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追放された貴族の三男。得意なバイオリンの音色が美人さんや有能配下を引きつけて、気がついたら巨大王国と大戦争をしてた件について  作者: ちくわ天。


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第69話 潜伏に向けて

 王国歴162年11月5日 深夜 コムニッツ公爵領の街道にて――


 夜も更けて午後10時を過ぎているにも関わらず、フリッツは馬車を止めなかった。人影は見えず、ただ月明かりだけを頼りにポクポクとコムニッツの首都に向かう街道を進んでいく。深夜12時を過ぎた頃、フリッツは街道から少し離れた沼のほとりに馬車を止めた。


「このイェーガー沼の周辺は、過ごしやすく馬車を隠しやすい場所です」


 馬車に乗っていたレオンシュタインたちは、すぐに降りて身体を伸ばし、バルバトラスとフリッツは野営のために急いで火をおこしていた。火がつくと辺りにほのかな暖かさが広がり、松の枝を入れた瞬間、その香りが漂ってくる。


 焚き火を囲んで全員が座り、ようやくほっとした表情が広がっていた。全員に飲み水を配ったフリッツは、まずは一息つくように話す。


「ほんと! 気持ち悪い男だったよね!」


 喉を潤したティアナが、ゲオルフについて怒りを露わにする。


「王様に訴えるといいんじゃない?」


 ティアナの言葉にフリッツは頭を振り、冷静な口調になる。


「辺境伯に危害を加えられそうになり自衛したと訴えても、辺境伯側は自分が害された、流言飛語を流された、招待貴族を危険に晒された、と主張するでしょう」

「そんなことって」


 信じられないといった表情でティアナは口をつぐむ。悲しそうな笑みを浮かべながらフリッツは話を続ける。


「そんなものなのです。ただ、今回は見ていた人が多いですから、表立っては訴えてこないでしょう」

「表立っては動けない、とすれば裏で動くことになりそうだな」


 バルバトラスはそれに続け、うなずいたフリッツは恐らく刺客を放つだろうとの見解を述べる。その答えにティアナ、イルマ、ヤスミンは反応して鋭い目つきになる。あくびをかみ殺しながらフリッツは焚き火に枝をくべ、自分の考えを述べる。


「なるべく辺境伯領から離れて王都に向かう方が安全です。ただ、東の大回りルートになり、お金もかかります」


 現在、レオンシュタインの財布は多くの銀貨を出す余裕はない。働こうにも、今、通り過ぎてきたディベルツの町はレーエンスベルク辺境伯領に近すぎる。


「では、私のバイオリンの師匠に会いに行き、そこでお金も借りましょう」


 レオンシュタインはフリッツに提案し、さらに話を続ける。


「師匠とお金のことについて話すのは気が引けます。でも、今は師匠を頼るしか思いつかないですね」

「師匠はどちらに?」

「コムニッツの首都、アルテンドルフです」


 アルテンドルフは大都市のため、辺境伯に見つかりにくいこと、多くの働き口があること、王都に向かう街道が整備されていることがフリッツから説明される。バルバトラスやゼビウスも同意したため、まずアルテンドルフに向かうことがその場で決まる。


「じゃあ、すぐに眠ろうか。もう瞼が開かないよ」


 明るい声のイルマの提案にみんな笑顔になり各自眠る準備を始める。沼からの風は冷たく、月明かりは一行を煌々と照らしていた。バルバトラスとフリッツはさらに方策を話し合うために焚き火の近くで体を毛布でマントのようにくるみながら話を続けている。

 

 ランプを持ったイルマとヤスミンは周囲の警戒に出かけていった。焚き火の側に座ろうとするレオンシュタインをティアナは叱りつけ、馬車の荷台に行くよう厳命する。レオンシュタインの肩の傷はフリッツが用意したポーションである程度治すことができたが反動が現れ、疲れで目を開けていられない。


「レオン! 無理は絶対にダメ! すぐに横になって」


 厳しい言葉を掛けながらもティアナはレオンシュタインのことが心配でたまらない。


(レオン……。本当にごめんね)


 言葉とは裏腹に、身体を横たえたレオンシュタインに優しく毛布をかけてあげるティアナだった。


 タスッタスッと足音を立てながら、イルマはヤスミンは周囲を警戒していく。怪しいものどころか、生きものの姿すら見つけられなかったけれど。


「ヤスミン、よろしく頼むよ」

「任せて」


 そう言うと、ヤスミンは一行を見渡せる木の上に登って周囲を偵察し始める。イルマはイルマでその木の下で音を立てないように剣の練習をし始める。


(主を傷つけたゲオルフを絶対に許さない)


 そう心に秘めると猛然と剣を振るい始めるのだった。


 フリッツの予想通り、やや街道から離れたこの場所に追っ手は現れなかった。


 翌11月6日の早朝からコムニッツの首都を目指して馬車が動き出し、その荷台では、警戒に当たっていたイルマ、ヤスミンが眠っていた。この寒い時期、馬車で旅行をする者は少ないため、無人の街道を宿泊地を探しながら進んでいく。


「逆に目立ちますねえ」


 フリッツの心配をよそに幸運にも追っ手らしき馬の影を見ることはなく、夕刻、街道から少し奥に入った草原に馬車を止める。女性陣が思い思いに身体を伸ばす中、男性陣は今日進んだ距離について話し合っていた。


「このままいけば3日くらいでアルテンドルフに着くと思うがな」


 バルバトラスの予想をもとに、フリッツは脇道を進むことを提案する。


「今のままでは目立ち過ぎてすぐに捕まりそうです。山道もないことはないんですが……。時間がかかります」


 逃げてきたディベルツから街道は2本延びており、1本はコムニッツの首都アルテンドルフまで、もう1本は境界の町エイムハウゼンからシュトラント伯領リンベルクへまで続いていた。


「私が辺境伯なら2つの街道に追っ手を出します。追いつかれるのは恐らく明日だろうと予想します」


 冷静にフリッツが断言し、しばらくはここに滞在し様子を見ることが決まる。


 今夜の見張りはフリッツとレオンシュタインだった。フリッツからいろいろな話が聞けるので、レオンシュタインは見張りが苦にならない。


「フリッツさんのおかげで左肩はほとんど治りましたよ」


 レオンシュタインが礼を述べると、いつものようにニコニコしながらフリッツは黙って頷く。


 季節は晩秋になり東の空にはオリオンの三つ星が瞬き、銀河の小さな星の一つ一つがよく見えるような空が頭上に広がっていた。星から寒さが伝わってくるような気がして、レオンシュタインは焚き火に拾ってきた枝を投げ入れた。


 よく乾ききっていない枝がパチパチと音を出し、燻された木の匂いが鼻につく。


「私、レオンさんがホーエンシュバンガウ城で演奏した曲を以前、聞いたことがあるんです。その演奏者の腕前はレオンさんに劣りますが、それでも感動しました」


 フリッツが自分のことを話すのは珍しく、レオンシュタインは耳をそばだてていた。焚き火を見ながらレオンシュタインは黙って語ることに耳を傾ける。フリッツはレオンシュタインに向かって話しているようで、実は自分に向かって話をしているようだった。


「レオンさんの演奏に、私は全身が震えるくらい感動しました。ああ、私はピアノの音色が好きなんだなって」


 焚き火から火の粉が舞い上がり、二人はそれをぼんやりと眺めていた。

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