76話 虚無からの来訪者(牙を剥く古の秩序)
「いくぞシン! 次はこれを受け止めてみろ!」
「はい、来てください……っ!」
黄金の光を帯びたライトのエクスカリバーと、5色のオーラをぎりぎりで調和させたシンの二刀が、再び激しく火花を散らした。
あと一歩。あと一瞬だけ、聖光の接着が噛み合えば、完全な一撃となって放てる――シンがその感覚を指先に捉えた、まさにその刹那だった。
ピシィッ……。
世界の「音」が、不自然に途切れた。
「――っ!? 全員、動くな!!」
ジンが鋭い叫び声を上げると同時に、腰の黒剣を限界まで引き抜く。
ライトも、カイルも、即座にシンの前に割って入るように武器を構え、その視線を「空」へと向けた。
荒野の頭上に広がる青空に、まるでガラスにヒビが入るかのような、真っ黒い亀裂が走っていく。
そこから漏れ出てきたのは、魔獣の禍々しい闇でも、精霊の荒々しい魔力でもない。
ただひたすらに冷徹で、生命の体温を一切拒絶するような、不気味なほどの『虚無』だった。
「ひゃうっ!? な、なにこれ、急にすごく寒くなったよぉ!」
「……モカ、私の後ろに隠れて! ユイちゃん、これ、ただの魔力じゃないわ……!」
ガタガタと震え出すモカの前にココアが素早く立ち塞がり、ユイも水の障壁を瞬時に展開する。
バリィィィィィン!!!
不快な音を立てて空間が完全に割れ、そこから一人の「異形」が音もなく舞い降りた。
人の形をしてはいるが、その皮膚は透き通るような白磁のようで、瞳には感情の欠片もない。背後には、神界の術式とも魔族の魔法とも異なる、幾何学的な「虚無の文字」が円環となって静かに浮かび、回転していた。
「光と闇を混ぜ合わせ、あまつさえ相反する精霊の力を無理に繋ぎ止めるか。……世界の調和を乱す不純物どもめ」
侵入者の声は、まるで頭の中に直接響く平坦な冷気のようだった。
「誰だ、お前……! サタンの残党にしては、気配が綺麗すぎる」
ライトが黄金のオーラを放ちながら睨みつける。
「サタン……あのような泡沫の混沌と同列に語るな。我は【始祖神】の意志を執行する者、サマエル。世界の再構築を妨げる歪みを排除しに来た」
サマエルの淡い瞳が、まっすぐにシン、そしてユイへと向けられる。
「聖光と、暗黒の闘気。相反する極限を一つにする器など、存在してはならない。世界に歪みをもたらす特異点、そして調和を乱す調律者。お前たちの存在そのものを、これより『無』へと還元する」
「……っ、させるかよ!!」
ライトが地を蹴り、光速の踏み込みでサマエルの懐へと躍り出た。サタンをも両断した黄金の聖剣が、サマエルの首元へと容赦なく一閃される。
しかし――。
キィィィン……。
「光の直進運動。我が領域においては、その速度すらも停止する」
サマエルが指先をわずかに動かしただけで、ライトの全身の動きが、まるで時が止まったかのようにピタリと空中で停止した。
「な、に……!? 体が、動か……っ!」
「ライト!!」
カイルがすぐさま炎の魔導弾を連射するが、その烈火の弾丸も、サマエルの周囲数メートルに触れた瞬間、パサリと雪のように崩れて消滅してしまった。
「熱量、質量、運動エネルギー。全ては虚無へと還る。お前たちの小賢しい力など、この世界の初期化の前には無価値だ」
サマエルが静かに手を掲げる。その手のひらに集うのは、光すらも吸い込む漆黒の球体――。
かつてない異次元の敵の力を前に、修行を終えたばかりのシンとユイたちの前に、冷酷な滅びの牙が突き立てられようとしていた。
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