故の狂気……彼は天才であると共に、誰よりも狂っていたと言えるのかもしれない。
……結果として、彼の思考や倫理観を恐れた国王はその天才を解雇、国外へ追放し、その上で彼の名は抹消されたらしいのだ。……それが彼の名が公的に残されていない理由だ、その後の消息を辿る情報は無く、今の話と照らし合わせるのなら、彼が残した魔術書の複製のみが世界に流通しているという事らしい。
思考に耽りながらも、ページをめくり続け、既に見慣れた物となった魔法式を流し読みしていると……一つの違和感を感じた。
……何といえばいいのか、個々の魔術式の間が広く開いているのだ……まるで其処に何かが入り込む余地があるかのように……
自身が勉強の際に使用した魔術書にはそんな間は無く、先ほどの師の言葉から解る、これが魔法を見つけ出した天才の物であるという事実から、その違和感は一つの確信に繋がる。
「まさか、世界に存在する魔法が初、中級魔法以外に存在すると?」
質問の形を取ってはいたが、それは確認の言葉だった。
確信に近い何かを感じながら呟かれたその質問に、明確な答えが返ってくる。
「……少なくとも私はそう考える。多分だが……魔法に対する一定以上の知識を持つ者ならその本が無くともこの考えに行き着くかもしれん。」
エルディシオンは大きく頷きながら答える。しかしそれを僕に言ってどうするのだろうか? 師の考えるという言葉から、何かを感じながらも実際にその確証は得られていない事が解るが……まさか今この場で自身にその魔法を見つけ出させようとでもいうのだろうか?
「ああ、違うぞアレイスト。私がお前さんに伝えたかったのはこの部分だ。」
もしかしたら少し睨みつけていたのかもしれない……此方の様子を伺ったエルディシオンは慌てて僕の手から本を取り上げると、一つのページを迷いなく開き、此方に手渡した。
そのページに存在するのは大きな魔法陣だった。
他のページと明らかに違う点は、一つのページを使い切る様に書かれた魔法陣と言葉の羅列。
呪文だと思われるその文字列は、初級魔法と中級魔法とは明らかに込められている情報の量が違う事が見て取れる……
そして一番目を引く魔法陣……それは形の違う幾何学模様を、複数重ね合わせたかのような見た目であり。それは自身の記憶の中のいかなる魔法陣とも合致しない物だった。
明らかに異質である事が解る。
「私はその魔法が、未だに世界に知られていない魔法なのではないかと思っているんだ……だが、発動条件を満たしていないのか、はたまた私の魔力自体が足りないのか……実際にその魔法陣を描いて呪文を叫んでみても何も起こらなかったのだ……」
師の言葉を聞きながらも、その奇妙で奇怪な魔法から目が離せなかった。
―― 魔の終点にして炎の頂点、其は奇跡を体現した存在なり。其は赤き世界から生まれし命。故に命尽きた世界で命を持ちし、たった一つの存在である。我は其の奇跡を望む、我が成せる事は何もなく、我が返せる物は何もない、しかし、それでも我は汝という奇跡を欲そう。強欲な我が声に答えるならば、その姿を我の前に表し、雄大な両翼を広げ、天高く飛び立て!! ――
系統としては炎に関係するであろう呪文である事は解る。それは細かく書き綴られている魔法式の集合体、その中に点在する炎に関する魔術式から見て取れる確定事項だ……
しかしその効果がどれ程の物であり、どういった作用を及ぼすものなのかがてんで解らなかった。
文字通り未知の魔法……自身の既存の知識では、到底理解が及ばぬ場所に存在する魔法だった……
「すみません、我が師よ。僕にもこれが一体どういった物なのか……炎に関するであろうという事位しか解りません。」
口は自身が出せる答えを返しており、もはやそれ以上に解る事も語る事も無かった……しかし自身のその判断とは真逆に、思考はどんどん魔術書の中に……何かに導かれるように魔法陣の縁を這い回り続ける眼球を残し、その中に取り込まれていく……
そして飲み込まれた思考が興味を示すのは一人の人間……その興味に引かれるままに、一人の天才の事を空想する。
(……この魔術書を残した天才は、どんな気持ちで国を出たのだろうか?)
