無魔法
この世界には魔法という奇跡が存在する
今でこそありふれたその奇跡は、初めの内から誰もが使えた訳では無く、エルフやダークエルフを始めとしたエルフ族と他その他……天性の才能を持った者達しか使えない物であった。
しかしそれはいつしか終わりを迎える……魔法という奇跡の原理を解き明かした者が現れたのだ。
その人間の働きによって、魔法という奇跡は飛躍的な発展を遂げる……当たり前か、今まで一部の特権であった奇跡が、適性さえあれば誰でも扱えるものになったのだから……
しかしその発展は長くは続かない……人間達は魔法技術を発展させていくうえで、一つの壁にぶつかった……
魔術の区分けである
初級、中級、上級……大きく分けて三つある魔法の区分けだが、一番上の位置に存在する上級魔法……その区分の魔法が、思う様に開発出来なかったのである。
個々の魔力量の限界か……魔法という存在に対する理解力の欠如が原因か……いろいろな憶測が飛び交ったが結果は変わらず。
魔法技術の爆発的発展の起点となった、一つの魔術書を睨み続ける日々が続く……
それから長い月日が流れるが成果は芳しくなく、4英雄の一人……マクジ共和国が輩出した魔法使いでさえも、最終的に上級魔法の境地に辿り着く事は無かった……
結果として、この世界には中級魔法以上の魔法は存在しないというのが常識となり、中級魔法でさえも、英雄が辿り着ける境地であり、凡才が辿り着けるものではないという認識が蔓延ってしまった……
その後の魔法研究……その方向性は、利便性の向上へと注がれる事になる
ディレイスペル、スピードスペル、サイレントスペルなどと呼ばれるそれらは、前置魔法と呼ばれ、それは人間が辿り着いた一つの境地であった。
勿論、これらは魔法が生まれた時から行使可能であったとされているが……それを一般化し、特定の条件さえ満たせば、誰でも扱える様にするまでには、長い時間が必要だった。
だがそれも昔の話、今では前置魔法を併用した戦法が確立し、冒険者達の活躍……その一端を担うまでになっていた。
それぞれの前置魔法の特徴を説明するのならば……ディレイスペルは魔法を遅延させて発動、スピードスペルは魔法の詠唱を短縮して発動、サイレントスペルは魔法を詠唱無しで発動……となる。
魔法を行使する際、詠唱か魔法陣の生成……或いはその両方が必要になるのだが……これらの前置魔法により、それを省く事が出来るのだ。
……いや、ディレイスペルだけは事前の準備が必要であり、完全に省いているとは言い難いが……
ともかく、これらの前置魔法を用いた戦い方により、魔法を扱う者達は、より幅広い戦略を組む事が可能となったのだ。
勿論前置魔法にもデメリットはある……遅延魔法は文字通り、魔法を取っておく為の事前準備が必要であり、しかもどれだけの熟練者であろうと、日を超えて保持して置く事が出来ないし、短縮魔法と無詠唱魔法に至っては、詠唱を省く事は出来ても莫大な魔力を……普通に詠唱するよりも多大な魔力を消費するのである……結果、平凡な魔法使いが気軽に使用できるのは、ディレイスペルだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇
かつてこの世界に存在した魔王……その魔王に絶対の忠誠を誓う10の魔族がいる。
その内の一人……シュリという名を持つエルフ族の少女にとって、魔法というのは、魔王の傍に立つ為の道具に過ぎなかった……
そう、道具なのだ……それも魔王の傍に立つ為だけの……シュリは魔法に、それ以外の価値を見出していなかった……
その為、自身の魔法によってどれだけの命が消えようとも……どれだけの怨嗟の声が響こうとも、シュリはそれに何も感じない……
