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リベンジ魔王  作者: 蚊家津
12/50

人の記憶に残らぬ虐殺

 どこにでもある様な、平凡で小さな農村……ソルエ村


 人口100人程のこの村から北へ向かい、少しばかり歩いて行った所に、ローバー盗賊団団長、イメル・ローランドを含む8人の野盗がいた。


 彼らはその日、その夜。月明りが見守る中、イメルを除いて人知れず命を落とした。

 そしてイメル自身も、屈強に鍛え上げられた両腕……その肘から先を断たれ、もう間もなく、その命を潰えようとしていた。


 それを行ったのは一人の青年。リジィー・スロードである。


 「さて……君にはこのまま死んでもらっても良いんだけれど……どうせだし実験に協力してよ。」


 「…………う……あ……」


 俺は、既にその体から力が抜けている男へ告げる。


 彼の両肘の断面から流れ出る血液が少なくなっている事から、もう死の瀬戸際なのであろう事は想像に難くない。

 その所為だろうか、男の反応は酷く乏しい物だった。


 「……そっか、もう死んじゃうのか……やっぱ人間って脆いよなぁ~」


 自身の体の脆さを見せられている様な気がした為、何とも気弱な言葉になってしまった。

 きっと今の俺の顔は、嫌そうに顔を顰めているのだろう。


 しかしそんな事はどうでも良い。弱気になった思考をさっさと切り上げ、俺は宝物庫を開くととあるアイテムを呼び出した。

 数秒の間の後、俺が伸ばした手の平に光が集まり形を成す……それはハンドベル型のマジックアイテムだった。


 「……う~ん、これって魔力消費どれぐらい必要だったかな? まぁ、足りなくっても死にはしないか……」

 

 独り言呟きながら、自身の手に収まるそのアイテムの効果を思い出す。


 アイテムの名は祝福の福音。


 その鐘を鳴らすことで、対象のありとあらゆる体の異常を、正常へと戻す能力を持ったマジックアイテムだ……俺がこれを出したのは当然……


 思考の最中にも既に体は行動していた。既に死に体の男へ向かい、心地よい鐘の音を鳴らす。


 効果は一瞬だった。


 血を失い、土気色になっていた肌の色は見る間に肌色と艶を取りもどし、その肘から先を失った腕は、切断面を起点に肉が見る間に盛り上がる。

 そして、斬られた腕が治ったと思ったら、手首、手、指と順々に盛り上がった肉は形を整えていく……それと共に、生気が抜け落ちた彼の瞳には輝きが戻り、今の今まで死に掛けていたのが嘘の様な回復を見せた。


 「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁ俺の!!俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」


 そしてその口から迸るのは絶叫。その姿から、自身に起きた奇跡に気づいていないのであろう。

 彼は呆けた様に天を向き、咆哮を上げ続ける……既に取り除かれたはずの痛覚と共に……


 「……うるさいな」


 耳障りな音は不快だった……しかし今は優先すべき事がある。


 俺は虚空へと右手を伸ばして、連絡の魔法を起動させた。

 魔法が繋がるまでの間は数秒、相手はすぐに此方に返事を返す。


 「どうかなさいましたか? リジィー様」


 聞こえてくるのは青年の様な若々しい声……アグリウスのものである。

 

 「アグリウス、今時間は取れるか?」


 「勿論でございます。それで、如何様でございましょうか?」


 絶叫が響く中だというのに、アグリウスは気分を害した様子も無く、間を置かずに答え、先を促してくる。それに答える様に早速本題に入る事にする。


 「何、少しばかり実験をしようと思ってな。今から、生きた人間の長距離転移の実験を行う。目標の転移場所は……正門前の大広間に置いていたはずだな。そこで待機し、結果の確認と、その者の後処理を頼みたい。」


