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リベンジ魔王  作者: 蚊家津
47/50

現在を蝕む過去の記憶

最初の区切りまでは閑話です。興味が無い方は読み飛ばしても問題ありません。


再開してから重すぎる話が続いていますが……アレイストとの決戦までこの流れが続きそうです。重い話が嫌いな人には申し訳ございません。


今話も2万字程の話ですので、本当に暇な時にでも楽しんでいってください。


 マクジ共和国首都ウッドレス。その一角に建てられた巨大な屋敷の一室で、まだ成熟しきっていない少女達へ向けた指示が伝えられていた。


 「……という訳で、貴方方の同族の襲撃があり、その後始末がこの屋敷の至る所で行われている最中です。それでですね……本来ならその清掃作業も貴方方の仕事になるはずですが、今回は我が王の意向により、別命あるまではメイド隊の皆さんには休養が与えられる事になりました。まぁ数少ない機会ですし、ゆっくり羽を休めると良いでしょう。街に出たいのなら正門……はルウワーフが清掃中でしたね。裏門から出かけてください。……後、興味本位であれ清掃中の現場を見ない方が良いですよ。慣れてない者にとっては衝撃的な光景でしょうからね。」


 少女達へ向かい、淡々と指示と注意を出すその声音は青年と思われる程に若く、淀みも無い。目を閉じてしまえばそこに立っているのは人間の青年なのではないかと思ってしまう程だ。

 だが彼の容姿……その頭に備わった二つの立派な巻角と牡牛の様な顔が、彼という存在が悪魔である事を物語っていた。間違っても人間であるとは言えない容姿である。


 「解りました、アグリウスさん。ですが本当にいいのでしょうか? 10魔族の方々を差し置いて、私達奴隷だけ休養を頂くなんて……」


 三人の少女達の中で最年長である少女が代表して疑問を口にした。

 目の前に立つ悪魔へと声を掛ける少女に恐怖の感情は無く、むしろ自身の上司に対する様な気づかいの様な物があった。

 それは他の少女たちも同じらしく、悪魔の様子を伺いはすれど、恐怖といった感情が其処には含まれていない様に見える。


 「もちろんです。我が王の御言葉である限り、余程の問題が無い限りはそれに付き従うのが我々10魔族の総意です。……それで後は……そうですね。いかに休養だと言ってもあまり目立つような行動はしない様にしてください。一応各員には小遣いとして金貨を三枚ずつ支給しますが、此方もまたみだりに使用しない事……後は町に行くのなら問題を起こさず、又、巻き込まれる事が無いように……良いですね?」


 そして少女達に言葉を返す悪魔にも、彼女達に危害を加えようという意思は感じられない。彼女達の関係を何も知らぬ者がこの場を見たのなら、驚愕で口が閉じる事が無くなるであろう程にはあり得ない光景であった。


 「では後は個々の自由に行動してください。何か要件か問題が起きたのなら、臆せず10魔族の誰かに伝える事……そうすれば貴方達が処分される事態だけは避けられるはずなので、肝に銘じておいてください。」


 悪魔は処分という物騒な言葉を言い残し退室する。普通の感性を持っていれば、処分という言葉が意味する事を理解し、震える事さえあるだろうと思えるのだが……


 「ねぇねぇ、町に行っていいってさ。それに金貨もくれるって!! お洋服とか買ってきていいのかな?」


 「もう、アグリウスさんに今聞けば良かったでしょう? でもリジィー様の事だから、一着ぐらいなら許してくれるんじゃないかしら……まぁ、しっかりと誰かに聞いた方が良いわね。休暇に浮かれて処分されたって他の奴隷達に思われたくないなら……ね?」


 「そっかー、それもそうだね。……うん、あたし、アグリウスさんに聞いてくる!!」


 処分という言葉に臆する事は無く、むしろ処分される場合に陥った時は、何も言わずに受け入れるつもりだと感じられる態度であった。

 勿論、彼女達は死にたいと思っている訳では無く、その時が来たとすれば、相応の恐怖を感じる事もあるだろう……それでも、自身の命を握られている現状を受け入れているのには一つの理由があった。


 「あ……ちょっと待って……ついでに……食べ物を買って来てもいいか……聞いてきて……ほしい……の。」


 「あんた……ぼそぼそ喋る割には食い意地張ってるよね……一体どこにエネルギー使ってんの?……まぁうん、いいよ。聞いてきてあげる。貴方は何か聞きたい事はある?」


 「私は……そうね。リジィー様が好きな物をアグリウスさんから聞いて来てほしいわね。」


 「貴方……前も言っていたけど、本気でルウワーフさんやスロノドールさん達と張り合う気? あたしとばっちりで巻き込まれるのは嫌だよ?」


 それは理不尽な理由で命を取られる事は無いという一つの確信。

 始めこそは人間の見た目に近い者達にすら恐怖を抱き、生存本能に動かされるまま、言われる事そのままに行動し続けていたが……その確信が芽生えると共に、いつしかそれは奇妙な信頼へと変わっていった。


 「別にリジィー様の一番になろうとは思っていないわよ。……なれるに越した事はないけど。……ただ単純に、いい印象を持たれておけば私達に不利になる事はそうそうないでしょう? それに……」


 「……ブラウさんが……取り立てられている。……ぺったんこの私……と……ちんちくりんの貴方にも……チャンスはある……はず。」


 「ちんちくりんって言うな!!これでも気にしているんだぞ!! はぁ~、その様子だと根暗も同じってことか……」


 「そういう貴方だって……最低限の衣服が支給されているのに、何で新しい洋服を欲しいのかな~? 外に自由に出る事が出来ない現状で、見せる事を考えられる相手なんてそんなにいないはずなのに~?」


 「っ!?違うし!! 私はただ可愛い物が好きなだけだし!! 別に誰かに見せる目的で買う訳じゃ……」


 「……なら……人形とか買ってくればいい……可愛い物なら……わざわざ保管に……手間のかかる服じゃなくても……いいはず。」


 「うっ!? ……それは……」


 だからだろうか、この場にいる三人の少女の表情には一点の曇りは無く。

 お互いの秘めたる考えを露わにされても尚、それが自身の不利に繋がるのではないのか? といった様な明けぬ不安にさいなまれる事など無い。

 ただただその表には、自身の抱く淡い恋心に悩む、歳相応とも言える様な困り顔が見えるだけである。


 「はい、いがみ合いは此処までにしておきましょう。せっかく互いの意思が確認できたんだし、少しでも夢を叶える可能性を上げる為に、協力関係を結ぶのもいいと思うんだけれど……どうかしら?」

 

