人の記憶に残らぬ虐殺
どこにでもある様な、平凡で小さな農村……ソルエ村
人口100人程のこの村から北へ向かい、少しばかり歩いて行った所に、ローバー盗賊団団長、イメル・ローランドを含む8人の野盗がいた。
彼らはその日、その夜。月明りが見守る中、イメルを除いて人知れず命を落とした。
そしてイメル自身も、屈強に鍛え上げられた両腕……その肘から先を断たれ、もう間もなく、その命を潰えようとしていた。
それを行ったのは一人の青年。リジィー・スロードである。
「さて……君にはこのまま死んでもらっても良いんだけれど……どうせだし実験に協力してよ。」
「…………う……あ……」
俺は、既にその体から力が抜けている男へ告げる。
彼の両肘の断面から流れ出る血液が少なくなっている事から、もう死の瀬戸際なのであろう事は想像に難くない。
その所為だろうか、男の反応は酷く乏しい物だった。
「……そっか、もう死んじゃうのか……やっぱ人間って脆いよなぁ~」
自身の体の脆さを見せられている様な気がした為、何とも気弱な言葉になってしまった。
きっと今の俺の顔は、嫌そうに顔を顰めているのだろう。
しかしそんな事はどうでも良い。弱気になった思考をさっさと切り上げ、俺は宝物庫を開くととあるアイテムを呼び出した。
数秒の間の後、俺が伸ばした手の平に光が集まり形を成す……それはハンドベル型のマジックアイテムだった。
「……う~ん、これって魔力消費どれぐらい必要だったかな? まぁ、足りなくっても死にはしないか……」
独り言呟きながら、自身の手に収まるそのアイテムの効果を思い出す。
アイテムの名は祝福の福音。
その鐘を鳴らすことで、対象のありとあらゆる体の異常を、正常へと戻す能力を持ったマジックアイテムだ……俺がこれを出したのは当然……
思考の最中にも既に体は行動していた。既に死に体の男へ向かい、心地よい鐘の音を鳴らす。
効果は一瞬だった。
血を失い、土気色になっていた肌の色は見る間に肌色と艶を取りもどし、その肘から先を失った腕は、切断面を起点に肉が見る間に盛り上がる。
そして、斬られた腕が治ったと思ったら、手首、手、指と順々に盛り上がった肉は形を整えていく……それと共に、生気が抜け落ちた彼の瞳には輝きが戻り、今の今まで死に掛けていたのが嘘の様な回復を見せた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ俺の!!俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」
そしてその口から迸るのは絶叫。その姿から、自身に起きた奇跡に気づいていないのであろう。
彼は呆けた様に天を向き、咆哮を上げ続ける……既に取り除かれたはずの痛覚と共に……
「……うるさいな」
耳障りな音は不快だった……しかし今は優先すべき事がある。
俺は虚空へと右手を伸ばして、連絡の魔法を起動させた。
魔法が繋がるまでの間は数秒、相手はすぐに此方に返事を返す。
「どうかなさいましたか? リジィー様」
聞こえてくるのは青年の様な若々しい声……アグリウスのものである。
「アグリウス、今時間は取れるか?」
「勿論でございます。それで、如何様でございましょうか?」
絶叫が響く中だというのに、アグリウスは気分を害した様子も無く、間を置かずに答え、先を促してくる。それに答える様に早速本題に入る事にする。
「何、少しばかり実験をしようと思ってな。今から、生きた人間の長距離転移の実験を行う。目標の転移場所は……正門前の大広間に置いていたはずだな。そこで待機し、結果の確認と、その者の後処理を頼みたい。」
「了解いたしました。して、後処理はどういった内容がよろしいのでしょうか?」
「それは任せる、他の実験に使いたい者がいるのなら、そいつに譲ってもいいし、隷属させた魔族の餌にしてやってもいい。」
「了解しました。それでは大広間にてお待ちしております。」
