19話 ジンと龍神王
陰陽合一ノ神殺し~二刀の聖剣が一本の絆へと変わるとき~
幻獣王バハムートがその大いなる蒼き翼を広げ、シンの魂を解放するための覚醒の儀式を始めようとした――まさに、その瞬間だった。
聖霊の間を満たしていた厳かな蒼き空気が、パキパキと硝子が割れるような音を立てて激しく歪み、波打ち始めた。
世界の境界そのものを無理やり抉開けるような、あまりにも強大で、けれどその場にいる全員が嫌というほどよく知る二つの魔力。
「な、何!? 空間が引き裂かれてる……!」
ユイが驚愕の声を上げ、抱きしめるように魔導書を胸元で強く握りしめる。
ガイルは黄金の毛並みを逆立てて琥珀色の瞳を鋭く光らせて立ち上がり、バハムートも「ぬっ……この懐かしくも、酷く厄介な気配は……」と巨体を重々しく揺らした。
直後、光の裂け目から、空間の壁を震わせる豪快な笑い声が神殿に響き渡る。
「よぉガイル、それにバハのオッサン! 俺の可愛い弟子がずいぶんと世話になってるみたいだな!」
「ジンさん……!? それに、ヒミコ先生!?」
眩い光の向こうから姿を現したのは、まさかのシンの師匠であるジンと、ユイの師匠である大魔導士ヒミコの二人だった。
「おい小僧、よくぞここまで辿り着きおったな!」
ジンは不敵な笑みを浮かべ、シンの肩をガシッと力強く叩いた。その厳しくもどこか温かい手のひらの感覚に、シンの張り詰めていた緊張がふっと解けていく。
「もう、ジンは相変わらず強引なんだから。バハムート様、突然の非礼をお許しください」
ヒミコはその美しい瞳を細めて優雅に微笑んだ。ガイルは盛大にため息をつき、大きな前足で頭を抱える。
「チッ……ジンのクソ野郎に、ヒミコの狐女か。世界を股にかける英雄コンビが、断りもなく正面から土足で踏み込んでくるとは、相変わらず礼儀の欠片もねえ連中だぜ」
バハムートもまた、困ったように巨大な首を横に振った。
「ジン、ヒミコ。お前達がこうして直接動くということは、やはりこの少年の背負う宿命は、我々幻獣界だけの問題ではないのだな」
「固いこと言うなよバハのオッサン。今日はな、お前たちだけじゃ少し手が足りねえと思ってさ。とっておきの『ゲスト』を龍神界から直接引っ張って連れてきてやったんだよ」
ジンがニヤリと不敵に笑い、自らの背後にある空間の裂け目を示した。
その瞬間、幻獣界の最深部であるはずの白亜の神殿全体が、まるでその質量に悲鳴を上げるように激しく震え出した。
裂け目の奥底から溢れ出たのは、現・幻獣王バハムートの持つ蒼き魔力すらも一瞬で圧迫するほどの、苛烈な黄金の雷光と、すべてを平伏させる圧倒的な神の威圧感。
眩い光の中からゆっくりと姿を現したのは、神々しい金色の鱗を纏い、すべてを統べる天上の眼差しを持った伝説の存在――龍神界の最高君主『マスタードラゴン』だった。
「……ま、マスタードラゴン殿!? ジン、おまえという男は、まさか龍神王までこの件に巻き込んだのか……!」
さしものバハムートも、驚きにその声を微かに震わせる。マスタードラゴンは荘厳な声を神殿の最奥へと響かせた。
『バハムート殿よ、手荒な乱入を許されよ。……ジンとヒミコからすでに話は聞いている。我が最愛の弟である飛竜が肉体を失い、魂となって人間の少年に未来を託したとな……』
マスタードラゴンの巨大な黄金の瞳が、まっすぐにシンの右胸にある『聖痕』へと向けられた。
『行方不明の神アデル様の恩恵、そして我が弟の鱗を宿す少年、シンよ。お前がすべてを背負って偽神カムルに立ち向かう器ならば、龍神界の王として、このオレも黙って見ているわけにはいかん。我が弟の真なる力を引き出すのに、この我が直接、力を貸そう』
「マスタードラゴン、さん……」
シンはその圧倒的な威厳に気圧されながらも、右胸の聖痕が、兄の登場を心から喜ぶように、ドクンドクンと温かく脈動するのを感じていた。
ガイルが口元を獰猛に歪め、楽しげに喉の奥を鳴らす。
「ハッ! トカゲ野郎の次は、龍神界のデカブツまでお出まし行かよ。前王と現王、さらに龍神王に、ジンたちの英雄コンビ……。おい小僧、お前本当に、とんでもねえモノばかりを巻き込みやがったな!」
『バハムート殿よ、共に始めよう。この少年の器に眠る、至高の二匹を真に目覚めさせるのだ』
『よいでしょう、マスタードラゴン殿。……シン、己の魂を解き放て!』
二大世界の絶対的な王――バハムートとマスタードラゴンが同時に絶大なる魔力を放ち、ジンとヒミコ、そしてガイルがシンの背中を支えるようにそれぞれの武器や魔力を構える。
紅と蒼、そして神々しい黄金の光がシンを優しく、しかし激しく包み込んでいく。
シンは魂の奥底に眠る鳳凰と飛竜の真の力を完全に目覚めさせるため、かつてないほど壮大で、深く神秘的な精神世界へと、ゆっくりと引き込まれていくのだった。
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