第9話 誰?
王国歴162年9月5日 ピルネ(町)に近い街道にて――
城から出て5日目。今日はティアナの黒い仮面が目立たないように頭にスカーフを巻き付ける。そのせいかティアナへの嫌がらせは減ったのだが、今度はレオンシュタインが困ったことになってしまう。
その1つが、騎士団からの揶揄だ。
「いやあ、騎士団だったら、あんなに太れないよな」
「ちょっと、あり得ないですね」
巡礼団を追い越す際に心ない言葉を発したり、肉を投げつけたりするなど、騎士道精神に悖ること甚だしい行いが横行した。
2つ目は、馬車の中から聞こえる年若い女性の嬌声だった。
「何あれ? ちょっと無理」
「男としてどうなの?」
散々笑いものにしたあげく追い越して行く。
そのたびに手からバリバリと放電してティアナは悔しがったが、レオンシュタインからやんわりと止められる。
「いいんだ、ティア。先を急ごう」
そう話すと表情を消して黙々と歩くレオンシュタインだった。
(ぼくは、あのお告げがある! とにかく痩せれば素敵な出会いが……)
ティアナの心配をよそに、心にあまりダメージを受けていないレオンシュタインだった。
この日も1日中歩き続け、野営地に到着したときに日は西に傾いていた。野宿になれてきたとはいえ、2人の疲れは蓄積されていく。
「いやあ。今日も疲れたな」
草の上に座り込んだレオンシュタインが足を伸ばしながら後ろに倒れると、ずしんという音が辺りに響き、ぶるんと腹が大きく揺れる。
横にぴょこんと座ったティアナは、いきなりレオンシュタインのズボンをぐいっとたくし上げる。
「ティ、ティア? 何?」
驚くレオンシュタインを気にすることなく、ティアナは彼の太ももを両手でむしっと掴み、ぎゅっぎゅっとマッサージを始めた。
「ティア! いいよ」
気にせずにマッサージを続けるティアナは、気になっていたことを切り出した。
「足が痛いんでしょ? 歩き方が変だったよ」
さすがにティアナの観察は正確だ。けれども黒い仮面の少女がマッサージをしている姿は周囲から見るとなかなかにオカルトだ。それに恥ずかしくてたまらないレオンシュタインは、盛んにいらない、いらないと手を振る。
足の具合を心配しているティアナはマッサージの手を緩めない。
「ティア。もう練習に行くから!」
ティアナはようやく足から手を離し、遠慮しないでと屈託なく話す。
「遠慮するよ!」
かぶせるように話したレオンシュタインは、バイオリンを持って急いで川岸へと走っていくのだった。
草原に開けている場所を見つけたレオンシュタインは、バイオリンの調弦をすると、すぐに練習を始めた。草原に似つかわしくない高貴な音が広がっていく。
後を追っていったティアナは、近くに座れる場所がないか探し始めると平べったい石を見つけたため、そこに座って魔法の訓練をしようと考える。
(光球がいい!)
詠唱を始めたティアナの目の前に40cmほどの光の球が浮かび上がり、薄暮のために、そこだけがぼんやりと明るくなっている。
(これだと魔力も増えるし、いいかも)
その間にも強烈なレオンシュタインのバイオリンの音が鳴り響く。リラックスした姿勢のティアナが、ひたすら呪文を唱え続けると、目の前の光の球が少しだけ大きくなっていく。
(じゃあ、このまま魔力を注いで)
辺りがさらに明るく照らされると、レオンシュタインもバイオリンの弦がよく見えるようになる。
(レオンも嬉しいよね)
思わず口元が緩んだレオンシュタインはティアナに感謝の目配せをする。
座ったままのティアナは、明るさを保ち続ける練習に入る。魔力を注ぎ続けるため少し息苦しさを感じるものの、この練習が自分の魔力が増大させることをティアナは知っていた。
(よく父様が言ってたわ。魔力は使えば使うほど増えていくって)
あっという間に時間が過ぎレオンシュタインの練習が終わる頃には、光球の明るさに陰りが出始めていた。限界が近づいているのをティアナ自身も感じる。
最後の魔力を込めると光球は一瞬明るさを増し、その瞬間、ティアナはよろめいて石の上に横たわってしまったのだった。
(あ、あれ!)
急に明るさがなくなったため、レオンシュタインが心配して近づいてくる。
「ティア!! 大丈夫?」
顔をそっと上げたティアナは、ゆっくりとレオンの方に顔を向ける。
「ごめんね。魔力切れをおこしたみたい」
暗闇を明るくしようと、レオンシュタインは松明の炭布に火打ち石で火花を散らしていた。ようやく火がつきティアナが無事かどうか確認すると、いつもと何かが違うことに気付く。
レオンシュタインは戸惑いながら、やや改まった口調でティアナに話しかけていた。
「……ティア? というか誰?」