ただ魔王がそうしろと命じたから……或いは自身が魔王の為になると判断したから……シュリの魔法は行使されていた。
勿論、完全に魔王の為だけだと言い切れる程、下心が無かった訳では無い……彼女が魔王に付き従うのは、昔魔王に受けた恩義を返すと共に……ゆくゆくは魔王の傍では無く、その隣……魔王の妻として横に並びたいという淡い感情を抱いていたためだ。
内心に募らせる感情を……彼という存在に、自身という存在を認めさせるためだけの道具……それがシュリにとっての魔法だった……
……無魔法の存在を知るまでは……
魔王がかつての友と呼ぶ二人……その片割れである魔法を極めた存在。その者が辿り着いた無魔法という境地が、シュリにその考えを改めさせる事になる。
このままでは、彼の隣に立つことはおろか、傍にいる事さえも危うくなるのではないだろうか……と考えさせたのだ。
シュリは10魔族の中でも魔力量は多く、ほんの一部とはいえ、上級魔法も扱うことは出来る……だがそれだけだったのだ……
今まではそれでも問題は無かった……上級魔法は長い時間が掛かるのだとしても、いずれはその全てを習得できると考えていたし、それに追いつく事が出来る魔族は、自身の周りには誰も居なかったのだから……
しかし無魔法という存在を知った今、その優秀な魔法使いとしての立ち位置も怪しかった……
簡単に行ってしまえば、いつ切り捨てられても仕方ないと思ったのだ……勿論、彼がそんな事をするとは思えなかったが……それでもその考えは、シュリの心に暗い影を落とす。
故にシュリは、魔法を極める為に努力する……その魔法の天才を超える為……魔王にとって唯一無二の存在となる為に……
彼から渡された本……そこに書かれた内容に、シュリは天地をひっくり返された気分であった。当然だ……シュリが今まで常識だと思っていた根底……そのほぼ全てが壊されたのだから……
……本音を言うのならば理解できなかった、それでも理解しなければいけなかった……そうしなければ、いつかは魔王から自身の存在を否定される様な気がしたから……
だからシュリは、飽きる事無く何度も何度も同じページを読み返す。
未だに本の内容を……彼が愛する友が残した知識の一片すら、未だに理解はできないが……逸る心を抑えて、何度も何度もその行為を繰り返していた……
だからだろうか……いつしかシュリは、時間が欲しいとさえ思い始めていた……勿論、エルフ族である彼女には、人間と比べれば有り余る程の時間がある……が、それでも足りないと思う程に……一分一秒すら惜しむ程に、彼女は時間を欲っした。
だから、目の前に立つ野盗共はシュリにとって邪魔な存在だった
此方を取り囲む様に立つ7人の野盗とその奥、少し離れた所に立つ1人の計8人……彼らを眺めながらシュリは、現在の状況を冷静に把握する。
(私を囲んでいる7人から、離れて様子を見ているのが1人……あいつがリジィー様が言っていた団長……或いは副団長……という所か。リジィー様のお考えが正しければ、地形的に此方の方が逃げ難いから、副団長であると思うけど……それは関係ないか。)
未だ断定できる程の情報では無かったが、それは自身には関係の無い事だと判断する……と、その瞬間を待っていたかの様に、周りを取り囲む男……その内の一人が口を開いた。
「おやおや~お嬢ちゃん。こんな夜中に外に出ると危ないよ~、御兄さん達と一緒に、安全な所に行かないかな?」
下卑た声だ、聞くのすら怖気が走る。
きっと私の容姿に油断しているのであろう。その瞳には、隠しきれていない嘲りと情欲の色が浮かんでいる。
(普通に考えれば……こんな夜中に、女性が1人でふらついている訳が無いのに……そんな事にも気が付かないのかしら?)