その一言と共に魔法は切れる。それと共に懐から取り出したのは一枚の小さな紙、それは魔王城に残されていた数少ないマジックアイテム……その一つだった。
この道具の名は覚えていない。当然だ、俺にとって宝物庫にあるアイテム以外、ほぼ価値の無い物に変わりがないからだ。
ただ効果だけは覚えている……事前に親となる小さな紙を設置した地点に、子であるこの小さな紙を張り付けた物体を、瞬時に移動させるアイテム……それがこの紙の正体だ。
未だに泣き喚く男の額に、手にした紙を張り付ける。依然絶叫をし続け、伽藍洞の瞳で天を見つめる彼は、此方の動きを邪魔しようとはしない。
(祝福の福音は精神の異常までは治せないのか……)
既に治っているはずの腕が無いと、未だに泣き喚き散らすその男を見ながら、完璧なアイテムだと思っていた福音が、実は余り使い勝手が良い物では無いのだと結論付ける。
(まぁ……完全な物を作るのは不可能だ……そういう事なのだろう……)
その事実は、とても悲しい事だった……だがそんな感情は今はどうでも良い。
ともかく今は、転移実験を優先しよう。祝福の福音の細かい実験は、また別の機会に回すことにする。
切り替えた思考と共に、男に張り付けたマジックアイテムを起動させる……すると張り付けた小さな紙が淡い光を放つと共に、伝播する様に男の体にも光が移る。
……その様子を確認した瞬間にはもう男はいなかった。
男が居なくなったのを確認すると共に、連絡の魔法が繋がる。
「リジィー様、実験は成功です。」
聞こえてくるのは勿論アグリウスの声……そして、彼の声とは別に聞こえて来る絶叫で、答えを聞く前に確信していた。
「うん、お前の背後から聞こえてくる喚き声で簡単に解ったよ……」
「作用ですか。では、この後の処理は私が承りました。」
「ああ、よろしく頼む。」
「ありがたきお言葉。」
礼儀正しいアグリウスの声と共に、魔法がその効力を終える。
結果は上々といっても良かった。これでこの先の行動も、幅広くなったと言える。
他にするべき事が無い事は解り切っている……後はシュリと共に、今も村の中で右往左往しているであろう残党を、処分するだけだ……
虚空に再度魔法陣を書き上げる、その魔法が彼女へと繋がりを求めると共に、シュリはすぐに答えてくれる。
「シュリ、此方は問題なく片付いた、其方はどうだ?」
「此方も問題ありません、リジィー様……今はソルエ村に向かっております。」
連絡を取れるだけの余裕があるという事だから、別に気にする必要は無いのだろうが……その声に覇気が無い事に不安を覚えた。彼女が野盗8人程度を相手に、後れを取るとは思えなかったが……不安を覚えたのなら、それを取り除くために確認するべきだろう。
「シュリ、どうした? 元気が無い様だが……攻撃を受けたのか?」
もしも自身の心配通りであるのなら、シュリには待機してもらった方がいいだろう。どれほどの傷かは解らないが、彼女の声から、深刻な状態であると思えたからだ。
しかし、そんな俺の心配を他所に、対する彼女の答えは、想像をはるかに超える物だった。
「いいえ、何も……何も問題ありません。ただ……無魔法を使っただけです。」
「……素晴らしい。まさかここまで早く辿り着くとは……」
思わず、感嘆の声が口をついて出ていた。当然だ、シュリにあの本を渡した段階で、彼女が無魔法を習得する事は予測していた。
しかし、それはもっと後の話である。ここまで早く、始まりの一歩を踏む出すとは思っていなかった。
無魔法の起源となるのは、想像や願いなどの大きな願望と、怒りや希望などの強い感情だ。
だがその起源を知った所で、それをうまく作れなくてはいけない……シュリが何を元にその願望と感情を得たかは解らないが、最初の一歩を踏め出したのは大きな前進だった。
そして、無魔法を使ったという事実から、彼女の声に覇気がない理由も解る
「シュリ、無理はするな。魔力酔いは気合いでどうにかなる物じゃない。ソルエ村には戻らず、右に迂回し、私と合流するんだ。」
