85話 迫る神威と、四つの影
海底神殿での過酷な特訓が幕を閉じ、修練場には心地よい静寂が広がっていた。
シンは、完成したばかりの二刀――右手の『日輪(剛炎の大剣)』と左手の『月読(静氷の細剣)』をゆっくりと鞘に収める。全身は疲弊しきっていたが、その瞳にはこれまでになく力強い光が宿っていた。
「特訓はここまでだ、シン。お前はもう、俺たちの想像を超える領域に達した」
ガイルが満足そうに頷き、ジンもまた小さく不敵に笑う。
全員の覚醒が完了した今、次に気になるのは神殿の外――つまり、世界の様子だった。
始祖神が本格的に動き出している今、外の世界はどうなっているのか。シンたちの胸に不安がよぎる。
その時、空間が淡く光り、神界からの伝令が届いた。
『始祖神ノ狙イハ、唯一無二ノイレギュラー――シン、オ前タダ一人。始祖神ハ、己ニ歯向カワナイモノニハ牙ヲ剥カナイ……。故ニ、神界、龍神界、そして幻獣界……すべて未だ無事ダ。敵ノ侵攻ハ受ケテイルガ、崩壊ハ免レテイル』
「……っ、本当ですか!?」
シンの顔に、パッと明るい色が戻る。
「良かった……。みんな、無事なんだね」
ソフィアが胸に手を当てて深く安堵の息を漏らし、ユイたちも顔を見合わせてほっと胸を撫でおろした。
自分が強くなるための特訓の間、世界が滅びてしまっていたらどうしようという恐怖がシンの心を蝕んでいた。しかし、世界はまだ耐えている。その事実が、シンに何よりの勇気を与えた。
「フン、歯向かわない雑魚には興味がないってわけか。神様のお傲慢も、今回ばかりは都合が良かったな」
ジンが皮肉げに笑うが、その表情もどこか和らいでいる。
だが、彼らが安堵したのも、ほんの一瞬のことだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
突如として、海底神殿の結界が激しく激鳴し、空間そのものが悲鳴を上げた。
神殿の天井を突き破るかのように、圧倒的で冷酷な、吐き気を催すほどの神の圧力が、四つの巨大な光柱となって降り注ぐ。
光柱が晴れたそこに現れたのは――異形なる神の鎧を纏った、四つの影。
「なっ……なんだ、こいつらは……!?」
カイルが即座に剣を構える。
「始祖神の……サマエルの直属の駒……!
もうここを嗅ぎつけたか……」
ライトが黄金のオーラを尖らせ、鋭い眼光でその影を睨みつけた。
言葉は発しない。しかし、ただそこに存在するだけで周囲の空間を無へと還そうとするその波動は、紛れもなく始祖神の魔力そのものだった。シンを確実に消し去るため、始祖神が送り込んできた絶対的な刺客。
「チッ、挨拶もなしに本命のお出ましってわけか……!」
ジンが『真なる闇の刃』を抜き放ち、前へ出る。
しかし、駒たちの放つ神威は凄まじく、いくら全員が修行を経て強くなったとはいえ、真っ向から戦えばただでは済まないことが本能で理解できた。
「ジンの言う通り、正面衝突すればこちらの消耗も激しい……。これ以上の戦力を得るぞ!」
緊迫した空気の中、大地の精霊が地響きのような声を上げた。
さらに強くなるため、そしてこの世界の破滅を防ぐため、神殿の精霊たちが動く。
「闇の申し子たるジンよ。お前の『真なる闇』に、我が深淵の闇の力を上乗せしてやろう!」
闇の精霊がジンの影へと溶け込み、ジンの『真なる闇の刃』が、禍々しくも神聖な漆黒の波動を爆発的に噴き上げさせる。
「光を導く者・ライト。君の紡ぐ聖なる光の架け橋を、私がさらに広大な天の光で満たそう!」
光の精霊がライトの背後に寄り添うと、ライトの黄金のオーラは、まるで太陽そのものを纏ったかのような神々しい輝きへと進化した。
「ガイル、お前の野生の波動と、我が大地の怒りを一つに重ねるぞ!」
大地の精霊がガイルの巨躯へと力を貸すと、ガイルの身体から地脈そのもののエネルギーが噴き上がり、その拳は一撃で大陸を揺るがすほどの重厚さを宿した。
「おおおっ……! 力が、底なしに溢れてきやがる……!」
ガイルが咆哮し、ジンとライトもまた、精霊との融合によって得た新たなる神域の力を確かめるように身構える。
これによって、始祖神の駒4体と互角以上に渡り合うための布陣が完成した。
ジン、ライト、ガイルの3人が新力を得て駒たちを迎え撃つ体制に入る中、風の精霊がシンの元へと舞い降りた。
「シン、皆、聞くて。ジンたちが駒を抑えている間に、あなたたちは別の道を探るの。万が一のことを考えなくてはならない。」
「別の道……?」
シンが問いかける。
「始祖神は滅ぼすことが極めて困難な絶対の存在よ。だから――その身を永劫の闇へと『封印』するしかないわ。かつて世界を分かつ前に存在したとされる、究極の封印術があるはずよ」
風の精霊の言葉に、神殿の奥で世界の知識を蓄えていたメンバーが即座に反応した。
「封印術……! 確かに、真っ向から消滅させるより、その強大すぎる存在を世界の理から切り離して封じ込める方が、この世界を守り切れる可能性は高いわ!」
ヒミコが鋭い目を輝かせる。
「精霊の書物や、古代の術式に手がかりがあるかもしれません。私たちが必ず見つけ出します!」
サーラが力強く頷き、ソフィアもまたシンの手を取った。
「シン、あなたはジンさんたちと一緒に、目の前の敵に集中して。封印の方法は、私たちが必ず見つけるから!」
「ヒミコさん、サーラさん、ソフィアちゃん……。ありがとう、頼んだよ!」
シンの言葉を合図に、ヒミコ、サーラ、ソフィアの3人は、神殿の最奥にある禁忌の書庫へと走り出した。始祖神を封印するための鍵を探すために。
残されたシン、そして精霊の力を得たジン、ライト、ガイルの前で、始祖神の4体の駒が静かに、しかし圧倒的な殺意を放ちながら動き出す――。
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