内心に浮かぶ呆れと共に、彼らの態度から、相対している私という存在に対し、何の警戒すらも抱いていないのだと判断する……自身の思考も相まってか、その事実は、愚かだとしか言いようが無かった。
「大丈夫だよお嬢ちゃん、御兄さん達は怖い人達じゃないからね。一緒に……安全で誰にも邪魔されない所に行こう。」
卑しい笑顔を浮かべたまま、その汚い手を伸ばしてくる……周りにいる奴らも、嘲りの笑顔を隠そうとすらしていない。
……きっと、私と彼らの間にある、絶対的とも言える様な力の差に気が付いていないのだろう……
さっきから解りやすい程に魔力を放出してやっているのに、それに気が付く気配すら見せないのだから……そう判断するしかない。
これ以上愚かな奴らに付き合って、時間を無駄にする気は私には無い……フィクスポイント=ブラスト
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?」
耳に響くのは、今、此方に手を伸ばしていた男の悲鳴
当然だ……彼が伸ばしていた腕が、前触れすらも無く、突如として破裂したのだから……
まるで気泡が弾ける様に……簡単に……それも短時間で……
周りに立つ野盗も、男のその姿にやっと異変を察知したのだろう、各々が自身の武器を手にする。
その間も破裂した腕を抑え、喚き続ける男が煩かったので、シュリは再度サイレントスペルを発動する。
フィクスポイント=ブラスト
今度の狙いは、片腕を失った男の頭……サイレントスペルの発動と共にその顔は、腕を失った苦痛以上に苦しそうに歪んだかと思えば、すぐさま膨れ上がり、脳漿と血液と様々な体液を混ぜた汁を辺りにまき散らし、破裂する。
「へぇ~、脳みそちゃんと入っていたんですね。驚きです。」
思わず周りに立つ男に向け、馬鹿にした言葉を口に出していた。
一種挑発とも取れるその言葉から、やっとの事で私が魔法を使った事に気が付いたのだろう……野盗共は、まるで化け物を見るような眼を此方に向けてくる。
私の力量を正確に判断できなかった時点で、自分達の死が確定している事にはまだ気が付いていないのだろう……
化け物を見る様な目ではあるが、その目には怯えでは無く敵意が満ちている……本当に愚かな事だ、きっと、全員で同時にかかれば、取り押さえられると思っているのであろう。
「全員掛かれ!!」
周りの野盗……その内の誰かが口に出すと同時、残った6人全員が、此方に向かって同時に距離を詰めてくる。
このまま範囲魔法により6人を一掃するのは簡単だった……だがさきほど、薄汚いその手で、私の体に……リジィー様の物である体に触れようとした事が許せなかった私は……
苦痛と恐怖をできる限り与える事にした
まず向かってくる一番近い男へ向け、雷の初級魔法……サンダーボルトの威力をぎりぎりまで抑え、無詠唱で放つ。
それを受けた男は足を急にもつれさせ、絡ませながら受け身すら取れずに地に伏す。
他の5人が此方に辿り着くまでに後二回、同じ行動を繰り返す。
その時になってやっと、残った3人……その内の一人が私に辿り着く。
彼は間合いに入ると同時、腰だめに構えたその短剣を、距離を詰めた勢いそのままに、此方に着きだしてくる。
それに対し、初級魔法のマジックショットを無詠唱で放つ……対象に魔力を用いた衝撃を与えるそれは、ろくな回避も防御もしなかった男へ直撃。彼は腹を抉られたかのように、体をくの字にさせて、詰めてきた距離を押し戻されて地面に伏せる。
それを見たのかどうか解らないが、残った二人が取ったのは同時攻撃だった。
少しずれていた歩調を合わせ、互いに到着が同時になるようにタイミングを合わせる……もしかしたら、二人同時の攻撃であれば、私の対処が、間に合わないのでは……と、考えたのかもしれない。
その安直な考えが愚かだと思われるのを、理解できないらしい。
シュリは初級魔法を再度無詠唱で使う……その魔法は、二人の野盗に何の効果も表さなかった……
二人の野盗の攻撃は止まる事が無い、私が魔法を使ったのだと知る由も無い両者の短剣は、迷うことなく振り下ろされた……
