31話 暴かれた神界の嘘と最悪の影
陰陽合一ノ神殺し~二刀の聖剣が一本の絆へと変わるとき~
天空に浮かぶ、白亜の神界の巨大な正門。
いつもは神聖な静寂に包まれているはずのその場所が、今は天地を揺るがすほどの激しい地響きと、荒れ狂う莫大な魔力の嵐に支配されていた。
「突撃ィィィッ!!! 神の狗どもを一人残らず叩き潰せ!!」
幻獣王バハムートの凄まじい咆哮を受け、黄金の雷光を纏った龍神たちと、獰猛な牙を持つ幻獣たちの連合軍が、地平線を埋め尽くすほどの勢いで神界の正門へと怒涛のごとく押し寄せる。
対する神界側も、無機質な白銀の仮面を被った数千の神兵たちが一斉に槍を構え、鉄壁の防陣を敷いてこれを迎え撃つ。
両軍が激突するその最前線。凄まじい風切り音と共に、二振りの黒い残光が戦場を縦横無尽に走った。
――ズバァァァァァンッ!!!
「ハッ! 聖光だか何だか知らねえが、ずいぶんと脆い盾じゃねえか!」
たった一振りで、数十人もの神兵を頑丈な鎧ごと一刀両断にしたのは、二振りの黒剣を構えたジンだった。
彼の身体から噴き出すドス黒い『暗黒闘気』は、神界の神聖な空気をあざ笑うように侵食し、近づこうとする神兵たちをその圧倒的な死の威圧感だけで硬直させていく。
「おいガイル! 陽動にしちゃ、ちょっと敵の数が少なすぎて退屈だぜ!」
「フン、調子に乗るなよジン! これからが本番だ!」
ジンの隣で、ガイルがその巨大な前足の爪に、透明な『波動』のエネルギーを限界まで凝縮させた。そして、そのまま白亜の地面へと力任せに拳を叩きつける。
――ドゴォォォォォォンッ!!!!!
波動の衝撃波が地脈を伝って文字通り炸裂し、神兵たちが築いていた強固な防陣が、まるでただの紙屑のように空中へと吹き飛んだ。
人類最高峰の二人の規格外な暴れっぷりに、神界の全軍が明らかな恐怖を抱き、その戦線は瞬く間に大きく崩れ始める。
宮殿の奥でその凄惨な戦況を見ていたカムルは「バカな……! 幻獣と龍神がこれほど統率の取れた軍隊となって攻め込んでくるなど……!」と驚愕し、地下の禁忌区域へ向かわせるはずだった増援の兵力をも、次々とこの正面戦場へと回さざるを得なくなっていく。
作戦通り、神界の目は完全に正面へと钉付けになった。
「よし、ジンとガイルが派手に暴れてくれているわね。……行くわよ、みんな」
正面の喧騒の真裏。
光の届かない神殿のひび割れた外壁の陰から、ヒミコ先生を先頭に、ユイ、モカ、ココア、そして道案内役のサーラを加えた【隠密別働隊】が、誰にも気づかれることなく、カイルとソフィアの待つ暗い地下深くへと静かに潜入を開始するのだった。
大聖堂の地下深く、冷たい闇が支配する回廊。
そこは、正面戦場の華やかな爆音とは無縁の、血と鉄の臭いがどろりと立ち込める地獄と化していた。
「ハァ……ハァ……! まだだ……俺の身体は、まだ動く……ッ!」
カイルの白銀の甲冑はすでに随所がひび割れ、自身のものか敵のものかも分からぬ鮮血によって真っ赤に染まっていた。
足元には彼がたった一人で斬り伏せた、魔物たちの死骸が山となって転がっているが、闇の奥からは、依然として飢えた魔物の増援が不気味な咆哮を響かせ、次々と湧き出してくる。
限界など、とうに超えていた。
魔剣を握る右手はとうに感覚を失い、ただ、戦友であるサーラとの約束を果たすためだけの執念で、身体を無理やり動かしているに過ぎない。
数匹の巨大な魔物が、鋭い牙を剥いて一斉に無防備なカイルへと飛びかかった。もはや一歩も動けないカイルは、己の死を覚悟して無意識にそっと目を瞑る。
――その時だった。
「カイルさんに手出しはさせない……っ! 『氷連連斬』!!」
暗い闇を鮮やかに切り裂いて放たれたのは、ユイの鋭い魔力によって紡がれた無数の氷の刃だった。襲いかかっていた魔物たちの身体が一瞬で凍りつき、次の瞬間には粉々に砕け散る。
「ガハッ……! この魔力は……」
カイルが驚愕して目を開けると、そこには時空の裂け目から飛び出してきた人間の少女ユイ、モカ、ココア。そして、彼を救うために連れて戻ってきた、息を切らせたサーラの姿があった。
「カイル! 間に合ってよかった……!」
サーラが涙を流しながらカイルへと駆け寄り、両手から最大出力の回復魔法の光を注ぎ込む。じわじわと傷口が塞がり、体力が満ちていく感覚に、カイルは信じられないといった様子で目を見開いた。
だが次の瞬間、カイルはユイの顔を正面から見て、その身体を大きく強張らせた。
