第95話 えっ? 話が大きくなってません?
王国歴163年1月20日 午前10時 皇帝宮 中庭の白薔薇の間にて――
「二台のバイオリンのための協奏曲……ですか?」
小首を傾けたフラプティンナは初めて聞く曲であることをレオンシュタインに伝える。
「うん、この曲、元はといえばオーボエ協奏曲なんだ。とても素敵な曲だから、それをバイオリンで演奏できればいいと思って」
何でもなさそうにレオンシュタインは話す。
「師匠が新しく作ったんですか?」
師匠とはフラプティンナがレオンシュタインにつけた愛称だ。尊敬とからかいが半分ずつ込められている。「レオンさま」と呼ぶのは、この前の一件以来どうしても恥ずかしさが先に立つ。
「いやいや、オーボエの部分とオケ部分の2つに分ければ簡単だよ。オーボエ協奏曲の楽譜もあるし。誰でもできると思うよ」
絶対にそんなことないと思いながらもフラプティンナは興味津々だ。
「じゃあ、1回、ロス(フラプティンナの愛称)のパートを弾いてみるね」
そう言うとバイオリンを構え直して弾き始めると素晴らしい音色が部屋中に響き渡る。
(音に圧倒されそう。それに何て美しい……)
そのまま、うっとりとした表情でフラプティンナは演奏を楽しんでいた。アルトナルも横の椅子の上で音に圧倒されていた。
「どう? 美しいと思わない」
満面の笑みになったレオンシュタインは姫から賛同の笑顔を向けられる。
「じゃあ、これを発表会で演奏しよう」
発表会とは3月20日に設定されたフラプティンナの演奏会のことだ。レオンシュタインとの練習が、どれほど上達に結びついたのか報告したいというアルトナルの提案から企画されたものだ。あと、2ヶ月ほどある。
そのため練習は週に3回ほどに減ったはずなのだが、レオンシュタインは忙しい毎日となっていた。練習以外でも、皇帝宮からユラニア王国の食べ物が手に入った、バラタザール交響楽団の練習を見てほしいなど、音楽院に連絡がくることがあった。
音楽院でハルパの練習につきあっているため、自分の練習時間が減っているのをレオンシュタインは肌で感じる。それでもアルトナルの一言がレオンシュタインの胸を締め付ける。
「レオンどの。フラプティンナさまを許してください。今まで友だちがいなかった姫は、どのように距離を取っていいのか分からないのです」
友だちのためだからと律儀に皇帝宮に出向くレオンシュタインだった。
§
発表会には、シーグルズル七世、ヴィフト卿、アルトナル、そしてバルタザル交響楽団の団員が集まることが伝えられていた。本来、皇帝とアルトナルの二人の前で演奏する予定だった。ところがレオンシュタインのファンであるヴィフトは、どこからか二人の演奏が行われることを知り、是非聴きたいとアルトナルに頼み込んでいた。
交響楽団の団員たちはアルトナルから発表会の話を聞いた瞬間、全員が参加の意向を伝えていた。あの音をもう一度聞きたいという楽団員の熱い想いが、それを実現させてしまったのだった。
「じゃあ、残り1ヶ月。楽しく練習していこう」
「はい! 師匠!」
いつも以上に練習に取り組む二人なのだった。
§
3月に入ったある日のこと、レッスン前のフラプティンナに元気がない。訳を聞いても何でもないと答えるが明らかに音がおかしい。よく見ると顔がいつもよりも赤い。演奏を止めたレオンシュタインがフラプティンナに近づき、護衛騎士やアルトナルが止める間もなく彼女の額に手をやる。
「レ、レオンさま?」
赤い顔をさらに赤くしたフラプティンナだったがレオンシュタインは全く気にしなかった。
「熱があるな! 早く横になって頭を冷やさないと!!」
独り言のように話すと、フラプティンナをお姫さまだっこしたまま部屋に連れて行こうとする。本物のお姫さまなのだけれど。護衛騎士とアルトナルはレオンシュタインから姫を下ろそうとするが、フラプティンナはそれを目で制する。
「レオン様。私の部屋はこの上ですよ」
いつもの白薔薇の間の上にフラプティンナの部屋があると知ったレオンシュタインは、すぐに階段を上っていく。落ちないように、フラプティンナはレオンシュタインの首に腕をまわしていた。
(殿方に、このような姿で抱き抱えられてしまった……。もうレオンさまに嫁ぐしか……)
ちゃっかりと首に腕を回したまま、フラプティンナは静かにこじらせていくのだった。
一緒に部屋に入ろうとするレオンシュタインを、姫さま付きのメイド2人が手を広げて阻止しようとする。
「姫さまの部屋に男性は入れません!!」
そこで、はっと我に返ったレオンシュタインは突然、自分の行為が恥ずかしくなり、そっと姫を下ろす。二人がフラプティンナを寝室に連れて行くのを見ながら、レオンシュタインは非礼を詫びて帰ろうときびすを返す。
けれどもフラプティンナの寝室から大きな声が響いてきた。
「レオンさまを帰してはなりません!」
そのため、レオンシュタインと護衛騎士、アルトナルの3人は所在なさげに部屋の前で待つことになった。
30分も。
しかも護衛騎士からの圧が、この前から強すぎる。
「では、お入りください」
さっきとは別人のような態度で、メイドの2人が3人を部屋に招き入れる。入るなり、フラプティンナが好んで使っているラベンダーの匂いが3人を包む。部屋の様々な場所にポプリの袋が掛けられており、優しい匂いが広がっていた。白を主体としたカーテンや調度品が、部屋と調和しているのがフラプティンナらしい。
フラプティンナのベッドの横に置かれた椅子にレオンシュタインは座り、姫に向かって話しかける。
「今日はゆっくり休むといいよ」
そう言い残すと、すぐに部屋から出ようとする。すると、ベッドから手を伸ばし、レオンシュタインの服の裾を掴んできた。
「お、お待ちください、レオンさま」
慌てて止めたフラプティンナは、レオンシュタインにこれまで旅について詳しく教えてくれるようお願いする。椅子に腰掛けたレオンシュタインから、これまでの旅のことが口について出る。初めて城を出たときのこと、盗賊に襲われたときのこと、演奏でたくさんの人たちが喜んでくれたこと、をレオンシュタインは身振り・手振りを交えて話していた。
それを嬉しそうに聞いていたフラプティンナの瞼がゆっくりと閉じようとしている。
「わたしも……そんな旅が……したい……」
完全に眠ってしまったのを見届けながら、レオンシュタインはフラプティンナの部屋の扉を閉じるのだった。




