44話 二者択一の罠(戦友のために)
「……ぬ、グハッ……!? 馬鹿な、あの神殺しの少年の闇が、これほどまでとは……!」
魔獣界の最奥、漆黒の玉座の間で、王サタンは突如として激しい目眩に襲われ、その場にどすんと膝をついた。
クリスタルの闇を媒介にしてシンの精神を蝕み、そのまま幻獣界の結界へと向かわせようとしたサタンだったが、シンの内側から濁流のように湧き上がった「人間への怨念」と「暗黒闘気」のエネルギーは、サタンの制御能力を遥かに超えて暴発していたのだ。
「サタン様、いかがいたしました!?」
不気味な瘴気を纏ったゾンビ竜ドロスが慌てて駆け寄る。サタンは忌々しげに顔を歪め、胸をかきむしりながら吐き捨てるように言った。
「奴め、我が放った闇の呪縛を力任せに引き千切りおった……! 抱える憎悪の質量が大きすぎて、都合の良い操り人形にはならん。奴の肉体は……幻獣界ではなく、人間界の己が育った古き村へと向かったぞ」
「なんと……。では、作戦は失敗にございますか?」
ドロスが骨の顎を鳴らして問いかける。しかし、サタンの口元は、すぐに再び邪悪な三日月のように吊り上がった。
「いや――むしろ好都合よ。あの偽善者どもが、暴走する親友を救うため、そして人間界の被害を止めるために血眼になってシンを追うのは明白。奴らが人間界に釘付けになっている今こそ――最後のピースがある幻獣界は完全にガラ空きよ。行くぞドロス、我ら自ら幻獣界へ赴き、『風のクリスタル』を奪い去るのだ!」
――その頃、神界の破壊された神殿。
ライトやジンたちは、壁の向こうへ消え去ったシンの魔力の残滓を感知し、驚愕に目を見開いていた。
「そんな……シン、幻獣界じゃなくて、地上――人間界に向かってる……!」
ユイが今にも泣き出しそうな悲痛な声をあげる。その移動先の方角を察し、カイルが苦渋に満ちた表情で顔を強張らせた。
「あの方向は……シンが育った辺境の村だ。かつて彼を『悪魔の子』と呼び、執拗に虐げた場所。まさか、暴走した意識のまま、復讐の破壊に赴くというのか……!」
「ライトよ、どうする! サタンの狙いは間違いなく幻獣界のクリスタルだ。だが、このままシンを放っておけば、人間界の村は一瞬で消滅し、シンは取り返しのつかない大罪人になってしまうぞ!」
ガイルが、鋭い牙を剥き出しにして勇者ライトに即座の決断を迫る。
世界を護るための幻獣界か。闇に堕ちゆく親友のいる人間界か。
究極の二者択一を前にして、ライトは悲壮な覚悟をその瞳に宿し、聖剣エクスカリバーの柄を壊れそうなほど強く握りしめた。
「シンは……俺の、命を懸けてくれた戦友だ! 自分の過去に苦しんでいるアイツを、今度こそ見捨てるわけにはいかない! 全員で人間界へ行くぞ。シンを止めて、僕たちの手で正気に戻すんだ!」
「ライト……」
ジンがその決断を支持するように静かに頷く。一行は最高神アデルに神界の守りを託すと、シンの暴走を食い止めるため、光の流星となって人間界へと一斉に降下していった。
しかし、それこそが策士サタンの真の狙い。
シンを救うために必死で人間界へと牙を剥くライトたちの背後で、サタンとゾンビ竜ドロス率いる魔獣軍の本隊が、最後のクリスタルが静かに眠る『幻獣界』へと向かって、不気味に進軍を開始していたのだった。
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