57話 光の生還(絆が紡ぐ聖痕)
シンの精神世界――そこは、上下左右の感覚すら存在しない、何も見えない漆黒の闇の底であった。
「う、あ、あああああ……っ!!」
シンは己の頭を激しく掻き抱き、果てしない闇の中で膝をついて絶望に苦しんでいた。
サタンが穿った凶悪な呪縛。幼少期に孤独な彼を追い詰めた、村人たちからの「悪魔の子」という容赦のない罵声。そして宿敵であるジンから受け継いでしまった強大すぎる暗黒闘気。それらすべてが、どす黒く強固な鎖となってシンの全身をがんじがらめに縛り付け、精神の自由を奪っていた。
(僕は……最初から生まれてこなければよかったんだ。僕の持つこの不吉な力が、周りのみんなを傷つける。ユイを、ライトさんを、この世界をすべて壊してしまう……。だから、もういい……このまま暗闇に消えさせてくれ……!)
深い絶望の淵に身を委ね、シンの魂が完全に闇へと呑み込まれそうになった、まさにその時であった。
暗黒の頭上から、一筋の清らかな「翡翠色の水」が、激しく空間の闇を割って彼の元へと優しく降り注いだ。
その水は驚くほどに温かく、シンの身体を無慈悲に縛り付けていた黒い鎖を、ジュウジュウと凄まじい音を立てて溶かしていく。
『シン、諦めないで……!』
「……え?」
シンが信じられない思いで顔を上げると、降り注ぐ水の波紋の向こう側に、大粒の涙を流しながら必死に自分へと手を伸ばすユイの姿が見えた。
『シンはバケモノなんかじゃない! 誰よりも優しくて、僕たちの最高の大切なトモダチだよ! だからお願い、戻ってきて! 今度は、僕がシンを絶対に助けるって……約束したんだから!』
ユイの声だけではない。水の波紋の向こう側から、これまで共に数々の死線を乗り越えて旅をしてきた仲間たちの魂の声が、シンの心へと直接、濁流のように流れ込んできた。
『おいおい、勝手に一人で消えようとしてんじゃねえよ。お前は俺の自慢の弟子だろ、胸を張れ!』(ジン)
『シン、君は僕の、僕たち全員の最高の戦友だ。また一緒に戦おう。僕を信じてくれ!』(ライト)
『お前がいなきゃ、あのバカなサタンをぶっ飛ばして落とし前をつけられねえだろ! 早く起きやがれ!』(ガイル)
『ソフィアも、ヒミコ先生も私も、みんな君の帰りを待っているわ。さあ、目を開けて』(サーラ)
「みんな……。こんな僕を、まだ待って……くれているの……?」
その瞬間、シンの瞳の奥を濁らせていたどす黒い闇の霧が、完全に消え去った。
自分は決して一人ではない。悪魔の子なんかじゃない。己の命を懸けて自分を信じ、暗闇の底から引き上げてくれようとする、かけがえのない仲間たちがここにいる。
(……そうだ。僕は、みんなと一緒に生きたい……! もう二度と、自分の力から逃げたりしない!!)
シンの心が本当の強い輝きを取り戻した瞬間、彼の右胸にある【聖痕】が爆発的な光を放った。最高神アデルの聖なる加護と、ユイが命懸けで届けた水の精霊の力が体内で完全に融合し、シンの精神世界を覆っていた漆黒の闇を一瞬にして木っ端微塵に吹き飛ばした。
――カハッ!!!
神界のベッドの上で、シンが大きく息を吐き出しながら、勢いよくその目を見開いた。
「シン……!?」
ユイが驚きのあまり器を床へと落とし、シンの顔を覗き込む。
シンの切れ長の瞳は、かつての優しく、そして力強い確かな輝きを完全に取り戻していた。シンの右胸からは、あらゆる邪悪な闇を完全に祓う、純白の神聖なオーラが力強く立ち昇っている。
「ユイ……みんな……ただいま」
シンは少し照れくさそうに、しかしハッキリとした確かな笑顔でそう告げた。
「シンーーーーッ!!」
ユイは堪えきれずにシンの胸へと飛び込み、子供のように声をあげておいおいと泣き崩れた。サーラもソフィアも目元に涙を浮かべて優しく微笑み、ヒミコもフッと安堵の息を漏らす。
だが、彼らに感動の再会の余韻に浸る時間は一瞬たりとも残されていなかった。
「よくぞ暗闇から戻った、シン。……だが、外の闇がもう限界を迎えるぞ!」
アデルの緊迫した声の通り、結界の外では、神を超えたサタンが放つ永久の闇がさらに色濃く世界を浸食しており、神界の頑強な門を破らんと無数の魔獣たちが悍ましい咆哮を上げていた。
シンは胸の中で泣くユイの肩を優しく叩いてベッドから力強く立ち上がると、白く輝く自らの両手を見つめた。
そこにはもう、力を暴走させる恐怖など微塵もなかった。仲間への尽きない感謝と、この手で世界を絶対に救うという揺るぎない決意が、シンの全身を濁りなく満たしていた――。
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