 「……ちんちくりんも……ルウワーフさんや……スロノドールさん達に……本気で張り合えるとは……思っていない。」


 「ちんちくりんって言うな!! ……はぁ……質では無理だから量を用意するって言いたいの? ……面白いじゃない。その話乗る事にするわ。」


 「そう言ってくれると思ったわ。これからよろしくね♪ちんちくりん♪」


 「よろしく……ちんちくりん。」


 「……あんたら、本当に協力する気あるの?」


 「はいはい、事実を気にしていても先には進まないわよ、速くアグリウスさんにお話を聞いて来て頂戴。」


 「……さっさといけ……ちび。」


 「てめぇら!!…………はぁ、もういいわ。ともかく、今日の借りはいつか返してもらうから、覚えておいてね。」


 「それは勿論よ。でも、あまり期待はしないで頂戴ね。」


 「……善処は……する。」


 彼女達は互いの意思を確認し行動を開始する。

 未だに彼女達には先が見えない今が続いてはいたが、それでも、温かい食事と雨風を遮れる場所が保証されている今を否定する事は決してなかった。


 「アグリウスさ~ん!!少し聞きたい事があるのですが~!!」


 だから、奴隷であるはずの少女達は今日も元気に、笑顔で今を生きていた。


◇◆◇◆◇◆◇


 アグリウスは屋敷の中を急ぎ足で行く。

 目的地は自身の敬愛する王、リジィー・スロードの寝室だ。

 彼は今、現状報告の為にその場所を目指していた。


 「……既に奴隷達に暇を出す事は告げ終えている。その上での駄賃も与えている……事前に聞いておいたこの国の物価から見ても、あれを使い切る様な事は無いはず……問題なし。……清掃作業に関しては、直接戦闘に参加しなかったシュリを除き、私以外の者は全員清掃を継続中……サロスには既に清掃を終えた後に魔王城に戻り、各種アイテムの作成を再開する事は伝えている……了承の返事を聞いているから問題なし。後は……」


 歩みを続けながらも、アグリウスの思考は状況の整理に明け暮れる。確認が取れていない事を聞かれ、再度調べ直すという無駄な時間を省くためだ。


 「……名無しの少女に関しては…………シュリ?」


 故に思考に意識を割き続けていた視覚は、目的地の部屋……その前にいる存在に気付くのが遅れた。

 既に手の届く範囲まで近づいていたその存在は、自身の驚きの声に釣られる様に此方へ視線を寄越す。

 彼女も何か考え事をしていたのだろう、これほど近づかれて初めて気が付いたかのように、その瞳に驚きを浮かべ問いかけてきた。


 「アグリウス……どうして此処に?」

 

 ……それはこちらの言葉である。少なくとも自身には明確な理由……現状の報告という大事な要件がある。しかしそんな自身に対し、今彼女に与えられている指示はこの屋敷で別命があるまで待機する事なのである……一応屋敷内での行動に制限はかかってはいないが、それでもこんな所に来る理由が無い。


 「私は現状の報告に……っと、それは此方の言葉です。何故、我らが王の寝室の前に……?」


 ……一瞬、また我が王に対する思いが爆発したのかと思いはしたが……それはそれで、今度は彼女が私の存在に気が付かない理由が解らない。

 少なくとも、他者の気配に……それも間近に触れられるであろう距離まで気が付かない……というのは異常だ、其処から考えられるのは……


 「アグリウス……貴方は、リジィー様のお考えを完全に把握できていますか?」


 互いの間に沈黙が漂うこと数秒、此方の質問に答える事無くシュリは質問を重ねて返す。

 その顔はとても苦しそうに歪んでおり、静かな言葉であったが、その内に秘められた渦巻く苦痛が簡単に見えてしまう。

 ……何がそんなに苦しいのかは解らない。だが余裕の無いその態度に、又何か我が王が心労のかさむ様な行いをしたのだと確信する。


 「完全に……と言える程では無いですが、概ね理解しているつもりです。……我らが王が何か行動を起こしたのですか?」


 「…………はい。厳密には既に起こしてしまった……というべきですが……」


 「話してみてください。貴方が問題視する程の行動だというのであれば、一考の余地はあるかと思いますので。」


 一考の余地があるとは言ったが、自身としてはそこまで大きな問題が起きているとは思ってはいない。

 何故なら自身の敬愛する王は思慮深い方だと認識しているからだ……確かに、目先の戦いにしか目がいかなくなったり、女性に対して無欲過ぎる点(此方は扱いに困っている節が感じられるが)など、傍から見ていて色々と問題だと思える点はある……

 しかしそれを補って余りある先見の明や、ありとあらゆる事に対する知識がある。……戦闘狂の部分に関しても、先を見据えたうえで今後に不安が無いからこそ、今の戦闘を楽しむだけの余裕があるのだとも考えられる。

 ……少なくとも、突発的な問題が起きない限りは、しっかりと考えた上での行動であるはずなのだ、ならばそこに横槍を加えるのは、完全に見落としているのでは無いかと不安に思う程の、とても大きな問題が見つからない限りは必要の無い事だ……事実、たった一度を除き、完全な失敗だと言える行動を我が王が行った事は無かった。


 だから、自身の言葉によって引き出された彼女の言葉を聞いても、やはり問題だと思える程の事では無かった。


 「……一騎討ちの決闘……? はぁ……それをアレイストという名の者に送り付けた……と?」


 「はい……昨夜の襲撃の際、リジィー様の警護の為にと念のために仕掛けて置いた、位置情報と周辺把握の魔法によって聞きました。」


 (……ああ、だから屋敷内に侵入した者のみに限定して殺戮を指示したのか……始めから外に待機していた者達は、言伝用の道具として必要だったのか……通りで確認の為に聞いた時、無視していいという返事が来た訳だ。)


 内心で昨日の小さな疑問が氷解すると共に、尚更問題だと思える様な事では無くなっていく。

 

 (襲撃すらも見越して10魔族の半数近くを屋敷に集めていたのだ……ならば決闘の言伝も含め、全てがリジィー様の考え通りに事が進んでいるという事だろう。……確かに、何を考えてそんな事をしたのかは解らないが……考えの上で起こした行動なら問題は無いはず……警戒は引き続き必要でしょうが、それは既に解り切っている事……問題は無いですね。)


 シュリには悪いが、話を聞いた上で尚問題だと思える様な内容では無かった。


 「確かに、今のリジィー様の御身体では問題だと思えるかもしれません。しかし、我らが王はそれすらも考慮に入れているはずです。不安に思うのは仕方の無い事ですが、それを押し付けるのは……」


