43話 心の奈落(暴走する暗黒)
「サタン様。幻獣王バハムートが護る幻獣界の結界は強固……その上、神アデルや勇者ライト、あの黒剣使いのジンまでが援軍に回れば、真正面からの侵略は我が魔獣軍といえど分が悪うございます」
魔獣界の最奥に位置する、漆黒の玉座の間。
蘇ったゾンビ竜ドロスが、その冷酷な声を響かせながらサタンへと静かに進言していた。しかし、手元に3つのクリスタルを怪しく浮かべるサタンは、その不敵な笑みを微塵も崩さない。
「フハハ……案ずるなドロス。戦とは力任せに押し通るだけがすべてではない。あの神殺しの少年――シン。奴を直接狙うのだ」
「シン、を……? 奴は偽神カムルをも討ち果たした光の申し子。容易な相手ではございませぬが」
ドロスが怪訝そうに骨の顎を鳴らす。サタンは立ち上がり、さらにその笑みを深くした。
「奴の力は『光』だけではない。奴の技には、ジンの『暗黒闘気』……つまり、純然たる闇の力が混ざり合っている。それだけではない。奴はかつて地上で、生まれつきのアザのせいで『悪魔の子』『呪われ子』と罵られ、石を投げつけられて生きてきた……。その魂の底には、人間どもへの深い恨みと、拭えぬ孤独の闇が今も眠っているのだよ」
サタンの燃え盛るような紅蓮の眼眸が、怪しく歪む。
「そこを突く。奴の心の傷を抉り、暗黒闘気と我がクリスタルの闇を遠隔で共鳴させれば……光の英雄は、一瞬にして最悪の魔王へと変貌する。己の暴走する闇に突き動かされ、奴は自ら進んで幻獣界を破壊しに向かうだろうよ。……ククク、内側から美しく崩壊させてやるのだ」
――その頃、神界の創世の間。
最高神アデルや勇者ライトたちは、幻獣界への救援陣形を早急に組み上げようと、緊迫した議論を交わしていた。
「よし、俺たち勇者一行もすぐに幻獣界へ向かう。シン、一緒に世界を護ろう!」
ライトがこれ以上ない信頼を込め、力強くシンの肩に手を置いた――まさに、その瞬間だった。
「……っあ、ガ……ッ!?」
突如として、シンが苦しげに自らの胸を強く押さえ、その場に激しく崩れ落ちた。
「シン!? どうしたの!?」
ユイが真っ青になって真っ先に駆け寄る。しかし、シンの様子は明らかに異常だった。シンの衣服の隙間から覗く聖痕のアザが、どす黒い不気味な紫色の光を放ち、生き物のようにドクドクと激しく脈打っている。
(おい、呪われ子! こっちを見るな!)
(悪魔の化け物め! 私たちの村から消え失せろ!)
「……う、あ、頭が……、やめろ……やめてくれ……っ!」
シンの脳裏に直接、かつて自分を冷酷に排斥した地上の村人たちの罵声が、生々しく響き渡る。
どれだけ信じ合える仲間ができて世界を救おうとも、多感な時期に心に深く刻まれ続けた孤独の傷は、決して完全に消え去ってはいなかった。さらに、シンの体内に眠るジンの『暗黒闘気』が、サタンが遠隔で放った魔獣界の呪いと最悪の形で共鳴し、爆発的に膨れ上がっていく。
「シン、しっかりしろ! 己の中の闇に呑まれるな!」
ジンが険しい顔でシンの肩を掴もうと一歩踏み出す。だが、その強靭な手を、シンの身体から津波のように噴き出した圧倒的な漆黒の波動が、容赦なく力任せに弾き飛ばした。
「ああああああああああああッ!!!!!」
シンの狂おしい咆哮と共に、彼の両手には、太陽の赤蓮の炎でも、鳳凰の蒼き氷の衣でもない、世界のすべてを黒く侵食する禍々しい『暗黒の二振りの剣』が具現化された。
シンの瞳からはかつての真っ直ぐな光が完全に消え失せ、ただ眼前のすべてを破壊せんとする衝動だけが、その身を支配している。
「……壊す。全部、壊してやる……っ!」
暴走する莫大な闇のエネルギーに突き動かされるように、シンは制止しようとするライトたちを凄まじい漆黒の剣気で一文字に薙ぎ払い、そのまま創世の間の白亜の壁をドゴォォンと轟音を立てて突き破った。
そして、遥か彼方に位置する『幻獣界』を目指し、超高速の黒い流星となって飛び去ってしまった。
「シンーーーッ!!」
ユイの悲痛な叫び声だけが、無残に破壊された神殿の空間に、ただ虚しく響き渡る。
魔獣界の王サタンの狡猾にして最悪の罠により、世界を救う最強の希望であった少年シンは、幻獣界を襲う、最も恐るべき「最大の脅威」へと変貌してしまったのだった――。
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