第8話 ティアナの仮面
王国歴162年9月3日 ピルネ(町)に近い街道脇の野営地にて――
城を出て3日。昨晩の襲撃のために疲れが取れないレオンシュタインとティアナは、のろのろと寝床から体を起こしていた。朝食をもそもそと取る中、ビコーの巡礼団は出発の準備を整える。休みたいとは言えないが、あくびが止まらない。
その日は巡礼団と一緒に歩くことができたレオンシュタインとティアナだった。バイオリンの練習も朝に行ったため、後から追いかけるということはない。けれども、レオンシュタインには一つの懸念があった。それはティアナが、というより黒い仮面が、思った以上に人々から忌み嫌われているという事実だった。
団長のビコーや妻のルイーズが、事あるごとに巡礼団のメンバーに話をしてくれるのだが、神への巡礼をしている彼らは黒仮面によい印象をもたなかった。ほかの巡礼団ともなるとティアナに石を投げつけたり、捕まえて異端審問にかけようと叫ぶ輩まで現れていた。
「レオン……。私って迷惑だよね」
巡礼団の最後尾を歩いているティアナは、今にも泣き出しそうな声になる。そのたびに、レオンシュタインは全力で否定する。
「ティア! 全然、邪魔なんかじゃない! ティアがいてくれて凄く嬉しいよ」
ティアナの隣でレオンシュタインは殊更に明るい声を出して励ますと、隣で歩くティアナは嬉しそうにレオンシュタインにお礼を述べる。
すると、そこに農家の若者二人がレオンシュタインたちに話しかけてきた。
「おいおい、黒仮面を被った魔女と服を着た豚が歩いてるぜ。サバトでもあんのか?」
「豚は叩き出して、魔女には鞭でもくれねえとな」
その瞬間、ティアナは雷の矢を詠唱し二人の足を地面に固定してしまう。
「レオンシュタインさまへの無礼、許し難し」
2人に近寄っていくティアナの身体を抱き抱えたレオンシュタインは、巡礼団の方へと無理矢理引っ張っていった。
「ティア、気にしないでいこ」
巡礼団に追いつき、二人はしばらく無言で歩く。ティアナは悔しく悲しい気持ちを抑えられず、ずっと泣きじゃくっていた。このような出来事はその日だけでも5件あり、そのためビコーの巡礼団でも白い目で見られるようになっていった。
その日から二人は巡礼団から離れてご飯を食べ、寝るときも見張りを立てて眠るようにした。
翌朝、二人を案じた隊長のビコーは自分と一緒に歩くことを二人に提案した。隊長は隊列の一番後ろに回り、先頭は妻のルイーズに任せることにする。
沈みがちな二人にビコーは王国のことについて話し始めた。
「今、歩いているシュトラント領はユラニア大陸の中央に位置している。ユラニア大陸は縦がおよそ1000km、横1300kmの逆台形のような形の大陸で、周りは海で囲まれてる。知ってたか?」
ティアナは頭を振る。レオンシュタインは教養として習っていたが、ほとんど忘れてしまっていた。
「大陸の多くを支配しているのが北部のユラニア王国で現在の王様はランベール二世。確か60歳だったはずだな」
会ったことがあるんですかというレオンシュタインの質問に、そんなことあるわけないだろとツッコミを入れられる。
「建国時に王国歴が始まったのさ。王国の配下となっている領土は王国歴を使用している。当然、シュトラントでもな。今日は王国歴162年9月4日。建国から162年が経過してるって計算だ」
二人が熱心に耳を傾けているため、ビコーはさらに話を続ける。周りの巡礼者はビコーが一緒に歩いているため、二人に嫌がらせはできなくなった。
「シュトラント伯爵領のまわりには、東にグンデルスハイム伯爵領、北東にコムニッツ公爵領がある。北西側はレーエンスベルク辺境伯爵領が隣接し、その全てがユラニア王国の配下だな」
そこにレオンシュタインが口を挟む。
「ユラニア王国の配下ではない国はないんですか?」
「そりゃあ、ある。レーエンスベルク辺境伯爵領の西側に位置するロッツメルブラート国、辺境伯領の南西側にあるヘレンシュタイク公国なんかがそうさ」
そのどちらもユラニア王国とは中立の関係を保っていた。
「そのほかシュトラントの南西方向にシキシマという国があり、独自の文化を形成している。そこに住むゴート族はユラニア大陸内で迫害を受けているため、交流はほとんどなく謎に包まれてる」
「ゴート族って呪われた民族でしょ?」
ティアナは恐ろしそうに声をひそめた。大陸ではそのように噂されているのだ。
「さあ、どうだろうな。俺はゴート族と交流がないから分からん。でも、そう思われているのは確かだ」
お昼を過ぎてもビコーは二人から離れず、いろんな話を聞かせていた。さすがに旅慣れたビコーはいろんな知識を持っていた。夕食のときにも一緒だったため、二人は安心して食事を取ることができた。
「じゃあ、今日は二人の側で火の見張りをしようかな」
二人を寝床に眠らせるとビコーは焚き火に枝を投げ入れる。パチパチと火が空に上っていくのを見ながら、レオンシュタインは安心してすぐに眠りにつくのだった。




