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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第3章 イルマの物語

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第97話 イルマの入隊

 帝国騎士団は帝国全土から選抜された剣のエリート集団である。騎士団の構成人数は500名を超え、全部で5軍が編成されている。王都で出会ったヨークトルは軍の副団長で中隊100名を指揮し、中隊は10名の小隊長で構成されている。小隊長は10名の部下を統率することになる。


 帝国の軍制では帝国騎士団は軽騎兵部隊に分類され、情報収集、後方攪乱が主任務となっている。


 ただ騎士に任じられるのは貴族の子弟が多く、平民の数は少なかった。また女性は数えるほどしかいなかった。シーグルズル7世の軍制改革は進んでいるが、平民や女性にとって騎士になるのは遠い道のりであった。


 軽騎兵は時には馬から降りて白兵戦にも臨まなければならない。そのため、日々の訓練は過酷なものにならざるをえないのだった。


 イルマはヘクラ小隊に入隊することが決まる。


 ヨークトル中隊の中でも特に攻撃力が高いのがヘクラ小隊であり、構成メンバーに平民が入っている唯一の隊であった。


 王国歴162年12月20日 午前10時 帝国騎士団 訓練施設にて――


「3月末まで一緒に訓練をすることになった大陸からの留学生イルマだ。共に剣を学び、互いの技量を高めてほしい」


 中隊長のヨークトルが短い訓示を述べ、続いてイルマも挨拶を促される。仮入隊とはいえ、中隊長からの訓示は異例であり、ユラニア王国からの留学生、平民でしかも女性といった異例づくしのために、ヘクラ小隊のメンバーは戸惑いを隠せない。


「留学生のイルマで~す。よろしくね」


 ヘクラ小隊の10名は失笑を禁じ得なかった。


(おいおい。平民の上に女? 剣が振れんのか?)

(中隊長は、小隊に癒やしの女神を入れてくださるってことか?)

(中隊長の愛人? あのベールは何なんだよ?)


 ヨークトルの手前、馬鹿にする態度は見せられなかったが、明らかに見下すような雰囲気が漂う。けれども、イルマは平然とその視線を受け流す。奥に固まっていた3人は特にその気配が濃厚で、その中で特に身体が大きい男がイルマに話しかけてきた。


「なあ、お嬢ちゃん。お前、確かあのバイオリン弾きについてきたと用心棒だろ。あんな奴よりも俺たちの方が優しいし、強いぜ」

「ふうん」


 イルマは気にもとめない。


「あんな腑抜け野郎と一緒じゃあ、汗ふきぐらいしかやってこなかったんじゃないか? それとも別の場所を拭いてくれんのか?」


 ゲラゲラと笑いながら3人は口笛を吹く。冷静な表情を保ったままイルマはヨークトルに語りかけた。


「なあ、あいつを殺していいか。あるじが侮辱されてんだけど」

「殺したらいろいろ差し障りがある。止めとけ。それにあいつは小隊長だ、強いぞ」

「ふうん」


 ヨークトルもイルマの腕前を見てもらった方が早いと思ったのだろう。嘲笑した大男とイルマの模擬戦を提案した。


「よっしゃあ。生意気女にお仕置きだ」

「おいおい、手加減しろよ」


 2人に木剣が渡され互いに広場の中央に立つ。ベールとコートを取り外したイルマは、動きやすさを確かめるために剣を振る。その瞬間、燃えるような赤い髪とうっすらと上気した頬、薄桃色の唇をもった美女が現れる。小隊の男たちはイルマの美貌と身体に釘付けとなった。


「始め!」


 ヨークトルの合図で試合が始まった。イルマは相手の強さを確認するために軽く3回ほど打ち込むが、あっさりと防がれて逆に敵の攻撃を誘発する。相手の木剣は異様な音を立てながらイルマの胴を薙ぎ払いにくる。当たったと思った瞬間、イルマは最小限の動きでそれをかわし、相手の隙を探す。だが、なかなか見当たらない。


(……強い。でも、主を馬鹿にしたことは絶対に許さない)


 気持ちが強すぎると剣の動きに固さがでる。意識的に深呼吸をし、冷静に相手の隙を探していた。


 それは、相手も同じだった。


(正直、馬鹿にし過ぎた。こいつは強い)


 さらに4合ほど木剣を交えるが互いに決定打を与えられない。そのため大男は隙を作るため声で挑発することにする。


「おい、あのバイオリン弾きに毎晩抱かれてんのか? そのいやらしい身体でご奉仕か? うらやましいね」

「何を!」


 その瞬間、イルマは剣を振り上げて打ちかかってきた。


(引っかかったな)


 男が体裁きで、その大振りをかわそうとした瞬間、イルマの木剣が一瞬消える。


(えっ?)


 狼狽した男の胸にイルマの木剣が突き刺さった。大振りを途中で止め、そのまま真っ直ぐに相手を突くと、男の胸の防具が大きく変形する。


「ぐえ!」


 痛みをこらえて次の剣を防ごうとした瞬間、イルマは素早くしゃがみ込んで足払いをかける。相手が体勢を崩して仰向けに倒れた瞬間、すぐに相手の木剣を蹴り飛ばし、イルマは相手の胴の上に仁王立ちになった。木剣を相手の喉元につけながら、イルマは詰問する。


「なあ、お前は皇帝陛下を誰かに馬鹿にされたら、どうすんの?」

「相手を殺すまで戦う」

「そうだろう。……じゃあ私の気持ち、分かるよな?」


 そういうとイルマは木剣を振り上げた。


「止めろ! イルマ! そこまでだ!!」


 制止するヨークトルの声も空しくイルマの木剣は止まらない。相手の頭を目がけて、うなりを上げながら木剣が振り下ろされる。全員が殺されたと思った瞬間、イルマは相手の頭上で木剣を止めていた。そして、相手の側にしゃがみ込む。


「主を侮辱したら、次は止めない」


 そう言うとゆっくりとヨークトルの方に歩いて行く。


 ヨークトルと向かい合ったとき、ヨークトルは何も言わなかったが、一瞬だけすまなさそうな表情を見せた。イルマは小さく謝罪する。


「ごめんね。ちょっとやり過ぎた」

「いや、いいんだ。ただ、これからは仲良くやってくれ」


 そう言われてイルマは小隊のメンバーの方を振り返る。


「これから、よろしくね」


 微笑みながらウインクするイルマと、先ほどの羅刹らせつのようなイルマのどちらが本性だろうと、小隊のメンバーは戸惑いを隠せないのだった。

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