 「アグリウス!!お前はあの時の過ちをまた繰り返すつもりか!!」


 自身の出した答えを告げている最中なのにも関わらず、シュリの感情に乗せたままの叫びが廊下に木霊する。

 いつになく真剣な声音の彼女に浮かぶのは怒りの感情、その顔と声音に気圧されたまま言葉を失っていると彼女はそのまま言葉を続ける。


 「あの時もそうだった!! 全て考えた上での行動なのだと思っていた!! 盲目的に、妄信的に!! その結果があれだ!! 全てが終わった後の絶望と、尽きぬ悔恨を抱えたまま、いつ明けるかも解らぬ暗闇を漂い続けていた!! 私はもう二度とあんな思いをしたくないの!!」


 聞く人の事を考えない、ただただ感情に任せた叫び……そんな彼女の姿を見るのは久しぶりだった……それも遠い昔の話であり、少なくとも我が王が4英雄に敗北し、その後の兵の再編と維持……そして王がお戻りになられてから今日に至るまでの間、ここまで感情を露わにした事は無かった。

 今まで見て来たシュリの姿と、其処から下されていた自身の評価から思いもしなかった反撃を受け、思考が驚きと混乱に染まる……しかし、理解しようと何とか頭を動かしていくと、すぐに何故これほどまでに取り乱しているのか合点がいく。


 「また居なくなってしまうのではないか? そんな不安を抱えているのですね。」


 「……悪いですか?」


 図星を指されたのだろう、依然此方を睨みながらではあるが、感情を抑えた静かな声で答えを返す。

 それが不貞腐れた子供の様な姿に酷似し、普段理知的だと思っていた評価と相まって、どうにも可笑しく感じてしまう。

 何故なら傍から見ている私からしてみれば、シュリが取るべき行動など決まり切っている事なのだ。それを迷い、苦悩する事自体が間違いであり、時間の無駄だ。


 「いいえいいえ。何も悪い事はございませんよ。むしろ10魔族と名乗り、我らが王の身辺を警護、補佐するのであれば、何事に対しても疑いを持って当たるのは当然の義務です。……ただ、だからと言って監禁紛いの行動をするのは間違いだと言っているのです。」


 だから少しばかりのからかいと共に彼女の背中を押してやることにした。

 笑い交じりの私の声を真に受け、シュリの顔は再度気色ばむ。


 「っ!? 誰がそんな事を言ったというの!! 私はただ……」


 「ただも何もございません。私が言いたいのは……疑問があるのであれば、我らが王に直接聞けばいいという事です。我らが王に聞き、その上で返事が納得いかない物であった時に初めて苦悩するべきなのです。それを行動すら起こさずに外から、ああでもないこうでもないと周りをうろつく事が正しい事なのですか? 違うでしょう? そんな事にすら気付かない程に目が腐ったのですか? 10魔族ともあろう者が嘆かわしい話です。」


 自身が正論だと捉える言葉ほど耳に痛い言葉になる……シュリは俯いたまま、静かに反論の言葉を探している様だ。

 しかしわざわざ無駄な悪足掻きを待ってやる程、時間を無駄にするつもりが無かった私は……


 「さぁ行きましょう。貴方自身の言葉で直接聞いて、不安を拭い去ってください。」


 話を打ち切る様にシュリを押しのけ、扉を叩いたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇


 この拠点が襲撃された翌日……といっても襲撃自体は日を跨いでいたから、厳密に言えば当日の朝であるが……。俺は拠点に用意された自室で今後の計画を詰めていた。

 

 「俺がアレイストの立場なら……当然罠を警戒するからな、もう少し小細工をするべきか……」


 まだ空が薄明るくなったばかりの部屋の中、寝不足の所為か若干重い感じがする頭を動かしながら考えるのはアレイストとの対決……それをどうやって実現させるかだ。

 正直な話、一騎討ちの決闘を申し込んだは良いがその通りになるとは思っていない。むしろその先……アレイストの行動をどの様に制御するかを考えていた。


 「流石に昨日の被害だけではこの街を出る事は無いだろう。多分後何回かの接触があって初めて逃走の選択を取るはず……一応既に東西南北の4門には索敵用のアイテムを忍ばせてはいるから、奴の逃走が早まっても問題は無いが……」


 まだまだ狂う可能性が高い段階の計画であったが、最終的なアレイストとの戦闘場所は街の外になる予定だ。それは単純に、まだ自身の……魔王の復活を悟られる訳にはいかないという部分に起因している。

 そもそも今回の件の発端は、自身の不手際とはいえ、スロノドールが傷つけられた事に対する報復だ。それも俺という個人が持った私怨でしかない……

 いかに自身が我が儘なのであっても、この程度の事で魔王の復活を悟られる訳にはいかないだろうし、そう考えるのなら、人目が多い所どころか、他者に簡単に連絡を取れる様な状況冴えも忌避すべきなのだ。

 だからこそ、アレイストにはこの街から出て貰わねばならない。外に出るのであれば、護衛がいたとしても少数であり、他者に連絡を取られる前に護衛事潰す事が出来る。……問題はアレイストを追い出す方法なのだが……

 手っ取り早く恐怖という感情を利用する指針で動く事を検討していた……一応、昨日の撃退で此方の戦力を多少は警戒してくれるはずだろうから、そう遠くない段階で死の恐怖に負けて逃げ出す可能性が高かったからだ。


 「いっそアレイストの住処を探し出し、ちょっかいを出す……か? 精神的に追い詰める方向も検討してみるか……」


 最悪、転移魔法を使用した強引な手で引っ張り出す事も考えてはいる……しかし魔法に長けた国の内部……それも首都である以上、どんな所から情報が他者に渡るかは解らない、強引な手はなるべく避けたい所だ……故にそれは本当に最後の手段……なりふり構わない状況での手だった。


 「何にせよ、当面はアレイストの行動待ちか……まぁそれはそれでいい、後は……そうだな、シュリとアグリウスに出す指示の内容を考えるか。魔王城にいる者の為に食事を作らねばならないから、サロスは城に戻る事が確定しているが……シュリとアグリウスにはどうして貰おうか……シュリには休暇を与えても良いが、アグリウスのあの顔では街に出る事は出来ないだろうし、休暇と言える様な休みを与える事は難しいか……」


 一度答えが決まってしまえば、どんどん次の課題へと思考は移ろいで行く……次から次へと配下に与える指示を精査し始めていると、その思考に水を差す音が部屋の中に響き渡った。


