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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。
第2部 華やかな北の都 第1章 ユラニア王国とグブズムンドル帝国

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第87話 伝説

 王国歴162年12月15日 夕方 コンサートホールの演奏会場にて――


 会場の入り口に進んでいったレオンシュタインの耳に、扉の向こうから司会者の声が聞こえてくる。


「さあ、それではユラニア大陸出身、飛び入り参加のレオンシュタインさんの演奏です。みなさん暖かい拍手をお願いします」


 拍手が響く中、楽団員が一人一人と中に入っていく。最後にコンマスとレオンシュタインの二人だけが残された。


「こんなに演奏が楽しみなのはバルタザル交響楽団に入団したとき以来です」


 笑顔で気持ちを伝えるアルトナルと固く握手をする。


「素晴らしい演奏になると思いますよ」


 笑顔のレオンシュタインも強くアルトナルの手を握りしめる。


 アルトナルとレオンシュタインが入った瞬間、会場の拍手が一際大きくなった。姫さまの演奏の時ほどではなかったけれど。


「ユラニア大陸からきた演奏家だって」

「どうせ、それなりでしょ」


 会場のあちこちで、ひそひそと噂がささやかれる。ただ、音楽通の人たちは楽団員の顔つきが全く違うことに気がついていた。


「何だか、さっきと雰囲気が違うと思わない?」

「うん……。らしくないね。あんなに真剣な顔」


 レオンシュタインが大きく礼をし指揮者と握手をすると、すぐに演奏が始まった。明らかに先ほどの演奏とは一音の美しさが違う。本気のバルタザル交響楽団は素晴らしいとレオンシュタインは感動し、暫くその音色の美しさに酔いしれていた。


 レオンシュタインの最初の一音が鳴り響いたとき会場中がしんと静まりかえる。


(本物だ)


 その衝撃が会場中に広がっていった。


 第一楽章はオフィーリアの最愛の夫アレクサンドロスが出陣する場面で、勇ましくも悲劇を感じさせる演奏に全員固唾を飲む。コンマスのアルトナルは、ともすると置いていかれそうになるファーストバイオリン隊を必死にリードする。


(もっと弾け!)


 目で合図をしながらアルトナルは全力でバイオリンを鳴らす。


(ソリストは100年に一度の天才だ。その天才を支えられるのは……。世界の中でも我がバルタザル交響楽団だけだ!!!)


 その熱が伝染したように、セカンドバイオリン隊も必死に音を奏でている。レオンシュタインの指摘に忸怩たる思いを抱いていた団員たちは、全てをかけて演奏していた。


(駄目な演奏だとは絶対に言わせない!!)

(演奏を失敗したら俺は楽団を辞める!)


 悲愴な覚悟で演奏していたが、若干走りすぎていたため、レオンシュタインがコンマスに合図をする。すぐに気付いたコンマスは、セカンドバイオリン隊にペースを落とすよう合図を出す。


 調和がさらに美しくなる。


 第2楽章は、激戦の末に勝利を勝ち取るアレクサンドロスの場面だ。


 ところがオフィーリア姫の守る本城に別働隊が攻撃を始め、城が落城寸前となる。オフィーリアは軍の先頭に立ち、必死に防衛戦を展開する。ついに敵を撃退した瞬間、一本の矢がオフィーリアの胸を貫くのだった。


 凱旋したアレクサンドロスは妻の死が信じられず、その悲しみと狂気が曲の中にあふれ出る。


 それを聴いていた、戦場では無類の強さを発揮する皇帝シーグルズル七世が気持ちを抑えられずにいた。


(ヴィットリア……)


 昨年亡くなった妻の顔が浮かぶ。


(お前は、幸せだったか?)


 激しい後悔が去来し、音がするほど椅子の手すりを握りしめる。戦ばかりで芸術に関することは妻に任せきりで、ゆっくりと一緒に音楽を楽しむことができなかった。


 レオンシュタインの激しいソロは、観客の全ての感情を支配した。


 アレクサンドロスの激しい悲しさが見事に表現され、耐えられず、うつむいてしまう人たちも数多かった。それは楽団員も同様で、年若い楽団員は泣きながら必死に演奏していた。


 けれども、第3楽章に入ると、観客は悲しさの中に別の感情が入り込んでいることに気づき始める。


 激しい悲しさと慟哭は続くものの、時折感じるこの演奏はなんだろう。


(愛……)


 シーグルズル七世は墓の前で謝っていた自分を思い出した。その前で思い出すのは亡き妻の笑顔だった。


(愛か……)


 悲しみはなくなりはしない。けれども、愛もまた、生きている者の中に残り続けていく。それは大いなる喜びなのだと。


 最後のソロパートは後の人たちに伝説と呼ばれる演奏となった。(それはずっと後のことだけれども)


 愛は悲しみではなくせず、その思い出は永遠に続くと高らかに宣言するようなレオンシュタインのバイオリンだった。


 愛の素晴らしさを弦に乗せた演奏はまさに圧巻だった。

 演奏が終わりそうになるころ観客が一人また一人と立ち上がった光景を、アルトナルは生涯忘れることができなかった。


 演奏が終わりレオンシュタインが弓を上げた瞬間、ヴィットリアコンサートホールは不気味なくらい静まりかえった。立ち上がっていた人たちも黙ったままだった。


「あ、あの……」


 あまりの静けさに戸惑いながら、とにかく挨拶を済ませようとレオンシュタインは、ぺこりと頭を下げた。


 その瞬間、ホール中の様子が一変し、轟くような歓声が響き渡る。


 全員がその場に立ち上がり、拍手を続けている。それは貴賓席にいる貴族たちや王族も例外ではなかった。シーグルズル七世もゆっくりとその場に立ち上がり、拍手を惜しまないのだった。


 楽団員たちも楽器を叩いてレオンシュタインを称えていた。アルトナルは立ち上がると、その場で礼をするのも忘れてレオンシュタインに抱きついていた。


 レオンシュタインは驚いたものの、笑顔でそれに応じる。レオンシュタインがその場から立ち去るまで、ずっと万雷の拍手が鳴り響いていた。驚くことだけれども、みんなアンコールをすることすら忘れて拍手をしていた。それもまた、後の語りぐさとなるのだった。

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