魔力酔い……それは、かつて魔王と名乗っていた自身も体験した物だった。
あれは本当に辛い物なのだ。吐き気で胃がひっくり返り、そのまま喉をせり上がり、口から出そうな感覚だと言っても過言ではないと思う。
その辛さを知っているが故に、シュリにはこれ以上行動させる訳には行かなかった。正常な行動が出来ない者を、わざわざ戦いに向かわせる必要も無いだろう。
シュリの承諾の言葉が返ってきたのを確認し、魔法を打ち切る。
そして俺はシュリと合流する為に歩を進める。月明りは俺の歩む道を淡く、しかしはっきりと映し出していた。
◇◆◇◆◇◆◇
ローバー盗賊団、その先遣隊に選ばれた14名の野盗は混乱していた。
彼らの目的はソルエ村の住人の確保である。何故そんな事をしなくてはいけないかは聞いていない……ただそれが、大金のかかった仕事である……と、団長に言われたから今此処にいるだけなのである。
しかしその住人が見当たらない。各住居を見回り、布団を確認し。ベッドの下を覗き、地下室は無いかとつま先で叩きながら歩き回ったが、てんで見つからなかった。
その旨は既に団長へ向け信号を送っている……が、それに対する返事は無し。完全にお手上げ状態だった。
なのでとりあえず村の中央……広場といってもいい場所で、彼ら14名は口々に議論をしていた。
やれ何か問題があったのじゃないか? やれもしかしてこの村は、初めからもぬけの空だったんじゃないか? やれそもそも何でこんな村に大金があるのか? などなどなど。
それらの疑問は一向に答えを出す事が無く、ただただ平行線を辿るのみである。
もし、この場に少しでも知恵が回る者がいたのなら……この場は危なそうだと判断し、時間を無駄にする事も無く逃げたかもしれない……或いは少しでも、リーダーシップを持った者がいたのなら……その者が主導となって、一端この村から離れるという選択肢があったのかもしれない……
だがそんな者はこの集団にはいなかった。所詮、利己主義で無責任な者達の集まりである。自身が責任を取りたくが無い為に、率先して動こうともせず、逃げようともせず……
ただただ、時間切れが迫るのを待ち続ける事になった。
リジィーは彼らのそんな姿を見て、再度深く後悔する。何でこんな奴らに負けたのか……と。4英雄が、その命を賭して守った者達……その成れの果てを見て、本当にそれでよかったのか? と、英雄達に対し同情に近い感情すら持ってしまう。
やるせない……そんな思いが俺を支配していた。
ただそんな思いを持っていても、いつまでもここで棒立ちしている訳にはいかない……それに、今もまだ魔力酔いが続いているシュリにも悪い……そう考えた彼は、未だに出ない答えを求める野盗達へ向け、歩き出す。その後にシュリは、若干ぎこちない歩みで続く。
「さて、これから見せるのは、シュリ、お前を含む10魔族全員の時を止めているマジックアイテムだ。」
俺は野盗に近付きつつ、シュリへ自身の知識を伝授する事にした。
自身が暇だという事もあったのだが、少しでも魔力酔いの苦しみを紛らわせてやりたいという、優しさからの言葉でもある。
(どこにあったかな……)
宝物庫を開き、目当てのアイテムを探し出す……俺の呼びかけに応じ、この手に現れたのは、一つの砂時計だった。
「名は、時狂わす砂時計。このアイテムの効果は、任意の対象の時間を操る事が出来る……という物だ。」
「……時間を操る……ですか?」
シュリの困惑の声が返る、それに頷きながらも一つ謝罪し忘れた事があったので、それも付け加える。
「そうだ、これでお前ら10魔族の老化を防いでいたのをすっかり忘れていたのだ……すまない。……そういえば、維持に必要な魔力もロロスに押し付けていたのだったな、後で謝っておこう。」
「そう……なのですか……ですが、老化だけ何てこと可能なんですか? 時自体を止めるというのなら解りますが……」