 「……何用だ?」


 ノック音に阻害された思考を纏めつつ、その扉の向こうにいる人物へ言葉を掛ける。

 寝不足も相まってか、若干不貞腐れた様な声音になってしまった自身に対し内心で舌を打つ。


 (たった一日程度の睡眠不足で、こうも解りやすく疲労が見えるか……昔の体なら三日程度なら不眠不休で行動しても差し支えなかったのにな……。)


 ついつい出てしまう悪態も仕方の無い事だろう、成長性など色々と目を見張る人間という種族ではあったが、それでもこの程度の無理で疲れが見える様では行動が制限され過ぎる。

 懐古主義という訳では無いが利便性を考えれば、昔の種族すら把握できていない魔王の体の方が優れていると思えた。


 「アグリウスでございます。現状の状況報告と今後の指示を頂きたく参りました。」


 そんな他愛の無い事を考えていると、俺の問いに対し青年の様な声が返ってくる……そして、アグリウスの状況報告という言葉を聞いた瞬間、さらに自身の体の脆弱さに呆れた。


 (……忘れていた。そういえばそんな指示を出したような気がする……)


 寝不足故か解らないが、朝起きてから時々妙に意識がぶれる様な気がする時があったのだ……きっとその時、偶然指示を仰いでいたアグリウスに対しどうでも良い様な指示を出していたのだろう。


 (アグリウスには無駄な労力を使わせてしまったな……すまない。)


 「そうか、ご苦労。入っていいぞ。」


 本意ではないにしても失態を犯した自身の罪を内心で謝罪しつつも、そんな様子は決して表に出さないようにする。……当然だろう、お前に出した指示は私のミスで必要の無い物だ……なんて口が裂けても言える訳がない。


 (それに決して無駄だと言い切れるような物でもないしな……うん、現状把握は重要だ!! 必要不可欠な情報だ!!)


 滑稽だと自身でも思うが、無理やり自身を正当化しつつ彼の入室を見守る。

 するとすぐに異変がある事に気が付いた。


 「……うん?シュリ……か? どうした?そんな所に立って……」


 アグリウスが空けた扉の先、その端からちらりと除いた一つの人影……その小さな体躯とちらりと映った鮮やかな金髪でそれがシュリであると解った。

 だが可笑しな事に、名前を呼んだにも関わらず当人は壁の縁に隠れたまま出てこようとはしない……。

 どうした物かとアグリウスに視線を向けるが、彼も彼で何か思う所があるのだろう……額に手を当てながら悩み、呆れたようにしながらその影を見つめている。

 それでも決して自身から口を開く様な事はしない、彼もシュリの存在を知覚している事から俺の見間違いという事も無いし……どうやら、アグリウスは今のこの良く解らない状況を打開する気が無いという事だろう……誰もが硬直し、沈黙を続ける事数秒……沈黙に耐えかねた俺はシュリを中へ迎え入れる為に行動を起こす。


 「……とりあえず、そんな所にいるのも何だし中に「リジィー様。現状の報告なのですが、各員鋭意清掃中であり夜までには清掃が完了する事でしょう。又、奴隷達に関しても既に相応の対処を取らせていただきました。此方も特に問題ありません。」


 ……文字通り、開いた口が塞がらないという経験をしていた……まさか忠義に厚い男であるアグリウスが、俺の言葉を遮ってでも露骨に邪魔をしてくるとは……


 (一体何があった!? ただでさえ他者の発言の最中に口を挟むことを良しとしないアグリウスが、俺の発言を遮る様に言葉を被せて来た……今思い出せる限りでも、こんな事一度たりとも無かったぞ!?)


 内心の困惑をそのままにアグリウスを見つめ続ける。出来る限り彼の意図をくみ取ろうとしての無意識での行動ではあったが、その牡牛の顔に備えられた鋭い双眸からは確固たる意志の様な物が感じられた……それ以外には何も解らない……恥ずかしい話だが、まるっきり現状を把握できていなかった。


 「……あ……あぁ、ありがとうアグリウス。そうか特に問題は無いか……了解した。それではお前は別命あるまで待機していてくれ。……でだ、シュリ。そんなとこ「了解しました、リジィー様。ただいくつか聞きたい点があるので少々質問よろしいでしょうか?」


 「………………」


 再度被せられるアグリウスの言葉……これで、たまたま……そう、偶然にも俺の言葉を遮ってしまい、自身の失態を何とか無かった事にしようとしてアグリウスが取った、浅はかな行動だという可能性が消えてしまった。


 ……明らかに邪魔している。


 (…………何故だ? 何故そこまでシュリを部屋に入れるのを邪魔する?)


 何となく……いや、もはや完全にシュリの邪魔をしている事は解った。しかしその理由が解らない……


 (……取りあえず何か思い当たる節は無いか? 仲が悪いとか……何かが切っ掛けで喧嘩しているとか……)



 あり得ないな


 一瞬浮かんだ自身の考えは、すぐさま今までの記憶に呼び起された光景に否定される。


 (10魔族の結束はとても強い……俺と二人の友との仲には劣るだろうが、それでも生半可な事では揺るがない物であるはずだ。)

 

 それに、アグリウス自身は多少悪戯好きの所がある……もしかしたら今回もその悪戯(そもそも悪戯と言える様な物か甚だ疑問だが)の一環である可能性が有る……シュリも、何かしらの文句があれば直ぐにアグリウスに伝えるはずだし、それをしないという事は、シュリもこの状況を受け入れているという事なのだろう。

 

 「リジィー様……如何致しましたか?」


 「……うん? ああ……何でも無い。……で、質問だったか? 何が聞きたい?」


 (仕方がない。取りあえずシュリの事は後回しだ……シュリも扉の陰から一向に出てこないし、かと言ってこの場を去ることも無い……アグリウスが去った後、聞く事にしよう。)


 いまいち腑に落ちない納得の仕方ではあったが、阻害された思考をそのままに、取り繕う様に平静を装う。


 「では質問をさせていただきます。……リジィー様。我々は信用に値しないのでしょうか?」


 「……はぁ!?」


 せっかく無理やりにでも一段落付けた思考が、再度混乱に叩き落とされる。それほどアグリウスの質問は突拍子も無いものだったのだ。

 何故、どうして、どうなって、どういった経緯でそんな質問をするに至ったのか? 疑問符で支配された思考は何が何でも状況を整理しようと躍起になり、その焦りがまた思考を散らかし、整理の妨げとなってしまう……解りやすい悪循環に陥っていた。

