90話 絶対神の侵入(シン、孤独なる決断)
海底神殿の最奥にある禁忌の書庫では、異様な熱気と焦燥感が満ち満ちていた。
周囲にはう高く積まれた古代の魔導書や精霊の書物が散乱している。
「くっ、術式の構築が複雑すぎるわ……! 始祖神の因果そのものを縛るとなれば、通常の術式の数倍のラインが必要よ!」
ヒミコが額の汗を拭うこともせず、空中に七色の魔力文字を猛烈な勢いで描き殴る。
「私たちが必ず形にします! ソフィアちゃん、ここの術式のバイパスを繋いで!」
「はい、サーラさん! ――お兄ちゃん、みんな、もう少しだけ時間を……!」
サーラとソフィアも魔力を極限までシンクロさせ、風の精霊が提示した『究極の封印術』を現代の魔法へと再構築すべく、必死に翻弄していた。手がかりは掴んだ。だが、完成させるにはまだ決定的に時間が足りない。
一方、四駒との激闘を終えた修練場では、ユイが必死に手を掲げていた。
「――『聖癒の祈り(セイント・ヒール)』!!」
温かい光が、倒れ伏すライトやジン、傷を負ったカイルやガイルを包み込んでいく。
「ハァ、ハァ……みんな、無茶しすぎよ……!」
ユイの額からも大粒の汗が流れる。ライトは魔力が空っぽで指一本動かせず、ジンも肉体を削ったダメージで動けない。ガイルやカイルも消耗が激しい。特訓直後とはいえ、始祖神の直属を相手にした代償はあまりにも大きかった。
その時――世界から、すべての「音」が消えた。
心臓を直接巨大な手で掴まれたかのような、悍ましく、冷酷で、絶対的な『神威』が神殿全体を満たす。空間が自重に耐えかねてガラスのようにひび割れ、そこから一人の男が静かに歩み出てきた。
――始祖神・サマエル。
「特異点よ。我が駒をすべて排したことは褒めて遣わそう。だが……ここまでだ」
サマエルが軽く右手をかざす。それだけの動作で、海底神殿の強固な結界が悲鳴を上げ、天井に巨大な亀裂が走った。パラパラと崩落する岩石。
「くっ……ここでこれ以上の戦いをやったら、神殿が持たない……! 奥にいるヒミコさんたちにも危険が及ぶ……!!」
カイルやガイルが歯を食いしばるが、あまりの神威に身体が重圧で動かない。サマエルが本気で一撃を放てば、封印術の完成を待つまでもなく、この神殿ごと全員が塵に還る。それは確実な未来だった。
全員が絶体絶命の神威に圧せられる中、ただ一人、静かに前に出る者がいた。シンだ。
「シン……? お前、何を考えて……」
ジンの掠れた声が響く。
シンは、拳を固く握りしめ、みんなに背を向けたまま静かに告げた。
「みんなが命を懸けて繋いでくれたバトンをここで終わらせてるわけにはいかない。……ヒミコさんたちには、指一本触れさせない」
シンはサマエルを鋭い眼光で睨みつけると、波動を爆発させ、自身の身体を弾丸のように加速させた。
「おい、始祖神サマエル! お前の探している『特異点』は僕だ! 追ってこい!!」
シンはサマエルの意識を自分へと完全に引きつけるため、神速の踏み込みからサマエルの顔面へと鋭い一閃を放った。サマエルは眉一つ動かさずにそれを弾いたが、その冷徹な瞳が明確にシンを捉える。
「自ら死地を選ぶか、特異点」
サマエルの標的が完全に自分に変わったことを確認した瞬間、シンはニヤリと笑った。
「みんな、ここは任せます! ――必ず、時間を稼ぐ!!」
ドオォォォン!!!
シンはたった一人、深海の神殿の壁を力ずくで突き破り、外の世界へと飛び出した。サマエルもまた、空間を転移するようにシンの後を追って神殿から消え去る。
神殿の外――そこは、かつての世界の崩壊によって何もなくなってしまった、見渡す限りの荒涼とした『何もない荒野』。
激しい風が吹き荒れる孤独な戦場で、シンは二刀を具現化し構え、追ってきた絶対神サマエルと対峙する。
「ここなら、どれだけ暴れても大丈夫……。さあ、始祖神サマエル。みんなが封印術を完成させるまで……僕がお前の相手だ!!」
仲間を守るため、そしてこの世界の未来を繋ぐため。二刀を構えたシンが、絶対的な神の前にたった一人で立ちはだかった――。
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