シュリのその質問は、魔法に対する一般的な知識を持っている者であれば、誰だってするであろう質問だった……しかし俺にとってその質問は、面白くない物でもあった。
「……シュリ。お前は私の友の本、あれを読んだのだろう? 何で解らない……」
「すみません、勉強不足でした!!」
叱咤に返すシュリの言葉は謝罪……別にそこまで怒ったつもりは無かったのだが……シュリにとっては想像以上に恐怖だったらしい。若干気まずい空気を感じながら言葉を続ける。
「まぁいい……軽く説明するが、時を操る際の考え方では、時というのは一つの纏まった流れであり、その一つを制御したのなら、他の全ても同じ制御を受ける……となっているな。」
それが中級魔法までの考え方である。しかし、自身が手にしているこの砂時計には、上級魔法が組み込まれていた。
上級魔法は依然シュリに語ったように、その魔法の理想形がほとんどだ……そして、時という物を制御する魔法の理想形を語るとするのなら……
「例えば……Aという人物の時を加速させたとしよう、それにより、Aという人物は動き自体が速くなる……しかしそれと共に、彼自身の老化や疲労速度、回復速度などなど、ありとあらゆる時間が、同じ効果を受けて加速するのだ。」
それならば、今の例を元にして考えると……一部分のみを任意で選び、加速させる事が出来るものが上級魔法となる。
俺の内心を感じ取ったのだろう、シュリがその続きを紡ぐ。
「その一部分のみを加速させる事が出来るようにする……それが上級魔法の考え方なのですね。」
「そうだ、そしてこのマジックアイテムには、時に関するありとあらゆる魔法が組み込まれている。」
手にした砂時計を握りしめ、気が付けば、解説が終わる頃には残党共の前に立っていた。
しかし野盗達がリジィー達に気が付く事は無い……当然か……もう一つのマジックアイテムを使用していたのだから、気付くはずが無い。
意識の空白と言う名のそれは、目標を認識できなくするマジックアイテムである。
その力は極めて強力であり。気配は元より、その者が出す音すらも他者に認識できなくする……しかし、このアイテムにはデメリットもあった。
そこに何かがいると明確に認識された時点で、その効力を失うのである。ただこれは、特にデメリットとも言えないのかもしれない……何故なら、彼がこの村の全住人に使ったように、このアイテムの本来の用途は、護衛対象の隠匿であるからだ。
故に対象が余計な事をしなければ、絶対に隠し通す事が出来るのだ……実をいうのならば、夜這い事件の時にシュリとアグリウスに使った物がこれである。
ともかく、この馬鹿共は気付いていないだろうが……n全員が未だにベッドでぐっすり眠っている事であろう。
ただ、気付かれないと此方もつまらない物であった。だから、その力を切る事にする。
……彼らの動きは劇的だった。突如現れたように見えたであろう俺とシュリに、その呆けた面と共に無言になったのである。
今までのごちゃごちゃした、纏まりの無い議論はどこへやら。全員があんぐりと口を開け、此方を凝視している。
それを確認し、彼らに宣言する。
「さて……君達には死んでもらう。逃げたいのなら全力で逃げたまえ、無駄だけどな……」
俺の宣言に対する彼らの答えは何も変わらない、目の前に突如現れた人物を受け入れられず、ただただ思考を放棄しているようだった。
「シュリ、百聞は一見に如かず。このアイテムの力を見せてやろう。」
シュリの感謝の言葉を受けながら、手にした砂時計……時狂わす砂時計の力を使う。
体から抜けていく魔力の量から、長時間使い続ける事や、大多数を相手にした効果は期待できないとは思うが……目の前の14人程度なら問題ないだろう。
まず一番近くにいた者の、老化を加速させる。
するとその者は見る間に皮膚が艶を失っていき、肉がこそげ落ち、それに伴い皮膚がたるむと共に多くの皺が出来る。黒い髪はすぐに真っ白になり、骨が歪み、腰が曲がっていった……気が付いた時には、其処にいるのは一人の老人だった。