……私がいたはずの空間に……
初級魔法テレポート……その効果を受け、一瞬で見える景色が切り替わったのを確認し、再度呆れに近い感情を覚える。
何故なら、私の目の前にいる二人の野盗は、短剣を振り下ろしたまま呆然と立ち尽くしているだけだったのだ……彼らは今起きた事を理解できないかのように、振り下ろした短剣の先を見つめ、互いに顔を見合わせている……
無防備すぎる
既に私が魔法使いである事は解っているはずなのに……二人の野盗は私が空間転移を行った事にすら気付いていないのだ……
「信じたくないものですね……こんな奴らに、我が王が敗北したなんて……」
呟く呆れもそのままに、呆然と立ち尽くす二人の後ろ姿へ向け、私は威力を弱めた雷の初級魔法……サンダーボルトを無詠唱で放つ。
短い悲鳴の後、右側の男が体の自由を失い、地面に倒れる……と、私がいない事に困惑していたもう一人の男……左側にいる野盗は、そこで始めて、自身の後ろに私がいる事に気が付いたのだろう……
慌てて短剣を構えながら此方に振り向くが……遅すぎる。
無詠唱でマジックショットを彼に向け放つ、その結果は想像と変わりない物である。
強敵とはお世辞にも言えない……ただただ面倒なだけの戦いは終わった
少し離れていた様子を見ていた男は、今までの一連の流れを……目の前で起きた事が信じられないのだろう……ただただ呆然と突っ立ているだけであり、地面に横たわる者達を庇おうとする気配すら見せない……
仲間を……いや部下を助けようともしない、上に立つ者としては、あり得ない行動をそいつはとっている。
(本当に、リジィー様とは比べるまでも無いゴミだ、我が王なら、その命が消えると解っていても、その者を助けに行くだろうに……)
所詮、ごみはごみかと判断を下し、次の行動に移る。
「さて……ローバー盗賊団の皆さん。先ほど、貴方方は私の体に触れようとしましたよね? 貴方方は知らなかったのかもしれませんが……それはとても重い罪なのです。何故ならこの体は、私の敬愛する王……リジィー様の物であり、この体に触れる事が許されるのは、リジィー様その人の他には、誰もいないからです。なので、例えその事を知らなかったのだとしても、その罪は償うべきなのだと私は考えました。ですから、これからその償いのお手伝いを私がしてあげます。感謝してくださいね。」
それに対するゴミ共の答えは呻き声しかない、きっとその声は拒否の言葉だろう……当然だ、いかに取るに足らない命を持った存在だったとしても、自分から死にたいと思う輩は、正常な思考をしていればいないはずなのだ。
だが、シュリはその拒否を無視する……当然だ、体裁は償いの手伝いとしてはいるがその本質は、苦しませ自身の愚かな行動を後悔させながら殺す為……なのである。シュリにはそれを止める理由が無い。
「そうですかそうですか……皆さんも丁度その償いをしたいと思っていた所なのですね。それは良かったです。私も、思う存分お手伝いをさせていただきますね。」
呻き声は強くなる。まるで潰されたひきがえるの断末魔の様なその合唱を聞きながら、シュリは狂気に歪んだ醜い笑みを浮かべる。
きっと、その顔を見た芸術家がこの場にいたとしたら、その顔に魅了され、自身の一生を捧げても尚書き上げようとする様な……それは、醜く、妖艶で、歪んでいて、とても美しい笑顔であった。
シュリはそんな笑顔を浮かべたまま、躊躇い無く私刑を執行する。
「スピードスペル・マッドコンバ―ション」
紡がれたのは地系統の中級魔法……その短縮魔法が発動した瞬間、シュリを起点にし地面が小さく波打つ。
……まるで其処が薄い水を張った水面であるかのように、波紋は大きく広がり、その波紋に揺られる様に、血に横たわる彼らの体は上下に揺れる……
しかしそれ以外には何も起こらない……ただ夜風が草木を揺らす音のみが聞こえる中、それに付け加える様に、地に伏した6人の野盗のうめき声が響くだけである。
だがその異変は突如として起きる……地面が大きく動いたのだ。まるで泥が与えられた衝撃により、その形を変化させるように……ゆっくりと……しかしそれは確かに動いていた。
