第83話 ヴィットリア=コンサートホール
王国歴162年12月14日 夕方 北の滝亭の立つ港町にて――
すぐに準備をすませると、レオンシュタインとティアナは少し重い扉を開ける。吐く息は白く、息をする度に肺が凍りそうな感じがする。石畳の上には雪が積もっており、二人はその上をおそるおそる歩く。
「暮らしやすそうな国ですね」
ティアナとレオンシュタインは周囲の店から楽しそうな雰囲気を感じとっていた。小さな花屋さんも、名物のコロッケを売る店も、明るい声で呼びかけている。空が暗くなっても店を照らす灯りが連なり、不便を全く感じない。
「そこのカップルさん、名物のコロッケを食べていかない?」
おかみさんに呼びかけられ、ティアナはすぐ立ち止まってしまう。
「カップルに見えますか?」
するとおかみさんはニヤッと笑って話を続ける。
「このコロッケは元気が出るよ。相手もあなたの魅力に気がつくってもんさ」
「2つ買います!!」
「まいど!」
まんまとおかみさんの話術にハマってしまったが、ティアナは口元の笑顔を隠さない。機嫌もすっかり直ってしまったようで可愛らしい声でレオンシュタインに話しかける。
「レオン。私たち、カップルに見えるんだね」
けれどもレオンシュタインは隣の置物の店に夢中になっていた。
「あっ! この人形、かっこいい!」
ティアナは無言で近づくと頭をがしっと右腕でホールドする。
「おかみさんの話はしっかり聞きましょう! ね!」
「い! 痛い! ティア、ギブギブ!!」
買ったコロッケをレオンシュタインの目の前に差し出しながら、凄みのある声でティアナは話す。うんうんと凄い速さで首を振ったレオンシュタインは、差し出されたコロッケを一口食べてみる。新鮮なジャガイモがカラッと油で揚げられていて香ばしい。
「このコロッケ、美味しい!」
名物に美味いものなしというがグブズムンドルには当てはまらない。レオンシュタインはあっという間に食べ尽くすと、女将さんにコンサートホールの場所を訪ねてみた。
「ああ、それならこの通りをまっすぐに進むと見えてくるよ。大きな建物だからさ」
女将さんが教えてくれた場所に、レオンシュタインは急いで走っていくのだった。
「待ってよ、レオン」
ティアナが追いかけていくと、レオンシュタインは巨大なコンサートホールの前で立ち止まっていた。
「ええっ? これ?」
ティアナがびっくりするのも無理はなかった。巨大な石組みのコンサートホールは珍しくなかったが見上げるくらい高い。横壁にはたくさんのガラスを使用しており、そのガラスに囲まれたコンサートホールになっていた。総工費がどれくらいになるのか想像もつかない。
「豊かですね。この国は」
「そうだね。ぼくもこんな巨大なホールは初めて見た」
口を開けたままの二人が入口に近づいていく。入口の職員がにこやかに見学するよう二人を促したので、遠慮なく中に入る。中に入ってホールの扉を開けた二人は、さらに驚愕の声をあげる。優に3000人は超えるであろう座席数や中央にある巨大なパイプオルガンが目に入る。
周囲の観客席の飾りには、ふんだんに金箔が使われており、まさに光り輝くホールといっても過言ではなかった。全てに圧倒されたまま二人は出口に向かうと、先ほど見学を勧めてくれた職員が声をかけてきた。
「どうでしたか。ヴィットリア=コンサートホールの印象は?」
皇帝の亡くなった妻の名を冠したコンサートホールであると説明してくれる。その素晴らしさをレオンシュタインは心の底から褒め称えた。
「こんなホールで演奏できたら、素晴らしいでしょうね」
ニコリと笑みを浮かべた職員は、気軽に演奏できますと答える。
「明日のチャレンジコンサートに参加されたらいかがですか? 演奏できる方は誰でも交響楽団と合奏できます。明日は誰も予定が入っていませんよ」
職員は気軽にレオンシュタインに参加を促してきた。レオンシュタインは半信半疑だ。
「本当にオーケストラと一緒に演奏ができるのですか?」
「ある程度、楽器を弾けることを証明してもらわないといけませんがね」
その証明をするのは誰かをレオンシュタインは勢い込んで尋ねると、若者はにこやかに自分を指さしていた。
「申し遅れました、私はバルタザル交響楽団の楽団員でカウリと申します」
すぐにでも演奏を聞いてもらいたいがレオンシュタインはバイオリンを持参していない。それを伝えると、カウリは何でもないと両手を広げる。
「こちらでご用意いたします。しばらくお待ちくださいね」
すぐに建物の中に戻っていった。ティアナに話しかけるレオンシュタインの鼻息は荒い。
「ティア! すごい事だよ。あの有名なバルタザル交響楽団と演奏ができるなんて。ヴィフトさんの情報は正しかったね」
「良かったね、レオン。今まで楽団と演奏する機会がなかったものね」
ぽんぽんとレオンシュタインの肩を叩きながらティアナも嬉しくなる。近くにいた警備員は密かに首を捻っていた。
(たまにいるんだよな。こんな自意識過剰な演奏家が。まあ、自信がなくならない程度に合奏を楽しんでくれればいいが)
こんな警備員でさえ、演奏家に敬意を払っているところに芸術への理解度が現れていた。そこにカウリがバイオリンケースを抱えて小走りで戻ってくる。
「お待たせいたしました。こちらをお使いください」
カウリが手渡してくれたケースを開けると、ニスの色が美しいバイオリンが入っており、きちんと手入れされた逸品であることが分かる。
「いいんですか、このような素敵なバイオリンを使わせてもらって」
「ええ構いません。どうぞ、こ遠慮なく」
嬉しそうにバイオリンを受け取ったレオンシュタインが調弦を始めた瞬間、カウリの顔つきが変わる。




