3話 ジンの隠れ家
陰陽合一ノ神殺し~二刀の聖剣が一本の絆へと変わるとき~
「……ん……っ……」
柔らかな木漏れ日――ではなく、窓から差し込む怪しげな『紫色の月光』に照らされて、ユイはゆっくりと目を覚ました。
見覚えのない、頑丈な石造りの部屋。体を起こそうとするが、激しい目眩目眩に襲われてシーツに再び倒れ込んでしまう。
「あ、動いちゃダメだ、ユイ!」
枕元から、聞き馴染んだ愛おしい声がした。
「……シン……?」
視線を向けると、そこには寝不足の目でひどいクマを作り、全身にボロボロの包帯を巻いたシンが、心配そうにユイの顔を覗き込んでいた。
「よかった、本当に目が覚めてよかった……!」
シンの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ユイは戸惑いながら、自分の胸元にそっと手を当てた。カイルの魔法剣で深く切り裂かれたはずの場所には、激痛どころか、傷跡ひとつ残っていなかった。
「私、確かシンを庇って……。えっ! 傷が、治ってる……?」
「うん。僕の左手の剣から出た、赤い炎がユイを包んで、傷を全部治してくれたんだ。あの時は無我夢中だったけど……。それから、ここは『魔界』だよ」
「ま……魔界……っ!?」
ユイが驚愕して声を裏返した、その時だった。
トントン、と部屋の木製のドアが不気味にノックされ、大柄な男が入ってきた。
人間界で纏っていた漆黒の甲冑を脱ぎ、ラフなシャツ姿になった男――ジンだ。その大きな手には、湯気の立つ大きなお盆が握られている。
「おい小僧、嬢ちゃんが目覚めたならさっさとこれを食わせろ。丸二日も眠ってたんだ、腹が減って動けねえだろ」
ジンはお盆をベッド脇の机に置いた。
そこにあったのは、香ばしい匂いを漂わせる具だくさんのスープと、こんがりと焼き上げられたパンだった。
「うわぁ……美味しそう……って、あの、あなたは?」
ユイが緊張しながら尋ねると、ジンはフンと鼻を鳴らした。
「俺はジン。ここは魔界の辺境にある俺の隠れ家だ。安心しろ、神界の犬どもはここまで追ってこられねえよ」
「ジンさん、これ、あなたが作ったの……?」
ユイが目を丸くしてスープを見つめる。
「悪いか。魔界の食材はアクが強えからな、丁寧に血抜きしてコトコト煮込まねえと食えたもんじゃねえんだよ。ほら、冷めねえうちに食え」
ジンのぶっきらぼうだが手慣れた様子に、シンとユイは顔を見合わせ、思わずクスリと笑ってしまった。ユイはスープを木のスプーンで掬い、一口含むと、ぱっと表情を輝かせた。
「美味しい……! すごく温かいです、ジンさん」
「……ケッ。美味けりゃガツガツ食いな」
ジンは照れ隠しに頭を掻きながら、部屋の壁に背中を預けた。
ユイがスープを美味しそうに飲む姿を、シンは心底ホッとした表情で見つめている。
生まれ育った村では「呪われ子」と虐げられ、誰も信じられず、冷たい地べただけが居場所だったシン。そんな彼にとって、今この目の前にある「ユイの笑顔」と「ジンの作った温かい料理」は、生まれて初めて触れる本当の『居場所』だった。
シンはジンに尋ねる。
「ジンさん、僕を殺そうとした人は誰ですか?」
「あいつは神に使える勇者の仲間だ」
ジンはシンを真っ直ぐ見つめ答える。
「神… なんで勇者の仲間が聖獣や僕を殺そうと…」
シンはうつむきながら呟く。そしてジンを真っ直ぐ見つめると
「ジンさん、僕、強くなりたい」
シンはスープの入った木のお椀をぎゅっと握りしめた。
「ユイを守るために。あの神って奴をぶっ倒して、飛竜と鳳凰の無念を晴らすために……僕に、あなたの二刀流を教えてはしい!」
ジンの目が、一瞬にして獣のように鋭く細められる。
「……いい覚悟だ、シン。嬢ちゃんの腹が満たされたら、さっそく裏の荒野へ出るぞ。俺の修行は人間界の騎士ごっことはワケが違う。血反吐を吐く準備をしておきな」
「望むところです!」
ジンによる過酷な特訓が始まるのであった。
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