 「了解いたしました。して、後処理はどういった内容がよろしいのでしょうか?」


 「それは任せる、他の実験に使いたい者がいるのなら、そいつに譲ってもいいし、隷属させた魔族の餌にしてやってもいい。」


 「了解しました。それでは大広間にてお待ちしております。」


 その一言と共に魔法は切れる。それと共に懐から取り出したのは一枚の小さな紙、それは魔王城に残されていた数少ないマジックアイテム……その一つだった。


 この道具の名は覚えていない。当然だ、俺にとって宝物庫にあるアイテム以外、ほぼ価値の無い物に変わりがないからだ。

 ただ効果だけは覚えている……事前に親となる小さな紙を設置した地点に、子であるこの小さな紙を張り付けた物体を、瞬時に移動させるアイテム……それがこの紙の正体だ。


 未だに泣き喚く男の額に、手にした紙を張り付ける。依然絶叫をし続け、伽藍洞の瞳で天を見つめる彼は、此方の動きを邪魔しようとはしない。


 (祝福の福音は精神の異常までは治せないのか……)


 既に治っているはずの腕が無いと、未だに泣き喚き散らすその男を見ながら、完璧なアイテムだと思っていた福音が、実は余り使い勝手が良い物では無いのだと結論付ける。


 (まぁ……完全な物を作るのは不可能だ……そういう事なのだろう……)

 

 その事実は、とても悲しい事だった……だがそんな感情は今はどうでも良い。

 ともかく今は、転移実験を優先しよう。祝福の福音の細かい実験は、また別の機会に回すことにする。


 切り替えた思考と共に、男に張り付けたマジックアイテムを起動させる……すると張り付けた小さな紙が淡い光を放つと共に、伝播する様に男の体にも光が移る。

 ……その様子を確認した瞬間にはもう男はいなかった。


 男が居なくなったのを確認すると共に、連絡の魔法が繋がる。


 「リジィー様、実験は成功です。」


 聞こえてくるのは勿論アグリウスの声……そして、彼の声とは別に聞こえて来る絶叫で、答えを聞く前に確信していた。


 「うん、お前の背後から聞こえてくる喚き声で簡単に解ったよ……」

 

 「作用ですか。では、この後の処理は私が承りました。」


 「ああ、よろしく頼む。」


 「ありがたきお言葉。」


 礼儀正しいアグリウスの声と共に、魔法がその効力を終える。

 結果は上々といっても良かった。これでこの先の行動も、幅広くなったと言える。


 他にするべき事が無い事は解り切っている……後はシュリと共に、今も村の中で右往左往しているであろう残党を、処分するだけだ……

 虚空に再度魔法陣を書き上げる、その魔法が彼女へと繋がりを求めると共に、シュリはすぐに答えてくれる。


 「シュリ、此方は問題なく片付いた、其方はどうだ?」


 「此方も問題ありません、リジィー様……今はソルエ村に向かっております。」


 連絡を取れるだけの余裕があるという事だから、別に気にする必要は無いのだろうが……その声に覇気が無い事に不安を覚えた。彼女が野盗8人程度を相手に、後れを取るとは思えなかったが……不安を覚えたのなら、それを取り除くために確認するべきだろう。


 「シュリ、どうした? 元気が無い様だが……攻撃を受けたのか?」


 もしも自身の心配通りであるのなら、シュリには待機してもらった方がいいだろう。どれほどの傷かは解らないが、彼女の声から、深刻な状態であると思えたからだ。


 しかし、そんな俺の心配を他所に、対する彼女の答えは、想像をはるかに超える物だった。

 

 「いいえ、何も……何も問題ありません。ただ……無魔法を使っただけです。」

 