自身が信じた道を突き進んだにも拘らず、他者に認められなかった一人の天才……
彼はただ純粋に、貪欲に知識を欲しただけなのだろう……何度も書き直し、修正し続けたであろう、ぐちゃぐちゃに乱れた線がそれを物語っている。
消息不明後の彼の足取りは、その一切合切が残されていない……しかし、きっとその天才は名を失い、人間達から拒絶されても尚、魔法の研究を続けたのではないだろうか?
それ程の狂気をこの本からは……この特別であろう魔法式からは感じるのだ……
「魔を見つめ続けたが故に、人間に拒絶された天才……か」
思わず呟いた独り言は、自身の体に溶けて消える。
もし、その天才の狂気……その一欠片でも自身にあれば、今の状況でさえも気が楽だったのかもしれない。
(きっと、この魔法はまだ未完成なのだろう……だから、この国の中で一番であろう大魔導士、エルディシオン・ヒロイック・ノーレッジでさえも、模倣するだけでは発動する事が出来なかったのだ。)
それしか答えが残されていないと言われればその通りだ。しかしその答えを知った所でどうにもならない事は解っていた。ただ……それでも……
「いや、それさえ解ってくれればそれでいいんだ……ただ、もしかしたらその魔法が……いや、さらに上に位置するかもしれない魔法があるという知識が、お前さんの助けになるかも知れないと思っただけだ。……それにコメスがその魔法を習得していないとも限らないしな……」
敬愛する師匠の言葉が自身の考えを代弁する。
その通りなのだ、これから立ち向かう事になる相手は未知とも言える存在なのかもしれないのだ、欠片と言える知識といえど、少しでも集めて事に当たるべきだろう。
ただ……もし本当に魔王という存在がおり、コメスにその教えを伝授しているのだとすれば、完全に手詰まりだと思えてしまうが……最悪を考え続けていても仕方の無い事だ。注意こそすれど、怯え続ける意味は無い。
「さて、長話に付き合わせてすまなかったな、アレイスト。……結果が解ったのならいつでもいい。この部屋に来て、直に顔を合わせて聞かせてくれ。」
既に師から伝えられる事は伝え終えたのだろう。ため息交じりの諦観を込めた声音で、最後の最後まで、絶対に生きて帰れと念を押す。
出来る事ならそうしたいと思いながらも、手にした魔術書を彼に返す。
「善処します。我が師よ。」
それ以上の言葉は必要なかった。今もまだ鋭い瞳で見つめるエルディシオンに背を向け、この場を去る為に足を進める。
「そうか……気をつけるんだぞ。」
部屋を出、扉が閉まり切るかどうかのタイミングでその言葉は自身を通り越していく。
咄嗟に振り向いたが既に扉は閉まっており、師の姿を窺うことは出来ない。
一瞬、後ろ髪を引かれる様な感覚に陥るが、それを振り払い呟く
「絶対に、結果を持ち帰って見せます。」
既にその声が伝わらない事は解っていた……それでも尚漏れ出た決意を扉に叩き付け、アレイストは議会所の喧騒の中に消えていく。
その背には、先ほどまでの狼狽した姿は一片たりとも残っていなかった。
如何でしたでしょうか。
基本的に時間軸には出来る限り気を付けて話は作っているので、作者のミスが無い限り過去の細かな部分が今に繋がるようにはしています。
10魔族としてアグリウス達が行動し始めるまでの加入順や、魔王と名乗る前の彼と知り合ったかどうかなど……そういった部分にも触れられるように話を作っていきたいです。
最後に、本作品を楽しんで読んでくださっていた方に、再度の謝辞とお礼を、そして、今後ともよろしくお願いいたします。ではまた次回の機会に