「お前は……あの時、人間界の……っ!?」
カイルの脳裏に、かつて人間界で繰り広げられた、あの忌まわしい光景が鮮明に蘇る。
カムルの命令に従うがまま、神の正義を疑うこともせず、我を失って魔剣を振るい、目の前にいた無抵抗な人間の少女をその刃で無残に斬りつけてしまった、あの日の罪。
カイルは傷だらけの身体のまま、神殿の冷たい床に両膝を突き、深く頭を垂れた。
「すまなかった……っ! 俺は、神の命令に目を眩まされ、罪もないお前をこの剣で傷つけた! どんな罵倒も、どんな報いも甘んじて受ける。本当に、申し訳なかった……!」
悲痛な謝罪の声が、静まり返った地下の回廊に重く響く。
しかし、ユイは怒るどころか、トコトコとカイルの前に歩み寄ると、フッと優しく笑ってその痛々しい肩にそっと手を置いた。
「もう顔を上げてください、カイルさん。私は、もう気にしていません。サーラさんから聞きましたよ。カイルさんが本当は優しくて、正義感が強くて、誰よりも仲間を大切にする素敵な騎士様だってこと。……それに、こうしてソフィアちゃんのために命懸けで戦っている貴方を見て、確信しました。貴方は、決して悪い人じゃありません」
「ユイ……」
カイルはゆっくりと顔を上げ、ユイの温かい微笑みに、魂ごと救われたようにその目元を熱くさせた。
「ふふ、初めまして。サーラの頼もしい同僚さん。私がサーラの師匠のヒミコよ。過去の清算が終わったなら、さっさとソフィアを助け出しましょう」
ヒミコが長煙管を細い指に挟み、不敵に笑う。
一行はカイルの適切な案内で、頑強な神の結界に守られた牢獄の檻へとたどり着いた。
「あ……カイル……? それに、サーラちゃん……?」
檻の奥でぐったりとしていたソフィアが、かすかに目を覚まして顔を上げた。
「ソフィア! 今助けるわ!」
ヒミコが一歩前に踏み出し、その妖艶な瞳を鋭く光らせた。
カムルが施した神の封印魔術はあまりにも強大で緻密。並の魔導士では触れることすら叶わずに消滅する代物だったが、規格外の魔導師たるヒミコだけは例外だった。
彼女が独自の古代魔導を紡ぎ、檻に刻まれた純白の呪印へと触れると、――パキィィン! とガラスが割れるような美しい音が響き、最高位の結界が完全に霧散した。
檻が消滅し、サーラがソフィアの身体を優しく抱き起こす。
「ソフィア、どうしてこんな所に……! カムル様はなぜ貴女を捕まえたの!?」
サーラが切実に尋ねると、ソフィアはまだ霞む意識の中で、必死に声を振り絞った。
「カムルを……信じちゃだめ……。私、あいつから微かに漏れ出ている、ドス黒い『闇の魔力』を偶然感じ取っちゃったの……。神の光なんかじゃない、あれは世界を滅ぼす邪悪な闇……。それを独自に調査していたら、あいつに気づかれて、ここに閉じ込められたの……!」
「何だと……!? カムル自身が、闇の根源だとでも言うのか!?」
カイルが驚愕に目を見開く。
しかし、ソフィアの衝撃的な暴露はそれだけでは終わらなかった。彼女はさらに地下の奥、大聖堂の最下層へと続く、固く閉ざされた不気味な鉄扉を細い指で指差した。
「それに……この檻のさらに奥……。そこに、本物の『神アデル』様が……幽閉されているの……!」
その言葉に、ヒミコやユイ、そして周囲の全員の息が完全に止まった。
その頃、最下層の濃密な暗闇の中。
生贄として囚われた最高神アデルを冷酷に見下ろすように、禍々しい漆黒の甲冑を纏った一人の男が佇んでいた。
その名はサタン。かつて神界を捨てて闇に堕ちた元・聖騎士であり、封印されし魔獣界の元王・ルドルフの腹心。彼こそが、カムルを言葉巧みに唆し、アデルを幽閉させた張本人であった。
男は不気味な暗黒闘気を周囲に滲ませながら、その手に妖しく輝く『光のクリスタル』を転がし、冷酷に笑う。
「ククク……踊れ、哀れな神と人形どもよ。オレの目的はただ一つ。ルドルフ様の封印を解くことのみ……」
ジンの暗黒闘気の師でもある最悪の男が真に動き出すのは、もう少し後のこと。
神カムルの悍ましき正体、そして囚われの最高神アデルの生存。
神界のすべての嘘が完全に暴かれたまさにその時、奥の鉄扉から、――ゴゴゴゴ、と地を la 裂くような不気味な魔力の脈動が溢れ出し、地下の空間全体を黒く染め上げていくのだった。
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