第6話 遭遇
王国歴162年9月2日 ピルネ近くの草原にて――
「出発するぞ!」
雲間から太陽が輝き、爽やかな風を頬に感じる中、ビコーの大きな声が草原に響き渡る。草の匂いの中に埃っぽい大地の匂いが混じる。朝の9時にザリザリと足音を立てながら巡礼の一行が歩き始める中、レオンシュタインとティアナは手を振ってそれを見送っていた。
二人が別行動をとった理由、それはレオンシュタインのバイオリンの練習のためだった。毎日4時間バイオリンの練習をする必要があると力説するレオンシュタインを置いて、ティアナだけが前に進むわけにはいかない。
「ごめんね、ティア」
元気よくレオンシュタインの方を振り返ったティアナは、人差し指を目の前にかざす。
「謝るのは止めましょ。さ、練習をどうぞ!」
レオンシュタインは笑顔になりバイオリンを取り出して調弦をすませると、静かに弾き始めた。ビブラートのかかった美しい音が草原の向こうまで響く。
(相変わらず凄い!)
音に圧倒されたティアナは、思わず後ろの切り株にぺたんと座り込んだまま動かない。1時間、2時間が立ってもレオンシュタインは水を飲むとき以外は全く休まない。自分の目指す音、師匠を超える音を求めて、ひたすら左手は弦の上を動き続けていく。汗が滝みたいに流れても、全く気にせずにそのまま弾き続けるのだった。
ティアナは時々、散歩でもしようと立ち上がるが、あまりにも素敵な演奏に無意識に座ってしまう。それくらいレオンシュタインの奏でる音は圧倒的に美しかった。日が南から西に移動する頃、レオンシュタインはようやくバイオリンから手を離していた。
「大丈夫? レオン?」
「おかげで、いい練習ができたよ」
汗だくのままレオンシュタインは顔を上げ、笑顔を見せようとするが、すぐに下を向いて荒い息を吐く。
「しばらく休みましょ。水も飲まなきゃ」
ティアナが差し出したコップを受け取りレオンシュタインは一息で飲み干すと、ふうっと息をついてドスンと座り込む。ティアナは用意していた物をすぐに差し出した。
「じゃあ、これ!」
手際よくパンにチーズを挟んだものが二人の昼食だった。ざわっと草原の草から風が吹いてくる中、2人は街道を通る人たちを眺めながら遅い昼食を取り始める。ティアナの仮面のせいなのか、2人に声を掛ける人は誰もいない。
食事が終わり、んん~と背伸びしたレオンシュタインは出発を宣言する。
「暗くなる前にキャラバンに追いつかないと」
心配そうなティアナをよそに2人はまた街道を歩き始めた。ほとんど話をすることなく、ひたすらキャラバンが歩いていった方を目指して進んでいく。やがて日がしずみ辺りが藍色に包まれると、街道から人の姿が消えていき、ランタンに火を灯した2人は明かりを頼りに街道を進んでいく。
2人の足音以外に何も聞こえなくなる頃、後ろから別の足音が混じり始めていた。後ろを振り向くと4人組の男たちが近づいている。
「おうい、こんな夜に歩くのは危ないぞ!」
薄暗い中、大きな声で男が呼びかけてきたため、警戒しながら立ち止まった2人には、男の顔は薄暗くてほとんど見えない。
「ご親切にありがとうございます。でも、今日中に目的地まで行きたいんです」
「そうか。でも、この先はちょっと危ないな」
盗賊が頻繁に出没して大変なんだと男は親切に教えてくれる。気がつくと男の連れが、いつの間にかレオンシュタインたちを囲むように立っている。
4人はひそひそと相談し、最初に話しかけてきた男が右手の親指を立てて話し始めた。
「俺たちがついてってやるよ。代金は何かあったら銀貨1枚でどうだ? 何もなかったらもちろん無料だ!」
今度はレオンシュタインとティアナが顔を見合わせる。
「ねえ、……怪しくない?」
「えっ? 怪しくないよ。あの声は心配している声だよ」
「そうかな……」
そう断言すると、レオンシュタインは男に向かって護衛の依頼をお願いする。ティアナは首をすくめたけれど黙ったままだ。
「よし、決まりだ。俺はゾイラック、冒険者だ」
「レオンシュタインといいます」
2人は握手を交わし残りの3人とも短い挨拶を交わして、総勢6名は暗闇の中をすぐに歩き始めた。ティアナは男達の足音がしないことに驚きを感じ、自分も音を立てないように真似をして歩く。
「へえ、呪いを解くためにね」
気の毒にという風にティアナを見るゾイラックだが、世間話の間も周囲への警戒は怠らない。ティアナは女とばれないように、ずっと下を向きながら歩いている。
「俺たちはコムニッツから来たんだ。シュトラントには護衛の仕事が多くてね」
コムニッツはレオンシュタインの出身地シュトラントから見て北に位置する公爵領だ。レオンシュタインの師匠や兄弟子がいる場所でもある。
「護衛ですか?」
シュトラント領は盗賊が多く、治安が悪いことを聞かされたレオンシュタインは複雑な気持ちになる。盗賊が多い理由をゾイラックに尋ねてみると税金が高いからだとすぐに教えてくれた。
「税金?」
「人間、金がなければどんなことでもするさ」
その瞬間、ゾイラックの目がぎらっと光る。
「こんな風にな」
腰のショートソードを抜いたゾイラックは、レオンシュタインに向けて剣を振るったのだった。