その異変に、逃れられぬ死の恐怖を感じたのは6人の野盗である。
何故ならその大きな泥は、野盗それぞれの顔へ向け、ゆっくりと近づいてきたのである。
出来る事なら逃げたかった……しかし魔法によるダメージを受けた、今の体ではそれが叶わない。
呻き声は大きくなる……もし、彼らが正常に言葉を発する事が出来たのなら……きっとこの場は、命乞いの声で溢れかえっていたであろう。
だがその声はシュリには届かない。たとえ、まともに命乞いが出来たとしても、それは変わらなかっただろう……
当然だ……彼らの死は、シュリが敬愛して止まない、王による指示であったから……
ただそれでも、時間が少しばかり勿体ないともシュリは思っていた……故に、もしも彼らがシュリの怒りに触れる事が無ければ、もっと楽に死ねていたのかもしれない……
だがそれももはや取り返しがつかない事……彼らは恐怖から逃れる為に体を動かすことも叶わず……
その体は泥に飲み込まれていった……
呻き声は彼らが泥に飲み込まれた瞬間に途切れ、辺りには静寂が戻っていく
その静寂の中、シュリは残った一人に向き直る……勿論、彼にも死んでもらう為にである。
少しばかり時間を掛け過ぎたかもしれない……と、シュリは判断する。というのもこの後……この男を処理した後に、ソルエ村へ戻り、そこにいる残りの残党共も相手にする事になっていたからだ。
今後の予定が決まっているが為にシュリは、リジィー様を待たせる訳にはいかないと思っていた……
故にさっさと、その恐怖に彩られた頭を弾き飛ばそうとした……何の感情も無く、何の感慨も無く……ただただ作業的に……
「あり得ない!! 無詠唱であれだけの魔法を使った後、今度は短縮魔法で中級魔法だと!? この化け物め!!」
男が叫び声をあげたのは、シュリが魔法を放とうとした直前である。
シュリには男の言葉に対し反応を示す理由が無い、所詮死を間近にした生物が放つ戯言である……むしろ何かの反応を返す為に、自身のその手を止める事自体が間違っているはずなのだ……
しかし彼女はその手を……今にもその手から放たれそうになっていた魔法を切り上げる……胸中に降って湧いた怒りと共に……
「あり得ない……ですって? 何故……あり得ないのですか? 魔力量は個々の差こそあれど、鍛錬により増やすことが可能です。魔法の知識量を言うのであれば、それも貴方の勉強不足でしょう……なのになにが……有り得ないのですか?」
あり得ない……その言葉がシュリの神経を逆撫でしたのだ
……当然だ、シュリにとって、あり得ないという否定の言葉は、無魔法の存在を知ってからは、ずっと叫びたいと思っていた言葉であると共に、絶対に叫ぶ訳にはいけない言葉だったのだから……
まるで全ての感情が抜け落ちたかのように……静かに、淡々とシュリは告げる。先程までと比べ、異常とも言える変わり様を認めるも、副団長は彼女の言葉に何の返事も出来ない……ただ茫然と、空恐ろしくなった彼女を見つめるだけだった……シュリは呆けたその様を無視し、続ける。
「貴方方ゴミ共は、大した努力をする事無くすぐに無理だと諦め、自身の知識で計り知れない事が目の前で起きれば、有り得ないという一言と共に思考を放棄する……はっきり言います、私はそんな貴方が憎い。」
シュリのその目には言葉通り憎しみの感情が宿っている……しかし表情は動かない。そのぎこちなさがより、男の不安を増長させる。
「貴方には解りませんよね。無魔法という存在を知った私のあの時の感情を!! そして、その無魔法を発見した友の事を、リジィー様が楽しそうに語った時の、私の張り裂けそうな感情を!!」
男には、シュリの言葉が理解できない……当然だ、彼にとって上級魔法すら未知の存在であり、その上に位置している、無魔法という存在にすら辿り着いていないのだから……ただただ呆然と……急に荒れだした暴風を見つめるしかできない。
