93話 破滅の残光
マスタードラゴンの巨大な顎から放たれたのは、現世のあらゆる物質を分子レベルで融解させる、神聖なる黄金の劫火。
それと同時に、バハムートも漆黒の魔力を天に衝くほど滾らせ、空間を裂くほどの暗黒の衝撃波を幾重にも連発する。
紅蓮と黄金、そして漆黒の魔力が荒野の全方位からサマエルへと集中し、天地を揺るがす大爆発を引き起こした。余波の暴風だけで、数キロメートル先の岩盤が消し飛び、砂塵が天を覆う。
「ハァ、ハァ……! やったか……!?」
岩陰から戦況を見守るシンが、祈るように叫ぶ。
だが、爆煙が晴れたそこにいたのは――衣服の裾すら乱れていない、冷徹な始祖神の姿だった。サマエルの周囲には、目に見えない薄い神威の障壁が展開されており、二頭の王が放った一撃必殺の連打は、その障壁に触れた先からただの光の粒子へと還元されていた。
「これほどの技を連発して……掠り傷一つ、無いだと……っ!?」
バハムートが驚愕に声を震わせる。世界最高峰の力を以てしても、世界の理そのものであるサマエルには、ただの「無駄な抵抗」でしかなかったのだ。サマエルが静かに手を掲げ、二頭の竜王を消し飛ばさんと神威の光を収束させ始めた、その時だった。
一方その頃、海底神殿の禁忌の書庫。
眩いばかりの七色の魔力ラインが神殿の床から天井までを埋め尽くし、複雑怪奇な幾何学模様の魔法陣を形成していた。
「――出来たわ! 術式のバイパス、完全同調!!」
ヒミコが激しく叫び、両手を天へと掲げる。
「始祖神サマエルの因果を未来永劫縛り付ける、神殺しの檻……!」
「私たちの……全ての精霊の力を込めた、究極の封印術……完成です!!」
サーラとソフィアが最後の魔力を注ぎ込んだ瞬間、魔法陣から神々しい白銀の光柱が立ち上った。四駒との戦いでライトたちが命を繋ぎ、シンが荒野で死力を尽くしてサマエルを引きつけたからこそ、ついに手に入れた「神を討つ唯一の切り札」。
『よく頑張りましたね、人の申し子たち。――さあ、約束の時は満ちましたわ』
書庫の空間に、神々しくも美しい女性の姿をした風の精霊が、柔らかな緑光を纏って現れた。彼女は完成した術式の輝きをその身に優しく宿すと、慈愛に満ちた、しかし凛とした強さを持つ緑光の嵐となって神殿全体を包み込む。
『シンたちの元へ征きましょう。この風に身を委ねて、目をつぶっていなさいな』
風の精霊が放った超常の転移魔術が、ヒミコたち、そしてユイの回復魔法によって辛うじて動けるようになったライト、ジン、カイル、ガイルの全員を包み込み、神殿から一瞬で消失させた。
荒野では、サマエルの放った無慈悲な神威の光がバハムートたちを襲おうとしていた。誰もがその破滅を予感した瞬間、サマエルとシンの間に、凄まじい緑光の嵐が割り込んだ。
ドゴォォォォォン!!!
「なっ……これは!?」
シンが目を見開く。風の精霊が導いた嵐が止んだそこに立っていたのは、ボロボロになりながらも武器を構えたライトたち、あるいは究極の術式をその身に纏ったヒミコたちの姿だった。
「シン! 待たせたわね! 究極 の封印術、完成よ!!」
ヒミコの声が、絶望に染まりかけていた荒野に響き渡る。
「みんな……っ!!」
シンの胸に、熱い感情が込み上げる。全員が満身創痍。しかし、その瞳には誰一人として絶望の色はなかった。二大竜王、そして信頼する仲間たちが今、荒野の地に一堂に会した。
「ほう……。我が因果を縛る檻を、本当に完成させたか」
サマエルが初めて、その不快そうな瞳をヒミコたちの術式へと向けた。
「これで終わりよ、サマエル! シン、二刀を構えなさい! みんなで掴んだこのチャンス、絶対に無駄にしないで!」
「了解……!始祖神、ここからが、本当の神殺しだ!!」
シンが陰陽合一の二刀を力強く交差させ、仲間たちの想いを背負って前を見据える。世界の命運を懸けた最終決戦の幕が、ついに切って落とされるのだった。
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