 「……素晴らしい。まさかここまで早く辿り着くとは……」


 思わず、感嘆の声が口をついて出ていた。当然だ、シュリにあの本を渡した段階で、彼女が無魔法を習得する事は予測していた。

 しかし、それはもっと後の話である。ここまで早く、始まりの一歩を踏む出すとは思っていなかった。


 無魔法の起源となるのは、想像や願いなどの大きな願望と、怒りや希望などの強い感情だ。


 だがその起源を知った所で、それをうまく作れなくてはいけない……シュリが何を元にその願望と感情を得たかは解らないが、最初の一歩を踏め出したのは大きな前進だった。


 そして、無魔法を使ったという事実から、彼女の声に覇気がない理由も解る


 「シュリ、無理はするな。魔力酔いは気合いでどうにかなる物じゃない。ソルエ村には戻らず、右に迂回し、私と合流するんだ。」


 魔力酔い……それは、かつて魔王と名乗っていた自身も体験した物だった。

 あれは本当に辛い物なのだ。吐き気で胃がひっくり返り、そのまま喉をせり上がり、口から出そうな感覚だと言っても過言ではないと思う。

 その辛さを知っているが故に、シュリにはこれ以上行動させる訳には行かなかった。正常な行動が出来ない者を、わざわざ戦いに向かわせる必要も無いだろう。


 シュリの承諾の言葉が返ってきたのを確認し、魔法を打ち切る。


 そして俺はシュリと合流する為に歩を進める。月明りは俺の歩む道を淡く、しかしはっきりと映し出していた。


◇◆◇◆◇◆◇


 ローバー盗賊団、その先遣隊に選ばれた14名の野盗は混乱していた。


 彼らの目的はソルエ村の住人の確保である。何故そんな事をしなくてはいけないかは聞いていない……ただそれが、大金のかかった仕事である……と、団長に言われたから今此処にいるだけなのである。


 しかしその住人が見当たらない。各住居を見回り、布団を確認し。ベッドの下を覗き、地下室は無いかとつま先で叩きながら歩き回ったが、てんで見つからなかった。

 その旨は既に団長へ向け信号を送っている……が、それに対する返事は無し。完全にお手上げ状態だった。


 なのでとりあえず村の中央……広場といってもいい場所で、彼ら14名は口々に議論をしていた。


 やれ何か問題があったのじゃないか? やれもしかしてこの村は、初めからもぬけの空だったんじゃないか? やれそもそも何でこんな村に大金があるのか? などなどなど。


 それらの疑問は一向に答えを出す事が無く、ただただ平行線を辿るのみである。


 もし、この場に少しでも知恵が回る者がいたのなら……この場は危なそうだと判断し、時間を無駄にする事も無く逃げたかもしれない……或いは少しでも、リーダーシップを持った者がいたのなら……その者が主導となって、一端この村から離れるという選択肢があったのかもしれない……


 だがそんな者はこの集団にはいなかった。所詮、利己主義で無責任な者達の集まりである。自身が責任を取りたくが無い為に、率先して動こうともせず、逃げようともせず……


 ただただ、時間切れが迫るのを待ち続ける事になった。


 リジィーは彼らのそんな姿を見て、再度深く後悔する。何でこんな奴らに負けたのか……と。4英雄が、その命を賭して守った者達……その成れの果てを見て、本当にそれでよかったのか? と、英雄達に対し同情に近い感情すら持ってしまう。


 やるせない……そんな思いが俺を支配していた。


 ただそんな思いを持っていても、いつまでもここで棒立ちしている訳にはいかない……それに、今もまだ魔力酔いが続いているシュリにも悪い……そう考えた彼は、未だに出ない答えを求める野盗達へ向け、歩き出す。その後にシュリは、若干ぎこちない歩みで続く。


 「さて、これから見せるのは、シュリ、お前を含む10魔族全員の時を止めているマジックアイテムだ。」


 俺は野盗に近付きつつ、シュリへ自身の知識を伝授する事にした。

 自身が暇だという事もあったのだが、少しでも魔力酔いの苦しみを紛らわせてやりたいという、優しさからの言葉でもある。


 (どこにあったかな……)


 宝物庫を開き、目当てのアイテムを探し出す……俺の呼びかけに応じ、この手に現れたのは、一つの砂時計だった。


 「名は、時狂わす砂時計。このアイテムの効果は、任意の対象の時間を操る事が出来る……という物だ。」


 「……時間を操る……ですか?」

 

 シュリの困惑の声が返る、それに頷きながらも一つ謝罪し忘れた事があったので、それも付け加える。


 「そうだ、これでお前ら10魔族の老化を防いでいたのをすっかり忘れていたのだ……すまない。……そういえば、維持に必要な魔力もロロスに押し付けていたのだったな、後で謝っておこう。」


 「そう……なのですか……ですが、老化だけ何てこと可能なんですか? 時自体を止めるというのなら解りますが……」


 シュリのその質問は、魔法に対する一般的な知識を持っている者であれば、誰だってするであろう質問だった……しかし俺にとってその質問は、面白くない物でもあった。


 「……シュリ。お前は私の友の本、あれを読んだのだろう? 何で解らない……」


 「すみません、勉強不足でした!!」


 叱咤に返すシュリの言葉は謝罪……別にそこまで怒ったつもりは無かったのだが……シュリにとっては想像以上に恐怖だったらしい。若干気まずい空気を感じながら言葉を続ける。


