46話 幻獣界の防衛戦
「ク、ウゥゥッ……! ああああああッ!!」
サタンの邪悪な呪詛と、目の前に立つユイの悲痛な叫びが脳内で激しくせめぎ合い、シンは頭骨が割れるような激しい頭痛にその場に絶叫した。
両手に握られた暗黒の剣がバチバチと激しく火花を散らす。これ以上ここに留まれば、己の中に渦巻く暴走した闇の力で、大好きなユイを、この村を、世界のすべてを完全に消し去ってしまう――。
シンの心に辛うじて残った一筋の理性がそう叫んだ瞬間、彼は漆黒の爆風を周囲に巻き上げ、誰にも追えないほどの猛烈な速度で、いずこかへと自ら飛び去っていった。
「シンーーーッ!!」
ユイの悲痛な声が、黒煙の上がる村に虚しく響き渡る。
ライトがすぐさまその背を追おうと一歩踏み出した、その時だった。同行していた賢者サーラが、自身の懐にある通信水晶の異常な輝きに気づき、その顔を戦慄に強張らせた。
「待って、ライト! 幻獣界の防衛結界に、今、異常なまでの不可負荷がかかっています……! 水晶から伝わるこの禍々しい魔力の波は、魔獣界の本隊です!」
「何だと……!? サタンの野郎、シンを囮にして、最初から幻獣界を直接狙いやがったな……!」
ガイルが、鋭い牙を剥き出しにして激しく唸る。
「シンは……あのアザの暴走は、一過性のものじゃない。大元のサタンをここで叩かなきゃ、シンの呪縛も永遠に解けないはずだ!」
ジンが腰の二振りの黒剣を鋭く引き抜き、遥か上空の世界の境界を睨みつける。
「……クソッ! 待ってろよシン、絶対に助けに行くからな! ――全員、幻獣界へ急行だ!」
ライトの悲壮な号令とともに、一行は苦渋の決断でその場に巨大な転移魔術陣を起動し、新たなる戦場へと一斉に跳躍した。
――その頃、美しく清らかな風が年中吹き抜ける、豊かな緑と天空の世界――『幻獣界』。
その最奥に位置する風のクリスタルの祭壇の前に、太陽の光を遮るほどの禍々しい闇の軍勢が、地響きを立てて立ち塞がっていた。
背後に無数のアンデッド・ドラゴンを引き連れたゾンビ竜ドロス。そして、その軍勢の中心で、圧倒的なまでの絶対的な絶望感を放つ魔獣界の王サタン。
彼らの前にただ一頭で立ちはだかるのは、巨大な漆黒の翼を大きく広げ、全身から紫の猛烈な電撃を迸らせる現在の王――幻獣王バハムートであった。
「サタン……! 龍神界のみならず、我が幻獣界の『風のクリスタル』まで力ずくで奪おうとは、断じて許さん!」
バハムートの地鳴りのような咆哮が幻獣界全土に響き渡り、周囲の空間がパチパチと激しい雷撃の粒子で震え上がる。しかし、手元に浮かべた3つのクリスタルを怪しく明滅させながら、サタンは冷酷に嘲笑った。
「フハハハ! 幻獣王バハムートよ、威勢が良いのは結構だが、気づいておらぬわけではあるまい? お前たちが信じる最高神アデルも、勇者ライトも、あの忌々しい黒剣使いのジンも、今頃は人間界で『光の英雄』の成れの果てと殺し合いをしておるわ!」
「何……!?」
「守護者なきこの世界で、お前一人が我ら全軍に勝てると思うたか! ドロス、容赦は要らん、やれ!」
サタンの冷酷な合図とともに、ゾンビ竜ドロスが骨の浮き出た腐肉の翼を激しく羽ばたかせ、凄まじい突進スピードでバハムートへと牙を剥いた。
「裏切り竜のドロスめ……! 聖獣たちの積年の怨み、我が最強の一撃で塵に変えてくれるわ!」
バハムートの巨大な口内に、世界をも灼き尽くすほどの超高密度の破壊エネルギー――『次元消滅』 (ディメンション・エンド)の眩い光が、凄まじい収束音を立てて集まっていく。
人間界からライトたちが到着するまで、この世界の命運は、たった一頭でこの絶望的な防衛戦に臨む幻獣王の双翼に委ねられていた。
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