 だからと言ってそれをどうにかする事が出来るだけの余力も余裕も無い自身には、ただただアグリウスが続ける言葉を聞き続ける事しかできなくなってしまう。


 「僭越ながらこのアグリウス。リジィー様の御意思に殉ずる覚悟は当の昔に出来ております。だからこそ、リジィー様のお考えを……その全てを理解し、最善を尽くしたいとも思っています。確かに、状況によっては伝えない方が良い場合も有るかもしれません……しかし、それは極めて限られた状況……少なくとも今回の様な状況には当てはまらないのではないでしょうか?」


 「…………あ、ああ、そう……なのか?」


 何を指してそう言っているのかが甚だ見当がつかない……それ故曖昧になった肯定の言葉であったが、俺の肯定に息を巻いた様にアグリウスはたたみかける。


 「そうです!! 少なくとも、敵の力量を正確に把握出来ていない現状で、わざわざ自身の不利になる様な事を行う必要性は感じられません!! もちろん、私が理解できていない部分すらも考えての行動であるという事は理解しています。ですから、その部分を事前に……それが不可能なのであれば、出来る限り早い段階でお教え頂きたいのです。それだけで、我々10魔族の各々の気の持ちようが大きく変わります。そうですね、シュリ。」


 突如として呼ばれたシュリは、びくりと扉の陰から除く腕を震わせる。

 俺にはアグリウスが語った言葉の真意がいまいちくみ取れなかったが……シュリには理解できたのだろう、するりと陰から覗かせた顔で俺に視線を寄越す。

 ……その瞳は悲し気な物だった……まるで飼い主に捨てられた小動物の様に……或いは、信じていた主を信じられなくなった従者の様に……語る事すらせずに他者に意思を伝える程、それは顕著にシュリの内心を表していた……


 (……全くもって解らない……何がそんなに悲しいのだ? 何をそんなに恐れているのだ? 今までは……少なくとも魔王と名乗っていた時はそんな顔は一切した事が無かったというのに……)


 もはや混乱を終息させる事を諦めた思考が、答えの出ない問答を続ける……それでもしっかりとアグリウスの質問に答えを返すのだから、もしかしたら思考と感情は別離した存在なのかもしれない…… 


 「……アグリウス。俺にはいまいちお前の真意を理解する事が出来ないが……少なくとも信用はしているぞ。……いや、信用しない訳が無いだろう。なにせ500年もの間、俺の事を信頼し、待っていてくれたのだ。昔の俺ならいざ知らず、今の俺には多少の事ではお前を……お前達10魔族の皆を切って捨てようという考えを持つ事はあり得ない。……それこそ、宝物の様にお前達の事を思っているのだ……だが、その結果としてお前にいらぬ不安を抱かせたのなら謝ろう、すまなかった。」


 「頭をお上げください、我らが王!! そもそもの話、我々が貴方様のお考えを把握できなかった不徳の致すところ。貴方様が頭を下げる必要は何もございません!!」


 謝罪の言葉と共に頭を下げると、慌てふためいたアグリウスの声が頭を上げさせた。

 その狼狽えた姿はつい先ほどまでの毅然とした態度とは程遠く、勝手に感じ取っていた固い空気を弛緩させてくれる。

 何となくではあったが、アグリウスから感じられていた棘の様な鋭い意志は無くなっていた。

 そして張り詰めた空気を弛緩させるかのようにため息一つを吐き、アグリウスは意図的に無視していたシュリへと向かって言葉を掛ける。


 「……シュリ!! お前も我らが王のお言葉を聞いただろう!? いい加減そんな所で縮こまっているのは止めなさい!!」


 それは叱咤の声ではあった。彼らの間に何があったのかは解らない……それでも、温厚なアグリウスが此処まで我が儘に、自身の感情を他者に押し付けるのは珍しい光景であり、それほど彼がシュリに対し良い感情を持っていない事が解った。

 それをシュリも理解しているのだろう。びくりと震えた体はそのまま釣られるように陰から出てくる……しかしその表情は先ほどと何も変わらず、俺と合った視線は直ぐに逸らされ、それ以上シュリが動く事は無かった。

 アグリウスも、もうこれ以上何かをいう事はしないのだろう……シュリを見つめたまま彼女の動きをずっと眺め続けている。


 再び沈黙が支配すること数秒、やがて何かの決心を固めたのであろうシュリは、一つ大きな息を吐くと共に鋭くした視線を俺へと投げかけ、口を開いた。


 「リジィー様……いくつか質問がございます。どうか……嘘を言わず、正直にお答えください。……お願いします。」


 弛緩した空気が再度固まるのを感じると共に、アグリウスがシュリに対し向けていた敵意の理由が解った。


 (きっとシュリは質問するべきかどうか迷っていたのだろう……普段なら一も二も無く聞く事が当たり前の様な……それほど重大な事なのだ。……だからアグリウスは理解できなかったのだろう、当たり前の対処が何故できないのかと……結果、半ば強引にシュリを焚きつける形になったのか……)


 解ってみればそれほど問題視される様な事では無かった。アグリウスが持つ感情は一時の怒りであり、今シュリが行動を起こした事で晴れる部類の物であるはずだ。今後二人の仲が険悪になる様なことも無いだろう。

 最悪二人の間を保つように行動しなくてはいけない……とさえ考え始めていた思考は、安堵の感情に押し潰される。


 ……それでも、まだ気を楽にするには早すぎるのだが……


 俺はシュリの言葉に対し何も言わず、一つ大きな頷きを返す事でその意思に答えた。まだシュリに対する問題が残っているのだ。


 「ありがとうございます。では早速させていただきますが……」


 酷く事務的な返事であった、いつもの様な慕う声音は其処に無く。ただただ冷淡な尋問官が其処にいるのであると理解し、一体どんな質問が掛けられるか不安になる。


 (嘘を言うなと念を押す位だ……何を聞くかは解らないが、答え次第ではシュリの信頼が揺らぐのかもしれない。……それは何としてでも避けなくては。)


 「まず最初に……何故、一騎討ちを申し込まれたのでしょうか?」


 内心ではどんな事を聞かれるのかと身構えていたために、少し拍子抜けする様な質問だった。

 嘘をつくなと念を押されてはいたが、こんな事に嘘が混じるような要素は何もないだろう。

 そう思いながらも思考は直ぐに答えを返す。


 「私の作戦の一環だな。大まかに説明するのなら……あいつをこの都市から離した状態を作る為の挑発の一種だ。あいつにとって、この挑発は罠に見えて仕方がないだろうから、あいつから打って出てくる事も無いだろう。……特段気にするような内容ではない。」

 