 「まぁいい……軽く説明するが、時を操る際の考え方では、時というのは一つの纏まった流れであり、その一つを制御したのなら、他の全ても同じ制御を受ける……となっているな。」


 それが中級魔法までの考え方である。しかし、自身が手にしているこの砂時計には、上級魔法が組み込まれていた。

 上級魔法は依然シュリに語ったように、その魔法の理想形がほとんどだ……そして、時という物を制御する魔法の理想形を語るとするのなら……


 「例えば……Aという人物の時を加速させたとしよう、それにより、Aという人物は動き自体が速くなる……しかしそれと共に、彼自身の老化や疲労速度、回復速度などなど、ありとあらゆる時間が、同じ効果を受けて加速するのだ。」


 それならば、今の例を元にして考えると……一部分のみを任意で選び、加速させる事が出来るものが上級魔法となる。

 俺の内心を感じ取ったのだろう、シュリがその続きを紡ぐ。


 「その一部分のみを加速させる事が出来るようにする……それが上級魔法の考え方なのですね。」


 「そうだ、そしてこのマジックアイテムには、時に関するありとあらゆる魔法が組み込まれている。」


 手にした砂時計を握りしめ、気が付けば、解説が終わる頃には残党共の前に立っていた。


 しかし野盗達がリジィー達に気が付く事は無い……当然か……もう一つのマジックアイテムを使用していたのだから、気付くはずが無い。


 意識の空白と言う名のそれは、目標を認識できなくするマジックアイテムである。


 その力は極めて強力であり。気配は元より、その者が出す音すらも他者に認識できなくする……しかし、このアイテムにはデメリットもあった。

 そこに何かがいると明確に認識された時点で、その効力を失うのである。ただこれは、特にデメリットとも言えないのかもしれない……何故なら、彼がこの村の全住人に使ったように、このアイテムの本来の用途は、護衛対象の隠匿であるからだ。

 故に対象が余計な事をしなければ、絶対に隠し通す事が出来るのだ……実をいうのならば、夜這い事件の時にシュリとアグリウスに使った物がこれである。

 

 ともかく、この馬鹿共は気付いていないだろうが……n全員が未だにベッドでぐっすり眠っている事であろう。


 ただ、気付かれないと此方もつまらない物であった。だから、その力を切る事にする。


 ……彼らの動きは劇的だった。突如現れたように見えたであろう俺とシュリに、その呆けた面と共に無言になったのである。

 今までのごちゃごちゃした、纏まりの無い議論はどこへやら。全員があんぐりと口を開け、此方を凝視している。


 それを確認し、彼らに宣言する。


 「さて……君達には死んでもらう。逃げたいのなら全力で逃げたまえ、無駄だけどな……」


 俺の宣言に対する彼らの答えは何も変わらない、目の前に突如現れた人物を受け入れられず、ただただ思考を放棄しているようだった。


 「シュリ、百聞は一見に如かず。このアイテムの力を見せてやろう。」


 シュリの感謝の言葉を受けながら、手にした砂時計……時狂わす砂時計の力を使う。

 体から抜けていく魔力の量から、長時間使い続ける事や、大多数を相手にした効果は期待できないとは思うが……目の前の14人程度なら問題ないだろう。


 まず一番近くにいた者の、老化を加速させる。


 するとその者は見る間に皮膚が艶を失っていき、肉がこそげ落ち、それに伴い皮膚がたるむと共に多くの皺が出来る。黒い髪はすぐに真っ白になり、骨が歪み、腰が曲がっていった……気が付いた時には、其処にいるのは一人の老人だった。


 その者は自身に起きた異変が理解できていないのだろう、未だに此方へ視線をよこしている……だが、周りの者は違った、全員がその異常な光景を目にしていたのである。その目は驚愕に見開かれ、その老人を見つめ続けていた。