「私は……私には!! あり得ないと思考を放棄する事も、無理だと諦める事も許されていない!! その友を!! 私は越えなければいけないのだから!! そうしなければ、私は……一生リジィー様の隣に立つことが出来ないのだから!!」
そこで、やっとシュリの顔に感情が浮かぶ……それは驚きであった。何が起きたのか男には理解できないが、急に浮かんだ感情への恐怖と、依然として発し続けられる迫力に圧倒され、自身の死が迫っているにも関わらず、逃げ出す事すら出来なかった。
シュリの驚きの色はすぐに歓喜に変わる……まるで、自身の今までの努力が報われたかのように……それは明るく、晴れやかな物だった。
「そうですか!! これが……これがそうなんですね!? ならこの後……本に書かれていたのは確か……」
シュリは独り言を呟き続ける……その目は、何かを思い出すかのように絶え間なく揺れ動き、答えを求め、さ迷い続ける……しかしそれも長くはない、やがて彼女のさ迷い続ける視線は止まり、答えを見つけたであろうシュリは、逃げる事すらできなかった男へ、その結果を告げる。
「喜んでください、ゴミである貴方にも、役に立つ事があるようです。私の魔法……無魔法の実験台となってください。」
笑顔でそう告げるシュリの笑顔は、この世のどんな美術品にも負けないほどに美しかった。
結局、男は最後の最後まで動けなかった……ただ、もしもその男に何かしらの幸運を見出すのならば……シュリのその笑顔を見れた事と、その死は一瞬であり、痛みすら感じる暇は無かった事ぐらいであろう……
「さようなら。ゴミは精々私の踏み台位にはなってくださいね。」
私は自身の感覚に従い、無魔法を行使する為に魔力を流し込む……しかし、本来であれば中級魔法の……その中の最上位である魔法でさえ、放つことが出来る程の魔力を流し込んでも、一向にその魔法が満たされる事は無かった。
だが迷いは無い、必要ならば相応の魔力を流し込むだけの事……ひたすらに体内に残っている魔力を放出し、虚空に禍々しく存在する何かへと流し込む
やがて無魔法は限界を迎えたのだろう……何かが軋む様な音を辺りに響かせながら、自身の努力を湛える様に効力を発揮した
一瞬光った視界の中……視界を取り戻した私は、目の前に立っている男を……いや、男が立っていた空間を見つめ、その結果に歓喜した。
男の姿は其処には無い……ただ二本の足が……膝から下しか残っていないその足が、ポツンと残っているだけだ。
「そうですね……これは消滅魔法とでも区分けしておきますか。」
私は体に重く圧し掛かる虚脱感と共に、自身が初めて手にした無魔法を区分けする。それと共に、名前はもっと時間がある時に考えればいいだろうとも考える。
そして現状把握の為に自身の体……その体内に残っている魔力量を確認し、驚愕する。
……残っていた魔力の3分の2ほど使用していたのである。今の何とも言えない虚脱感も、そこから来ているのだろう。
とりあえずの現状を把握し終えた私は、ソルエ村へ向かい歩き出そうとした……その時
「うおっぇぇぇぇぇぇぇ!!」
胃から突き上げるその感覚のままに吐いていた。
私にとってそれは、とても久しい感覚だった。
「……まさか、これだけ体内の魔力量が上がっても、魔力酔いをする事になるなんて……」
胃から込み上げてくる感覚は依然止まる気配が無い……あたりまえか、体内の魔力をここまで一気に失う事など、ひよっこだった頃はともかくとして、今の今まで無かったのだから……
流石に、今の状態で歩き回れるだけの体力も気力もない……とりあえず、その感覚が止まるまで待ち、何とか落ち着きを取り戻したのだが……体に圧し掛かる虚脱感と共に、吐き続けた事によって体力が低下してしまい、結局、まともに動けそうも無かった……
けれど、こんな程度の疲労で立ち止まる訳にはいかなかった……
無魔法の始まりは手にした……しかし依然として、敬愛する彼が友と慕う影は遠く、その影を1秒でも早く、追い抜かなければいけないのだから……
「もっと……もっと前に進まなくちゃ……」
ソルエ村周辺……シュリの強い決意を秘めた独り言は、夜風と共に平原を駆け抜け、誰にも聞かれる事無く消えていった