 「……ですが、もしその挑発に乗ってきたのであれば、リジィー様はその話に乗るのでしょう?」


 「勿論、誰が自身から出した挑発を取り下げるというのだ。万が一でもそのような事があったのであれば、それはそれで後の手間が省けるからな、断る事は無い。」


 一体何が聞きたいのだろうか? 極めて当たり前の事しか聞かれない……出会ってから一年にも満たないであろう仲であるのなら、こういった質問が来るのも理解はできる……が、彼女と過ごした時間は膨大であり、今更俺の思考回路を理解していないという様な事も無いはずだ。

 だが、そんな俺の見解を無視し、俺の答えの何かが気に入らないかのように、シュリはその美しい顔を歪める。俺には、それが怒りによる物なのか悲しみによる物なのか……どんな感情から来るものなのか解る事は無かった。


 「……話は変わりますが、リジィー様は何故、4英雄に敗北したのでしょうか?」


 淡々としたシュリの尋問は続く……彼女にとって、その質問の答えが重要なのだと言わんばかりに俺の瞳を見据えて……


 「急に遠い昔の話になったな…………単純に奴らが私より優れていたからだ。奴らの連携は見事な物だった、今でもあの一瞬を思い起こせる程……」


 「そんな訳がありません!!4英雄があの時のリジィー様を超えていたなどと……そんな戯言を聞きたくはありません!!」


 シュリの悲鳴のような叫びが俺の言葉を遮る。

 それは否定の言葉のはずなのに、懇願の様にも聞こえる……まるでその事実を認めたくないかのように……認める事を恐れているかの様に……

 もしかしたら、500年の時を経た今でさえも、人間達に負けたという事実を認める事が出来ていないのかもしれない。

 それならば自身がするべき事はただ一つだ。


 「いいや、奴らは私よりも優れていた。それは事実だ。」


 出来る限り優しく、諭す様にシュリに語り掛ける。

 敗者がすべき事は過去に目を向け続ける事では無く、前を向く事なのだと伝える為に……

 その過程で悔恨という形で過去を見直すのも良い事なのかもしれないが……それに捕らわれ続けていれば意味がないのだと教える為に……


 まるで駄々をこねる子供をあやしている様だ……と内心では思いつつも、シュリの瞳を真正面から見つめ、離さない。相手が興奮している時は、此方が落ち着いた態度を貫く事が有効であるからだ。


 「有り得ません……そんな事絶対にあり得ない!! 無魔法という存在を知ってなお、そんな馬鹿げた言葉を信じられる程、愚かではありません!!」


 だが、そんな俺の計算とは別に、何が悪かったのか解らないままにシュリの感情は爆発する。

 強く握りしめた拳を震わせながら、ただ感情のままに自身の思いを叩き付けてくる。


 「何故そんな噓を言うのですか!? ただでさえ、上級魔法という人知では超えられぬ力を保持しておきながら、さらにその上を行く奇跡を持っているお方が……たかだか中級魔法を自在に扱える程度の者に負けるはずがありません!! 例え4対1という数的不利だったとしても、それが覆る様な小さな差ではありません!! 初めから本気で……ただ一つの奇跡を放つだけで、貴方の勝利は確定するというのに……何故そうしなかったのですか!?」


 耳を癒す様な美しい声音を震わせながら、シュリは溢れ出た涙もそのままに、叫び続ける……


 「解らないんです!! 負けるはずが無いのに……勝つ事が決まっているはずの戦いなのに……負けた……。……私は……今でもあの時の事を思い出すんです……4人の英雄が、無数とも言える人間の群れを引き連れ魔王城に辿り着いた時の事を……あの時、リジィー様は悲し気に笑っていました……ずっとその瞬間を待ち続けていたかのように、ただそれでいて、本当にこれで良かったのかと迷っているかの様に……その迷いが英雄に討たれた原因なのではないですか!?」


 彼女は、自身の想像以上に俺の事を見ていた様だ……もはや自身でも覚えていない時の内容でさえ、事細かに告げてくる。

 ……いや、そういっては少し語弊がある。微かにではあるがその時の事は覚えてはいる……しかし、その時自身が何を考えていたか……その時の感情の機微など、そういった細かな事は覚えていないという話だ……

 ……ただ、今そういわれて思い出した事がある……俺はあの時……人間の軍が群れとなり魔王城の近くへと現れた時、一つ思っていた事があるのだ……


 ――やっと来てくれたか――


 ……本当に……ただ本当に一言……そう思った事を思い出した……


 (……何で俺はそんな事を思ったんだ? 最後の砦である魔王城に辿り着かれる様な状況は、普通全力で避けるべきだろう? なのにも関わらず、俺は人間達が……英雄が魔王城に辿り着く事を待っていたというのか?)


 それはふと湧いた疑問……当時の事を思い返してみて初めて浮かんだ疑問だった。

 その疑問にかぶさって、先のシュリの言葉が鈍く胸の奥に突き刺さる……まるで奥底に眠った何かを掘り起こそうとするかの様に……抜ける事が無い鈍痛を抱えながら思考は回り続ける。


 (明確に説明は出来ないが……酷く矛盾している。追い詰められたのにも関わらず、何故俺はその瞬間を待ちわびていたと思った?どう考えてもそんな事を……俺だけが犠牲になるのならいざ知らず、あの時城には多くの配下がいたんだぞ!? それなのに待ちわびていたなど……思う事自体が間違っている!! ……そしてシュリの記憶では、悲しそうな笑顔を浮かべていたという……その瞬間をずっと待ちわび、しかし本当にそれが正しいのかどうか迷うかの様だったと……そう受け取られる様な振る舞いをしたのだと……それではまるで初めから……俺は……)


 「リジィー様……本当はあの時、初めから英雄に討たれるつもりだったのではないですか? だから……自身の力を自ら封印して、他の者が邪魔に入らない様、玉座の間から遠ざけ……」


 「違う!! そんな事は断じてない!!」


 思考を置き去りにして口を引き裂いたその否定は、シュリの言葉を途中で引き留める。

 感情に任せた突然の否定……普段の俺を知っているシュリとアグリウスだからこそ、それが異常である事が解ったのだろう……驚きの感情を隠すことも無くその顔に浮かべている。

 ……そして可笑しな事に、当の本人である自身でさえも今の異常を目の当たりにして驚いていた……


 (何だ!? 俺の身に一体何が起きている!? こんな……考えも何も纏まらずに相手の考えを……それもその全容を聞く事無く否定するなど……)


 混乱に彩られた思考は、何とか自身の現状を把握しようと熱を帯び、稼働し続ける……しかしそれが巨大な隙なのだと言わんばかりに、動く事を止めない口は音を発し続ける。


 「そんな事は……初めから死ぬつもりだったなど……断じて無い!! それでは可笑しいではないか!? 初めから死ぬつもりであるのなら、何故俺は今ここにいる? 何故俺は転生魔法を使用した!? 矛盾しているだろう!? ……そうだ……あってはいけないんだ……矛盾など、そんな誰にでも解る様な間違いは俺にあってはいけないんだ!! 俺は完璧でなくてはいけない……完璧でなくては……また、俺の周りから離れて行ってしまう……」