 「さて、これが老化のみを加速させた場合だ。次に若返りだな、これは老化を逆行させる。」


 一人が終われば次に移る。適当に選んだ一人を対象に、今度は老化を逆行させる……結果は先ほどとは全く違う。肌は一気にみずみずしい艶を取り戻していき、背は縮んでいく、そしてその姿は瞬く間に、赤子となり、自力では行動すらままならない容姿となり果てた。

 ……しかしそこでは止まらなかった、その顔はどんどん形が崩れていったかと思うと、やがて原形を無くし、萎んでいく……気が付けば衣服だけを残し、その者は消えていた。


 「あれ……戻し過ぎたか? まぁ見てわかる通り、戻し過ぎるとこの世から消える。後、老化を進め過ぎると、干乾びた骨と皮だけが残るから注意するように。」


 教師然としたリジィーの言葉は、静寂の中に良く響いた。そこで、やっとの事で動き出す者が現れた。


 「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ」


 悲鳴を上げ逃げ出したのはリジィーから一番遠くにいた男、その姿を見据え、リジィーは躊躇う事なくアイテムを使う。

 使用したのは時間停止……その力を受け、男の時が止まる。その一連の姿と行動を、リジィーから目を話す事すら構わずに、残っている全員の野盗が見つめていた。


 「そしてシュリ、ここからが本題だ……奴に今掛けているのは時間停止だ。中級魔法なら、これ以上奴に干渉する事は出来ないが……上級魔法なら違う。そうだな……老化でも試してみるか」


 その気まぐれな一言と共に、男は止められた時間のままに老化を開始する。それも一瞬であり、気が付けば其処には、体を固定された姿の干乾びた骨と皮が出来上がっていた。


 それを見ていた野盗の全員が、その瞬間に動き出す。


 恐怖に突き動かされ、生きる為になりふり構わずに逃げ出したのである。


 「さて、次は時間の流れを遅くしてみるか。」


 その一言と共に、野盗全員の恐怖は最高潮を迎える事になった。


 全員がその場から全力で逃げ出していた。そう、全力でだ。


 だがその全員の動きは酷く緩慢であった……まるでその場が水中であり、まとわりつく水に、その動きを阻害されているかの様に。


 そして恐怖はそれだけでは終わらなかった、リジィーから一番遠くにいた者から順に……ある者は干乾び、又ある者は、忽然と消えていったのである。


 やがて、最後の一人になった野盗には、恐怖しか残っていなかった。


 逃げたいのに……逃げようとしているのに……体は重く、思う様に動いてくれないのだ。

 そして自身が、次にどんな目にあうのかが解らなかった……後ろに立っている人物は、ただ気まぐれに言葉を紡ぐのみである……その為、先が見えない恐怖すらも在った。


 それに抗うことは出来ず。成すすでもなく、全員が死んでいくのである。


 恐怖以外の何でもなかった。


 「さて、貴様が最後か……」


 そんな野盗の思いはリジィーには関係の無い事だ、彼の目的は、シュリに少しでも自身の持っている知識を吸収してもらい、より高見に上って貰いたいだけなのである。


 だからその者が迎える末路に何の興味も無い。その野盗の背中に指を軽く押し付け、最後に残っている男に付与する事象を考える。


 「そうだな……お前は動きを限界まで加速させてみるか。」


 その気まぐれと共に、リジィーは加速を付与する。すると一瞬で姿が掻き消えると共に、遥か先で、ぐちゃぐちゃになった肉塊が一つ出来上がっているのが見えた。


 「あ~あ、もっと慎重に走らないからそうなるんだよ。」

 

