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55話 終末のカウントダウン

「これが……水の精霊の力……」


ユイの背中に顕現した一対の美しい水の翼が、周囲の空気を震わせながら静かに、そして力強く羽ばたいた。その翼から剥き出しになる圧倒的な神聖さを孕んだ青い光が、それまで不気味な薄暗さに包まれていた忘却の洞窟の隅々までを優しく満たしていく。


「すごいよ、ユイ! これなら、シンのあの根深い闇の呪いだって絶対に綺麗に解けるよ!」


「うん、シンのところに早く戻ろう!」


案内役のモカとココアが歓声をあげてユイの周りを嬉しそうに飛び回り、それを見守るサーラとソフィアも、その奇跡的な輝きに深い希望の表情を浮かべた。

彼女たちの師であるヒミコも「よくぞ水の精霊に認められたわね、ユイ。見事よ」と満足そうに深く頷くと、地底湖から湧き出る至高の聖水を、持参した神聖な器へと丁寧に汲み上げた。


「急ぎましょう。シンが今も苦しみの果てに待つ、神界へ――」


ヒミコが神界への帰還を果たすべく、転移魔術の詠唱を静かに始めた、まさにその刹那であった。


――ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!


突如として、世界の根底そのものが激しく引き裂かれるような、悍ましく不気味で巨大な地鳴りが洞窟全体に鳴り響いた。

それは、単なる地殻変動による地震などでは断じてなかった。大地の底、空間の裂け目、そしてこの場を構成する大気そのものが、何か絶対的な「恐怖」に慄(おのの)くように、ガタガタと激しく激震しているのだ。


「な、何これ!? 洞窟が、聖獣の島が崩れちゃうよ!」


モカとココアが恐怖に小さな身体を縮めて悲鳴をあげる。


「いいえ、違うわ……! この世の終わりを告げるような禍々しい気配は、ここだけじゃない……世界全体、あらゆる空間から一斉に溢れ出している……!?」


賢者サーラが、血の気が完全に引いた蒼白な顔で自らの水晶玉を見つめる。そこには、神界、人間界、幻獣界、そして龍神界にいたるまで、すべての世界のパワーバランスがドミノ倒しのように急速に崩壊していく、異常極まりない終末の光景が映し出されていた。


「――外へ出るわよ! ここにいては生き埋めになるわ、急いで!」


ヒミコの鋭い号令が響く。彼女たちは神界への転移を一度中断し、目の前の空間を強引に書き換えると、まばゆい光と共に一気に洞窟の外の地上へと飛び出した。


しかし、外の世界の地上に広がっていたのは、彼女たちの目を疑うような、本当の「絶望」の光景であった。


「そんな……嘘でしょ、世界が…………っ」


ユイの口から、絶望を隠しきれない掠れた声が漏れる。


つい数分前まで、美しい木々の緑とどこまでも透き通った青空が広がっていたはずの空が、今はどす黒い、底の知れない「紫黒の闇」によって完全に塗りつぶされていた。世界のすべての生命を育んできた太陽はその輝きを完全に失い、まるで天がドス黒い血をダラダラと流しているかのような、不気味極まりない赤い日食へと変貌を遂げている。


そこへ、神界の結界の中に残っているはずの最高神アデルからの、逼迫した強力な念話が全員の脳内に直接響き渡った。


『ヒミコ! サーラ! ユイ……っ! 私の声が聞こえるか! すぐに、一刻も早く神界の結界の中へ戻るのだ!』


「アデル様!? 統合世界に、一体何が起きているのですか!」


サーラが叫ぶようにして念話に問い返す。聞こえてくるアデルの声は、遥か神話の時代から何者にも動じなかった最高神のものとは思えないほど、激しく震えていた。


『サタンだ……! あの男は四つのクリスタルによるルドルフの完全復活を完全に諦め、封印されたルドルフの肉体から、その底なしの「闇の力」を強引にすべて、その魂ごと直接吸い尽くした……! 今、サタンは神をも容易く超越する『絶対の魔王』へと変貌し、その身から溢れ出る無尽蔵の闇をもって、人間界、龍神界、幻獣界……この世に存在するすべての界を、【永久の闇】の底へと沈めようとしている……!!』


「世界を、永久の闇に……」


ソフィアが、その想像を絶する世界の終焉のビジョンに恐怖し、ガタガタと身体を震わせる。


ふと遠くの歪んだ空を見上げれば、空間のあちこちにガラスが割れたかのような不気味な亀裂が走り、そこから数千、数万、数億という無数の魔獣の最悪の軍勢が、まるで世界を侵食する大雨のように世界中へ降り注いでいるのが見えた。

人間界も、ライトやバハムートたちが必死に守りを固めていた幻獣界も、いまや逃げ場のない混沌とした戦場へと変えられてしまったのだ。


『ライトたち勇者一行も、今それぞれの界に溢れ出た魔獣の猛攻を防ぐ防衛戦で完全に手一杯だ……! 世界がこのまま完全に闇に呑み込まれれば、世界の光と連動しているシンの命の灯火も、完全に消えてしまう! 急ぐのだ、光の意志を持つ者たちよ……!』


そこでアデルの念話がぷつりと途切れた。

天を仰ぐユイの大きな瞳に、赤い日食の不気味な禍々しい光が反射する。


世界が本格的に闇に包まれ、破滅へのカウントダウンが今、無情にも始まった。シンを内側から救うための「癒やしの水」と精霊の力は確かに手に入れたが、肝心のシンをこの最悪の状況下で目覚めさせ、世界を覆うこの圧倒的な絶望を覆すことは、果たしてできるのだろうか――。

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