第78話 12月の星空
馬車に戻ったレオンシュタインたちは、ヴィフト卿の提案を興奮しながら残留組に伝える。
「これは破格の申し出です。申し出を受けないと逆に悪いことが起きそうですね」
興奮しながらフリッツが賛成する。
「マスター。そこには美味しいケーキがあるのか?」
無邪気に尋ねたヤスミンの疑問にレオンシュタインが首を捻っていると、バルバトラスは以前訪問した際に見つけたケーキについて教えてくれた。
「シナモンロールが有名だったな」
「それは美味しいのか?」
「美味い!!」
「じゃ、行きたい!」
バルバトラスは即答し、その瞬間ヤスミンは行くことをきっぱりと宣言した。その様子を笑顔で眺めていたレオンシュタインは、荷台の座席から身体をずらすとフリッツやバルバトラスの方に身体を向ける。
これから北国に行くとなると長期間の滞在になる。
「フリッツさん、バルバトラスさんはどうされますか? すぐにはユラニア大陸に帰ってこられないと思いますが」
「おいおい、兄ちゃん。せっかくタダでグブズムンドルまで行くチャンスなんだろう? 当然、俺もそいつに乗っかるさ。こんなうまい話、人生でそうそうないからな」
レオンシュタインの胸をドンと叩くと、笑いながら許可を求めてきた。二度目の訪問を心待ちにしている様子だ。
「私の馬車屋も休業状態です。是非ともグブズムンドルまでご一緒させてください」
前のめりにフリッツも頼み込んでくる。これ以上の心強い同行者はいないとレオンシュタインは笑顔で感謝の意を伝える。
「こちらこそ願ったり叶ったりです。じゃあ、この6人で行きましょう!」
「おう!!!!」
そう決定するとフリッツは馬車を王都シュバーリンの隣に位置するアインベックの村まで移動させる。王国の兵士たちが追ってくるのを警戒したためだ。その村は宿泊の施設がないため、水などの必需品だけを購入し野宿をすることになった。
雪こそ降っていなかったものの12月の夜は冷える。空気が澄んでいるため夜空には星が美しく瞬いていた。
「いやあ、フリッツさまさまだな。薪まで準備するとは!」
火の暖かさを喜びながらバルバトラスが礼を述べる。周りのみんなも同様だ。馬車の中がいくら暖かいといっても、火がなければ外気温とほとんど変わらない。暖かいオレンジ色を眺め、みんなは心からほっとするのだった。
「レオン。ずいぶん遠くまで来たね」
ティアナがぽつりと話す。あの日から、もう3ヶ月が過ぎようとしている。何度も命が狙われる中、レオンシュタインはいつも前向きで素晴らしい音楽を奏でていた。そして、いつも誰にでも優しかった。
柔らかい表情を浮かべながら、ティアナはレオンシュタインを見つめる。レオンシュタインも同じことを考えていたのだろう。
「いろんなことがあったけど素晴らしい出会いもたくさんあったね。イルマさん、バルバトラスさん、フリッツさん、ヤスミン。それに喪男同盟のみんな……」
それを聞き、ティアナはふふっと笑う。
「レオン。クラウスさんのことを忘れちゃ可哀想。そんなに素敵なバイオリンをもらったっていうのに」
「忘れてないさ。あの温泉宿の暖かさが懐かしいね」
そこまで言うとレオンシュタインは、はたと膝を打つ。
「ねえ、ティア。シャルロッティさんのことを忘れてた! ドレスを駄目にしちゃったから、お金を返さないと!」
みんな逃げることに夢中でドレスのことをすっかり忘れていた。ただ、今からではお金を返そうにも手段がない。
「信頼のおける私の友人がこの近くに住んでおります。その友人にお金を届けてもらったらどうでしょう?」
さすがフリッツである。
「はい! そうしましょう?」
「えっ?」
レオンシュタインの即答にフリッツは戸惑うが、レオンシュタインは笑顔のままだ。
「フリッツさんが信頼しているなら私もその方を信頼します。万が一のことがあっても何とも思いません」
レオンシュタインの提案にフリッツは心から感謝の意を表した。翌朝に馬でひとっ走りしてくるとフリッツは約束する。
シャルロッティにお詫びの手紙を書いたレオンシュタインは、お金の袋を忘れずに用意する。その袋には銀貨100枚が光っていた。
「太っ腹だな。兄ちゃん!」
シャルロッティへの優しさを自分のことのように喜ぶバルバトラスだった。それを横目に見ながら、イルマは別のことに思いを馳せていた。
「主。私、主と出会ったときのことを今でも思い出すよ。あの時の水車の音がさ、今でも耳に残ってる」
ぱちっと小枝が弾ける音がする。
「あの時、私、もう、どうでもいいかなって思ってたんだよね。それに『ばけもの』って言われたでしょ。正直、すっごく傷ついてたよ」
少し俯き加減な姿勢になりイルマは脚を抱える。心配になったレオンシュタインは、イルマの側にそっと近づく。
「あの時、主はずっと私のそばにいてくれて本当に嬉しかった」
小さく微笑むイルマの顔に幸せそうな表情が浮かんでいた。レオンシュタインもつられて笑顔になる。
イルマがそのまま横に倒れて、頭をレオンシュタインの肩に預けた。
「あのときの続き、しよっか?」
「は?」
人前で何を話すのかとレオンシュタインは周りを見渡すと、案の定、ティアナの声が1オクターブ跳ね上がっていた。
「ねえ、レオン。あのときの続きって何?」
いつの間にかイルマの反対側にティアナが座っていた。
「え? 何もな……」
「正直にね」
それを聞いていたイルマは、座ったままレオンシュタインを強引に抱きしめる。
「こういうこと!」
その瞬間、ティアナは二人を引き離そうと二人の間に強引に割り込んでいた。ちゃっかりとヤスミンまでが、ティアナの背中を押している。
「ティア、ヤスミン、痛いよ!」
いつものような光景が広がり、12月というのに、ここだけは暖かい空気に包まれているのだった。