 もう既に息絶えているその最後の男に向け、少しばかりの呆れと共に、最初に老人へと変えた男を、再度老化を加速させる事で止めを刺す……これで野盗共の殲滅は終了だ。


 「さて、少しでも勉強になってくれたのなら嬉しいが。」


 シュリに向き直りつつそう声を掛けると、依然気分がすぐれない様ではあったが、笑顔でシュリは答える。


 「ありがとうございました。リジィー様。大変勉強になる事ばかりでした。」


 そのシュリの礼の言葉と共に、ローバー盗賊団の全員。その全ての命が消え去った事を確認し終え、その後処理を開始する。

 当然だ、明日の朝……この干乾びた死体や、衣服のみが残っている現状は、誰がどう見たって変なのである。後処理しなければ、どんな事態に発展するかが全く解らない。


 俺は近場に在った死骸や衣服を纏め初めようとして……


 「そういえばリジィー様。一つ質問してもよろしいでしょうか?」


 シュリの質問が掛けられたのはそんな折であった。

 手にした衣服を一か所に纏めつつ、彼女の質問……その先を促す。


 「この村……ソルエ村の、村民全員の私に対しての対応の事なのですが……こういった小さな村では、余所者は余り歓迎されない……という話でしたよね?」


 それはシュリに対する、村の者の対応の話であった。シュリに対し事前に、村人がそっけない態度を取るかもしれない、と伝えておいたのを思い出す。

 だがそれは杞憂でもあった。自身の相棒であるという旨を伝える事により、想像以上の歓迎を受けたのである。


 「ああ、その事か。村長にお前との関係を聞かれたのでな。パートナーと言って置いたのだ。」


 「……ぱっ!! パートナーですか!?」


 自身にとっては何てこと無いその言葉に、シュリは想像以上の反応を示した。手伝っているその手を止め、顔を真っ赤に染め手をぶんぶんと振り回している。

 

 「リジィー様!! たっ大変嬉しい事なのですが、それはまだ早いかと……いえ!! ゆくゆくはそういった関係になる事を私は望んでおりますが……それでも順序が……いえ!! 決してリジィー様の思いを袖にするわけでは無いのです。それは断じてありません!!」


 意味の解らない事を、早口で捲くし立てるシュリの姿が其処にあった。

 リジィーはシュリのその姿を疑問に思いながら、少しばかり思案に暮れ……自身の失態を気付く。


 「男女二人組のパートナーって……婚姻関係を結んだ相手を指す言葉じゃねぇか……」


 つまり、村の皆はそう判断したのだろう。すこしでも、村に良い印象を持ってもらう為に……

 そしてそれと共に、頭からすっかり抜け落ちていた、スー・マロードの事を思い出す。


 依然……というよりも、頭の中から抜け落ちていたが為に。暫定の答えしか出ていない。

 とりあえず、彼女が必要としなくなるまでは守る……といった内容のそれは、その場限りの嘘とはいえ、自身が口にした事を違える事に引け目を感じた、リジィー・スロードの出した答えだった。


 ただ……それとは別にあるのが、彼女の告白に対する答えである。


 それを出さなければいけない、それも明日の朝までには……


 (こんな重大な時に、何で魔王の知識は役に立たないんだ!!)


 自身の知識に悪態を突きつつ、リジィーは後処理を続ける。

 自身が取るべき答えは、一向に出そうにないまま夜は更けていった。


◇◆◇◆◇◆◇


 ……朝日が眩しかった……

 

 私は……スー・マロードは、自身が寝ていたベッドの上で体を起こした。


 とてもいい夢を見ていた気がする。リジィーが村に帰ってきて……その夜、私の部屋に来た彼は、力強く私を壁に押し付け、その唇が私に近づいて……

 

 「……夢じゃない!!」


 思い出した!! 私は昨夜、この村に盗賊が近づいている事に気が付いたんだ!! それを村長に伝えようとした時、彼が現れ、何故か自身は眠ってしまった!!


 慌てて窓の外を確認する……しかし其処には、外に出て日の光を浴びながら、大きく伸びをしている村人が見えて混乱する。


 夢……では無かったはずだ。しかし、なら何故何ともないのか……。野盗の気が変わったのだろうか?