その者は自身に起きた異変が理解できていないのだろう、未だに此方へ視線をよこしている……だが、周りの者は違った、全員がその異常な光景を目にしていたのである。その目は驚愕に見開かれ、その老人を見つめ続けていた。
「さて、これが老化のみを加速させた場合だ。次に若返りだな、これは老化を逆行させる。」
一人が終われば次に移る。適当に選んだ一人を対象に、今度は老化を逆行させる……結果は先ほどとは全く違う。肌は一気にみずみずしい艶を取り戻していき、背は縮んでいく、そしてその姿は瞬く間に、赤子となり、自力では行動すらままならない容姿となり果てた。
……しかしそこでは止まらなかった、その顔はどんどん形が崩れていったかと思うと、やがて原形を無くし、萎んでいく……気が付けば衣服だけを残し、その者は消えていた。
「あれ……戻し過ぎたか? まぁ見てわかる通り、戻し過ぎるとこの世から消える。後、老化を進め過ぎると、干乾びた骨と皮だけが残るから注意するように。」
教師然としたリジィーの言葉は、静寂の中に良く響いた。そこで、やっとの事で動き出す者が現れた。
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」
悲鳴を上げ逃げ出したのはリジィーから一番遠くにいた男、その姿を見据え、リジィーは躊躇う事なくアイテムを使う。
使用したのは時間停止……その力を受け、男の時が止まる。その一連の姿と行動を、リジィーから目を話す事すら構わずに、残っている全員の野盗が見つめていた。
「そしてシュリ、ここからが本題だ……奴に今掛けているのは時間停止だ。中級魔法なら、これ以上奴に干渉する事は出来ないが……上級魔法なら違う。そうだな……老化でも試してみるか」
その気まぐれな一言と共に、男は止められた時間のままに老化を開始する。それも一瞬であり、気が付けば其処には、体を固定された姿の干乾びた骨と皮が出来上がっていた。
それを見ていた野盗の全員が、その瞬間に動き出す。
恐怖に突き動かされ、生きる為になりふり構わずに逃げ出したのである。
「さて、次は時間の流れを遅くしてみるか。」
その一言と共に、野盗全員の恐怖は最高潮を迎える事になった。
全員がその場から全力で逃げ出していた。そう、全力でだ。
だがその全員の動きは酷く緩慢であった……まるでその場が水中であり、まとわりつく水に、その動きを阻害されているかの様に。
そして恐怖はそれだけでは終わらなかった、リジィーから一番遠くにいた者から順に……ある者は干乾び、又ある者は、忽然と消えていったのである。
やがて、最後の一人になった野盗には、恐怖しか残っていなかった。
逃げたいのに……逃げようとしているのに……体は重く、思う様に動いてくれないのだ。
そして自身が、次にどんな目にあうのかが解らなかった……後ろに立っている人物は、ただ気まぐれに言葉を紡ぐのみである……その為、先が見えない恐怖すらも在った。
それに抗うことは出来ず。成すすでもなく、全員が死んでいくのである。
恐怖以外の何でもなかった。
「さて、貴様が最後か……」
そんな野盗の思いはリジィーには関係の無い事だ、彼の目的は、シュリに少しでも自身の持っている知識を吸収してもらい、より高見に上って貰いたいだけなのである。
だからその者が迎える末路に何の興味も無い。その野盗の背中に指を軽く押し付け、最後に残っている男に付与する事象を考える。
「そうだな……お前は動きを限界まで加速させてみるか。」
その気まぐれと共に、リジィーは加速を付与する。すると一瞬で姿が掻き消えると共に、遥か先で、ぐちゃぐちゃになった肉塊が一つ出来上がっているのが見えた。
「あ~あ、もっと慎重に走らないからそうなるんだよ。」
もう既に息絶えているその最後の男に向け、少しばかりの呆れと共に、最初に老人へと変えた男を、再度老化を加速させる事で止めを刺す……これで野盗共の殲滅は終了だ。
