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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第2章 フラプティンナ姫の物語

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第93話 怒るフラプティンナ

 王国歴163年1月9日 午前10時 皇帝宮 白薔薇の間にて――


「今の演奏の何がいけないというのですか!!!」


 5回目のレッスンを受けている最中、フラプティンナは憤りを露わにしていた。今まで演奏の間違いなど誰にも指摘されたことがない。困惑しつつもレオンシュタインはその主張を変えなかった。


「フラプティンナさま。あなたのバイオリンは、とても美しい音色です。ですが、それと曲の良し悪しは違います。あなたは、この曲で悲しみを表す部分を美しく華麗に弾こうとしました。それでは、作曲者の思いを正しく表現することができません」


 ここまできっぱりと言い切る人はいなかったため、もやもやっとした思いがフラプティンナの胸に渦巻く。傲慢でも我儘でもないフラプティンナだったが、ここまで間違いを指摘されることは皆無だった。そのため、どのような感情を表していいのかわからない。


「本当に失礼な物言いですわね。貴方に教えてもらおうと思った私が間違っておりました。どうぞ、お引き取りください」


 華奢な手を払ってドアから出ていくように指示する。悲しそうな表情を見せたレオンシュタインだったが、何一つ言い訳もせずに一礼をすると、バイオリンをしまいドアを開けて立ち去っていった。


「なんて傲慢な人なのかしら。貴方もそう思わない? アルトナル」


 同意を求めた姫にアルトナルは迷わずに答えていた。


「傲慢なのは貴方です。フラプティンナさま」


 これまでフラプティンナはアルトナルからこのような指摘を受けたことはない。そのため、二の句を継げずに目を丸くしていた。窓の外に見えるレオンシュタインの後ろ姿を見つめながら、アルトナルは意を決して話を続ける。


「レオンシュタインどのが指摘されたことは全て正しいと私は思います。彼は相手が誰であろうとも、そう……例え皇帝陛下の姫君だったとしても「間違っていることは間違っている」と言える……強い人間なのです」

「強い人間?」

「そうです。彼はこれまでずっと逆境におりました。ヴィフトさまから聞きましたが、彼は伯爵家から追放同然で旅に出ています。盗賊に襲われ、兄弟に襲われ、辺境伯に狙われ、何度も命を危険にさらしています。それでも彼は毎日、音を奏でることを止めなかったのです」


 口を手に当てたフラプティンナは絶句したまま固まってしまう。


「彼は常に最高の音を追求し自分の理想を曲げませんでした。それがあの伝説的な演奏へとつながり、バルタザル交響楽団の誰もが敵わないほどの才能となって花開いているのです」


 膝をついたまま、アルトナルはまっすぐフラプティンナを見る。


「姫さま、これは私どもの過ちです。確かに姫さまには素晴らしい才能が備わってございます。けれども、それは全く間違いをしないというわけではありません。その指摘を私たちは怠ってしまった。そう、どこかで音を曲げてしまったのです」


 苦しそうにアルトナルは謝罪の言葉を述べる。その目には涙が浮かんでいた。


「今すぐレオンシュタインさまを追うべきです。謝罪の意を伝え、また教えてくださるよう頼むのです。彼は100年に1人の天才。この機を逃せば、生涯、あのようなマエストロに師事することはかないません」


 その言葉を聞くや否やライトブルーの髪を後ろになびかせ、フラプティンナは白薔薇の間から走り出していた。レオンシュタインが出て行ってから、かなりの時間が過ぎている。もう、城の敷地を出ているかもしれない。


(レオンシュタインさま、申し訳ありません。分かっていたのです)


 自分の演奏が指摘通り何かが足りないことは十分に理解していた姫だった。


(それなのに、いつの間にか私の心に贅肉がついていた、ということですね)


 息が苦しい。ここまで走ったのはいつぶりだろう。


(レオンさま)


 城門まで走り続けながら周囲を見渡すと、町に向かってレオンシュタインが歩いているのが見える。


「レオンさま!」


 思わず大きな声を出してしまうほどフラプティンナは必死だった。こんなに大きな声を出すのは初めてかも知れない。


(幸運を掴めるかどうかのチャンスは一瞬)


 皇帝である父がよく使っている言葉で今を逃せばレオンシュタインとの縁が切れてしまうに違いない。


「レオンさま!!」


 更に大きな声を出したフラプティンナに気付いたレオンシュタインは、ようやく歩みを止める。息を切らしながらフラプティンナはレオンシュタインのもとに走り寄っていた。


「レオンさま、お待ちください!!」


 あまりに必死な姿を見てレオンシュタインは不安に駆られる。


(もしかして不敬罪に問われるのだろうか?)


 そう思いながらフラプティンナの顔を見つめ、次の言葉を待つ。


「……レオンさま、ごめんなさい。私の傲慢をお許しください」


 その可憐な瞳から大粒の涙をポロポロとこぼしながら、フラプティンナは頭を深々と下げていた。


 (はい?)


 何が何だかわからないレオンシュタインだったが、フラプティンナは全く泣き止まず、涙を拭うばかりだった。


「フラプティンナさま?  何かあったのでしょうか?」


 相手は帝位継承権をもつ帝王の姫君であり迂闊なことは言えない。ようやく顔を上げたフラプティンナは、そのつぶらな瞳でレオンシュタインの目をまっすぐに見つめていた。


「どうかもう一度、私のバイオリンの師匠となってください! そして先ほどのように……真実を、真実を伝えてください」


 必死になって頼むフラプティンナを見てレオンシュタインはようやく合点がいったのだった。


「申し訳ありません。不敬な物言いでした」


 フラプティンナは、その物言いを激しく拒絶する。


「不敬などという言葉を使わないでください。それが私を傲慢にしたのです。何と思い上がっていたのでしょう。私は国教の教え『義人なし、一人だになし』(人間に正しい奴なんていねーよ)を忘れておりました」


 国教の教えまで結びつけてしまう所にフラプティンナの一途さが表れていた。


「フラプティンナさま、そこまでの謝罪は不要です。私の指摘の方が間違っていることもあるのですよ?」


 けれども、フラプティンナはブンブンとその可愛い頭を振り続けていた。その誠実な姿にレオンシュタインは感動を覚える。


「むしろ、こちらがお願いすべきことですね。フラプティンナさま。もう一度、一緒にバイオリンの練習をしていきませんか?」


 レオンシュタインの優しい言葉にフラプティンナにようやく笑顔が戻る。帝国の白薔薇の名は伊達ではなく、その笑顔の破壊力はティアナたちに匹敵するほど魅力的なのだ。耐性のない人は一発で姫の虜になってしまうだろう。


(メチャクチャ綺麗だ……。自分には釣り合わないけれど可愛らしい人だなあ)


 黙ったまま自分を優しい眼差しで見つめているレオンシュタインに、姫はなぜか急にドキマギして視線を逸らしてしまう。


「レ、レオンシュタインさま。いいえ、レオンさま。まずは私と友だちになってくださいませんか? 友だちならば、何でも言いあえるでしょう?」


 そう言って華奢な白い手をレオンシュタインに差し出していた。差し出した手が少しだけ震えているのをレオンシュタインは見逃さなかった。帝王の娘であるため、友だちと呼べる人はあまりいなかったろう。まして対等の友だちは物語の中にしかいなかったに違いない。


 レオンシュタインは笑顔でその手を握りしめると、その瞬間、姫はビクッと身体を震わせ同時の安堵のため息をついた。


「喜んで友だちになりましょう」


 こうして、帝国の白薔薇に対等と言える友だちが一人、誕生したのだった。

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