 出る事が無い答えを胸に抱えながら、それでも何とか結論付ける。それと共に、自身が直面している重大事件も思い出してしまった……


 「……答え……聞きに行かないと……」


 暗い内心を表すかのように、ぼそり呟かれた言葉と共に、私は彼の家へと向かった……


 ……リジィーの下へ向かう足取りは重い。


 出来れば答えは聞きたくなかった……だって解り切っていると思えたから。

 それでも自身は行動を起こしたのだ。ならその結果は受け入れなければいけない。


 リジィーの家……その戸口に立ち、一つ深呼吸をすると共に叩く。


 数秒の沈黙の後、戸はゆっくりと開き、一人のエルフ族の少女が現れた。

 彼女は少しばかり不審そうに顔を顰めながら言う。


 「……何か用でしょうか? リジィーさ……リジィーは今、手が離せないのです。」


 初めて聞くその少女の声は、紛れも無く女の子の物だった。これが男の子の物であれば、私は苦労しなかったかもしれない。

 そんなとりとめも無い事を思いつつ。スーはその少女へ用を告げる。


 「リジィーに昨日の答えを聞きに来たの。少しだけ時間を作れないかしら?」


 「……昨日……ですか? それはいつ位の話ですか?」


 自身の要件に対して返るのは、少女の不審そうな答え……それに若干の疑問を持つが……


 「正確な時間は覚えていないけれど……少なくとも日が落ちてからよ。貴方も、リジィーが席を外したのを知っているでしょう。」


 「……何を言っているのですか? リジィーさ……リジィーは昨夜、ずっとこの家に居ましたよ。貴方の記憶違いなのではないですか?」


 そんなはずない!! 頭の中で必死に少女の言葉を否定するが、それは言葉にならない。


 理解できなかった。確かに昨日、私はリジィーを呼び出したのである。しかしそれをこの少女は知らないと言っているのだ。


 昨日の事は夢だったのではないか?


 混乱がどんどん強くなる頭の中で、結論を急いだ思考はそう判断を下す。それなら、私にとって助かる結果ではある。


 しかし、もし、仮に、リジィーが私を避けようとして、この少女に手伝って貰っているのなら……それはとても悲しい事であった。

 そんな事する位なら、いっそきっぱりと断ってくれた方がましなのだ。


 だから、彼と会いたかった……彼と直接会って、その顔をしっかりと見つめ、真偽を確かめたかった。


 「シュリ。どうした?」


 彼の言葉が聞こえたのはそんな時である。


 リジィーはシュリと呼ばれた少女の横に立ち、私の事を伺う。

 なんで私が此処にいるのか、全くもって解らないと言った風体である。


 「ねぇ、リジィー……昨日の事……覚えている?」


 それに対するリジィーの答えは、解らないという物であった。

 リジィーが持っている癖からも、彼の腹の内は見抜けない。


 「スー。どうした? 何か昨日あったのか?」


 「いえ……何でもないわ……」


 判断できなかった……彼とグ・ラムスで再会した時には、手に取る様に動揺や困惑が解ったのに……今は全く解らない……

 それが私にはまるで、リジィーがとても遠い所に行ってしまった様な気がして、悲しかった……


 彼は用が無いなら、村を出る準備をしに戻ると言い残し、その場から去る。


 その姿に私は何も声を掛けれなかった。

 

 本当に昨日の事は夢だったのかもしれない……そう自身に都合よく思うと共に、自身にはまだチャンスが残っているのだと考える事にする。


 戸口に取り残されたシュリと呼ばれる少女は、依然怪訝そうな顔を此方に向けている。

 その顔はとても美しく、成長したら絶世の美女になる事は簡単に解る。


 それでも、私はこの子に負けたくは無かった。


 「シュリ……さんでいいんだよね? 私、絶対に負けないから。」


 きっとシュリからしてみれば、弱者の戯言だろう。それでも私は、彼女を超える為に努力する事を誓う為、宣戦布告をする。

 それに対する彼女の答えは、酷く簡素な物であった。


 「そうですか、精々頑張ってください。」


 私を敵とすら見ていないのだろう……今はそれでも構わなかった。いつか、絶対に見返してやるのだから……



 この数時間後、リジィーとシュリは村を旅立った。

 私は彼の後姿を見ながら、目下、打開すべき重大項目に思いをはせていた。


 (……胸はどうすれば大きくなるんだろう……)


 自身の平たい胸を見つめながら、全くもって浮かばない答えを模索し続ける。

 世界というのは残酷である。それでも、私はその世界に抗う事を決めたのだ、この程度で悩んでいても仕方がない。


 「よし!! 頑張るぞ!!」


 既に彼には聞こえないであろう叫びは、いつもと変わらない平原に響き渡った。



 ソルエ村周辺並びに村内部。そこに現れた総勢30人にも上るローバー盗賊団は、たった二人に殲滅された。

 それは歴史に残るどころか、誰の記憶にも残る事が無い、虐殺であった事を、誰も知る事は無い。

 

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