第63話 シャルロッティと3人の少女
王国歴162年11月3日 午後3時頃 レーエンスベルク領中心街にて――
「いらっしゃいませ」
にこやかな表情の店員が、ドアを開いてレオンシュタイン一行を店の中に招き入れる。シュバンガウの町でも一際大きな店に入ると、ふわっと薔薇の香りが漂いティアナは気持ちが自然に浮き立つのを感じる。
店の中には華やかな色のドレスが数多く陳列がされており、ティアナとイルマは小さく歓声をあげていた。ヤスミンはといえば大きなあくびをしながら退屈そうに服を眺めていた。
店員に辺境伯次男のパーティーに招待されていると伝えたレオンシュタインは、店員に奥の部屋へ通される。白だけではなく薄桃色や山吹色など、一際豪華なドレスが所狭しと置かれているのが目に入ってきた。
「こちらはどうでしょうか? 今年の流行の色になっております」
値段を確かめると、小金貨3枚と答えてくる。もっと安いものがないか尋ねると店員は明らかにレオンシュタインを値踏みした感じになり、対応もややぞんざいになっていった。貴族にはレンタルなどはなく、当然買い上げるのが当たり前である。
結局、手の届きそうなものはなく、熱心に売り込みもされなかった。買い物をせず店を出る際の見送りは、そっけないものだった。
「お金がなければ、冷たいものですね」
レオンシュタインを励ますようにフリッツは優しく声をかけ、それに答えるようにレオンシュタインは口の端に笑みを浮かべて頷く。ドレスを扱っている残りの2つの店でも同様の対応を受けた。結局、お金がなければ何も始まらなかった。
最後の店を出るときには全員が疲労感に包まれていた。すると、物陰から突然一人の女性が声を掛けてきた。
「格安のドレスに興味がありまっか?」
オレンジの髪で癖っ毛が目立つ女性は頬のそばかすが特徴的で、顔は裸足で草原を走り出しそうな元気さに溢れている。20才くらいのとても可愛らしい女性だった。レオンシュタインがなぜ格安に興味があるのが分かったのか尋ねると、高級店から出てくる人の顔を見て声を掛けているとのことだった。
「どんな人が、顧客になりそうなのかな?」
「お金がなさそうな人……やね」
はっきりと述べる女性に苦笑するしかないレオンシュタインだった。
「あっ、それだけとちゃうで。ええ人かどうかも見ます」
さりげなくフォローを入れるところに気遣いを感じる。とりあえず害はなさそうだと判断したレオンシュタインは女性に先導され、後をついていく。少しずつ大通りから離れ、煤けたような煉瓦の街並みが広がる下町に入っていった。
「ここですねん」
煉瓦造りの小さなお店は所々が欠けた灰色の煉瓦で作られており、先ほどの店とは対照的に華やかさがなかった。下水の匂いが薄く漂っており、それが店をいっそう見すぼらしいものに見せていた。
ただ、レオンシュタインは別に気にする様子もなく、むしろ楽しそうに店内に入っていった。
「ま、誰もおらんのやけど」
接客モードになりなった女性は、フランクな言葉遣いで店内を案内し始める。服を手に取りやすい作りの店内は日常的に使う服ばかりが置かれていたが、それはどれもが機能性の高いものだった。
「あ、挨拶が遅れました。ウチはシャルロッティといいます。シャルって呼んでもろてええですよ」
ざっくばらんに挨拶をしたシャルロッティに、レオンシュタインたちも気さくに挨拶を返す。挨拶が終わるとシャルロッティは奥の部屋に皆を案内した。
「こちらがウチの自慢のドレスですねん」
全部で5着。
シルクは所々にしか使っていないと卑下していたが、色使い、デザインともにティアナやイルマを虜にしてしまうほど綺麗なのだ。
「ねえ、これって試着できるの?」
「もちろんやで」
気に入ったドレスを試着しに、2人はいそいそとフィッティングルームに急ぐ。
シャルロッティが着付けを手伝いに行くと部屋にぽつんとヤスミンが残された。ヤスミンのこれまで生活を考え、ドレスに興味がないのも無理はないとレオンシュタインは考える。でも普通の生活を楽しんでもらいたいし、オシャレもしてほしいと思ったレオンシュタインは、ヤスミンに話しかけていた。
「ヤスミン。ヤスミンにはこういった緑のドレスが似合うと思う」
興味がなさそうなヤスミンだったが、そう言われるとまんざらでもないようだ。レオンシュタインはさらに話しかける。
「このドレスを着たヤスミンが見てみたいなあ」
「そうか。マスター、見たいのか」
そう言うとヤスミンはドレスを掴み、二人の後を追っていった。ニコニコしながらレオンシュタインはその姿を眺める。
