48話 自己犠牲の盾
「ここで、二匹まとめて灰になれーーーッ!!」
幻獣王バハムートの魂の咆哮とともに、漆黒の天空から絶望的な数の紫電の槍――『次元消滅 (ディメンション・エンド)・インパルス』が、地面のサタンとドロスへ向けて容赦なく降り注いだ。
世界そのものを容易く崩壊させるほどの、圧倒的な光の奔流。勝負は決した、誰もがそう確信したその刹那であった。
――ドォォォォォン!!!
凄まじい風切り音を置き去りにし、天空から一条の黒い影がサタンの頭上へと舞い降り、大地を激しく割りながらその身を盾として立ちはだかった。
それは、人間界の村から姿を消し、己の体内で暴走する闇の魔力に引き寄せられるようにして、この幻獣界へと自ら辿り着いた少年――シンだった。
「少年……!? なぜ、なぜお前がここにいる!」
バハムートが驚愕にその双眸を大きく見開く。
シンは両手に握った暗黒の二振りの剣を胸の前で十字に交差させ、数万の雷の槍をその身に真っ向から受け止めた。
バリバリバリと空間を狂おしく焼き裂く紫電が、シンの全身を容舎なく蹂躙し、蝕んでいく。皮膚が焼け焦げ、禍々しい暗黒闘気が激しく霧散していく凄惨な光景。
それを見たサタンは、一瞬の驚きの後、腹を抱えて邪悪に高笑いした。
「フハハハハ! 見事だ、神殺しの少年! 我が操り人形の呪縛から外れたかと思ったが、やはりお前は我が闇の力には逆らえず、この私を助けるための肉の盾として、ここへおびき寄せられたか!」
幻獣界にサタンの勝ち誇った嘲笑が響き渡る。だが、紫電の嵐の中で必死に牙を食いしばるシンの瞳からは、先刻までのどす黒い狂気の闇は消え去り、静かな、あまりにも綺麗な涙が零れ落ちていた。
シンの焼ける喉から漏れたのは、サタンの意志などでは断じてなく、彼自身の悲痛な本心だった。
「……違う。サタン……お前なんか、守って、ない……」
「何だと……?」
「ユイを……もう二度と傷つける前に……みんなを、この手で壊してしまう前に……! 僕は……この呪われた強い力と一緒に……ここで消えたい、だけだ…………っ!!」
それは、己の暴走を完全に止めるために「自らの死」を選んだ、シンのあまりにも哀しい自己犠牲の叫びであった。人間界でユイが命懸けで伝えてくれた言葉が、シンの正気を土際で取り戻させたからこそ、彼は自分という制御不能の爆弾を、バハムートの最大奥義の熱量で消滅させようとしたのだ。
「シン!! 莫迦な真似をーーーッ!!」
事の真相を察したバハムートは、血相を変えて慌てて技の出力を絞ろうとした。しかし、すでに最大解放された膨大なエネルギーは、世界の王といえど一瞬で止められるものではなかった。
ドグゥゥゥゥン!!! と、逃げ場のない最後の巨大な雷撃の柱が、無防備なシンを完全に直撃する。
「が、あ、ああああああああーーーッ!!!」
断末魔のような絶叫とともに、シンは両手にあった暗黒の二振りの剣を木端微塵に砕かれ、全身から激しい白煙を吹き出しながら、糸の切れた人形のように力なく地面へと崩れ落ちた。
右胸に刻まれた聖痕のアザはどす黒く濁り、その呼吸は絶え絶えで、完全に意識を失っている。
「チッ、死に損ないの薄汚いガキが、余計な真似を……!」
サタンは足元に転がったシンを見下ろし、忌々しげにチッと舌打ちをした。
しかし、シンのその命懸けの無謀な足止めは、確実に、最も求めていた未来の時間へと繋がっていた。
シンの満身創痍の身体が地面に落ちると同時に、幻獣界の防衛空間がバリバリと音を立てて激しく引き裂かれ、まばゆい転移の魔法光がその場に炸裂した。
「シンーーーーッ!!」
光の渦の中から真っ先に飛び出してきたのは、人間界から彼の魔力を必死の想いで追いかけてきたライト、ユイ、ジン、カイル、そしてガイルたちであった。
無残に傷つき、ピクリとも動かないシンの姿を目にした瞬間、一行の瞳には、サタンへの激しい怒りと、引き裂かれそうなほどの焦燥の火が、赤々と灯るのだった。
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