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92話 竜王降臨

「終わりだ、特異点。その魂ごと、無に還るがいい」


隙のない構えのまま、始祖神サマエルが静かに右手を突き出した。

その指先から放たれたのは、光すらも歪め、触れた物質の存在確率そのものを抹消する、絶対的な『神の裁き』。


(防げない……! 影に潜むことも、避けることも……っ!)


迫り来る死の光芒を前に、シンの脳裏に走馬灯が駆け巡る。二刀を交差させることすら間に合わない。シンが完全に「死」を覚悟し、静かに目を閉じた――その瞬間だった。


――オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!


世界そのものを震わせるような、地鳴り混じりの凄まじい咆哮が夜空を切り裂いた。

それと同時に、シンの頭上の空間がバリバリと音を立てて強制的に抉り取られる。


「――我が友(シン)に、その汚い手を伸ばすなァ!!」


引き裂かれた空間の割れ目から姿を現したのは、漆黒の鱗と巨躯を持つ伝説の幻獣王、バハムート。

現世に顕現した王の獣は、出現と同時にその巨大な顎(あぎと)を開き、体内の全魔力を暴走させて放った。


「――『次元消滅(ディメンション・エンド)』!!!」


ドガァァァァァァァンッ!!!!


放たれたのは、文字通りサマエルの周囲の「次元そのものを消滅させる」暗黒の特異点。光も、大気も、神殿の残響すらもすべてを飲み込む絶対的な崩壊の渦がサマエルを包み込んだ。


しかし――始祖神は、やはり規格外だった。

「……小細工を」

サマエルは眉一つ動かさず、放たれた『次元消滅』の渦を、己の神威だけで力ずくで押し留め、パリンとガラスのように霧散させてみせたのだ。バハムートの全力の超大技すら、サマエルには全く通用しない。


だが、バハムートの目的はサマエルを倒すことではなかった。


「シン! こっちだ!」


サマエルが『次元消滅』を無効化したほんの一瞬の隙を突き、上空から巨大な影が滑り込んできた。

龍神界の王、マスタードラゴン。

マスタードラゴンは鋭い爪でシンの身体を優しく、しかし神速の動きで掴み取ると、サマエルの間合いから一気に数キロメートル先の上空へと飛び去り、シンを荒野の安全な岩陰へと避難させた。


「ハァ、ハァ……っ! バハムートさん、マスタードラゴンさん……! 助かった……!」

シンが荒い息を吐きながら二頭を見上げる。


「礼には及ばん、シン。皆が命を懸けて繋いだ戦場だ。これ以上、神の好き勝手にはさせん」

マスタードラゴンが厳かに告げ、再びサマエルの元へと反転する。


荒野の中心では、無傷のサマエルと、バハムート、そして舞い戻ったマスタードラゴンが対峙していた。


「幻獣界の王と龍神界の王、人間に牙を貸すとは。落ちぶれたものだな」

サマエルの冷酷な声が響く。


「黙れ、始祖神。我らはただ、己の誇りと、この世界の未来のために貴様を討つのみ!」

バハムートの全身から、現世の許容量を超えるほどの圧倒的な魔力が吹き荒れる。


「行くぞ、バハムート! ――『竜王の咆哮(ドラゴン・プレッシャー)』!!」

マスタードラゴンが天に向かって叫ぶと、荒野一帯の重力が数万倍へと跳ね上がり、サマエルの動きを肉体ごと圧殺せんとする。


「神殺しの牙、とくと味わえ!!」

バハムートの漆黒の爪が空間を切り裂き、サマエルへと容赦なく襲いかかる。


サマエルもまた、その手に神聖なる光の剣を顕現させ、二頭の伝説の竜を迎え撃った。

ドゴォォォォォン!!! と、一撃が交差するたびに、荒野の地形が完全に変形し、夜空が割れる。

人間を遥かに超越した「王」たちと、世界の始祖たる「神」の、世界の命運を懸けた壮絶なる死闘が今、本格的に幕を開けた。


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