第72話 メイドさんの本気
「申し訳ありません。我が宿では夕食にドレスコードがありまして、その服装では会場に入れません。衣装をお貸ししておりますが、いかがいたしますか?」
夕食会場に入ろうとしたレオンシュタイン一行は、入口で店員にやんわりと注意される。まさかドレスコードがあるとは思いもよらなかったフリッツは、店員としばらく話し込む。
「私とバルバトラスさんは服を持っています。ただ、レオンさんとティアナさんたちは借りるしかありませんね」
フリッツは傍らに控えている店員に4人に似合う服装を依頼する。
「かしこまりました。衣装代として銀貨2枚いただきます」
痛い出費だが仕方がない。フリッツとバルバトラスは一旦部屋に戻り、着替えてくると宣言した。
「では、またこの場所に集合しましょう」
4人は着替えのために男女別の部屋に案内される。合う服を見繕ってもらったレオンシュタインは、すぐに着替えが終了する。鏡の前で自分の姿を見ると、旅の前よりもサイズが一回り小さくなっていることに気付く。
(運動してるからなあ)
昔、カチヤに運動するように言われていたことを思い出す。
(カチヤ、兄は体重を減らしたよ。見て欲しかったな)
少しだけ感傷的になりながら、集合場所に戻るレオンシュタインだった。
一方、女性陣の方は問題が発生していた。
風呂上がりの3人の無造作な髪をとかしていたホテル付きのメイドさんは、イルマとヤスミンの美貌を見てメイド魂に火がついてしまったようなのだ。ティアナは仮面があるため別の部屋に通される。
「お二人ともこれほど美しいのに、お肌のお手入れがなってません。どんな生活をしていたのですか」
叱られてしまう始末だ。イルマは素直に2週間、野宿だったことを伝える。
「はあ? あなた方の主人は鬼畜ですか? こんなお姫さまのような美しい方々を」
二人に台に寝そべるよう促すと棚からクリームを取り出し、蓋を開けて手に一杯のクリームを盛り上げる。それを顔や手足に塗りつけると、念入りにマッサージを始めた。
「ご、ご飯……」
意外な成り行きに困惑しているヤスミンは、ご飯を食べるだけなのに、なぜマッサージが必要なのかという顔をする。それを察したメイドさんは、主のためにも美しく装うのはマナーですよと優しくたしなめる。
「誰かのために美しくありたいっていうのは、大切な気持ちだと思います。それに意中の方がいらっしゃるのであれば、なおさらです」
ヤスミンがマッサージをしている最中、イルマは台に足を組んで腰掛けていた。メイドさんの話は今まで気にしたことのない世界の話で、そんなものかと興味深く話に耳を傾けていた。
「足!」
ピシッとメイドさんはイルマの足を指さし、注意する。
「それはマナー違反! 足は組まずに少し斜めに傾ける」
「ええ、面倒くさ」
「いいからやりなさ~い!!」
「……はい」
そう言うとメイドさんは別のメイドを呼びつけ、髪のセットと化粧、マッサージを全てやり切ると宣言する。
「特別サービスです」
一方、ティアナも苦闘していた。まずティアナは仮面を付けていたため、それを注意される。
「まずは仮面を取りましょう」
「……はい」
仕方なく解呪の魔法を唱えるとティアナの仮面が白い光に包まれて消え、素顔が現れる。メイドは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「驚かせたみたいで、すみません」
「いやいや、貴方。問題はそこじゃないですよ? 何で、こんな美人であることを隠しているんですか?」
「別に隠しているわけじゃ……」
「ま、いいです。これは、私も本気を出さないといけませんね」
そういうと奥からメイドを二人呼び、この人をお姫さまに仕立て上げることを宣言した。
「わあ、楽しそう」
「本当にお綺麗ですね」
ティアナの気持ちとは裏腹に本格的な準備が始まるのだった。
「化粧はどうします?」
「奥にある一番上等なものを持ってきて」
すぐにメイドさんは奥へ走っていった。
「では、服装はどうしましょう?」
「ほら、前に王宮用に準備したものがあったでしょ。それくらいじゃないと衣装が負けちゃうよ」
「わかりました」
これまた、奥に向かって服を取りに行く。
「さあ、では早速、お化粧に入りましょう」
目が怖いメイドさんたちへ、ティアナはお手柔らかにと小さな声で話す。そのあとは3人のなすがままだった。
§
待ち合わせ場所では男性3名がずっと待っていた。もう1時間になろうというのに、女性陣が誰もやってこないのだ。
「何かトラブルでしょうか?」
そう心配していると、ようやく3人が現れたのだが男性陣は二の句が継げない。
1人目の少女は髪を後ろにまとめて編み込んだ銀髪の前に、褐色で可愛らしい瞳が光っている。いたずらそうな口角の上がった唇に、うっすらとオレンジ色のルージュが似合っている。大人っぽさが強調されており、ほのかな色気さえ感じる。フリルの飾られたうす青のセミロングドレスがとても似合っている。