「よい店に出会えましたね」
店内を見ていたフリッツは、レオンシュタインの運の良さをほめる。全く興味が無い様子のバルバトラスだったが、シャルロッティのバイタリティには舌を巻いたようだ。
「あんな若い子が夢に向かって勇気を出している姿を見ると、応援したくなる」
「そうですね。自分の力で立っている人は誰であれ輝いていると思います」
フリッツも全く同感だ、とばかりにうなずいていた。
15分ほど男性陣があまり華やかでない話をしている中、3人がフィッティングルームから登場し、その瞬間、男性陣からは感嘆の声が漏れる。後から出てきたシャルロッティは、額に汗を光らせていた。
「いやあ、自慢のドレスなんやけど着てる人の華やかさに負けそうですわあ」
ティアナは純白、イルマはブルー、ヤスミンは薄いグリーンのドレスを身にまとっていた。
イルマはそのドレスによって淑やかな雰囲気を、ヤスミンは可憐な美少女といった雰囲気をまとっていた。ティアナのドレス姿は、二人の美少女をさらに凌駕するものだった。しかも、ちゃっかりと解呪して素顔と合わせている辺り、ティアナも年頃の女の子なのだった。
純白のドレスに負けない清らかな顔立ちと雰囲気は周囲を圧倒する。純白のドレスに華やかな金髪がふわりと垂れ、輝くような髪色になっている。
「こちらのお嬢さんは、今までに見たこともあれへんくらい、べっぴんさんですわあ。ドレスが負けとります」
口を開けたままの男性陣を見てシャルロッティはくすっと笑う。
「ほな、旦那はん。3人に声をかけてあげてくださいな」
片目をつぶりながら、レオンシュタインに向かって催促する。頷いたレオンシュタインは、まずヤスミンをじっと見つめる。
「緑がすごく似合ってるよ。ずっと思ってたけどヤスミンって本当に可憐な美少女なんだね」
「そ、そう?」
美少女だと褒められることに免疫のないヤスミンは、思わず下を向いて耳まで真っ赤になってしまう。
次にイルマの方に身体を向けたレオンシュタインは、さらに笑顔で感想を述べる。
「前からイルマさんには青が似合うって思ってました。スタイルも抜群に美しいですね。本当に綺麗です」
そんな感想がくると思っていなかったイルマは、いつもの軽口が出てこない。笑って誤魔化そうとするが上手く笑えず、逆に少し涙ぐむ。それは、うれしさと愛しさの涙だった。
(この旦那はん。小太りのさえない感じに見えるのに、美少女たちの心をがっちり掴んではる。あなどれん……あなどれんわあ)
その様子を見ながら、シャルロッティは人物観察を進めていくのだった。
「ティア。すごくよく似合ってる」
「でしょ。まあ、私のために作られたドレスって感じよね」
さすがにティアナは、レオンシュタインの直球を打ち返すくらい余裕があった。
「ティアって、こんなに綺麗だったんだなあ。いつものティアも可愛いけどドレスを着ると儚い感じで守ってあげたくなる。ずっと側にいてほしいな」
はい来ました、剛速球が。軽く返そうにも、ティアナは『ずっと側にいてほしい』という言葉にひっかかってしまう。
「あ、そ、そ、そ、そう?」
結局、ティアナも真っ赤になり、窓を開けて顔を冷やす有様だった。
(恐ろしい……恐ろしいわあ。この旦那はん)
ただニコニコ笑っているだけのレオンシュタインなのだが、シャルロッティも何だか引き込まれてしまうような錯覚に陥る。その気持ちを振り切ろうと、3人をフィッティングルームに誘い、着替えを素早く済ませることにした。
「で、お買い上げでっか? それともレンタル?」
「レンタルでお願いします」
「あいよ!」
3着合わせて銀貨7枚は確かに安いがレオンシュタインたちには辛い。
「銀貨5枚!」
「旦那はん、そんなら、うちが干上がってしまいますわあ。銀貨6枚と大銅貨5枚」
そうして値切って値切って、ついに銀貨6枚と大銅貨2枚まで下げることに成功する。
「旦那はんには、かないませんわ」
店主の気が変わらないうちにと、レオンシュタインは手早く支払いを済ませる。
「ドレスの直しは明日の午後にはできますわあ。それと、ドレスを汚した場合は追加の料金をいただくことになりまっせ。追加分は、イルマさんとヤスミンさんのドレスは銀貨10枚、ティアナさんのドレスは銀貨30枚となってます」
絶対に汚すことは許されないとレオンシュタインは肝に銘じる。
「これからもご贔屓に!」
どうやらドレスを調達でき、これでピアノが弾けると心が弾むレオンシュタインだった。3人の女性陣は、まさか、レオンシュタインがピアノのことしか考えていないとは思いもしていないのだった。