 ぶつぶつと呪詛の様に捲くし立て続ける。既に誰に向けての言葉なのかも解らぬまま、ただひたすらに言葉の羅列が出続ける。

 落ち着きを急に失った自身の両手は、まるで大事な何かを守ろうとするかのように自身の肩を強く抱きしめ、自身の限界など存在しないかのようにぎりぎりと締め上げる。

 がくがくと揺れる視界を認識しながらも、それを落ち着ける事が出来ないままに、俺は混乱と狂乱の様相を呈し始めた自身を知覚しながらも、それを落ち着かせようと力を込めるも拒絶される為成す術がない。

 何故これほどまでに動揺しているのか……自身でも解らない……ただまるで何かに怯えるかのように、忙しなく動き回る景色をただ茫然と認識しながら、抱きしめた自身の肩を強く……力の限りに握りしめていた……


 「…………ー様………ジィ―様!!………リジィー様!!如何しましたか!?」


 気が付けば、アグリウスが俺の肩を揺さぶっていた……

 その面持ちは不安げな物であり、急に取り乱した俺の事を心配してくれているのだと解る。


 「……ああ……大丈夫だ……何も……何も問題ない……」


 ……何故だろうか……誰かに心配されているのだと理解した瞬間、今までの狼狽が嘘の様に静まっていく。

 急に冷静さを取り戻した思考と感情に驚きながらも、まだ荒いままである呼吸を落ち着かせながら、抱きしめていた自身の両肩を開放する……

 視界の端に移る手の平は、血の気が失せて真っ白い……かと思えばまるで圧力から解放されてるのを待っていたかのように朱色を取り戻す。それは、自身の想像以上に力を込めていた事の証明でもあった……


 (……もしかしたら、痣位は出来ているかもしれないな……)


 何ともなしに思いつくのは今の状況で全くもって関係が無い事……まるで何かから逃れたいが為に……何かを考えない様にしようとしている様に、呆けた思考は緩慢に働く。

 ……だが、自身でも解る程の異常を見る事になった二人の配下は、呆けたままの思考を許してはくれない。


 「リジィー様……もし気に障る様な事を言ったのであれば謝罪します……ですが私は知りたいのです!! あの時の様な過ちを二度と繰り返さない為にも、後悔によって全てを放棄してしまおうなどと考える事が無い為にも!! 私は貴方の全てを知りたいんです!! ……どうか……どうか、愚かで無知な私を許してください……」


 「……リジィー様。このアグリウス、全てとは言えぬまでもある程度の事であれば理解しているつもりでした……しかしどうにも私の理解が及ばない事があるのも事実……差し支えない範囲で、無知蒙昧な我が身にお教えして貰えないでしょうか?」


 シュリだけではなく、今まで様子を伺っているのみだったアグリウスも尋問に参加してくる。

 それが自身にとって良い事なのか悪い事なのかはもはや判断がつかない……ただ、ここで引く事が出来ないという事だけは解った。


 「……お前たちが望む答えを返せるかどうかは解らないが……いいだろう。……シュリ、つまるところお前は、俺が英雄に負けた理由を知りたいという事でいいんだな?」


 後に引けなくなったと思えば幾分緊張は緩和される……前に進む事しかできないのだから当然か。

 俺の問いかけを受けたシュリは、それだけでは無いのだと言わんばかりに数秒の沈黙を経たのちに、頷きだけで返事を返す。

 シュリには悪いが……自身ですらも全てを完全に把握していると言い難い状況だ。細かな部分を根掘り葉掘り聞かれては、また先ほどの様に取り乱す結果に陥りかねん。大まかな……本当に大きな部分を知って貰って、それで納得してもらうしかないんだ……


 (……そうは言うが、その大まかな部分ですらあやふやなのはいかがな物か……可笑しい話だ。当時は確固たる意志をもって行動していたはずなのにな……)


 所詮遠き日に埋もれた個人の考えか……ただそれを知りたいというのだから、是が非でも思い返さなければならない……


 「俺が知る限りの内容でしか言えないが……英雄は特殊な戦い方をして来たのだ。……個々の戦闘力に任せた戦い方ではなく、かといって人数差という利点のみに頼る訳では無く……何といえばいいか、互いが互いの短所を補い合い、お互いの長所を存分に高め、誰かがミスを犯しても、瞬時に他の者がそのミスを補い、無かった事にするどころかむしろブラスに働かせる様な……事前に示し合わせていた作戦だけとは言い切れぬ……連携が其処に有ったんだ。……その連携の前に俺は敗れた。」


 自身の記憶を探りながら……今でも眼球の奥底に焼き付く最後の連携を鮮明に蘇らせる。

 それに感嘆の念を抱きながらも、並行して作り上げた説明を言う。

 シュリはその説明を聞いたうえで首を横に振り、俺の言葉を否定しようと口を開く。

 ……シュリが言おうとしている事は解った。俺は、シュリが何かを言うよりも早く言葉を続けた。


 「勿論、シュリの言う通り……いかに英雄共が素晴らしき連携を行った所で、俺の持つ魔の知識の前では無力だ。……それは間違いが無い。……ただな……俺はあの時、無魔法はおろか上級魔法すらも使う事が無かったんだ。」


 「「はぁ!?」」


 二人の驚愕の声が部屋に響き渡る。それも仕方がない事だろう……俺が英雄との戦いでしていた行為は、剣を振り下ろせば勝ちが決まる様な状況で、それを振り下ろさずに自分から手にした剣を投げ捨てる様な物……まともな思考をしていればそんな事をする者はだれ一人いないだろう。

 ……だが、その行為には俺なりの明確な理由があった。


 「お前たちの驚きは解るし、口にせずとも馬鹿にしているのは解る。……俺でも馬鹿な事をしていると思うしな……だがな、俺は勝ちが初めから決まっている様な戦いが嫌いなんだ……たとえそれが奥の手なのだとしても、たった一手でそれまでの戦いを全て否定するような……駆け引きも何も存在しない一撃が嫌いなんだ。だから俺は、明確な理由か殺意が無い限りは、相手のレベルに合わせて戦う事にしているんだ……そうでなくては、俺に残されたたった一つの楽しみすらも無くなってしまうんだ……」


 最後の方に漏れるのは本音の部分。

 結局の所、俺は戦いを楽しみたいだけなのだ……その結果が自身の敗北であり、死であろうとも、そこに至るまでの戦いの過程が有意義な物であれば、快くそれを受け入れられる。


 (……そうだ、だから俺はあの時……英雄に討たれた時、自身の死を受け入れようとしたんだ……しかし、その瞬間に至るまでの過程で多くの犠牲を出した……そして、俺を信じてくれる者達にした約束もあった……だから俺は、自身の考えを曲げてまで転生を行ったんだ!! そうに違いない!!)


