第79話 イルマ、己の腕前を試す
「レオンシュタイン殿、そろそろ出発いたします」
待ち合わせの場所で、ヴィフトがにこやかに宣言する。帝国の馬車とフリッツの馬車に囲まれた中に、ヴィフト一行とレオンシュタイン一行の総勢20名が立ち並んでいた。ただ、レオンシュタインはユラニア王国の出方に不安がある。
「ヴィフト殿、通行は大丈夫でしょうか?」
「おそらく大丈夫だと思いますよ」
何でもなさそうにヴィフトはのんびりと答える。常に微笑のため会話する人は落ち着いてしまう。これも外交官の実力なんだろうとレオンシュタインは素直に尊敬の念をもつ。
「じゃあ、行きましょう」
3台が連なるヴィフトの馬車とフリッツの馬車が1台、隊列を組んで北に向かって走り出す。ヴィフトの馬車に同乗したレオンシュタインは、荷台で細かい部分まで打ち合わせをすることになっていた。ヴィフトによると王都シュヴァーリンは港の近くにあり、貿易の中心だと説明を受ける。雪が本格化する前に、街道を通ってまっすぐ港に向かう予定らしい。
冬でも馬車が通れるくらい王都の街道は整備されており、ガタガタと音を立てながら、レオンシュタイン一行は港に向かって進んでいく。
「王都シュヴァーリンの人口は60万を超えるそうですよ。我が帝都イーサフィヨルズゥルは30万人。ここを訪れる度に王国の賑やかさを感じます。ただ……」
「ただ?」
「人々の顔が明るいのは我が国の方だと自負しております。我が帝国は、人々を幸せにしようと皇帝陛下が働いておられますから」
尊敬の念を込めながら王の治世を称えている。さすがに有能な官僚である。馬車は北方に進んでいき、街道の左右には牧草地が見られるようになってきた。豚や牛の堆肥の匂いも漂ってくる。
「ヴィフトさん、グブズムンドル帝国まで船でどれくらいかかるんですか?」
1週間程度であると答えたヴィフトに、ティアナはおそるおそる気になっていたことを尋ねていた。
「船って気持ちが悪くなるんですか?」
これまで一度も船に乗ったことがないティアナは、船酔いが何よりも気になる。レオンシュタインも同様のため思わず耳をそばだてる。よい薬もあるし魔法でも症状を緩和できるとヴィフトは伝え、二人を安心させる。
「ただ、これは個人差がありますから。眠ってしまった方が辛くないと思います」
辛くない方に入りますようにと、二人は必死で願うのだった。
この時代、一般の人が船に乗って外洋を乗り越え旅行することはほとんどなかった。船は内陸部の湖や近海で漁をするために使われたり、川を渡るときに使われたりするものに過ぎなかった。そのため、外洋船が就航しているグブズムンドル帝国の豊かさを、レオンシュタイン一行は改めて感じるのだった。
§
よくそれだけ話の種があるものだとティアナが呆れるくらい、レオンシュタインとヴィフトは会話を続けていた。フリッツとは別のベクトルをもつヴィフトの話は、レオンシュタインはそのどれもが興味深く、また楽しいのだった。暗くなる前に、一行は街道沿いの広い草原にたどり着く。
グブズムンドル帝国がいつも利用しているこの草原の広場は、馬車や馬を置けるだけのスペースがありトイレまで常設されていた。いつもこの場所を利用しているのだと、ヴィフトは事もなげに答える。
「宿には泊まらないんですか?」
その問いにヴィフトは苦い笑いで答える。
「我々がユラニア王国と正式に国交を結んだのは5年前です。まだまだ、親密というわけでもないのです」
「道中、危険はないですか?」
答える代わりに、ヴィフトは近くにいた護衛を呼び寄せた。
「護衛のヨークトルです。使節団の警備主任になります」
ヨークトルは無口な男らしく、必要なこと以外は話さなかった。レオンシュタインはぎこちなく握手を交わす。固い拳と逞しい体つきからすると常人とは思えないし、この男が警備をしている限りは安心だろう。
「どなたか腕前を試してみませんか?」
安心してもらおうと口を滑らせたヴィフトだったが、それに一人だけ敏感に反応した者がいた。
イルマだ。
「私が戦う」
すぐに身体のストレッチを始めるのを見て、ヴィフトは内心困ったことになったと思ったけれど、顔色に出すことはなかった。ヨークトルに手加減をするように言い含める。妙なことになったと思いながら、レオンシュタインはイルマの身を案じていた。
「イルマさん。別にやらなくていいんですよ」
「いや、自分を試してみたい。いい機会だから」
顔のスカーフを外し身体を覆っている防寒具やマントを外すと、イルマの均整のとれた肢体は嫌でも男たちの目を引いた。最近は食事が美味しいとよく食べているため、余計に女性らしい身体のラインが目立つ。レオンシュタインも目のやり場に困る時があるくらいだ。
「じゃあ、やろうか」
ヨークトルと対峙したイルマは、戦う前からその強さを肌で感じていた。
(これは、全力でいっても危ないかも)
目を細めながら、合図を待つ。審判役のヴィフトが初めの合図を出した瞬間、イルマは雷光のように相手に近づき、木剣を横に薙ぐ。ガンと大きな音がし、ヨークトルは木剣の斬撃を防いでいた。飄々《ひょうひょう》とした態度だったが、内心では驚きを隠せなかった。攻撃を防がれた瞬間、イルマは後ろに飛び退いた。
(女性でこの剣……。かなりの腕前だ)
今度はヨークトルが前に出て、ごうっと音を立てながら剣を振り下ろす。当たっていれば怪我では済まない勢いだったがイルマは勢いを剣で受け流す。同時に、そのままヨークトルの肩を斜めに切ろうとしたが、簡単に防がれてしまった。
(やはり一筋縄では、いかないな)
相手の技量が上のようだと理解したイルマは息を整えると流れるように連撃を繰り返した。かなりの速さで切り込みヨークトルは防戦一方だ。頃合いを見計らって攻撃リズムを一瞬だけ外し、下から相手に切り込む。
その一撃は相手の髪の毛を何本か飛ばしただけで、逆に剣を首元につけられてしまうのだった。
「参った」
降参したイルマを見てヨークトルは黙って剣を下げた。
「やっぱり強いね」
肩で息をしながらイルマは話す。飲み物を持ってくるように、ヴィフトは従者に命じていた。
「強いはずですよ。我が帝国騎士団の副団長ですから」
レオンシュタインの一行から驚きの声が上がる。ヨークトルは黙ったままだったため、若干気まずい雰囲気が漂う。
「でも、イルマさんはかなりの腕前とお見受けしました。その美しい顔立ちからは想像も付かないほどの剣でしたね」
取りなすようにヴィフトはイルマの剣を褒め称え、相好を崩したイルマはヨークトルに近づき、話しかけていた。
「私を鍛えてくれない? 私、正規の訓練を受けたことがないからさ」
自己流でここまで強くなったことにヨークトルは驚きを隠せなかった。彼女の腕前は帝国の隊長クラスだろう。イルマに才能を感じたヨークトルは、
「……分かった。ヴィフトさまの許可がいただければ」
と答え、ヴィフトはすぐに許可を出した。
時間があるときに訓練を実施することが決まり、使節団を護衛している5人と一緒に通常訓練を行うことになった。イルマは単純に喜んでいた。
(自分が強くなれば、レオンをもっと守れるからね)
そう考えながらレオンシュタインのもとに戻っていくイルマだった。




