5話 修行〜その2
陰陽合一ノ神殺し~二刀の聖剣が一本の絆へと変わるとき~
ドカァァァン!!!
ジンの隠れ家の一室。分厚い壁を隔ててなお、外から激しい爆発音とシンの苦しげな呻き声が重く響いてくる。
「シン……」
窓辺に立つユイは、窓ガラスにそっと手を添え、不安そうに外の荒野を見つめていた。
村にいた頃のシンは、いつも一人で痛みを抱え込んでいた。そして今もまた、傷だらけになりながら泥を舐めている。
(私は……何もできない。魔法なんて使ったこともない、ただの村人だもの……)
ぎゅっと胸元で拳を握りしめるユイの背後から、紫煙の甘い香りが漂ってきた。
「あらあら、そんなに暗い顔をしていたら、綺麗な顔が台無しよ?」
クスクスと妖艶に笑いながら長椅子から立ち上がったのは、ジンの仲間であるヒミコだった。艶やかな着物を揺らし、長いキセルを指先で弄びながら、ユイのすぐ隣へと歩み寄る。
「ヒミコさん……。私、やっぱりシンの足手まといになりたくないんです。でも、私には剣も振れないし、魔法なんて一度も使ったことがありません……」
ユイの切実な言葉に、ヒミコはふっと目を細めた。そして部屋の奥の棚から、重厚な革表紙の古びた本を一冊取り出し、ユイの手元へポンと置いた。
「なら、まずはこれから始めましょうか。私が昔使っていた初級の魔導書よ」
「魔導書……! これを読めば、私にも魔法が……?」
「ええ。そこに書かれた古代語の『詩(詠唱)』を口にし、書かれた通りの回路をイメージするの。素人が魔力を引き出すための、いわば車輪のようなものね」
ユイは意を決して魔導書を開いた。見たこともない複雑な記号と魔法陣がびっしりと並んでいる。ページをめくり、一番基礎となる『初級回復陣』のページに指を添えた。
「ええと……『天に満ちる清らかなる息吹よ、傷つきし者に……命の芽吹きを』……っ!」
ユイは本に書かれた詩を必死になぞり、両手を突き出した。
だが――
(あれ……? 何も起きない……?)
手のひらは冷たいままで、何も変化は起こらない。焦ったユイはもう一度、今度は声を張り上げて詠唱を繰り返した。
「『天に満ちる清らかなる息吹よ、傷つきし者に……命の芽吹きを』! お願い、出て……っ!」
「ふふ、焦っちゃダメよ。言葉(詠唱)を口にするだけじゃ、ただの朗読と同じ。大事なのは、本に書かれた魔法陣に『自分の体の中の熱』を通すイメージを持つことよ」
ヒミコのアドバイスを受け、ユイは深く息を吐いた。
魔導書の魔法陣をじっと見つめながら、自分の胸の奥に眠る温かい感覚に意識を向ける。シンが命を救ってくれた時に体に残してくれた、『鳳凰の力』の温もりだ。
「(シンの……傷を癒したい。あの子の痛みを、少しでも取ってあげたい……!)」
祈るように胸の熱を指先へと手繰り寄せ、魔導書の文字に重ね合わせるようにして、三度目の詠唱を紡ぐ。
「『天に満ちる清らかなる息吹よ……傷つきし者に、命の芽吹きを……!!』」
ぽつり。
ユイが開いていた魔導書のページがふわりと浮かび上がり、彼女の手のひらから、小さくも温かい桃色の光がぽつりと溢れ出した。
「出た……! ヒミコさん、本から……魔法が出ました……!」
「ええ、上出来よ。魔導書を介してだけど、ちゃんと自分の中の魔力を言葉に乗せられたわね」
ヒミコは満足そうに微笑むと、煙管の煙をくゆらせながら妖しい瞳を輝かせた。
「だけど、戦場でいちいち本を開いて詠唱している暇なんてないわ。最終的にはその魔導書を頭に叩き込んで、本がなくても、結界や回復を瞬時に出せるようになってもらうわよ。……ジンより少しマシな程度には厳しいから、覚悟しなさいね?」
「はい! よろしくお願いします、ヒミコ先生!」
胸に抱えた魔導書をぎゅっと抱きしめ、ユイの瞳に初めての「力強い意思」が宿った。
ただ守られるだけだった少女が、シンの隣に立つための泥臭い一歩を踏み出したのだった。
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