「さて、少しでも勉強になってくれたのなら嬉しいが。」
シュリに向き直りつつそう声を掛けると、依然気分がすぐれない様ではあったが、笑顔でシュリは答える。
「ありがとうございました。リジィー様。大変勉強になる事ばかりでした。」
そのシュリの礼の言葉と共に、ローバー盗賊団の全員。その全ての命が消え去った事を確認し終え、その後処理を開始する。
当然だ、明日の朝……この干乾びた死体や、衣服のみが残っている現状は、誰がどう見たって変なのである。後処理しなければ、どんな事態に発展するかが全く解らない。
俺は近場に在った死骸や衣服を纏め初めようとして……
「そういえばリジィー様。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
シュリの質問が掛けられたのはそんな折であった。
手にした衣服を一か所に纏めつつ、彼女の質問……その先を促す。
「この村……ソルエ村の、村民全員の私に対しての対応の事なのですが……こういった小さな村では、余所者は余り歓迎されない……という話でしたよね?」
それはシュリに対する、村の者の対応の話であった。シュリに対し事前に、村人がそっけない態度を取るかもしれない、と伝えておいたのを思い出す。
だがそれは杞憂でもあった。自身の相棒であるという旨を伝える事により、想像以上の歓迎を受けたのである。
「ああ、その事か。村長にお前との関係を聞かれたのでな。パートナーと言って置いたのだ。」
「……ぱっ!! パートナーですか!?」
自身にとっては何てこと無いその言葉に、シュリは想像以上の反応を示した。手伝っているその手を止め、顔を真っ赤に染め手をぶんぶんと振り回している。
「リジィー様!! たっ大変嬉しい事なのですが、それはまだ早いかと……いえ!! ゆくゆくはそういった関係になる事を私は望んでおりますが……それでも順序が……いえ!! 決してリジィー様の思いを袖にするわけでは無いのです。それは断じてありません!!」
意味の解らない事を、早口で捲くし立てるシュリの姿が其処にあった。
リジィーはシュリのその姿を疑問に思いながら、少しばかり思案に暮れ……自身の失態を気付く。
「男女二人組のパートナーって……婚姻関係を結んだ相手を指す言葉じゃねぇか……」
つまり、村の皆はそう判断したのだろう。すこしでも、村に良い印象を持ってもらう為に……
そしてそれと共に、頭からすっかり抜け落ちていた、スー・マロードの事を思い出す。
依然……というよりも、頭の中から抜け落ちていたが為に。暫定の答えしか出ていない。
とりあえず、彼女が必要としなくなるまでは守る……といった内容のそれは、その場限りの嘘とはいえ、自身が口にした事を違える事に引け目を感じた、リジィー・スロードの出した答えだった。
ただ……それとは別にあるのが、彼女の告白に対する答えである。
それを出さなければいけない、それも明日の朝までには……
(こんな重大な時に、何で魔王の知識は役に立たないんだ!!)
自身の知識に悪態を突きつつ、リジィーは後処理を続ける。
自身が取るべき答えは、一向に出そうにないまま夜は更けていった。
◇◆◇◆◇◆◇
……朝日が眩しかった……
私は……スー・マロードは、自身が寝ていたベッドの上で体を起こした。
とてもいい夢を見ていた気がする。リジィーが村に帰ってきて……その夜、私の部屋に来た彼は、力強く私を壁に押し付け、その唇が私に近づいて……
「……夢じゃない!!」
思い出した!! 私は昨夜、この村に盗賊が近づいている事に気が付いたんだ!! それを村長に伝えようとした時、彼が現れ、何故か自身は眠ってしまった!!
慌てて窓の外を確認する……しかし其処には、外に出て日の光を浴びながら、大きく伸びをしている村人が見えて混乱する。
夢……では無かったはずだ。しかし、なら何故何ともないのか……。野盗の気が変わったのだろうか?