胸の大きさもフリルでほどよく隠されてはいたが、腰にコルセットのために胸もお尻も強調されずにはいられなかった。大人になったら、どれだけ美しくなるのか想像もできないくらいだった。
「嬢ちゃん、見違えたなあ」
バルバトラスはぎこちなくヤスミンを褒める。ニッコリしたヤスミンの笑顔が眩しくて、フリッツは目を細める。
2人目の女性は、赤い燃えるような髪がとかされて肩までウェーブが掛かった長さのイルマは別人のように見える。悪戯な赤い瞳と生意気そうな口が、髪の毛の印象でお淑やかな印象に変換されている。
いつもの妖艶さを隠すような黄色のロングドレスに身をまとい、ゆったりとしたつくりに身体のラインが隠されている。けれども隠しきれない胸や腰のラインは、嫌でも男たちの目を引いた。清純な表情と妖艶な身体のラインから目を離せない。王侯貴族の一人娘といった佇まいだった。
「主、どう? 惹かれちゃう?」
しゃべらなければ、ずっとお姫さまなのにとレオンシュタインは思うが、でもお姫さまじゃないイルマの方が魅力があるように感じるのだった。
3人目の少女のティアナは輝く金髪を腰まで伸ばし、所々を編み込んでウェーブを可愛らしく垂らしている。うっすらと頬に桃色の紅をさし、空色の瞳とほんのり赤い唇が形のよい顔に収まり、辺りを照らすように光り輝いている。
薄桃色のロングドレスを身につけ、その薄い素材に胸や腰など黄金比のプロポーションが浮き出ていた。透けそうな服は恥ずかしくて、本当は嫌なティアナだった。誰もが一目見ると目を離せない強烈な美人のオーラを発しているのだった。
「ねえ、レオン……。恥ずかしいから、あんまり見ないでね」
そう言われましても……。沼のティアナとの激しい落差に、やや目をそらしがちなレオンシュタインなのでした。
3人ともご飯を食べるのに、どうして? というほどの気合いの入り方になっている。
「ごめんね、レオン。なんかさ、こんな流れになっちゃって」
うっすらと化粧までしているティアナはドレスも上等のものを着ている。
「主…」
「マスター…」
コルセットを着けられた二人が泣きそうになりながら、レオンシュタインの前に出てくる。お姫様のような二人だったが、今にも泣かんばかりの表情になっていた。
「主……。貴族は大変だな。こんなことを毎回……」
「ご飯……」
するとメイドさんがびしっと注意をする。
「はい、背中伸ばして!」
その姿が面白くて、レオンシュタインは笑ってしまう。
「3人とも素敵な淑女になったね。では、早速、夕食の会場に行こうか」
自分が思ってもいない方へ事態が進むことにフリッツは困惑していた。
「目立つことはしたくなかったんですがねえ」
ため息をつきながらレオンシュタインに話す。こんな3人が現れたら、どうしたって人の噂になってしまうだろう。それでも、ホテルの好意には感謝するしかない。
メイドたちは3人が歩くだけで、ホテルの廊下まで豪華になったような錯覚に陥る。
光り輝くような乙女が歩いて行くと、花びらが舞っているような気にもなってくる。
「どう? レオン、似合ってる?」
「口調!」
「レオンシュタインさま、私の衣装はどうですか?」
さすがにティアナが可哀想になり、メイドさんに優しく注意をした。
「あの、私たちは気軽に食事を楽しみたいのです。口調もいつも通りで構わないと思いますよ」
「出過ぎた真似でした。申し訳ありません」
そうこうしているうちに会場に到着する。50人ほどがゆったりと座れるスペースがあり、椅子も細工が施してある高級なものだった。白を基調とした壁に茶色の絨毯が敷かれており、明かりのランプが所狭しと並べられている。壁の絵は風景画が中心で、緑の山々が綺麗な筆致で描かれている。
これだと確かにドレスコードが必要だろうとレオンシュタインは一人納得する。
そして案の定、6人が会場に入った瞬間、いやでも会場中の目がこちらに注がれるのを感じてしまうレオンシュタイン一行だった。
「おい! なんだかすごい一行が来たぞ」
「す、凄く美しいわ。どこのお姫さまかしら?」
「あの銀髪の可憐な褐色の美少女は俺のもの」
会場の奥に案内されるが、周囲の喧噪はなかなか収まらない。レオンシュタイン一行は全員椅子に腰掛け、料理が運ばれてくるのを今か今かと待っていた。その間に、レオンシュタインは店内の給仕に声を掛けていた。
「実は友人のためにバイオリンを弾きたいのですが、食事の邪魔になるでしょうか?」
給仕は奥へ行き、相談を済ませると問題ないと伝えてきた。
「よほど変な音を出さない限り問題ないそうです」
レオンシュタインはお礼を言って席に戻ると、そこにはすでに料理が運ばれているのだった。




