第77話 ヴィフト卿との出会い
王国歴162年11月29日 ユラニア王都 城門付近にて――
「大変な目にあいましたね」
後ろで一部始終を見ていたと話す40歳くらいの男が、そこに立っていた。
肌の色は透き通り、整えられた髪は銀色に光っている事から考えると、北国の出身であることがわかる。長い黒の外套に金糸の模様があしらわれ、首回りには白キツネの毛で覆われている。
外套の下に見える黒革のジャケットや白い襟立てのシャツなど、高位の高官であることがうかがわれる。端整な顔立ちで知性に溢れている。
「お気遣い、ありがとうございます」
あんな目にあった後だけに人の優しさが身にしみる。
「私はヴィフトと申します。北のグブズムンドル帝国から公務で王都シュベリーンに滞在しています」
グブズムンドルはユラニア王国の北西に存在する帝国であり、古の言葉で『神の庇護』という意味をもつ。軍事大国であるのと同時に芸術の分野でも世界を席巻しているというユニークな国柄である。
レオンシュタインの目が大きく開かれる。
「グブズムンドルですか。皇帝が音楽に造詣が深くバラタザル交響楽団は世界一と聞き及んでおります」
さすがに自国を褒められると嬉しいのだろう。ヴィフトの笑顔から儀礼的なものが消える。
「そういっていただけると光栄の極みです。我が国は文化的にはユラニア大陸より劣っているとの認識でしたが」
「そうですか? 一度、楽団の演奏を聴いたことがありますが、その調和のとれた音色が今でも耳に残っています」
「ほう、交響楽団の演奏を。それはどちらで?」
その時のことを思い出すようにレオンシュタインは目を瞑る。
「我が師エックハルトと一緒でしたので、コムニッツの音楽都市ベルンブルクだったと思います」
その瞬間、ヴィフトの目がすっと細くなる。
「高名なエックハルトさまのお弟子さんでしたか。私の記憶に間違いがなければ、あなたはシュトラント伯爵家三男、レオンシュタインさまとお見受けしました。お初にお目にかかります。グブズムンドル帝国主席外務官、ヴィフト・アルダネースと申します」
優雅に挨拶をしてきたヴィフトを見て、レオンシュタインも作法に則って返答する。
「帝国の主席外務官ともなると、たくさんの人を覚えるのですね。私など誰にも知られていないと思っていましたのに」
「エックハルト様の弟子というだけでも、十分に覚える価値がありますね」
「価値……ですか」
眉をひそめたレオンシュタインを見て、ヴィフトは態度を改める。
「価値などという言葉を用いまして誠に申し訳ありません。ユラニア語の使い方に慣れておりませんので、無礼の段、ご容赦ください」
微笑んだレオンシュタインは穏やかにその謝罪を受ける。
「ところで、レオンシュタインさまは我が国に興味はおありですか?」
さりげなく話を変え、ヴィフトは場の雰囲気を変えてくる。
「ええ、グブズムンドル帝国とはどのような国なのか見てみたいですね。それに世界一の交響楽団の音をもう一度、聴いてみたいです」
「そうでしたか。それでは我が国にいらしてはいかがでしょう?」
「えっ?」
突然の提案にレオンシュタインは戸惑いを隠せない。けれどもヴィフトは話を詰めてくる。
「エックハルトさまの高弟にして、シュトランド伯爵家の三男のレオンシュタインさまとの交流が深まるのであれば、これに勝る喜びはございません」
それを聞いていたイルマは、外交官の巧みな話術に呆れる思いがする。
(先ほどは無礼な物言いをしたかと思ったら今度はこれか。興味深い)
その視線に気がついたのかヴィフトは二人の方へ体を向け、優雅に礼をして自己紹介をする。
「ご挨拶が遅れました。私、ヴィフト・アルダネースと申します。可憐なお嬢さま方にお会いできて光栄です。お名前を伺ってもよろしいですか?」
貴族流の振る舞いが心憎い。
「ご丁寧にありがとうございます。私はティアナです」
「私はイルマ。よろしくね」
二人とも優雅とは言えない挨拶だったが、ヴィフトは全く気にしなかった。
「お嬢さま方も、ぜひ我が国に来ていただきたいです。我が国は最近、観光にも力を入れておりまして美しい自然がたくさんございます」
魅力的な提案に2人は目を輝かせるがレオンシュタインは即答を避けた。帝国へは船を使わないと行けない上、運賃もとびきり高いことで有名だ。渡航費用を出せそうにないことを懸念していると、ヴィフトから提案が出される。
「ご招待するわけですから、渡航費用ならびに宿泊料金はこちらでご用意させていただきます」
「私たちは全部で6人と1台の馬車ですが、それでも大丈夫でしょうか?」
「もちろんです」
そこまで話を詰めると、ヴィフトは一旦、宿に戻ることを伝えてきた。
「明日の昼に、ここでお目にかかりましょう。そのときに正式なお返事をいただければと思います」
そう言うと優雅な礼とともに王国の町中へと戻っていった。レオンシュタインは何だか夢を見ているような気分になるのだった。