 突如として纏まったのは先ほど自身が取り乱した、死を受けいれたにも関わらず、転生魔法を使用した理由。何度か吟味したその理由には大きな矛盾が見つからなかった為、それが正しい答えなのだと思い込むことにした。

 ……しかし明確な答えを見つけたにも関わらず、今も尚持続する胸の痛みが取れる事は無い……まるで不治の病であるかのように、胸の奥底を抉り続けるその痛みを抱えながら、それでも俺は思考を続けていく。


 (……そうだ、何故俺はこんな簡単な事を忘れていたんだ? 考えてみれば当たり前では無いか、俺はあの時も英雄達の力量に合わせて戦っていた……それが油断だと言われればそれまでであり、結果として敗北する事になったのは看過できない様な事ではあるが、それでも明確な理由が有るではないか!? 決して説明に窮する様な事では無い!! ……それなのになぜあんなに取り乱す事に繋がったんだ?)


 一つの答えが見つかると次の疑問が虚空から生まれる。その疑問を解き明かそうと思考を割こうとした瞬間、自身が今説明を求められている立場だという事を思い出し、割かれ始めた思考を何とかまとめ直し口を開く。


 「結局のところ、俺の油断が……油断と言っていいのか疑問ではあるが……敗北の原因だ。勿論、その原因があった所で英雄達の功績が色あせる事は無いし、俺自身が敗北を認めざるを得ない様な素晴らしい連携だった。だから最初に言った、英雄達の方が優れていたという理由に間違いは何もない、制限を付けた俺よりもという言葉尻はつくがな。」


 これで説明は終わりだと言わんばかりに手の平を一つ叩く。

 後は疑問があれば各々が口にするはずだ。俺は二人の瞳を受けながら、静かに待ち続けた。


 「……リジィー様。貴方様のお考えと、英雄達に敗北した理由は……全てとは言い切れませんが、解りました。その上で、再度お聞きします。今も同じようなお考えなのでしょうか?」


 数秒の沈黙を経て口を開いたのは、シュリ。

 その声音は先ほどと変わる事無く冷淡だった。


 「当然だ。今までもそうであり、これからも変わる事は無い……俺は、一度決めたら相応の理由が無い限り、自身の考えを覆す事が無いという事を忘れたか?」


 別に突き放すつもりは無かったが、言い方と良い自身の声音と良い……どうにも突き放すような言い方になってしまった……そして、自身でもそう感じ取れたという事は、シュリにとってもそう感じられたという事だ……

 シュリは再度悲し気に歪めた顔をそのままに口を開こうとして……


 「リジィー様のお考え、このアグリウス、しかと理解しました。……ですが貴方様は我らの王であられるお方……自身の軽率な行動が、我々の心をどれだけ大きく乱すのかも、少しは考えられてはどうでしょうか?」


 アグリウスの言葉に遮られ、その思いを口にする事は無かった……


 「善処しよう……ほかに聞きたい事はあるか?」


 「いいえ、何もございません。」


 アグリウスもアグリウスで、これ以上の言い争いは不毛であり、場合によっては信頼関係に傷がつくと判断したのであろう、迷いなく俺の言葉に返事を返す。

 そして、既に自身の言葉が聞き届けられないという判断を下したのであろうシュリは……


 「…………」


 俺の言葉に返事を返す事無く背を向け、そのまま退室してしまった。

 それが褒められる様な行為でない事は解っていたが、それを今追求できるだけの傲慢さを、俺は持ち合わせていなかった……


 「リジィー様…………私達は貴方の為に今、この場にいます……逆に言えば、貴方が居なければ私達は此処にはいません。……もう少し……ほんの少しだけでも、自身の存在の大きさを理解していただけませんか?」


 シュリがこの場を去ってから十数秒……残ったアグリウスは、再度先ほどの懇願を繰り返す。その声音は、まるで間違いを優しく諭す様に優しく……聞き入れられない事が解り切っているかの様に、儚い物だった。


 「……すまない。俺は……我が儘なんだ……」


 その懇願に俺は、彼が求めている様な答えを返す事が出来なかった……

 それに不満が出ない訳が無い……アグリウスの呆れ交じりのため息が聞こえた。


 「……ええ、存じておりますとも。……では私もこれで失礼いたします。また何かご入用があればお呼びください。」


 「ああ……そうするよ……」


 俺はアグリウスに目線すら合わせず席を立ち、窓辺に近寄り外の景色を眺める。

 自身の目の前に広がる天には、今の自身の心境に反し澄み切った青い空が広がっており、上り始めた太陽から降り注ぐ陽光がほのかに体を温める。

 アグリウスは俺の行動を咎める様な事はしない……いっそ横柄な態度を咎めてくれさえすれば、どれだけ気が楽だろうか……

 配下に叱責を求めるという、自身でも良く理解できない俺の内心を、当然アグリウスが知る訳が無い。

 アグリウスは何も言う事が無く、俺に背を向け扉へ向かっていく事が気配で解った。


 (王らしい振る舞いとは言えないな……)


 後悔の念は尽きる事は無い、だが今更取り返しのつかない事でもある。

 俺は今後の自身の振舞い方なども含め、どうするべきかと思案に暮れようとして……


 「リジィー様……一つだけよろしいでしょうか?」


 アグリウスの呼びかけに現実へ引き戻される。

 アグリウスの気配は扉付近……きっとノブに手を掛けた状態なのだろう、此方を向いている様子は無い。

 そして俺もアグリウスの方へ向く事は無い……互いに背を向けたまま、耳を傾けたまま何の返事もせずに、俺はただただ無言を貫き続けた。


 「…………一度時間を置き。お互いに落ち着いてからもう一度シュリと話をしてください。……あの子は、貴方が想像している以上に弱い子供なんです。……それだけです。」


 それだけを言い残し、俺の答えを聞く事無くアグリウスは部屋から出ていく。

 俺はそれに何かの言葉を返す事も無く、ただただ外を行き交う人間達を見つめ続けていた。



 胸中に突き刺さったままの鈍い痛みは未だに潰える事無く、先程よりも尚大きなものとなっていた……



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