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8話 魔獣界の迷い子と小さな聖獣

陰陽合一ノ神殺し~二刀の聖剣が一本の絆へと変わるとき~


魔界と幻獣界の狭間に位置する、獰猛な原生生物たちの巣窟――『魔獣界』。

鬱蒼うっそうと生い茂る巨大な怪樹の森の中で、シンはジンの紹介状を片手に、完全に立ち往生していた。


ジンのもとでの地獄のような最低限の修行を終え、暗黒闘気と剣技の基礎を身につけたシン。彼はさらなる覚醒のために、幻獣界に棲むという「ガイル」という男を訪ねる旅に出たのだが――。


「あはは……シン、これ絶対に逆方向に来ちゃったよね?」


隣を歩くユイが、困ったような苦笑いを浮かべながら旅の荷物を直す。彼女の腰には、あの妖艶な師匠・ヒミコから譲り受けた美しい魔導書がしっかりと携えられていた。数ヶ月前までただの村娘だったユイだが、今ではその佇まいに凛とした魔導士の気品が漂っている。


「うわぁ、マジか……。ジンさんに『お前はサバイバル能力がゼロだな、トカゲの脳みそか』ってまた怒られる……」


シンはがっくりと頭を抱えた。

ジンの鬼修行によって戦闘能力は飛躍的に向上したものの、地図を読む才能だけは、どれだけ血反吐を吐いても身につかなかったのだ。


その時だった。強い霊感を持つシンの耳に、遠く怪樹の森の奥から、激しい爆発音と、小さな可愛らしい悲鳴が飛び込んできた。


「ユイ、こっちだ!」

「うん!」


二人が鬱蒼とした草むらを鋭く掻き分けて飛び出すと、そこはぽっかりと開けた平地になっていた。


そこにいたのは、額に三つの不気味な目を血走らせ、鋭い牙を剥き出しにした巨大な猪の魔獣。

そして、その猛攻を必死に防いでいる、見たこともないほど愛らしい『二匹の空飛ぶモモンガ』のような姿をした聖獣だった。


「僕がココアを守るんだ! 喰らえっ、プチ・ファイヤーッ!」


オスのモモンガ――モカが、短い手を一生懸命に突き出し、小さな炎を放つ。

しかし、お腹が空きすぎているせいか、炎はパチパチと頼りなく火花を散らす程度で、巨大な猪の皮膚に触れた瞬間に虚しく霧散してしまった。魔獣には全く効いていない。


「もう、モカ無茶しないで! ――聖なるシールド!」


メスのモモンガ――ココアが、涙目になりながらモカの前に小さな身体で立ちはだかり、淡い光のバリアを展開した。

魔獣の凄まじい突進をどうにか防ぎはしたものの、衝撃で光の盾は今にもパリンと割れそうなほど脆く明滅している。二匹とも、お腹がペコペコで完全に限界を迎えていた。


「グルァァァッ!」


己の突進を受け止められたことに激昂した魔獣が、容赦なく鋭い牙を突き出し、無防備な二匹へと躍りかかる。


「そこまでだ――ッ!!」


突風と共に、シンが二匹の前に割り込んだ。

シンの右手から、まばゆい光を放つ聖剣『日輪』が鋭く具現化する。かつて人間界で暴走したその輝きに、ジンとの修行で手に入れた漆黒の「暗黒闘気」が混ざり合い、刀身にどす黒くも圧倒的な威圧感を与えていた。


「ハァッ!!」


シンの身体がブレる。地を踏み締め、放たれた瞬速の一閃。

暗黒闘気を乗せた日輪の刃は、魔獣の頑丈な皮膚をまるで薄い紙切れのように切り裂き、その巨軀を一撃で鮮やかに一刀両断した。


ドサリ、と地響きを立てて巨体が倒れ伏す。

シンが静かに息を吐きながら聖剣を消滅させると、助かったはずのモカが、ボロボロの小さな身体を震わせながら、なぜかシンの前にトコトコと一歩踏み出してきた。そして、短い手で自分の胸をドンと叩く。


「あ、ありがとう……。でも、僕だって、あと一歩で倒せたんだからね! ほんとだよ!?」


「もう、モカはすぐそうやって見栄を張るんだから!」


すかさずココアが呆れたように、モカの小さな頭をポカポカと両手で叩く。そんな微笑ましい二匹のやり取りを、シンとユイは顔を見合わせて思わず破顔した。


その直後だった。


――ギュルルルルルルル〜ッ……。


静まり返った森の中に、二匹の小さなお腹の虫が、盛大な大合唱を響かせた。


「あ……」


モカは顔を真っ赤にして大きな耳までピくつかせ、ココアも恥ずかしそうに両手で顔を覆って下を向いてしまう。


「ふふ、お腹ペコペコなんだね。はい、これ食べられるかな?」


ユイが女神のような優しい微笑みを浮かべ、旅立ちの際にヒミコに持たせてもらった特製干し肉と、温かいスープを取り出して差し出した。


「わあぁぁ! 美味しそう!」

「いただきまーす!」


二匹は一瞬で目を輝かせ、小さな手で器用に肉を掴むと、小さな口を小刻みに動かしてガツガツと勢いよく完食した。ふぅ、とお腹を丸く膨らませて満足そうに息を吐いたココアが、ふとシンの胸元に目を留める。


そこには、服越しでも霊感のある者なら微かに感じ取れる、気高き『鳳凰の光』が宿っていた。


「……あれ? あなた、もしかして……幻獣界の伝説の『鳳凰様』の力を持っているの……?」


「え? ああ、うん。色々あって、鳳凰と飛竜の力を受け継いだんだ」


シンが頭を掻きながら苦笑交じりに答えると、モカとココアは驚愕のあまり、その場でぴょーんと飛び上がった。


「やっぱり! 私たち、幻獣界からこの魔獣界へ迷い込んじゃって困ってたの。鳳凰様の神聖な力を宿すお方なら、悪い人のはずがないわ!」


ココアが嬉しそうにシンの肩へとパタパタと飛び乗る。


「なるほど、お前たち幻獣界の聖獣だったのか。実は僕たち、ジンさんの紹介で『ガイル』っていうキラーパンサーの元・王様を探して幻獣界へ行きたいんだけど……ちょっと道に迷っちゃってさ」


シンの言葉を聞いた瞬間、モカがふんす、と短めの鼻を鳴らしてグッと胸を張った。


「ガイル様だって!? 知ってる、知ってるよ! お礼に、僕たちが幻獣界のガイル様の隠れ家まで案内してあげる! 僕がこの旅の最強の護衛になってあげるからね!」


「もう、モカったら案内は私でしょ。でも、一緒に行きましょ、シン、ユイちゃん!」


ココアも嬉しそうに、今度はユイの豊かな髪の毛にすっぽりと寄り添った。


「あはは、よろしくね、モカ、ココア」


ユイが楽しそうに笑う。

こうして、壊滅的な方向音痴の二人に、最高に賑やかで愛らしい『二匹の案内役』が加わった。


シンたちの旅はいよいよ、伝説の元・幻獣王ガイルが待つ、神秘と生命の世界『幻獣界』へと進路を取るのだった。

最後までお読み下さいましてありがとうございます。感想書いて貰えれば嬉しいです。 

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