出る事が無い答えを胸に抱えながら、それでも何とか結論付ける。それと共に、自身が直面している重大事件も思い出してしまった……
「……答え……聞きに行かないと……」
暗い内心を表すかのように、ぼそり呟かれた言葉と共に、私は彼の家へと向かった……
……リジィーの下へ向かう足取りは重い。
出来れば答えは聞きたくなかった……だって解り切っていると思えたから。
それでも自身は行動を起こしたのだ。ならその結果は受け入れなければいけない。
リジィーの家……その戸口に立ち、一つ深呼吸をすると共に叩く。
数秒の沈黙の後、戸はゆっくりと開き、一人のエルフ族の少女が現れた。
彼女は少しばかり不審そうに顔を顰めながら言う。
「……何か用でしょうか? リジィーさ……リジィーは今、手が離せないのです。」
初めて聞くその少女の声は、紛れも無く女の子の物だった。これが男の子の物であれば、私は苦労しなかったかもしれない。
そんなとりとめも無い事を思いつつ。スーはその少女へ用を告げる。
「リジィーに昨日の答えを聞きに来たの。少しだけ時間を作れないかしら?」
「……昨日……ですか? それはいつ位の話ですか?」
自身の要件に対して返るのは、少女の不審そうな答え……それに若干の疑問を持つが……
「正確な時間は覚えていないけれど……少なくとも日が落ちてからよ。貴方も、リジィーが席を外したのを知っているでしょう。」
「……何を言っているのですか? リジィーさ……リジィーは昨夜、ずっとこの家に居ましたよ。貴方の記憶違いなのではないですか?」
そんなはずない!! 頭の中で必死に少女の言葉を否定するが、それは言葉にならない。
理解できなかった。確かに昨日、私はリジィーを呼び出したのである。しかしそれをこの少女は知らないと言っているのだ。
昨日の事は夢だったのではないか?
混乱がどんどん強くなる頭の中で、結論を急いだ思考はそう判断を下す。それなら、私にとって助かる結果ではある。
しかし、もし、仮に、リジィーが私を避けようとして、この少女に手伝って貰っているのなら……それはとても悲しい事であった。
そんな事する位なら、いっそきっぱりと断ってくれた方がましなのだ。
だから、彼と会いたかった……彼と直接会って、その顔をしっかりと見つめ、真偽を確かめたかった。
「シュリ。どうした?」
彼の言葉が聞こえたのはそんな時である。
リジィーはシュリと呼ばれた少女の横に立ち、私の事を伺う。
なんで私が此処にいるのか、全くもって解らないと言った風体である。
「ねぇ、リジィー……昨日の事……覚えている?」
それに対するリジィーの答えは、解らないという物であった。
リジィーが持っている癖からも、彼の腹の内は見抜けない。
「スー。どうした? 何か昨日あったのか?」
「いえ……何でもないわ……」
判断できなかった……彼とグ・ラムスで再会した時には、手に取る様に動揺や困惑が解ったのに……今は全く解らない……
それが私にはまるで、リジィーがとても遠い所に行ってしまった様な気がして、悲しかった……
彼は用が無いなら、村を出る準備をしに戻ると言い残し、その場から去る。
その姿に私は何も声を掛けれなかった。
本当に昨日の事は夢だったのかもしれない……そう自身に都合よく思うと共に、自身にはまだチャンスが残っているのだと考える事にする。
戸口に取り残されたシュリと呼ばれる少女は、依然怪訝そうな顔を此方に向けている。
その顔はとても美しく、成長したら絶世の美女になる事は簡単に解る。
それでも、私はこの子に負けたくは無かった。
「シュリ……さんでいいんだよね? 私、絶対に負けないから。」
きっとシュリからしてみれば、弱者の戯言だろう。それでも私は、彼女を超える為に努力する事を誓う為、宣戦布告をする。
それに対する彼女の答えは、酷く簡素な物であった。
「そうですか、精々頑張ってください。」
私を敵とすら見ていないのだろう……今はそれでも構わなかった。いつか、絶対に見返してやるのだから……
この数時間後、リジィーとシュリは村を旅立った。
私は彼の後姿を見ながら、目下、打開すべき重大項目に思いをはせていた。
(……胸はどうすれば大きくなるんだろう……)
自身の平たい胸を見つめながら、全くもって浮かばない答えを模索し続ける。
世界というのは残酷である。それでも、私はその世界に抗う事を決めたのだ、この程度で悩んでいても仕方がない。
「よし!! 頑張るぞ!!」
既に彼には聞こえないであろう叫びは、いつもと変わらない平原に響き渡った。
ソルエ村周辺並びに村内部。そこに現れた総勢30人にも上るローバー盗賊団は、たった二人に殲滅された。
それは歴史に残るどころか、誰の記憶にも残る事が無い、虐殺であった事を、誰も知る事は無い。




