72話 精霊の狂瀾(すれ違う怒り)
地響きを立てて荒れ狂う、火と雷の二大精霊。
そのあまりに純粋で圧倒的な魔力圧の前に、ジンの家を取り囲む結界が、ガラスが割れるような乾いた音を立てて完全に崩壊した。
「みんな、待って! 水の精霊は消えてなんかいないわ!」
ユイは背中に蒼き水光の翼を羽ばたかせ、赤と紫に染まる夜空へ向かって毅然と飛び上がった。
手のひらを胸の前にかざすと、清らかな水の魔力が、蛍のように美しくその身を包み込む。
「ほら、見て! 水の精霊は、私に力を貸してくれているの! 私と一緒にいてくれてるの!」
「――黙れ、人の娘よ! 同胞がそのような矮小なる存在に己の全てを委ねるはずがない!」
「――我らの目を欺くことはできん! 貴様がその体に同胞を封印し、その力を搾取しているのだ! 返せ! 同胞を我らの元へ返せぇぇぇっ!!」
怒り狂う精霊たちに、ユイの必死の説得は全く届かない。
精霊たちにとって、人間や他の種族は「自然の力を借りるだけの器」に過ぎない。その最高峰たる『水の精霊』の気配が、一人の人間の少女の奥深くに完全に溶け込み、姿を消してしまっている現状は、彼らにとって「拉致・封印」されたとしか映らなかったのだ。
「話が通じる状態じゃねえな……! ユイ、一度下がれ!」
地上からライトが叫び、エクスカリバーを抜いて地を蹴る。
だが、それを遮るように、火の精霊がその巨大な腕を振り下ろした。
――ゴォォォォォォッ!!!
「『プロミネンス・ノヴァ』!?」
荒野が一瞬にして溶岩の海と化すほどの超高熱の火柱が、ライトたちの進路を阻む。
雷の精霊がその鋭い指先をユイへと向けると、避ける隙もない神速の落雷が、夜空から幾重にもなって降り注いだ。
「きゃあああっ!」
「ユイ!!」
凄まじい雷撃の直撃を受け、ユイの水の防壁が悲鳴を上げて弾け飛ぶ。
かろうじてモカとココアが両脇からユイを抱え、地面へと着地したが、その衝撃波だけで周囲の木々は消し飛び、地面には深い亀裂が走っていた。
「くそっ、なんて力だ……! サタンの闇とはまた違う、世界の法則そのものをぶつけられてるみたいだぜ!」
カイルが風の障壁を張りながら、熱気と電撃を必死に防ぐ。
サーラも防護呪文を幾重にも重ねるが、精霊たちの怒りはそれすらも容易く侵食していく。
「ユイ! 交代だ、俺たちが前へ出る!」
シンが二刀を構えようとするが、ユイは強くかぶりを振った。
「ダメだよ、シン……! 精霊たちは、水の精霊のことを本当に心配して怒ってるの。ここで傷つけ合ったら、本当に二度と分かり合えなくなっちゃう……! だから、私たちが、私たちの力で精霊たちの怒りを受け止めなきゃいけないんだ!」
「ユイちゃん……」
ソフィアが、胸の前で強く手を握りしめ、ユイのその強い覚悟の瞳を見つめた。
ただ戦って倒すのではない。
相手を傷つけず、その誤解を解き、すべてを包み込んで納得させるための戦い。
それは、昨日ソフィアが教えてくれた「調和」の極意そのものだった。
「モカ! ココア! 私たちの新しい魔法を……『氷鏡の魔導灯』を使うよ!」
「うん……! やってやるんだから! 僕たちの力を信じて、ユイ!」
「今度は絶対に成功させるよぉ!」
ボロボロになりながらも、モカとココアがユイの左右に並び立ち、その小さな手に極限の魔力を練り上げる。
今度は実戦。一瞬の気の緩み、術式のズレが、自分たちだけでなく背後にいる仲間たちをも巻き込む大爆発に繋がりかねない。
「――愚かなる者どもめ、その小賢しい魔力ごと、灰に帰してくれよう!」
上空で、火と雷の精霊が一つに重なり合う。
赤き業炎と、紫の雷撃が螺旋を描いて巨大な光線となり、ユイたちを消し去るべく容赦なく撃ち放たれた。世界が白く染まるほどの、絶対的な破壊の光。
「みんなの力を……一つに……っ!!」
ユイの背中の水翼が、かつてないほど眩しく、そして神聖な蒼き輝きを放つ。
迫り来る破滅の光線を前に、ユイは静かに、けれど力強く両手を前に突き出した。
三人の絆と、ソフィアから授かった『鏡の調和』。
今、その真価が極限の戦場の中で試される――!
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